古橋文乃ストーリーズ〜流れ星のしっぽ〜

「ぼくたちは勉強ができない」のヒロイン、古橋文乃の創作メインのブログです。

或る人は[x]の先達なるも出藍の誉を見出すものである

胃の 

【はじめに】

 

「古橋文乃です、よろしくお願いします!」

 

うちの研究室に、新人がきた。性格もきさくでなにより美人、という事前情報だけは嫌というほど聞かされた。不思議なのは、同性からも悪い話を聞かないこと。あっても、それはたぶんやっかみだな、ということがすぐわかるものばかりで。まあ、会ってみなけりゃわからんか、と思ってはいた。

 

彼女に目を向ける。

 

シンプルな白いブラウス。小さなリボンがあしらってある紺色のフレアスカート。ワンポイントで、薄い水色のスカーフをしていた。悪くないセンスだ。ちゃんと、自分にどんな服が似合うのかわかっている感じ。化粧は薄めのようだ。それでも、顔立ちが整っていることは隠しようがない。きりっとした美人だと言われる(自慢ではなく、事実として、ね)、あたしも羨ましくなるくらいだ。目が大きくて形も綺麗、鼻筋もすっと通っていて。スタイルも良く、肌の色も白い。いわゆる女の子らしい、正統派の美人である。同性で羨ましくない子はいないんじゃないの、そこまで思ってしまう。

 

そんな考え事をしていて、ふと気づくと、研究室メンバーの紹介になっていて。


研究室の教授があたしに話を振る。


「この人は、天津 星奈(あまつ せな)さん。うちの研究室のとりまとめ役、みたいなもんだ。何か困ったことがあれば、天津さんに相談すればいい」
そう紹介され、あたしは軽く頭を下げる。

 

その子はあたしに対して緊張しているようだった(あたしの一見きつそうな印象からめずらしいことではない、残念ながら)。

 

まあ、徐々に慣れてくれればいいや、と思う。

 

そんな中、あたしは、この子についてある人と交わした会話を思い返していた。

 

【第一章】

 

「おはよう、麻子さん」


「ああ、あんたかい。それにしても、名前呼びはやめてほしいもんだね」


「いいじゃん、ほかにお客さんいない時だけなんだから」

 

あたしは銀星珈琲に来ていた。朝の早い時間で、誰もいない。

 

在学生の中では古株の部類だと思う。いま、博士課程の3年生で、入学して以来、週に一度は、必ず来ている。麻子さんというのは、店主の名前だ。宇多 麻子(うた あさこ)さん。とてもかっこいい、おばあさんなのだ。少し小柄なのだが、背筋はいつもぴんっ、としていて。きれいな銀髪で、一括りで結んでいることが多い。あたしが通い始めたばかりの時には旦那さんがいて。物静かな人だった、麻子さんとは静かな愛情が感じられて。いいご夫婦だな、と初対面で感じたことは忘れない。

 

いつものね、と言って、あたしはお気に入りの席にどかっと座る。麻子さんは、すぐにエスプレッソを出してくれた。そこで。


「今度、あんたのところに有名人がくるんだろ?例のあの子」


少し面白そうな顔で麻子さんが問いかける。


「さすが、情報通だね」


「見たことは?」


「遠くから少しだけ、ね。その子についての話を聞いたことはたっくさん!」


うんざりなのだった。同じ研究室にその子がくるということで、馬鹿な男どもがもう無駄に目を輝かせながらあたしにいろんな話を持ちかけてくる。①その子がどんなに素敵なのか熱弁、②ぜひ話がしてみたいのでとりもってほしい、飲み会とか、③付き合いたいがどうすればいいか、とか。①は無視、②も無視、③も無視、だ。特に③。自分で気持ちを伝えられもしない男など、男でいる価値はない。睨みつけること多々。

 

あたしは元々キレやすく、『(天花大学で最も怒らせると怖い)大虎系美人』、というわけのわからないあだ名があることもあり、すぐにあたしの周囲からそんな期待に胸を膨らませたやつらはいなくなったのだが。

 

「麻子さんも見たことあるんでしょ?どんな印象?」


「あたしが客について話すわけないだろ」


麻子さんはそっけない。


「たまーに男の子とこのお店にくるらしいじゃない?彼氏?」


「さあね」


「……はっはっは!」


急に麻子さんが笑い出した。


「あんたが逆にここまで気にしてるのが不思議だよ。周囲がどうだろうと我が道を生き続けているあんたが、ね」


とたんにバツが悪くなる。たしかに、あたしが怒っていたやつらと同じことをしてしまっているわけだし。


「簡単じゃないか。あんたの後輩になるんだから。可愛がってやんな」


そう麻子さんはにこっと笑うと、奥へ引っ込んでしまった。


「ま、そりゃそうなんだけど、さ」


いつもよりも少し苦いな、と思いながら、あたしはエスプレッソを飲むのだった。

 

【第二章】

 

「昨日も紹介されていたけど、念のため名前言っとくよ。天津星奈だ。博士課程の3年生。とりまとめかどうかはわからないが、まあ、学生たちの年長者だから、それなりにいろいろわかってはいるつもり」

 

少しお話ししようか。まあ、新人のオリエンテーションみたいなもんだよ。気楽に、気楽に。そう言われて。

 

天津さん。いや、天津先輩、になるのか。

 

天津先輩とわたしは、向き合っていた。

 

かっこいい女性、という第一印象。白いシャツにジーンズ。でも、そのシンプルな装いが似合う。長い足を組んでいる。切れ長の目。目力が強い。美人だけど怖い人だよ、といろんな人は言っていたけれど。

 

「は、はい。よろしくお願いします」

 

そこで、ふ、と天津先輩が肩の力を抜いたように見えた。

 

「あなたのことは、そうだね、古橋ちゃんって呼んでもいい?」

 

「あ、はい」

 

「古橋ちゃんさ。好むと好まざるに関わらず、あなたは有名人だ。天文学で言えば……そうだね、白鳥座Xー1みたいなもんかな。いろんなものを引きつけてしまう」

 

「あの、ブラックホールの候補になっている星ですね」

 

「そう。だけど、確実ではなく、将来覆される可能性もまだあるんだよ」

 

あのさ、と天津先輩は続ける。強い視線のまま、だ。

 

「率直に言っておく。あたしは、自分で見たもの、聞いたことしか信じない。星は昔から好きだったけど、いろんな星座のあらましを知るたびに、自分の力で確認したい、そして、自分の血や肉にしてやる」

 

「だから、ここにいる」

 

「古橋ちゃん。あなたについても、いろんな話を聞かされた。でも、そんなものはどうでもいい。直接、聞かせて欲しい。あなたが、星を好きだ、と。この研究室で学ぶに足る人間だと。証明できるかい?」

 

「死ぬほど聞かれてることだろうから。でも、表面的な話が聞きたいわけじゃない。あなたの言葉で、教えて」

 

厳しい試され方だ。たぶん、何を言葉にしても、このお話はそこで終わるだろう。でも、その言葉の内容如何で、天津先輩のわたしへのファーストインプレッションは変わってしまう気がして。

 

人によく思われたいわけじゃないけれど。直感的に、この人は好きだった。だから、逃げずに正面から話そう、そう思って。

 

「北極星ってありますよね」

 

「うん」

 

「りゅう座のトゥバン。こぐま座のポラリス。そして、ケフェウス座のアルデラミン」

 

「皆が、そこに居続けてくれると思っている星も。移り変わるものです」

 

わたしは、少し肩に力が入っていることを自覚しつつも。伝えたい言葉を、選びながら話していた。

 

「わたしには、大切な恋人がいます。彼は、わたしにとっての北極星なんです」

 

天津先輩は驚いたみたいで、目を少し見開いている。

 

「わたしは、笑ってしまうくらいできないことが多くて。数学もそう。家族との向き合い方もそう。友達が恋敵になったときもそう」

 

「好きな人に気持ちを伝えることすらも、臆病でした」

 

「だけど」

 

「彼がいたから、わたしは変われた。前に進めたんです」

 

「シリウスは、かつて、連星でした」

 

「片方のシリウスβは白色矮星になってしまいましたが、それでもシリウスαとβは寄り添っています」

 

「今も夢を頑張っている彼に負けないために、一緒にいられるために、わたしは、星を学びたい。学び続けたい。そして、変わり続けたいんです」

 

話終わってから、わたしは何を、と途端にあわあわし始めた。どんなリアクションに、なってしまうのだろうか。

 

【第三章】

 

「あっはっは!」

 

あたしは思わず声を上げて笑ってしまった。研究室中に響いたようで、みながぎょっとしたようにこちらを目をやる。

 

「たしかに、あなたの言葉だったよ。生半可なものだったら、たぶん聞き流してる」

 

「でも、あそこまで正直に言ってくれるなんてね。まいったよ、あたしの負けだ」

 

あたしは両手を宙にあげる。

 

「気に入ったよ、古橋ちゃん」

 

そう言って、あたしはとびっきりのウインクをしたのだった。

 

彼女、古橋ちゃんは研究室のメンバーと打ち解けるのもはやかった。気さくで良い子。コミニュケーションも上手だ。特に同性ともすぐに仲良くなって。

 

