古橋文乃ストーリーズ〜流れ星のしっぽ〜

「ぼくたちは勉強ができない」のヒロイン、古橋文乃の創作小説メインのブログです。

[x]はチョコレイトより甘き愛の証明たるものである(後編)

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第四章

 

「はい、成幸くん!バレンタインの……チョコレート、だよ!」
「すっかり忘れてたよ……。ありがとう、文乃!」
俺、唯我成幸は、俺の目の前でにこにこと笑ってくれている、世界で一番好きな恋人、古橋文乃から、真っ赤なリボンと綺麗な水色の包装紙で丁寧にラッピングされた細長い小さ目の箱を受け取る。
「ははー」
と俺は大袈裟なくらいに頭をさげる。
文乃は、
「苦しゅうない、面をあげい、だよ!」
と笑って、視線で箱を開けてみて!と促してくれていた。俺は、文乃の言葉に甘えて、破いてしまわないように、まずは赤いリボンをほどき、次に丁寧に包装紙をといた。
「おお〜!」
箱を開けると、トリュフだ。小さなお団子くらいの大きさのチョコレートが8個、丁寧に並べられていた。ナッツ類だろう、細かく刻んだものがまぶされていて、香りからすでに美味しそうだ。
「……このチョコレート、前に文乃にもらったときのやつと似てる、な?」
と、2年前のバレンタインにもらったチョコレートのことを、俺は思い出していた。もらった時には恋人同士ではなかったのだけれど……。気になる女の子ではあったわけなので。嬉しくないわけはなかったのだが。
「おお、当たりだよ!」
文乃は、驚いた顔をしてからすぐに嬉しそうな表情に変わる。俺はこんな風に表情が豊かな彼女が好きなのだ……と、何度目かわからないことを思うのだ。文乃は、照れながら、セリフを続けた。
「2年前、だよね。あの時はお料理もお菓子づくりも上手じゃなくて、不恰好だったし、味もめちゃくちゃなチョコレートだったから……。リベンジしたかったんだ」
「本当はね。あの時から、本命チョコ、だったんだからね?」
「文乃……」
照れながらも、まっすぐ俺を見つめながらそんなことを伝えてくれる文乃。心臓の鼓動が早くなる。こんな素敵な女の子と付き合えていて、ずっとだ、想ってもらって、そのことを表現もしてもらっていて。幸せすぎて、いいのだろうか。そんな大袈裟なことを、心の底から思うのだ。目の前の、世界で一番美しい、俺だけのお姫様。……俺は、さっきまでのことを思い出してしまい、顔から火がでそうになる。

 

⭐️

 

時刻は、あっという間に昼間もすっとばして、夕方の17:00を回っていた。今は、俺も、文乃も、パジャマ姿だ。俺は、文乃の親父さんのパジャマを借りていた。文乃は、本日2着目のパジャマ。なぜって……?ついさっきまで、俺と文乃は、初めて、恋人同士として抱きあったからだ。なんの回数か、は伏せるけれど。一回では終わらなかった。二回でも足りなくて。三回、だった。不慣れな俺と文乃だったが、少しずつ身体が馴染んでいくのはわかった。お互いの表情、声、仕草、匂い、雰囲気。これらがそのことを、何よりも雄弁に語ってくれていたから。幸せを確かめあう、こんな愛の証明も、あるのだ。まあ、そんなこともあり、その時身につけていた服は、少なからず汚れてしまったこともあって、シーツと一緒に、洗濯機に頑張って洗ってもらっているところなのだ。

そういう行為の後なので。シャワーをお互い浴びることになる。想像に難くないと思われるが、恋人同士、そのような愛しあい方をした後なのだ。一緒にはいろ?ね?と可愛い彼女から、恥ずかしげに、だけど嬉しそうに言われて断れる彼氏諸君などいないだろう。と、いうことで。俺と文乃は、結局一緒にシャワーをあびたのだ。流石に、直接的なアクションは、ほとんどしていない。そこは弁えている。とはいえ、だ。これまでよりも、裸を見せ合うハードルは低くなり。でもそれはドキドキしないことは意味しない。大好きな彼女と見つめあえば、キスの交換にはなってしまい。そうなると、また文乃のことが愛しくもなって、俺の男性器は元気になってしまう。なだめるのが大変だったのだ。

