古橋文乃ストーリーズ〜流れ星のしっぽ〜

「ぼくたちは勉強ができない」のヒロイン、古橋文乃の創作小説メインのブログです。

❄️空から降る一億の雪なれど[x]の夜は熱を帯びるものである🎄

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【古橋文乃の場合⭐️】

 

『……それでは、12月24日16:00、夕方からのお天気についてです。外苑前の鈴木さん?』


『はい!今日はクリスマスイブですね!大切な人と過ごされる方も多いんではないでしょうか。外苑前もご覧の通り人手がいっぱいです。さて、夕方から夜にかけてですが、雪が降る可能性が高くなっています。ところによっては、大雪になることも予想されますので、ぜひ暖かい服装を……』

 

天気予報のお姉さんのいつもよりも華やいでいる声を聞きながら、わたし、古橋文乃は鏡と向き合っていた。

 

大学一年生。勉強、勉強、勉強の毎日。でも、時々……成幸くん。これがまた、幸せでしょうがないのだ。わたしの大切な、大好きな、恋人。

 

そんな彼と、クリスマスイブにデート。気合いがはいらないわけがなく。洋服のチョイスは一週間考えていたし、お化粧もいつもの倍は時間をかけている。ようやく(我ながらほんとうに、だ)、最後の仕上げ。お父さんから去年の誕生日にもらった、お母さんが好きだったというブランドのリップクリーム。『キスしたくなる唇をあなたに……』がキャッチコピー。まあ、その、なんというのか。うん、そういうことを、期待していないわけではないというか。だって、いまや恋人同士なのだから。あったらいいな、と思っているわけなのだ。

 

「……よし」

 

唇をパクパク、としてリップクリームを馴染ませた。鏡の中のわたしとにらめっこ。向こうの『わたし』も、こちらのわたしに頑張ってね、とウインクしてくれたような気がした。

 

姿見の前でも、最後のチェック。黒のシンプルなニットに、淡いオレンジがベースで、黒と白がおしゃれに彩る、チェック柄のスカート。それに、丸めのブラウンのころんとしたバッグを合わせた。その上に、薄めのベージュのトレンチコートを羽織る。どの服も、成幸くんには内緒で買い揃えていたものだ。少しだけポーズを決めてみる。うん。わたしができる限りの全力だ。可愛い、恋する女の子の出来上がり!

 

「お父さん、出かけてくるね!」

 

リビングでコーヒーを飲んでいるお父さんに一声かけて。

 

「さすがに私もそこまで野暮ではない。唯我君とのデート、楽しんでくるといい。だが、……夜には帰ってくるんだろうな?」

 

少しだけ眉間に皺を寄せているお父さんに、そんなふうに声をかけられて。

 

「えっと……」

 

言い淀む。夜、まで……か。実は、少しだけ、考えていないわけではない、というか。これまで、ええと、成幸くんとわたしは、一線は越えていない。はっきりとそのことについて語り合ったことは実はなくて、でも、なんとなくだが、お互い20歳になってから、みたいな暗黙の了解みたいなものはある。今のところ。

 

わたしは、そりゃあ、ねえ、あの、ねえ。うーんと。好きな男の子が相手なのだ。そういうことを、してほしい、とは、ひそかに思いはしている。でも、お互いの気持ちが一つにならないもダメだろうから。

 

とはいえ、今日はクリスマスイブというわけで。ひとりの恋する乙女としては、ほのかな期待がないわけは、ない、というような。なので。

 

「あはは、たぶん、帰ってくるよ!たぶん!」

 

とお茶を濁してその場をぱっと立ち去る。文乃、そんなことはまだ早いからな!と珍しくかなり焦ったお父さんの声を背中で受け止めながら。

 

わたしは、急ぐ。

 

愛してやまないわたしの最愛の星である、成幸くんのところへ。

 

【唯我成幸の場合💫】

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「あれ?あのジャケットどこにいったっけ?」

 

「こらあっ、和樹!お兄ちゃんの洋服もっていっちゃだめじゃない!」

 

「えー。なんだよー。水希ねーちゃんのおたんこなすー!」

 

「なんだ和樹、お前が持ってたのか……」

 

「まったく、もう。はい、お兄ちゃん」

 

そういって、水希が取り返してくれた俺のジャケットを受け取る。文乃が選んでくれた逸品だ。あまり金のない俺は文乃と古着屋で探すことが多いのだが、文乃が絶対成幸くんに似合う!といって見つけてくれたもの。普通のものより細身なデザイン、きれいな紺色だ。シンプルで確かにどんな組み合わせにも合わせやすいのだ。かしこまったデートにも、もちろん使える。

 

「ありがとう、水希」

 

「文乃さんとのデート、楽しんできてね。本当は、足をつかんででも止めたいけど」

 

水希は顔は笑っているが目は笑っていない。これ以上機嫌が悪くならないうちに行かなければ。

 

「もちろん、夜には帰ってくるんだよねえ?」

 