何より、見た目と違って、泥臭くやるのだ。勉強の話。遅くまで残るのは当たり前で。集中力がすごくて。質問魔でもある。面倒見のよいやつが多いこの研究室は彼女にぴったりだと思う。こんな姿勢を続けられるのなら、きっともっと伸びると思う。

 

あたしにも、すぐに懐いてくれた。まー、怒りっぽいあたしの地雷を全然踏まないのだ。女の子には比較的優しいあたしだが、それにしてはよく人を見ている。心の機微にも聡いのだろう。でも、それが無理していてあたしに媚びている感じはまったくなくて。

 

あたしが、古橋ちゃんから文乃ちゃん呼びになるのに、そんなに時間はかからないのだった。

 

【第四章】

 

「で。あなたは、文乃ちゃんのどこが好きなわけ?」

 

はじめまして、もそこそこに、天津先輩は成幸くんに直球すぎる質問をぶん投げていた。回りくどい言い回しは大嫌いな天津先輩らしいな、と思いつつ。

 

ここは、都心のベルギービールが美味しいお店。天津先輩のいきつけのようだ。店員さんたちと仲良し。

 

文乃ちゃんの北極星、見せてよ。ある日、天津先輩にそんなことを言われて。成幸くんに聞いてみると、わたしがしょっちゅう話題にだす天津先輩に会ってみたいな、少し緊張するけど、とのことで。

 

とんとん拍子に話は進み。3人でこのお店で飲むことになったのだった。それはよいのだけれど。

 

冒頭の、いきなりの天津先輩のアタック。成幸くんどうするのかしら、と少しハラハラ。

 

ええと、と少し戸惑いつつも、成幸くんは口を開いた。


「優しい、ところです。周囲への気配りもうまいし」


「心の機微にも敏くて。俺のことも、いつもよく気づいてくれて、悩んでいてもすぐばれてしまいます」


「頑張り屋です。一度こう、と決めて、そのための積み上げ方がわかっていたら、もう突き進んでいきますけど、清々しいんですよ」


「でも、文乃は不器用でもあって。自分のことで、損しがちなんですよ。自分を優先できないところがあるから。優しいことの、裏返しです」


そこで、成幸くんは少し照れ笑いをする。


「文乃は、ずっと俺の心の真ん中にいます。俺は、文乃にずっと寄り添いたい。連星っていうんですかね。そんな、星みたいに」


「全部が、大好きなんですよ」

 

成幸くんは、あ、本音で語りすぎた、と思ったのか、顔が真っ赤だ。

 

それは、わたしも同じ。嬉しいけれど、ね。

 

天津先輩はといえば。

 

がん、と頭を机に押し付けている。どうしたかと思えば、くつくつ、と笑っていた。

 

顔を上げるなり、

 

「参ったよ!!!」

 

そう、宣言する。

 

「初対面のあたしに、文乃ちゃんは君の話をするし。君は文乃ちゃんのことを好きなわけをつらつらと話せてさ」

 

「あなたたち、お似合いよ?」

 

そう、天津先輩はとてもよい笑顔を向けてくれた。

 

「一つ、お話を贈ろうか」

 

「唯我君、スピカって、知ってるかな?はい、文乃ちゃん、説明してあげて」

 

「あの、おとめ座で一番明るい星、なんだよ。おとめ座アルファ星っていうの。春の星、だよ。21個ある一等星の、一つなんだ」

 

「そう、そのスピカ」

 

「春の大三角形がある。そのスピカと、うしかい座のアークトゥルス、しし座のデネボラの3星でできるものだ」

 

「うしかいは、おとめに恋をしていた。でも、おとめの気持ちはわからない。うしかいは、ししに聞いてみた。おとめは自分のことが好きだろうか、と。ししは浅い眠りのまま、適当に答える。おとめはうしかいなんか好きじゃないよ、と。うしかいは、腹をくくった。好きだと思われていなくとも、おとめに気持ちを伝えなきゃ、って」

 

「うしかいは、おとめに伝えたんだ。好きだ、と。おとめは、涙を流す。うしかいは、驚いてしまう。そんなに、嫌われていたのか、と。肩を落としてその場を去ろうとしたとき、おとめによびとめられた。ありがとう。私もあなたが好きでした、と」

 

「男と女が結ばれるためには、偶然が必要なこともある。ししが、適当なことを言ったように、ね」

 

「でも、うしかいが行動しなければ、なにも変わらなかったんだよ。結局のところ。それが、偶然を必然にしたんだ」

 

「あたしは、あなたたちを見て、思ったよ。ただ、結ばれるべくして結ばれたわけじゃない。2人の想いが、気持ちを、身体を突き動かして、偶然の出会いを必然の結びつきに変えたんだって」

 

「あなたたちの幸せを、祈ってるよ」

 

そういってくれる天津先輩の笑い方は、いつになく優しくて。わたしは少し、泣きそうになってしまった。お話もとても素敵で。

 

 

「今夜は、あたしの奢りだ。たくさん飲め、とはいわないけれど、ほどほどに飲んで、楽しい気分になってさ。惚気てちょうだいよ、お姉さんをにやにやさせて」

 

そうもいってくれて。

 

思わず顔を見合わせた成幸くんとわたしも、笑顔になり。

 

「「「乾杯!!」」」

 

そうやって、天津先輩と、成幸くんと、わたしは、この夜を、心の底から楽しんだのだった。

 

【おわりに】

 

「すごく楽しい人だったな」


「でしょ?わたし、大好きな先輩だよ」


わたしと成幸くんは、お店から手を繋いで帰っている。

 

お互い、ほろ酔い、くらい。

 

天津先輩はお酒は大好きな人だけど、周囲に無理に飲ませるようなことは絶対にしないのだ。自分の中での絶対線がすごくしっかりしている。

 

お話もとても上手で、それなのに聞き上手でもあり、わたしも、成幸くんも、高校生の頃のお話しから、最近のデートのことまで、たくさんたくさん話すことになってしまった。

 

ふと、成幸くんの横顔を見る。

 

わたしが星を学びたい気持ちを後押ししてくれて、わたしがもっと頑張る理由をくれた人。

 

わたしは、だから、ここにいるのだ。

 

少しだけ、握る手に力を込めた。

 

「文乃、また今度、星を見に行こう」


「うん、いいねえ!」


はにかむ彼の笑顔を見ながら。独り占めできる幸せを、想いあえている奇跡を、感謝するのだった。

 

(おしまい)

 

 

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比翼連理なるふたりは舞う[x]に想いを重ねるものである

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【はじめに】

 

「うわあ、このサバ味噌、とっても美味しいねえ!とろとろ〜!」

 

「だろ?文乃も喜んでくれて嬉しいよ」

 

目の前で、大好きな彼女である、古橋文乃が、サバ味噌定食を食べている。幸せそうだ。

 

大学2年生の春を迎えた。怒涛のように一年が過ぎた。実感があまりないなかで、学年が一つあがった。

 

充実した日々。それは、やはり夢につながる勉強を精一杯やることができる環境にいるから。でも、それ以上の理由もある。

 

古橋文乃。お付き合いしている、大切な人。彼女の存在が、とても、とても、とっても、大きい。頑張れる理由である。文乃は、お互い様だよ、と笑ってくれるけれど。

 

そんな、ある日のこと。

 

文乃の夕方の講義が突如休講となり。俺の夜のバイトも今日はお休みで。そんなことをお昼にメッセージでやりとりをしていて。

 

『あのさ。六花大に遊びにいってもいいかな?』

 

との文乃の提案があり。そういえば、俺は何度か文乃の通う天花大学に行ったことはあるけれど、反対に文乃は俺が通う六花教育大学にきたことはない。

 

天花大学は比較的都心にあり、六花教育大学は郊外にあることも関係しているかもしれないが。

 

『文乃が良ければ、おいでよ』

 

そう返事をして、プチデートと相なったのだった。文乃と逢える。それだけで、俺の胸は高鳴るのだった。

 

【第一章】

 

「んー、お腹が幸せ〜♪」

 

定食屋を出て、そんなことをいいながら文乃が大きくノビをする。

 

六花大の学生御用達のこの店。仲の良いご夫婦がこの地に根付いて30年。安くて、早くて、美味い、を実践している。

 

特にサバ味噌定食が絶品で、一番人気なのだ。大盛りにできるほかほかご飯、お袋の味つけの温かいお味噌汁、おしんこ、切り干し大根がたくさん入った小鉢、そして、ほろほろになっている身と甘くて濃厚な味噌で素晴らしい味付けになっているサバ味噌。男子学生が満腹になれる量。これで600円!