シャワーを浴びた後、リビングにあるゆったりした大きいソファに並んで座り、ようやく、というのも変だが、落ち着いて話せるテンションになった、というのか。おしゃべりをしばらくしていて、そこで文乃が、あ、いけない!と言って、冒頭の流れ、俺が文乃からチョコレートを賜る、ということになったのだ。さて、折角この場で開けたのだ。
「食べても、いいか?」
の文乃に尋ねる。
「もちろん!……あ」
と、何かを思いついた様子の文乃。
「恋人として、あげるチョコレート、なんだから」
と言うと、箱からひとつ、チョコレートをつまみ上げた。そして。
「成幸くん、はい。あーん♪」
と、文乃が俺に食べさせてくれる流れになる。照れ臭いが、抗う理由は何一つない。
「……あ」
と、口を開く。すると、文乃の綺麗で長い指でつまんだチョコレートを、優しく俺の舌の上に置いてくれた。ぱくっと口にした。すぐには噛まず、まずは表面の味を楽しむ。
「!」
ナッツの香ばしい香りととに、甘いチョコレートが口の中でゆっくり混ざり合って、素晴らしいコーディネーションになる。そして、そっと噛んでもみて。
「!!」
中には、もっと濃い味の層が隠れていたのだ!濃厚でクリーミー。文乃が俺のためだけにつくってくれた、ということを差し引いても……。シンプルな感想として。
「とっても、美味しいよ……!ありがとう、文乃」
と、素直に伝えた。俺は笑顔にならないはずがなかった。
「ほんと……?よかった!自信はね、あったんだよ?でも、実際言ってもらえると……すごく、嬉しいな」
そう、文乃は言ってくれた。文乃は、付き合う時間と比例して、気持ちの伝え方がどんどんストレートになってきて。そのまっすぐさで、いつも俺のハートは撃ち抜かれ続けている。つまり、そのたびに文乃のことを好きになっているわけなのだ。

「成幸くん、次も食べさせて欲しい?」
文乃は、少しだけ意地の悪い笑い方で俺を誘惑してくる。俺は簡単に負けてしまう。
「お願いします、お姫様」
と。
文乃は満足げに笑うと、二つ目をつまみ上げる。俺はあーんと口を開けて、文乃にまた食べさせてもらおうとする。

 

その時だった。

 

「……何をしているんだ、お前たちは」

 

と、呆れた声。それは、ある意味、この場でもっとも遭遇したくない人。彼女である古橋文乃の親父さん、古橋零侍さんその人だった。

 

⭐️

 

ばばっと慌てて距離をとる俺と文乃。
「おおおお、お父さんっ!今日は出張じゃなかったの……!?」
と、文乃。はあ、と零侍さんはため息をつく。
「取りやめになったから、帰る。そう携帯に連絡していたはずだが?」
「あ……」
と、文乃。気がつくわけがなかった。だって……あんなことになり、文乃と俺は外を完全に断絶させて、二人きりの世界をつくっていたのだから。
「いろいろと言いたいことがあるが……君だ、唯我成幸君」
「……はい」
かなりの圧がかけられている。多分、これは……バレている、のだろう。娘とその彼氏が、一線を越えていること。
「文乃、少し部屋にいっていなさい。彼と2人で話したいことがあるから」
と、零侍さん。
「あの、でもね、お父さん。わたしももう二十歳だし……」
「文乃、そういうことじゃない」
と、ぴしゃり。零児さんは文乃のセリフをみなまで言わせない。
「俺からもお願いだ、文乃。親父さんと、話をさせてくれ」
俺は腹を括った。
文乃は、俺と零侍さんを交互に見ると、小さな声でわかった、と言って、渋々2階にある自分の部屋へと向かっていった。そして、いよいよ。俺は、彼女との初めてのそういうことの直後に、彼女の父親とタイマンで話すという、エキストラハードなシチュエーションになるのだった。

リビングのダイニングテーブルに移動する。座りなさい、言われ、緊張しながら4人がけの席へと着く。その向かい側に、零侍さんが座った。
「私は、かなり人の心には疎い。が……。
①娘が一定期間交際している彼氏と2人きりの空間にいる。
②2人とも早い時間にパジャマ姿である。
③2人とも風呂上がりの気配がある。
これだけ条件が揃っていれば、状況証拠としては、十分だ」
「……すいません。でも、俺、文乃のことが……」
バレている。誤魔化してもしょうがない。俺は説明しかけたのだが。
「……わかっている」
そう、なぜか少し寂しそうに零侍さんは口を挟んできた。
「文乃は、君のことを随分と好いている。そのことも知っている。遅かれ早かれ、ではあったのだろう。今更、君と文乃の仲をどうこう、とは思わない」
「……責任はとるように。親として君に釘を刺すとすれば、それだけだ」
「静流がいても、こう言え、といわれただろうからな」
二言目は声が小さくて聞こえなかったが、思いの外淡々とそんなことを言われた。俺は深々と頭を下げるしか、なかったのだった。

 

第五章

 

2月17日、土曜日。時刻は18:00を回ろうとしていた。文乃と一緒に初めての経験をし、また、文乃にバレンタインのチョコレートをもらった日から、一週間がたった。俺と文乃は、とある港湾都市にデートに来ていた。2週間続けてのデートというのは、ありそうであまりなかった。2人ともなんだかんだ忙しくしているからだ。今日は、もともと俺が塾講師のアルバイトの予定だったのだが、バイト先の知人に定食屋で奢ることを条件に、シフトを代わってもらったのだった。肌を重ねたからだろうか。いつも以上に、文乃に逢いたくて、恋しくなってしまい。一方の文乃も、同じ気持ちだったらしい。文乃は、いつでも逢いたいよ、と付け加えてくれてはいたが。……本当に可愛い彼女なのだ。