水希はその怖い笑顔のまま、俺に問いかける。

 

どきっとした。夜、ねえ。俺と文乃は、まだ一線は越えていない。たぶん、どちらかと言えば、俺がすごい理性で(我ながらそう思う)踏みとどまっているから。俺も男だ。愛しい文乃と、二人きりで、いい雰囲気になれば、それは、それは、それはもう。そういうことを、したい。それはそうだろう。

 

だけど。同時に、文乃は俺にとってとてもとてもとっても大切な女性でもある。だから、ちゃんとしたいな、という気持ちも強くあり。せめて、年齢がある程度になったくらいだ、我慢しろ俺、と日々戦っているところではある。

 

だが、今夜。クリスマスイブで。文乃とそういう雰囲気になって……どうするんだ、俺。今、この場でその答えは出ずに。

 

「たぶん帰るよ、たぶんな!」

 

そうあとずさりながら伝え切ると、玄関のコートを掴んで、背中を向けて逃げ出すように駆け出す。

 

「おにーちゃーん!待ちなさい!!」

 

水希のどこまで冗談(本気なのかも)かわからない声を背中で受け止めながら。

 

俺は、急ぐ。

 

愛してやまない俺の最愛の星である、文乃のところへ。

 

【古橋文乃の場合⭐️⭐️】

 

「成幸くんっ!ごめんねえ、待った??」

 

待ち合わせ場所、駅前のいろんなお店が入った複合施設正面の、クリスマスツリーの前で成幸くんを見つけて、わたしは駆け寄る。成幸くん、成幸くんっ、成幸くんだっ!!

 

「文乃!…………!!」

 

成幸くんは目を丸くしてわたしを見ている。あれ、そんなに似合ってない!?わたしは焦って自分の服を見直して。

 

「……変、かな?」

 

緊張しながら、そんな問いかけをしてみると。

 

「変なわけないだろ……。可愛いよ。とっても。なんだ、ほかになんて言えばいいか、わからない」

 

照れながら頬をかく成幸くん。顔が少し赤い。

 

「そっかあ……よかったあ」

 

わたしは心底ほっとして。

 

「えいっ♪」

 

成幸くんと腕を組む。

 

「……今日は、いつもよりくっついていたいから」

 

そう、正直に成幸くんに今の気持ちを伝える。成幸くんはにこっと笑ってくれた。

 

「クリスマスイブだからな。じゃあ、行こうか!」

 

「うん!」

 

⭐️

 

今日のデートコースは、実はわたしは知らない。成幸くんが、情報ゼロでエスコートしてくれるという、いつもとテイストが違うものである。

 

他愛もない話をしながら(とはいえ腕を組みながらなので、もう、ドキドキしながら)、見知った景色の場所を歩いていた。一ノ瀬学園からそこまで遠くない、商店街を進み。

 

「ほら、ここ」

 

「懐かしいね……!あれ、でもここ、潰れちゃったって聞いたけど……」

 

そこは、小さなミニシアター系の映画館だった。高校生の時。わたしと成幸くんは台風の中、デートみたいなことをしていたのだけれど。その時、雨風から逃げ込んだ場所だったのだ。でも、確か春先にもう店じまいしてしまったはずだったが。

 

「いいからいいから」

 

という成幸くん。わたしは???となりながら、一緒に向かう。

 

近づくと、扉の側に小柄なおじいさんが待っていた。

 

「こんばんは、唯我くん」

 

「今夜はすいません」

 

「いやいや。この映画館も、喜んでいるよ。若い恋人たちがきてくれたんだから」

 

ぺこり、とわたしも頭を下げる。

 

「文乃」

 

名前を呼ばれて、なあに、と成幸くんに視線を向ける。

 

「今夜は、映画をみよう。貸切、だよ」

 

「ええ、すごい!!」

 

あまりの展開に、びっくりだ!

 

「文乃が好きな女優さん。ほら、オードリー・ヘップバーンの」

 

「え、え、もしかして……」

 

「うん。『ローマの休日』!」

 

「うわあ!わたしが大好きな映画!覚えていてくれたんだ……!」

 

困る。成幸くんは、いつもこうだ。びっくりさせてくれるし、それはわたしのことを大切にしていなければできない、驚かせ方ばかりだから。どんどん、どんどん、好きになってしまうのだ。

 

わたしはもう、ドキドキがとまらないまま、おじいさんに案内されて、成幸くんと席に案内されるのだった。

 

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【唯我成幸の場合⭐️⭐️】

 

「どうしよう……わたし、幸せすぎるんだけど……」

 

美味しそうな寿司、正確には創作寿司なのだが、それがずらっと並ぶ様は壮観だ。

 

「これはアボガドとうなぎのロール寿司、こっちはミル貝をヨットに見立てた握り、これはサーモンを少しだけ炙って、フランス産のクリームチーズを合わせたやつね」

 

「うん、うん……おいしー!おいしーよ、成幸くん!!」

 

もう文乃は満面の笑みだ。

 