 

俺も週に一度の贅沢で、通わせてもらっている。顔も覚えてもらって、ありがたいことだ。

 

どうしていきなり定食屋か。

 

文乃を最寄り駅まで迎えにいき。お互い笑顔で駆け寄った。さあ、これからどうしようか、となった瞬間に、ぐー、と文乃がお腹を空かせた合図を鳴らしてしまい。


「違うの!これは……そう、謎の動物の鳴き声だよ、きっと!探しに行こう、成幸くんっ!」


そう、顔を真っ赤にしながら弁明した文乃を、ぜひ連れていきたい!といって案内したのだった。

 

美味しさは折り紙つきで、さらにお腹も空かせていて。文乃の食べっぷりはそれはもう、見事なものだった。それを見たおかみさんが、サイドメニューの小鉢を俺と文乃にただでつけてくれたほど。


「こんな別嬪さんがたくさん食べてくれてありがたいねえ。ほら、あんたも負けずに食べなさい!」


そう言ってくれたのだ。

 

「じゃあ、次はキャンパスが見たいなあ」


「なんだ、急に元気だな?お腹いっぱいになったからか?」


そう言ってからかう。


「成幸くんのいじわるっ!」


そう笑いながら文乃は俺をぱしぱしと叩く。と、いうことで。定食屋から歩いて5分のキャンパスに向かうのだった。

 

【第二章】

 

成幸くんが、がんばって勉強している六花教育大学のキャンパス。

 

「広いねえ〜!」


「街中じゃないからかもな」

 

わたしの通う天花大学よりずっと敷地が広い。講義棟も多いし、通りも幅広だ。

 

「春とはいえ、少し肌寒くなってきたな。大丈夫か?」


「うん、ありがとう。コートの下もちゃんとあったかくしてるから、平気」


「それに……ほら!」


そう言って、成幸くんと手を握っている方を高く掲げる。


「ね、これだけであったかいもん」


わたしの本音。成幸くんは、ぽりぽりと頬をかいて照れ笑いをする。

 

さて。ここの大学は、ほとんどの学生さんが先生志望だし、それ以外でも学校に関わる仕事に就くことが多いらしい。すれ違う学生さんは、先生の卵なのかあ。そう思うと、少し緊張してしまう。

 

「別にみんな普通の学生だよ、かたくなるなよ」


そう、成幸くんは言ってくれるけれど。


「なんだか、ちゃんと勉強してる?って雰囲気がしちゃうの」


と、わたしは苦笑混じりに答える。もちろん、毎日一生懸命勉強に打ち込んでいるけれども。自信を持って勉強してます、と言えるけれども。でも、ねえ。その時。

 

「おおい、唯我!」


「ああ、おつかれ」


成幸くんに声をかける男子学生3人組。わたしもぺこり、と頭を下げる。

 

一瞬、場の時間が止まってしまう。

 

「び、美人がいる……」


「唯我、なんで手を握って歩いてるんだ……?」


「あ、ああ、妹、妹だよな……?よく少女漫画で勘違いされるやつ」


三者三様のリアクション。成幸くんはなんて答えるのかな、と思い、ちらりと目を向ける。


「ええと。彼女だよ」


そう成幸くんが断定してくれる。この紹介の仕方。とっても、嬉しい。


『ぐわあああああああ!!!』


「どちらかと言えば地味目な唯我はこちら側だと思っていたのに……」


「圧倒的じゃないか、この戦力差……」


「……お幸せにな……」


そう、大袈裟に皆さん言いながら、ふらふらとその場を立ち去っていった。

 

「……面白い人たちだったね」


「いったろ、普通の学生ばかりだって」


「あのさ。大学の中でカップルって、いるの?」


「ん?もちろん。図書館とかで一緒に勉強したり、食堂でご飯食べたり、なんとなくぷらぷら2人で散歩する人たち、よく見るよ」


成幸くんと、同じ大学だったら、どうだったかな?そんなことをふと思う。ずっと一緒にいるかもしれない。それはそれで、間違いなく幸せな生活なんだろうけど。だけど。

 

「いつも一緒じゃなくても、俺は文乃をいつも想っているから」

 

「寂しくないよ」

 

こんなセリフを。笑顔でさらりと言ってくれる。だから、わたしは、何度も何度も彼に恋をしてしまうのだ。

 

「ありがと」

 

わたしは顔を赤らめながら、成幸くんと握りあっている手に力を込めるのだった。

 

さて、そろそろ日が暮れてきて。これから、どうしようか。

 

【第三章】

 

「あのさ、文乃に見せたいところがあるんだ」


そう切り出す。


「少し歩くんだけど、大丈夫?」


「うん、もちろん!楽しみっ、楽しみっ♪」


喜んでくれているのがわかる。いつも、そうだ。文乃は俺といる時間を楽しんでくれる。そのことがまっすぐに伝わってくるから、俺は幸せでたまらない。だってそうだろ?お互いに好きで、お互いを幸せにできる関係。これ以上望むべくもない。そう感謝する。

 

その場所へ行く途中、通らなければいけない商店街を文乃と歩く。


「いい雰囲気のところだね」


お世辞にも小洒落た場所ではないけれど。たしかに、活気のある通りだ。パン屋。喫茶店。美容室。クリーニング屋。八百屋。魚屋。肉屋。小さなスーパー。花屋。イタリアン。定食屋。赤提灯のかかった居酒屋。ごちゃごちゃしている。でも、そこにいる人たちは皆、元気だ。


「うん……俺は、こういうところ、好きだよ」


「こんな商店街が、うちの近くにあるといいよね」


「だな」


「いつか一緒に住むときには、そういうところ、選ぼうね」


「うん……って、ええ!?」


文乃はかるい感じでそんなことを呟いてしまうので、驚いてしまう。文乃はにっこり笑ったままだ。


「平日の夕方、わたしは商店街で晩ごはんの材料を買うの。そして、美味しいご飯をつくる」


「成幸くんは、たまにお花を買ってきてくれる。それをお部屋に飾りたい」


「休日は一緒に居酒屋に行こう。たまにはお酒も一緒に飲んでね」


「……そんな未来を夢見てるの」


少し照れていて。でもその瞳は真剣な、文乃。そんなこと。考えたことがないわけがない。

 

いつかの、ふたり。

 

「たまには、文乃がパンを食べたいっていうだろ?だから、手を繋いでパン屋さんに行こう」


「肉屋のコロッケもおやつがわりに買う。文乃が好きなやつだ」


「文乃がデートで着てくれる可愛いワンピースをクリーニングに出して、たくさん着てくれよ?」


「たまには、八百屋で新婚さんかい、ってひやかされたいな」


「成幸くん……」


文乃も、嬉しそうだ。

 

考えていることは同じで。見つめ合う視線も絡みあい。握る手の平は、互いの想いを伝えてくれる。

 

人通りの多い商店街でなければ、もう少し踏み込んだのにな、と思ってしまったのだった。

 

商店街を抜ける。さあ、文乃に見せたい景色は、もうすぐだ。

 

【第四章】

 

「……きれい……!!」

 

眼前に広がるのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一面の、夜桜だ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

思わず駆け寄ってしまった。それほどの、見応え。

 

ライトアップもされているということはあるにせよ。暗闇の中での満開の桜の幻想的な雰囲気といったら……!

 

「すごいねえ!」

 

わたしは興奮を隠せない。

 

「いつか見せたいとずっと思っていたんだ。喜んでくれて、嬉しい」


成幸くんの、穏やかな笑顔。安心する。

 

成幸くん。わたしの好きな人。そして、今は、恋人。

 

桜を眺めていて。この人と出会ったのも、春だったことを思い返していた。

 

りっちゃんと一緒に、苦手科目の分野の先にある夢を叶えたくてもがいていた。その時に、教育係として現れてくれて。

 

もしも、成幸くんに出会っていなかったとしたら。

 

「文乃、どうかしたか?」

 

少し迷ったが、考えていたことを話してみることにした。伝えたいことは、言葉にしなければわからないから。

 

「春は好きなの。成幸くんと出会った季節だから」

 

「もしも、だよ」

 

「うん」

 

「成幸くんと、出会えていなければ、ね」

 

「夢の叶え方も。家族との仲直りの仕方も。友達との本当の向き合い方も」

 

そして、何よりも。

 

「本当の恋も」

 

「きっとわたし、ずっと、わからないままだったと思う」

 

「そんなことを、ふと考えちゃって」

 

成幸くんは、ふるふる、と首を振る。

 

「お互い様だよ、文乃」

 

「あの春に、文乃たちと出会わなければ」

 

「夢の見つけ方も。誰かを支えることや支えられていることも。『できない』やつらの助け方も」

 

「何よりも」

 

「恋に落ちた時の切なさや、好きな人に告白するときの緊張や……結ばれた時の幸せを」

 

「知らないまま、だったよ」

 

「成幸くん……」「……文乃」

 

同時にお互いの名を呼ぶ。苦笑いしつつも。その出会いが、わたしたちを、大きく成長させてくれて、今があるとしたら。神様に、感謝するしかない。

 

そっと、成幸くんに身を寄せる。成幸くんが、優しくわたしの肩に手を回して抱き寄せてくれた。

 

同じ想いを抱き同じ景色を眺めることのできる人と、わたしは今、恋人であり。

 

だいすき。

 

そう、小さな声でつぶやくのだった。

 

【おわりに】

 

夜桜を見た帰りに、オススメのお団子屋さんでみたらし団子を二本買った。


「はむはむ……これも、おいしー!成幸くん、いいものばかり食べてるねえ!」


文乃は表情をくるくる変えながらお団子を頬張っている。いい顔をしている。


「まだまだ連れて行きたいところはあるからさ。またおいで」


「うん、絶対また来るよ!」


俺は、にこにこ笑う、この目の前の愛しい女の子と出会えた意味を、考えていた。偶然の出会いからだが、2人は想い合い、結ばれた。今の幸せ、だけでなく。これから先の未来も、ずっと、ずっと、ずうっと、2人でいられますように。

 

だいすきだ。

 

そう、そっと呟く。

 