さて、今俺と文乃は、海沿いに近い場所にある、大きな観覧車に乗り込んだところだった。向き合って、ではなく、隣に並ぶ座り方。この街のシンボルのひとつとだ。思えば、ふたりで観覧車に乗るのは初めてだった。そのことに、文乃も思い当たったようで。
「そういえば、観覧車に2人で一緒に乗るのは初めて、だよね?」
「そうだな」
「ふふ。今週も、初めてなこと、したね」
そう、頬を桜色に染めながら、文乃は俺に笑いかけてくれる。なんのことかは、お互いよくよくわかっているから。俺は1週間前のことを思い出しながら、笑ってうなずく。愛しい彼女と、身体でも愛しあう。何度も思い出しては、にやにやしてしまうことが多くて。家族や学校の友人から、かなり気持ち悪がられていたが、しょうがないのだ。その時、ガタン、という音と共に、観覧車が動き出した。
「うわあっ……!」
「……すごいな……!」
少しずつ高くなっていくゴンドラ、そして比例して高くなっていく視界が、ある方向を見れば夜の灯で彩られはじめている街の景色を見せ始めてくれて。違う方向を見れば美しい海とその向こうにある夜景を合わせて紹介もしてくれ。俺と文乃は顔をみあわせる。お互い感動していて、吹き出してしまった。
「ふふふ、綺麗な景色すぎてびっくりしちゃった。あ、ほら!星も見えるよ」
そう言って文乃が空を指した方向を見ると、確かに星が広がり始めてもいて。
「空も海も街も。贅沢な乗り物だねえ」
そういう無邪気な文乃は、夜景を背景に、いつも以上に綺麗に見えた。もうすぐ、てっぺんに差し掛かろうとしている。そこで。右隣に座っている文乃が、俺の右手に、そっと自分の左手を重ねてくれた。あたたかい。文乃は、にっこりと笑いかけてくれていて。奇跡みたいに、可愛い。そう、冗談でなく思いもした。
「俺さ」
「うん?」
「文乃のこと、大切にする」
「十分してもらってるよ?」
「これまでよりも、もっと、大切にしたいんだ」
「……ふふ。怖いくらい、だね」
「……怖い?」
意外な単語だ。
「大好きな人から、そんなこと言ってもらって。幸せすぎるから」
文乃と俺は見つめ合う。そこには熱も、意志もあった。そこで、ちょうどてっぺんにさしかかり。文乃はそっと目を瞑り、俺は優しく、唇を押しつけた。少し、長めのキスになった。惜しみながら、唇を離す。
「文乃、愛してるよ」
「成幸くん、愛してる」
交わす言葉で、お互いのハートに火がつきはじめていることはよくよく伝わりあった。観覧車がとまるまでは。その想いもきっと一緒なのだ。そして、美しい景色に祝福もされながら、再び俺と文乃は唇を重ねはじめるのだった。

 

おわりに

 

観覧車から降りた後。おそらく、2人とも同じ気持ちではあったのだと思う。成幸くんは、いつも通り優しいのだけど、瞳に獣の気配が見え隠れもしてあて。わたしだって……そうだったかもしれないのだ。また、この前みたいに、抱き合えたらな。そう、互いに思い浮かべていただろうから。もしかしたら、ということで、下着は可愛いものを身につけてはいたのだ。しかし、結局、おそらく、成幸くんは相当の理性を総動員したのだろう、帰ろう、ということで、おうちまで送ってくれたのだった。正直、残念な気分もないわけではないのだけれど。成幸くんは、おそらくわたしを大切にしてくれようとしているのだ、ということも伝わってくるから、その姿勢も尊重しなきゃな、とも思うのだった。

お風呂から上がって、ドライヤーで髪を丁寧に乾かす。そのとき、携帯がチカチカと光っていることに気づく。メッセージだった。
『デートありがとう。楽しかった。今度は三月になっちゃうかもだな……。寂しいよ』
ふふふ、と自然と笑みを浮かべてしまう。成幸くんとのメッセージのやりとりは、いつも心をあたたかくしてくれるものだから。返信を少し考えて。迷いつつ。でも、本音を滲ませようとも思って。

『今度は、たくさん愛してね♪』

そんなメッセージを送ってみた。恥ずかしい。たぶん、いまわたしの顔は真っ赤だと思うけれど。言葉にして、気持ちを伝えたかったから。バレンタインでは、チョコレートよりも、もっとはっきりとした愛の証明をお互いした。しっかりと伝えあうこと。そのことがとても大切なんだと、実感もしたのだ。さて、成幸くんが、頭を抱えて返事を悩んでいるのが目に浮かぶようだった。さあ、乙女心の実践問題だ。がんばってね、成幸くん!そして、メッセージの着信の合図があり。わたしは、いつも以上にドキドキしながら、愛しい彼氏である成幸くんの、いつもよりもストレートな愛が伝わるお返事を、にこにこしながら何度も何度も読み返すのだった。

 

(おしまい)

 

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