「……でも、本当にこんな美味しそうなのにひとり3,000円でいいの??」

 

と、文乃が小声で聞く。

 

「うん。このお店、来月オープン予定らしいんだけど、特に若いカップルの感想を知りたいみたいで。それをバイト先の人が繋いでくれたんだよ」

 

「そっかそっか。映画館も、成幸くんのお母さんが知り合いだったから貸し切れたんでしょ?……成幸くん、すごいね」

 

「ダメ元でお願いしてみたんだよ。そしたら、面白いって快諾してくれたんだ。お金はいらない、幸せな二人の笑顔があれば、それで十分っていってくれてさ」

 

「そうなんだ。ああ、映画も、素敵だったなあ……。やっぱり、アン王女の何気ない仕草が上品なんだよね。あの演技は、オードリー・ヘップバーンだったから、似合ってるんじゃないかなあ。アンとジョーが少しずつ距離を縮めるのも、すっごく丁寧な演出だから、憧れちゃうんだ」

 

文乃は忙しい。貸し切っての映画もすごく楽しんでくれて、その感想もたくさん話してくれるし、かと思えば、次々に出される創作寿司を食べては感動しているし。俺はそんな文乃が可愛くてしょうがない。

 

「どのデートも、嬉しいんだけど。今夜は、特別だね」

 

ふと、そういってきれいに文乃は笑ってくれた。

 

困る。文乃は、いつもこうだ。俺が文乃のために何かをしたとすると、文乃はそのことに喜んでくれる。喜んでくれる彼女の笑顔は、本当に、いつも綺麗。その笑顔が見たいから、俺はまた、頑張ってしまうのだ。そんな彼女が、今日も可愛くて。だから、恋に落ちるのだ。そのたび、何度も、何度も、何度だって。

 

【🌟ふたり🌟】

 

「あー、おなかいっぱい!」

 

「美味しかったな!俺も少し食べ過ぎたよ」

 

文乃と成幸は、二人とも心から満足しました、という表情で歩いている。腕を組んでいて、寄り添うふたりは、お互いの好きがあふれていた。

 

「今度のデートはわたしがプラン考えるからね!」


「それは楽しみだ」


「どうしようかな……やっぱりご飯は美味しいところがいいよね。成幸くん、何か食べたいもの、ある?」


「うーん。そうだな、焼き肉、とか?」


「いいねえ!天花大学の近くにいいお店があるみたいだよ。同級生が言ってたの」

 

その時。しんしんと。宙を舞い始めるもの。

 

「わ。成幸くん、見て……!」

 

白い空からの贈り物。雪が、降り始めていた。

 

「ホワイトクリスマスだね」

 

「ああ、綺麗だ」

 

空を嬉しそうに見上げる文乃。そんな彼女を優しい眼差しで見守る成幸。彼の綺麗だ、がどちらを指しているかは明白だった。

 

成幸が、文乃をそっと抱き寄せる。

 

「あ……♪」

 

「文乃……」

 

「なりゆき、くん……んっ」

 

成幸はそっと文乃に口づけをする。

 

文乃は幸せそうな笑顔になる。そのキスが彼女に無限のパワーを与えたような。

 

「……クリスマスイブって、すごいね。願いが、かなっちゃった」

 

「どんな願い?」

 

「成幸くんのキスが欲しかったの」

 

「……わたしも」

 

そして、今度は、文乃から成幸への、口づけ。さっきよりも少しだけ長くつながるキス。

 

文乃のうるんだ瞳が、成幸に問いかけていた。伝えたい気持ちがあるから。

 

「……わたしを抱きたいと思ったこと、ある……?」

 

漏れでた文乃の本音。成幸の耳元で、彼に聞こえるだけの音量。文乃も気取って言ったわけではない。耳まで真っ赤だ。

 

「……思ったことないわけないだろ……」

 

文乃を抱きしめる手に少しだけ力をいれながら、成幸は返事をする。

 

「正直、もしいまからそういうことしたいかって言われれば、したいよ。文乃が大好きなんだ。そりゃ、そうだよ」

 

「でも……。大切にしたい彼女だから……」

 

成幸は、理性を全て動員して、なんとかその気持ちを退けたようで。

 

文乃も一瞬だけ残念そうな表情を見せるものの、納得したようにうなずく。

 

「成幸くんは、わたしが好きなんだよね」

 

文乃は一転、嬉しそうだ。

 

「?……好きだよ、大好きだ」

 

成幸が不審がる。

 

「わたし、思ったんだ。成幸くんに、丁寧に、大切に、愛してもらってるって」

 

「だから、もう一度……」

 

また、文乃は成幸に唇を押し当てた。

 

「わたしも好き、をたくさん伝えなくちゃ」

 

2人はお互い笑顔になり。

 

降る雪は次々にあらわれて。その数はどれくらいのものなのか。

 

ただ、この夜は。どれだけ雪が舞い落ちたとしても。

 

成幸と文乃の恋の熱は、冷めさせることはできないだろう。

 

(おしまい)

 

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