桜の花びらが、ここまで舞ってきた。ひらひら。ひらひら。伸ばした俺の手のひらに、そっとおさまる。

 

春という季節をまた好きになる理由が増えた。

 

古橋文乃という女の子を、一生かけて幸せにしたい。

 

俺は、そんな想いを一層強くするのだった。

 

(おしまい)

 

 

 

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📷とある写真が[x]の心中を雄弁に語るものである📷

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【はじめに】

 

「だめだめだあ……」

 

また、納得のいく写真が撮れなかった。現像したものを眺めて、思わずため息。

 

僕、月島光平は天花大学の写真部に所属している。星の写真が専門なのだが、たまに人物写真も撮る。だけれど、最近の僕はスランプなのだ。

 

賞をとるほどの腕前があるわけではないけれど、天文写真にうるさい大学の中でも、一目置いてもらっていて、それなりに日々充実していたのだが。

 

「感動が足りないんだよなあ」

 

そう。

 

どうも安定した、だけど平凡な日々に、感性が慣れ切ってしまったようで、一瞬を切り取る鋭さがなくなってしまっている。

 

どうしたものか。僕の悩みは深いのだった。

 

【第一章】

 

「古橋先輩?あの天文学専攻で一番ファンが多いあの人?アポがとれたって、冗談だろ?」


「ほんとだって!今度新聞部のインタビューがあるんだけどさ。写真を撮れるカメラマンを探しているみたいで」


「うーん」


今のスランプの状態を考えると、いい写真が撮れるとは思えなかったが、古橋先輩には見てみたい、という野次馬的な気持ちはあった。僕の身の回りでも、彼女に片想いしている輩は何人かいて。そいつらに自慢できるネタにはなるかと思い、いいよ、と引き受けることにしたのだった。

 

僕は男の中では背は低い方だ。160センチと少ししかない。だから、自分より背の低い女の子のほうが好みだ。そして、胸は大きい方がいい。さらに、綺麗系よりは可愛い系が好きだ。なんの話かと言えば、身長が僕より高く、胸のサイズがだいぶ控えめで、綺麗系な古橋先輩は、僕の好みではない、ということ。

 

それでも、いざ彼女を目の前にすると、うならざるを得なくて。確かに、目を見張る美人だ。紺のブラウスに、黄色のスカート。艶のある長い髪は二括りにしてある。

 

「今日はよろしくお願いします」


「はい。あの、事前にお願いしていた通り、プライベートな質問は答えないし、そうなったらもうお話はできない、ということでいいですよね?」


「ええ、もちろんです」


よく話を聞ける機会がつくれたな、とは思っていた。入学当初からいまに至るまで、絶大な人気を誇る彼女。いろんな口実をつくって話をしたがる男は数知れず。その中には、新聞部のインタビューを偽って語る輩もいたようで。今回は、天文学専攻の仕切り役と仲の良い新聞部の部長が頼みに頼んで、ようやく実現したもののようだった。


「あの、一枚だけ、写真を撮らせていただいても?」


「まあ。事前にお話は聞いてましたから、どうぞ」


警戒感からか、緊張からか、少しだけきつい印象があり。そういう写真になっちゃうかもな、そう思っていたのだが。

 

さてさて、どうなることやら。

 

【第二章】

 

『後輩に伝えたい天文学の魅力』、というテーマで、星の魅力を自由に語ってください、というものだったが。

 

冷たい印象はどこへやら、星を語り始めた彼女は、本当にイキイキしていた。

 

「冬は日没が早いので、星を見やすい時期なんです。オススメです。星座というのは、いろんな楽しみ方があるんですよ!実際見つけることはもちろん楽しいですし、星座にまつわるエピソード、物語を少しずつ拾っていくのも、より愛着が湧きますね!そういう意味では、冬の大三角形や、オリオン座といった基本的な星座を基準にするのがいいと思います!私はシリウスが大好きで……」

 

怒涛の語り。インタビュアーの相槌が追いつかないくらいに。

 

僕は、そんな彼女の表情を、レンズ越しに追いかけていたのだが。柔らかな雰囲気。優しい笑顔。好きなものに対する情熱。ただでさえ美人でカメラ映えするのに。これだけの要素が加わって。無意識だった。話の途中、ふとした瞬間に、シャッターを押した。今思い返すと、未熟ではあるものの、一カメラマンとしての僕の本能が押してくれたのかもしれない。

 

それから彼女のインタビューは無事終わり。写真は記念に渡すことになった。にっこり笑って、ありがとう、さようなら、と言う古橋先輩は。控えめに言っても、輝いていた。

 

「……良かった」


後日、現像した写真を見て、僕はホッとしていた。なんとか、古橋先輩の魅力を損ねないものになったからだ。そして、スランプを抜けたような気もしていた。星への情熱を語る古橋先輩は、とても素敵で。それに引っ張られるように、写真を撮る楽しさ、大袈裟に言えば情熱、みたいなものを思い出させてくれたからだ。

 

さて。

 

この一枚は、古橋先輩に渡すことになっていた。どんな感想をくれるのだろうか。会えることにワクワクしていることは否定できなかった。

 

【第三章】

 

「あの、こんにちは〜」


「ああ、月島くんか。何のよう?」


「古橋先輩に、この前の写真を渡しにきたんですけど」


天文学専攻の研究室を訪ねた。学部生の僕にはあまり日頃馴染みのない場所であり、緊張しながらだったのだが。


「今日は……そうか、確かお客さんが来てるはずだ」


そう言うと、その先輩は含み笑いする。


「『銀星珈琲』、知ってる?」


「ああ、西門の近くの喫茶店ですよね」


「そこにいると思うよ、覗いてみたら?」


早く渡してあげたい気持ちもあり。寄ってみることにする。ぺこり、と頭を下げて立ち去り間際。


「ショックを受けないようにね!」


そう、謎の声かけをされて、僕は首を傾げながらお店に向かうのだった。

 

『銀星珈琲』は、天花大学の学生御用達、特に天文学専攻の学生がよく立ち寄るお店だ。ケーキも珈琲も絶品で、しかも値段も安いときてる。僕も何度か行ったことはあるので、迷わずに到着。


「あ、ふるは……」


古橋先輩が、ちょうど店を出たところで、声をかけようとした、その時だった。一緒にいる人がいて。


「今日のチーズケーキも、美味しかったよ。また連れてきてくれてありがとう、文乃」


「だよね!成幸くん、たまにこっちまで来てくれてありがとう。ごめんね」


「いやいや。帰り道みたいなもんだし」


古橋先輩、と。同い年くらいの、男子学生。見たことはない。しかし、それにしても、親密そうで。これはまさか、と思った瞬間、2人は手を繋ぎかけて。

 

あちゃあ、これは……。そして、同時に、『ショックを受けないように』という忠告を思い出す。ははあ、こういうことか。

 

「あ、月島君!」


そこで、古橋先輩が僕に気づいて声をかけてくれた。
なんとも複雑な気分であり、これこそ、間が悪い、というやつではあるが。


「あの、古橋先輩。この写真できたので、渡しにきました」


「あー、あの時の……。わあ、上手に撮れてるねえ。ありがとう!なんだか恥ずかしいや。成幸くん、ほら、見て?」


「おお……。写真の腕がいいと全然違うんだな。実物よりも綺麗じゃないか?」


「もう、成幸くんってば」


古橋先輩は照れてくれる。が、なんだこのいちゃいちゃ具合は。

 

上手に撮れてる、か。嬉しい台詞のはずなのに。そんなシチュエーションなので、今の僕は、どうにも素直に受け取れず。

 

なんとも、挑発的な提案をしてしまったのだ。

 

「隣の男の人にも、先輩の写真、撮ってもらってくださいよ」

 

【第四章】

 

「え?」


と驚く古橋先輩。

 

「僕のと、その人の撮った写真と。どっちが古橋先輩を撮るのが上手いのか、比べてみましょうよ」


「いやいや、俺は素人だし、敵うわけないよ」


そういって男は慌てる。


「古橋先輩の隣にいるっていうことは、『そういう』関係ってことでしょ?言い方を変えれば、証明してくださいよ。そうだ、って」


「できないわけ、ないですよね」


我ながら、随分挑発的な言葉を並べたものだ。隣の男は、多分いろいろ言いたいことはあったのかもしれないが。証明してくれ、のくだりでかなりムッとしたようだ。


「……わかった。今度、文乃……この子の写真を撮ってくるよ」


そんな経緯で。僕とその男で、古橋先輩の写真勝負!と相なったのだった。

 

 

 

「成幸くん、どうして引き受けちゃったの?」


わたしは珍しく熱くなっていた成幸くんが少し心配。あの後、カメラの性能の差にされてはたまらないから、といって月島君が中古だから気にしないでといって、本格的なカメラや三脚など、成幸くんに押し付けていった。


「文乃との関係を証明しろって言われたら。乗らないわけにはいかないよ」


「……ただでさえ、不釣り合いだって、よく疑われるわけだし」


そう言う成幸くんは苦笑い。両手でいろんな荷物を抱えていて、今は手を繋げないのが寂しい。


「わたしの恋人は成幸くんだけなんだから、胸を張っていてくれたら、それだけでいいのに……」


そう呟く。


「でもさ」


「うん」


「文乃の写真を撮るのは楽しみかも」


「成幸くん……」


屈託なく笑う成幸くん。確かにそれは少しだけわたしも楽しみなのだった。

 

「美人に撮ってよね」


そう言って、照れ隠しもあり成幸くんの背中をぽんぽん、と叩くわたしなのだった。

 

【第五章】

 

「文乃ー、表情がかたいぞー」


「ごめんね、なんだか緊張しちゃって……」


次の日は週末で、幸いバイトもお互いなくて。俺たちは早速写真の撮影会に挑戦していた。昼間に窓ある部屋がいい、ということで、日当たりの良い文乃の部屋にした(ついこの前から実家を出て一人暮らしになっている)。

 

文乃は気合いの入った服装にしてくれていて。お気に入りのレモン色のワンピースに、白の薄手のカーディガン。うん、贔屓目に見ても……可愛い。とても、だ。なかなか出会えるレベルの美人では、無いと思う。俺の彼女、であるけれど。確かに、証明しろ、と言われても仕方ないのかもな、と苦笑いする。

 

さて。ネットで、素人 写真 上手に撮る方法、などみて予習はしてみたものの。

 

モデルである文乃の表情がいつものような柔らかさがないのだ。


「なんだろう……成幸くんに、じいっとみられてる感じがして、恥ずかしいんだ」


そういって文乃は照れている。そんな言い方をされると、カメラ越しだが俺も急に気恥ずかしくなる。


「べ、べつに俺だって下心があるわけじゃないぞ」


「成幸くんの、エッチ!」


そういって、文乃が顔をあからめながら笑ってくれる。

 

俺はつい視線を泳がせて、文乃の部屋を見渡してみた。家具のセンスがよくて、居心地のいい部屋だ。そこで、文乃の勉強用の机の目の前のコルクボードに目がとまる。


「あー、新しく2人の写真飾ってくれてるのか」


引っ越しを手伝った時にはなかったが、そのあとレイアウトしたらしい。


「もちろん!えへへ、やっぱりね、嬉しいんだよ」


「この時の旅行、楽しかったよな」


「ね!高原のホテルで、夜中に星を見に行ったよね」


「ご飯も美味しかったんだよねえ。デザートの木苺のパイも絶品で、わたし舌が幸せだったなあ」

 

他愛もない雑談なのだが。それはまぎれもない2人の思い出にまつわるもので。俺の心には、あたたかい灯がともされたようだった。文乃も、いつのまにか柔らかい表情をしていて。

 

「文乃、そのまま」


「……はあい」

 

いまなら、文乃らしさが撮れる。そう確信して、俺はシャッターを何度か押したのだった。

 

【おわりに】

 

「それで、写真は撮れたんですか?」


「はい。専門店で打ち出してきました。これ、です」


古橋先輩の隣の男。少し緊張気味に、彼が撮ったという、古橋先輩の写真。目にする。


「これ、は…………」


構図は素人。余白の使い方も下手くそ。だけど。

 

被写体に向ける眼差しが、優しい。被写体がこちらに向ける眼差しが、柔らかい。そこには……愛があった。僕はまだわからないけれど。それでも、十二分に伝わる、愛、そのもの。

 

最初から、勝てるわけはなかったのだ。

 

「完敗、です」

 

そういって、精一杯の笑みを浮かべ、僕は敗北宣言をしたのだった。

 

古橋先輩とその彼氏に、僕は貸していたカメラと道具一式を押し付けるようにプレゼントした。


「大切な彼女さんでしょうから。たくさんの『綺麗』を撮ってあげてください」


「……ありがとう。大事に使わせてもらうよ」


だいぶ押し問答はあったが、最後には彼氏が受け取ってくれた。

 

冷静になってみると。これ以上古橋先輩とお似合いの彼氏はいないんだと思う。写真の、恋する瞳が、それを裏付けていた。

 

「やんなるよ、ほんと……」

 

認めたくはないけれど、僕もそのほか大勢と同じように、古橋先輩に恋をしてしまっていたのかも、しれない。2人を見送るとき、胸に刺さるような感覚は、失恋のそれだから。

 

「愛、か」

 

いつか、僕も見つけたいと思った。いい写真が撮りたいのはもちろんだし。何より、幸せな2人がうらやましくもあったから。

 

愛について、もっと知りたい。そう思うようになった僕が写真展で受賞し始めるのは、もう少し先のお話。

 

【おまけ】

 

わたしは、にこにこしていた。

 

成幸くんと月島君の写真対決の時に成幸くんが撮ってくれた写真を、手に取っていた。

 

美人だ、というのは冗談だけど。

 

そこには、好き、をたくさんもらっていることが感じられる女の子が写っていたから。

 

今度は、あのカメラで、わたしも成幸くんの写真を撮りたいな。

 

そう思うのだった。

 

(おしまい)

 

 

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愛される[x]は両親の仲睦まじさがゆえ千思万考するものである

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わたし、唯我幸乃には、悩みがある。

 

両親である、父の成幸と、母の文乃が、仲が良すぎる問題である。

 

お父さんとお母さんは、高校の同級生だった。高校三年生の春に出会い。お母さんの夢を叶えるお手伝いを、お父さんが一生懸命しているうちに。お互い、恋に、落ちたそうだ。

 

どっちがより相手の方を好きなのか。

 

わたしも、実はわからない。

 

お父さんに聞くと、
「お父さんの方が、お母さんを好きだぞ。恋に落ちたらもうめろめろだったからな」
だし。

 

お母さんに聞くと、
「お母さんは、ずっとお父さんのこと、好きだったのよ。好きすぎて大変だったんだから!」
だし。

 

それも、お互いにこにこ笑いながら、まるで昨日のことみたいに話すんだもの。

 

嘘なわけがない、揺るぎのない、本当のことなんだと思う。

 

あちゃあ、手に負えないよ、である。

 

わたしが今中学2年生だから、2人とももう40歳と少しのはずなのだが。

 

今でも、2人はまるで恋人みたいなのだった。

 

恋人みたい、とはいっても、わたしの目の前ですごくいちゃいちゃべたべたする、というわけではない。でも、そんな雰囲気を、娘であるわたしに感づかれすぎるのはどうかと思うのだ。

 

わたしの目の前であっても。いまだに名前呼びは当たり前だし。

 

この前の朝も。

 

「成幸くーん、お弁当忘れてるよ!」


「おっと、ありがとう、文乃。あれ、文乃、寝癖」


そういってお父さんはお母さんの跳ねた髪の毛を、そっと撫でてしまって。


「あ、ありがとう。えへへ」


なんというか。普通にお母さんも嬉しそうなのだ。


そんなお母さんを見るお父さんの視線も優しくて。

 

あの、わたし、今朝髪型いつもと少し変えたんですけど!普通、なにかあるでしょ!そうお父さんに怒りたい気分だった(お父さんに気づいて欲しいということよりも、お母さんにわたし負けてる……という空しさがあった……)。

 

こんな話もある。

 

お父さんと結婚するー、という、お父さんからすると娘に言われたいセリフナンバーワンだと思うであろうもの。わたしも、お父さん大好きだったから(……とはいえ、表立ってはいわないけれどいまだって好きではある)、言ったことがあるらしい。

 

普通に喜んでくれればいいだけのはずなのに、お父さんときたら!

 

「ゆきちゃんね、おっきくなったらおとーさんとけっこんする!」


「ありがとう、幸乃。でも、お父さんはお母さんが世界で一番好きだから結婚してるんだ。幸乃はもっと、素敵な人がきっと見つけてくれるよ」


「成幸くん……ありがとう」


「!?!?!?」


娘のプロポーズを躱すお父さんに、そのことで喜ぶお母さん。さすがにあきれたよ、とその場にいた零侍おじいちゃんも言っていて。

 

当然わたしは号泣。慌ててお父さん、お母さんがフォローしてくれはしたそうだけれど。今でもわたし、これ結構根に持っている。

 

こんなこともあった。

 

家族3人で映画に行った時のこと。素敵なラブストーリーだ、ということを友達に聴き、わたしが見たくて。(残念ながらわたしにそんな映画を一緒に見きたくなるような『彼氏』はいない。いまは。いまは、ということを念押ししておく!)

 

確かに、お話は素晴らしかった。俳優さんたちの演技もさることながら、ストーリーは感動的だし、BGMも素敵で。想いあっているのに、ずっとすれ違っていた2人が結ばれたラストシーンは、べたべたにも関わらず、わたしは泣きそうで。

 

お母さん、ハンカチかして、と視線を向けてみると。お父さんーお母さんーわたしの並びで座っていたところ、お母さんとお父さんが手を繋いでいるではないか!

 

周囲の人に迷惑をかけないよう、ごくごく小さく「こほん」とわざとらしいせきをすると、それに気づいたお母さんとお父さんは、わたわたと慌てながら手を離して、2人とも、いやあ、ついつい、みたいな顔をしていた。(あとから聞いたら、クライマックスでお父さんからお母さんの手をそっと重ねてきて、お母さんからお父さんの手を握りにいったそうだ)。ついつい、じゃねーよ、だよ!膝から崩れ落ちるかと思った。

 

なんだか昔を思い出してしまって、と弁解するお父さん。この人は昔だけどころか現在進行形でお母さんに恋をしているよね!?そういって問い詰めたい思いをグッと飲み込んだ。

 

ラブストーリーの映画を見に行ったにも関わらず、両親が一番恋人同士だった、というめちゃくちゃなオチなのだ。

 

そして、極め付けは。

 

この前の夜のこと。夜といっても深夜に近い時間帯。わたしは自分の部屋で友達に借りていた漫画を一生懸命読んでしまい、少し夜更かしをしていた。いつも寝る時間より、2時間ほど過ぎてしまっていて。喉が渇いていたこともあり、何か飲み物を、と思ってリビングに向かうと、明かりがついていた。

 

消し忘れかな、と思ったら、お父さんとお母さんがいて。いるだけならまだよいのだけれど。

 

ソファに並んで座っている2人。お母さんが、お父さんの肩にこつん、と頭を預けている背中が見えて。静かに、言葉を交わしているらしく、何をしゃべっているのかまでは聞こえず。

 

わたしの家なのに、なんでこんなに気を遣わなきゃいけないのよ、というわたしのど正論はあるとはいえ。あーあ、邪魔はやめといてやるか、とその場を離れかけた時だった。

 

お父さんとお母さんが、見つめあっていて。あ、これは見てはいけない流れだ、と思った瞬間、時すでに遅しで、2人は軽くキスを交わしてしまった。交わした後もまた、よい雰囲気で見つめあっていて。

 

これ以上何か見せられるとわたしにはいろいろ早すぎる、と危機感でいっぱいになり、静かに、でも、迅速に、わたしはその場を退散するしかなかったのだった。

 

部屋に籠ることにする。いやあ。どうしたものか。まだドキドキしている。

 

借りていた漫画もまた、恋愛ものだったのだけれど。

 

これよりももっと。お互いの好き、が伝わってしまっていて。

 

娘のわたしはやさぐれるしかないのか、と思ってしまうのだった。

 

だけどね。

 

わたし、唯我文乃には、願いもある。

 

絶対に直接は言わないけれど。

 

いつか、お母さんみたいに、大好きな人を見つけて、結ばれたい。

 

お父さんみたいな人と一緒になって、愛されるお嫁さんになりたい。

 

それは。

 

まぎれもなく、わたしの心からの願いでもあるのも、本当だったりするのだった。

 

(おしまい)

 

 

 

 

 

🌌恒河沙数なる星織りなす河に[x]は想いを馳せるものである🌌

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【はじめに】

 

桜舞い散る春が好きだ。成幸くんと出会った季節だから。

 

開放的になれる夏が好きだ。成幸くんと旅館に一緒に泊まったことも大切な思い出であるし、初めてキスをした季節だから。

 

紅葉が華やぐ秋が好きだ。成幸くんがわたしとお父さんの隔たりを埋めるために力強く応援してくれた季節だから。

 

空気が澄む冬が好きだ。成幸くんと結ばれた季節だから。

 

つまり。わたし、古橋文乃は、成幸くんのおかげで毎日が宝物になってしまった、ということ。

 

そして。

 

ある、夏の日のことだった。

 

わたしの宝物が、また一つ増える、素敵な出来事の、お話。

 

【第一章】

 

「あれ……?」

 

そこは、一ノ瀬学園の教室だった。

 

「おはよう、唯我!」


「あ、うん、おはよう」


見慣れたクラスメイトたちと朝の挨拶を交わす。

 

懐かしさよりも。何か、変だ。違和感が、ある。でも、それがどういうことかはよくわからない。

 

「唯我君!」

 

胸がときめく。この声は、俺の大切な人のそれだから。少し呼ばれ方に違和感はあった。

 

振り返る。そこには文乃がいたのだが。

 

「ごめんね、今日の勉強会は用事があるから、行けそうにないんだ……。もしかしたら、しばらくこないかも。でも、まあ、大丈夫。心配しないで。うるかちゃん、りっちゃんによろしく!」

 

その隣には見たことのない男子学生。2人は親密そうな雰囲気を出しながらその場を立ち去っていった。

 

しばらくこないかも、という言葉。
必要以上に仲の良さそうな男子学生。

胸騒ぎが、した。


放課後の図書館に場面が変わる。

 

「最近古橋、勉強会に来ないな……」


文乃はいない。うるか、緒方と勉強しながらふと呟く。


それを聞いて、うるかと緒方は気まずそうな表情になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


「文乃っち、最近彼氏ができたみたいだよ。あちこちで噂になってるけど、成幸知らないの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


「文乃はもう理系は諦めて、文系の大学を目指すと言ってました。もう頑張らなくていいや、そう笑っていましたが」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


「え……」

 

 

 

 

 

 

 

 

足元が崩れ落ちていく錯覚。


背筋が凍る、どころではない。


体中の血がマイナスを超えて沸騰するような。


心臓がとまるどころか、丸ごと瞬時になくなったようで。

 

俺のいる場所は、どこだ?


俺の知っている、古橋文乃は、どこだ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

絶望の味がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわああああっっっ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこで目が覚めた。夢、夢、夢だよな!?

 

慌てて枕元の携帯の日付を見る。

 

20xx年7月。

 

俺は、ちゃんと、大学生になっていた。

 

汗がひどい。

 

それ以上に。

 

不快で、不安で、ぞっとするような、夢。

 

縋るように、携帯のメッセージを見る。文乃の名前を慌てて探す。

 

……見つけた。昨日の日付だ。

 

『成幸くん、おつかれさま!最近課題が多くて大変!成幸くんも大学の勉強とバイト、無理しすぎないように!ただでさえ、頑張り屋さんなんだから。ね、今度のデート、楽しみだよっ♪」

 

強張っていた身体と心が、ようやく、ふっと落ち着いた。

 

シャワーを浴びたかった。熱いくらいのもので。汗と一緒に、まとわりつく嫌な気持ちも流し落としたかったのだ。

 

【第二章】

 

俺は大学の二年生になっていた。

 

ようやく講義の質・量になれはじめ、なんとなくペースが掴めてきた。もうすぐ長い夏季休暇に入りかけていて。講義によっては、すでに前期の試験や難題のレポートの情報がちらほらと上がり始めていた、初夏のこと。

 

今、アルバイトを二つ掛け持ちしている。大学の近くのアイスクリーム屋さんと、家の近くのスーパーの品出し。前者は大学の講義の合間、後者は平日の早朝だ。まだ実家暮らしではあるし、授業料や教材代に充てるお金は、親父の貯金のおかげで十分ではあるものの。

 

いろんな経験を積んで、少しでも人間の幅を広げたい。そう思っているから。どちらのバイトも後期からは切り替えるつもりでいて、了解はもらっているところだ。

 

さて。

 

今日は、アイスクリーム屋だ。

 

「いらっしゃいませ!」


「えっと……サナ、どれにする?」
「タカくんと同じの!」
「おまえいっつも真似するなあ」
「だって一緒がいいんだもんね!」

 

じゃれあいながらアイスを買いに来た2人。制服を見るに、高校生のようだ。お客さんの半分くらいは、カップルなのだ。結局二人は、俺が勧めたバニラとオレンジシャーベットを二つ重ねた組み合わせのものを選び、近くの公園に歩いていった。いまからアイスを食べながら、楽しくおしゃべりをするのだろうか。

 

今日もお客さんが多い。ようやく客足が途切れた時だった。


「唯我君、いつも頑張ってもらってありがとうね」


店長さんだ。大学のOB。シフトには柔軟に相談に応じてくれるし、面倒見もいいし、良い人だ。


「いえ」


「最近、遊んでるのかい?ほら、自慢の彼女と」


冷やかされる。


一度文乃が遊びに来てくれたことがあって。少しお店がざわついた。美人がきた、と。


「あの。成幸くんの、知り合い、というか。ええと。いわゆる、彼女です」


そう文乃が言ってくれると、もう大騒ぎ。店長やその時シフトには入っていたバイトの同僚から、散々いじられたのだった。


「まあ、ぼちぼちです」


「大切にしてあげなよ?誰かにとられないようにね!」


無論、店長の冗談であることはわかる。いつもならなんてことなく受け流すのだけれど。


「……」


今日は、流石に不機嫌にならざるを得ず。店長は、そんな俺に少し驚いたようで(確かに珍しいことかもしれない)、それ以上俺に声はかけなかった。

 

「ふう……」


バイトが終わり、背伸びをする。忙しかった。夏だからな、仕方ない。そして、気を張っていた部分もあり、気疲れもあった。カップルを見るたびに。文乃が、違う男と買いにきてしまうのではないか。

 

そんなことを考えてしまい、怯えていたのだ。

 

実は、文乃とは、一ヶ月くらい会えていない。

 

ちょうど、お互い講義や日々の宿題が立て込んでいたこともあり。

 

メッセージのやりとりは頻繁にあるし、電話も毎日しているのだが。

 

やはり、文乃に会いたい。俺に向かって笑って欲しい。

 

会って、その存在を確かめたい。そして。……俺がちゃんと、文乃の彼氏であることを、直接、確かめたい。

 

あの夢のせいで。

 

俺は随分気弱になっていたのだった。

 

【第三章】

 

今夜は、ずっと楽しみにしていた予定がある。

 

俺の胸は高鳴っていた。

 

そう、文乃とデートの日。それも久々の。

 

夏の星を見上げようね!ということで。

 

俺と文乃が結ばれた、大切な場所での星空デートだ。

 

待ち合わせも、直接そこにした。俺は、夏とはいえ長居すると冷えてしまうかもしれないので、薄手ではあるものの膝掛け。そして、少し熱いくらいのお茶を水筒にいれる。あとは、広めのレジャーシートと、お菓子を少し。そんなものを用意した。

 

俺は、待ち合わせの時間よりも30分ほど早く到着してしまった。急く気持ちはあったが、体は、もっと急ぎたかったのかもしれない。

 

文乃はまだ到着していなくて、先にシートを広げて、座る。山あいだかか、そこまで熱くはなく。むしろ、涼しいくらいで。なによりも。

 

「満天、だな……!」

 

見上げた夜空の星の輝き具合といったら!文乃の喜ぶ顔を想像して、思わずにやけてしまった。

 

そこで。

 

なぜだろう、あの嫌な夢のことがまた頭をよぎってしまった。今から、素敵な時間を過ごすというのに。

 

文乃は、来てくれるよな。

 

そんなことが、頭の片隅から、もくもくと、持ち上がってきそうで、

 

はあ、とため息をついてしまう。

 

その時だった。

 

「おーい、な、り、ゆ、き、くーん!」

 

明るく俺の名を呼ぶ、愛しいあの子の声が聴こえた。

 

【第四章】

 

「はあ、はあ、はあ……」

 

文乃は走ってきてくれたようだ。息遣いが荒い。俺はお茶を勧めて、ありがとう、といって文乃は一服する。

 

「成幸くんに早く逢いたくて、急いできちゃった……」

 

えへへ、と俺の目の前で笑う文乃は、まぎれもない本物で。俺は思わず、力がぬけそうになる。安心して、だ。

 

2人で並んで座り、星を見上げる。

 

予想通り、文乃の反応は上々で。

 

そのまま、面白い大学の講義の話だったり。星に関するエピソードだったり。最近食べた美味しいケーキのことだったり。バイト先の出来事だったり。他愛もないことを、たくさん語り合った。

 

ふと、話が途切れて、静かになった瞬間。

 

「ね、成幸くん」


「うん?」


「せっかく広いシートを持ってきてくれたんだから。寝転がってみない?」


そう提案してくれて、俺と文乃はごろんと寝転がる。

 

「これは……!」


「すっごいねえ……!」


より、星降る夜のように感じられてて。

 

これは、素晴らしい景色だ。ありふれた言い回ししかできないけれど。こんなシーンを好きな人と共有できて、幸せだと思う。

 

その時。

 

「……成幸くん、最近、何かあった?」


文乃は、やはり、鋭い。表には出していないつもりだったが。察しのよい彼女は、気づいてくれたようだ。

 

少し、いうのを躊躇したが。……吐き出さずにはいられずに。


「あのさ。本当にカッコ悪い話なんだけど」


いいよ、気にしないから、と目線で文乃は先を促す。


「高校生の頃。文乃に俺じゃない彼氏がいて。一緒に夢を目指すこともできなくなる。そんな夢を、みてしまって」


「……そんなわけないのに。怖くなってさ」


俺の右隣に寝転んでいた文乃が、そっと手を繋いでくれた。あたたかい。


「……成幸くん、空を、見て」


「ん」


「あの星の大きな流れ。天の川、だよ」


「ああ、そうか!メジャー過ぎて気がつかなかったよ」


「織女星と牽牛星を隔てて会えなくしている川が、天の川。二人は互いに恋しあっていたが、天帝に見咎められ、年に一度、七月七日の日のみ、天の川を渡って会うことができる」


「七夕、だな」


「もしも、だよ」


「うん」


「わたしと、成幸くんが、遠距離恋愛とかになって、年に数回しか会えなくなったとしても」


「想いあえているから、わたしは平気」


空を見上げながら、文乃の独白は続く。

 

俺は、静かにその話を聞いていた。同じように、天の川を見上げながら。

 


「わたしが好きだと伝えて」

 


「成幸くんもわたしのことを好きだと言ってくれて」

 


「こんなに素敵なことは。幸せなことは、ないんだよ」

 


「想いあえている証明は、それで十分」

 


「わたしは、何があっても」

 


そこで、文乃がこちらに視線を向けてくれて、俺も目をあわせる。柔らかく、文乃は笑顔で。でも、その視線は強くて。

 

 

「あなたの『好き』は、わたしのもの」

 

 

「わたしの『好き』は、あなたのもの」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あなたを愛してる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その言葉は、あまりにまっすぐで。

 

俺が持っていたつまらない劣等感みたいなものは、雲散霧消したのだった。

 

【おわりに】

 

手を繋いで、互いを想う気持ちを確かめながら、俺と文乃は星を眺めている。

 

その時、流れ星だ!

 

「文乃」「成幸くん」

 

お互いに声を掛け合って。

 

重なった言葉に、お互い笑みを見せる。

 

もう一度、と文乃が呟き、

 

「大好きよ」

 

そういって。文乃は、俺に口づけをする。優しい、キスだった。

 

照れた表情の文乃は、俺の心を満たしてくれるし、かき乱してもくれる。

 

愛しすぎて。

 

俺も、文乃にお返しの口づけをする。少し、長い、キスを。

 

夏の日の、素敵な思い出が増えた。

 

目の前の最愛の星に。

 

空に数多ある星の数ほど、俺は彼女に恋に落ちるのだった。

 

(おしまい)

 

 

🍾[x]は酒宴のほとぼり冷めず心の裡を言い漏らすものである🍷

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【はじめに】

 

気になる人がいる。

 

私は小学校の教師をしている。3年目、まだまだ新人だ。とはいえ、目の前の子供たちに向き合う以上、それは言い訳にしかならないから、日々がむしゃらだ。そんな私に、ずっと親身で色々教えてくれる、先輩教師。

 

唯我先生。

 

彼もまた、ベテランというほどの年数を重ねているわけではない。たしか今年で6年目、だったと思う。

 

でも、とても生徒には人気があるし、同僚たち、ベテランの先生たちも含めて信頼も厚い。

 

優しい。でも、人並みのものではなくて。人に寄り添える、というのか。どんな生徒にも、一人ひとりと向き合いながら、それぞれの力を引き出せていると思う。先生の才能ってこういうものなのかな、とうらやましくもある。私は毎日失敗と反省、後悔ばかりだから。

 

でも、そんな私に唯我先生はこんな言葉をかけてくれた。

 

「瀬川先生、失敗なんて全部伸びしろなんですよ。瀬川先生は俺よりもずっと吸収力があるんですから。明日の自分を楽しみにしましょう!」

 

とても包容力のある笑顔をしながら。

 

学校の先生たちというのは、当たり前だが、人間力のある人は多いのだ。だから、励まし方も上手い人が多いのだけれど。

 

ことさら、唯我先生にかけられたからだろうか。私はその言葉を、拠り所にしているのだ。

 

気になる人、ではあるのだが。男と女のそれか、と言われるとそこまでではないと思いたい。でも……唯我先生と話していると高揚している自分は、隠せないのだけれど。

 

しかし、問題は。

 

唯我先生は結婚していて。

 

奥さんも、とびっきりの美人らしい、ということ。

 

それを乗り越えて、というまで、恋愛感情を育むには、少し私は大人になりすぎていて。

 

多分、それ以上私は踏み出せない、というか、踏み出さないだろうな、と思う。

 

少しだけ、ため息をつく、私なのだった。


【第一章】

 

成幸くんの帰りが、遅い。

 

もう、夜の11時を回ろうとしていた。

 

今夜は同僚たちとの飲み会があるのは知っていて。たぶん遅くなるから先に寝ててもいいよ、とは言われていたけれど。いつも9時を回る時には連絡を必ずくれているのに、それもなく。

 

何かに巻き込まれてなければ良いのだが。そんなことを自分で思い立ち、逆に心配が募ってしまう。

 

その時。

 

ピンポーン。

 

インターホンが鳴る。オートロックなので、マンションの入り口からだ。成幸くんなら鍵を持っているのでそんなわけはないのだけれど、もしかして、と思い応対する。

 

「はい、唯我です」


『夜分にすいません、唯我先生の同僚の、瀬川と申します。会合で唯我先生が酔い潰れてしまって……』


「ええ、大変っ!あ、下まで迎えに……」


『奥さんダメですよ!夜も遅いんですから。ご自宅の玄関まで、唯我先生を連れていっても、大丈夫ですか?』


「じゃあ……ごめんなさい、よろしくお願いします!」


無事みたいで良かった……。でも、いつも酔い潰れることなんてないのにな。大丈夫かな。そんなことを考えていたら、再びインターホン。


「はい、唯我です」


『瀬川です。あ、私一人です、男の同僚はエレベーターの前で待たせてますから』


細やかな気遣いができる人だな、と思った。メイクをしているわけのない時間だし、女一人。例え成幸くんの同僚とはいえ、たしかにこの時間で男性と向かいあうにはかなりの勇気が必要だから。

 

「成幸くん……よかったあ」


酔っ払っているものの、ようやく成幸くんに会えて、わたしは心底ほっとする。

 

「たらいまあ……」


そう言って、成幸くんは玄関に倒れ込んでしまった。


「主人が、本当にご迷惑おかけして……すいませんでした」


そこで、ようやく成幸くんをここまで運んでくれた、瀬川先生にお礼を言うことができた。

 

髪は肩に少し届くくらい、きれいな茶色だ。優しそうな雰囲気で、可愛らしい人だった。まだ若くて。身長はわたしより少し低いくらいだろうか。……胸がおおきい……。……と。余計なことを考えてしまう、大恩人にも関わらず。慌ててわたしは余計な考えを打ち消して。

 

その時だった。瀬川先生に話しかけられたのは。

 

【第二章】

 

「あの、唯我先生、お酒弱いわけじゃないんですけど……同僚が悪酔いしちゃって、それに付き合わされるうちに飲み過ぎてしまったみたいなんです。きつく言っておいたんで、反省させておきますから」


「成幸くん……主人が断らないのもいけないんですよ。ごめんなさい」

 

噂に違わぬというか。

 

今、すっぴんだよね!?と思ってしまった。

 

唯我先生の奥さん。

 

びっくりだ。いくらなんでも美人すぎる。女優さんが目の前にいたらこんな感じだろうか。

 

髪は長くて、本当に綺麗だし。目は大きいし鼻は高いし唇の形も整っていて。優しそうで、物腰も柔らかで。いくらなんでも……という感じ。

 

「いまさらですけど……主人がいつもお世話になっていて。仕事も楽しそうなんです。同僚の皆さんが良い方ばかりみたいで」


「瀬川先生のお話もしてくれますよ」

 

私のこと……?気になってしまう。

 

「いつも一生懸命で、頑張るやつで。負けてられないんだよって」

 

たぶん、それも本当のことなんだろう。でも、この人は、気遣いでそんなエピソードを教えてくれるのだ。いい人。

 

 

 

 

 

 

 

 

それなのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私の心の裡で。黒い何かが、首をもたげはじめていた。

 

私と唯我先生の時間を何一つこの人は知らないくせに。私がどれだけ唯我先生を慕っているのか知らないくせに。私がどれだけ……恋心を抱かぬよう、押さえつけているのかを、知らないくせに。何を上から目線で言ってくれているんだろう、と。

 

もう一つ。唯我先生は、ここにくる途中、ずっと奥さんの名前を口にしていた。ふみの、ふみの、ふみの。

 

愛して、愛されている。

 

だけど、だけど。

 

いつもなら理性で抑え込めるのに。お酒のせいにしてしまうけれど、とめる術がない。

 

 

『嫉妬』、だ。

 

 

絶対に勝てないよ、でよいはずなのに。

 

なんで目の前の女の人は、私が気になる男の人と一緒にいることが許されているだけでなくて、容姿も良くて、性格までよくて。

 

ずるい。

 

そう思ってしまい。なんの脈絡もなく、突然言葉をねじ込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私、唯我先生のこと、好きなんです」


「え……?」


「唯我先生も、わたしのこと、好きだっていってくれてますから」

 

「……あ、いえ、何でも。あ、それじゃ、失礼します」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最低だ、私。

 

動揺している奥さんから慌てて視線を剥がして、逃げ出すように私はその場を後にしたのだった。

 

【第三章】

 

るーん、るるー、るーんるるるるー……♬

 

るーんるるるるるー、るーるー♬

 

るるるーるーんるーん……♬

 

鼻歌が、聴こえる。

 

優しい、トーンで。

 

聞き覚えは、ある。

 

愛する文乃が大好きな曲。

 

「ムーン・リバー、だな」

 

呟く。

 

俺は、ソファの上に倒れ込みながら、文乃に膝枕をしてもらっている姿勢になっていて。

 

俺の呟きに気がつき、目が覚めたのかな、と文乃がにっこり笑ってくれた。

 

そこで、俺はようやく、これまでの経緯を思い出して、慌てて身体を起こそうとしたが。

 

文乃が、身体を起こすのをそっと押し留めた。

 

「こら。お酒の飲み過ぎで、頭痛いでしょ。無理しなくて、いいよ」

 

優しく、怒られる。

 

「文乃、今夜はごめん」

 

「いいんだよ。そういう日もあるもんね。それより、今は。少し、成幸くんのこと、独り占めさせてよ」

 

と、文乃は不思議なことを言う。

 

「……独り占めも何も、俺は文乃の旦那で、文乃は俺の奥さんだろ?」

 

「そうなんだけど。……思うだけでは伝えられないことも、あるから」

 

「?」

 

「時々、不安になるの」

 

「成幸くんのことを好きな女の人がいたらどうしよう、って」

 

俺は反射的に笑いながらそんなことない、といいかけたが、文乃の真剣な表情を見て開いた口を閉じた。

 

文乃の言葉の続きを待つ。

 

「成幸くんは、わたしのことを愛してくれている」

 

「自惚れているって笑ってくれていいんだけどね。わたしは、そう信じてるし、ずっと信じていることができる」

 

「わたしも、そうだもの。わたしは、成幸くんのことを愛してる。ずっと、ずっと、変わらない」

 

「だけど」

 

「成幸くんは優しくて素敵だから。周りの女の人が、好きになってしまうことだって…あるんじゃないか、って」

 

「難しいんだよね。そんな成幸くんが、わたしも好きになったから、わかるんだ」

 

「だけど……わたしの、成幸くんなんだから。それは……言葉にして伝えないと、ね」

 

「ムーン・リバーを渡るのは、2人だけ、なんだから」

 

そういって、文乃は何かを決意したようだった。

 

俺は、右手を伸ばして、文乃の右の頬に手のひらをそっと添える。あたたかい。

 

「何か、あったんだな…?」

 

「少し、ね」

 

文乃は、俺の右手を両手でぎゅっと包み込んだ。

 

その寂しげな仕草が愛しくて。

 

俺は、ゆっくり身体を起こすと、文乃をそっと抱きしめる。

 

「不安にさせてごめん」

 

「ううん……。あのね。女心の実践問題。不安な妻を安心させるためには?」

 

悩むはずもない。俺は、文乃の顎に少し手を添えて、そっと目を瞑る愛しい妻に、優しくキスをするのだった。

 

【第四章】

 

一晩中、後悔の底にいた。

 

私のいやがらせでしかない、なんの根拠もない言葉で、唯我先生と奥さんの幸せな生活にさざ波を起こすようなことをしてしまったのだ。

 

どうしよう。

 

あの美しい奥さんが、すごく怒って唯我先生を問い詰める。唯我先生は心当たりなんてあるはずがないのだから、否定するだろう。でも。女性からすれば、火のないところに煙はたたない、であるわけだから、その否定を証明せよ、と迫るだろう。もともとなにもないのだ、説明はするけれど。人の心の裡など、証明できるはずがなくて。

 

つまりは、泥沼だ。疑心暗鬼に陥ってしまって、仲の良い2人に、しばらく隙間風を吹かせてしまうことになりはしないか。

 

申し訳なくて申し訳なくて。私は頭を抱えていた。

 

次の日、いつも通り出勤して。飲み会の翌日は、なんとなくいつもより職場のみんなと仲良くなれた気がしてその雰囲気は嫌いではないのだけれど、今日はそれどころではない。


「おはようございます」


「あ、唯我先生、おはようございます。昨日は……本当にすいませんでした、俺が調子にのっちゃって」


「いやいや、俺も悪かったんですよ。でも、久々に学生時代ののりを思い出しました」

 

同僚と談笑している唯我先生。急いで捕まえて、謝らなくちゃ。

 

しかし。朝から唯我先生は忙しそうで、話しかけるチャンスを逃してしまい。

そのまま、お昼休みになってしまった。

 

その時、私にとあるお客さんがきたのだった。

 

「あ、唯我さん……」


ぺこり、と頭を下げたその人は。唯我先生の、きれいな奥さん。怒っている感じではなく。職員室が少しざわついていて、凄い美人だけど誰?、知らないのか唯我先生の奥さんだよ、みたいな話が聞こえてくる。


「あの、応接室、借りていいですか?」


「空いてると思うよ、どうぞー」


そして、ちょっとしたお客さんがきたとき用の部屋に案内する。

 

私は緊張していた。噛み砕いて言えば、びびっていた。ドラマみたいにののしられるのだろうか。

 

きちんとお化粧をして、センスのいい服装をしている唯我さん。その美しさが、いまは鋭い刃にも見えてしまう。

そんなことを思い、でも、最初に謝らなくちゃ。でも、先に口を開いたのは彼女だった。

 

「昨日はご迷惑おかけしてすいませんでした。つまらないものですけれど、これ、お詫びの品です。皆さんで召し上がってください」


そういうと、包装されたお菓子の箱を渡される。デパートで人気の洋菓子屋さんのものだ。


「いえいえ、こちらが悪かったんですから!いただけませんよ」


「いや、渡すまで帰れませんから。お願いします」


「そこまでおっしゃるなら……」


唯我先生の体面もあるしなあ……とも思い。わたしは、しぶしぶ受け取る。

 

その時。

 

「というのは、口実です」


唯我さんの雰囲気が、少し変わる。出鼻をくじかれていた私は少し狼狽える、そう、私は謝らなくちゃいけなかったんだ。


「瀬川先生と、お話がしたくて」


唯我さんは、笑っていて。その目も柔らかい印象のままで。私は拍子抜けする。


「昨日のあのセリフのことは、主人には話していません」


少し、ほっとしてしまう自分がいて。でも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「瀬川先生、昨日の夜、嘘つきましたよね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

びくっとしてしまう。すぱっと斬られたかのように錯覚する。その言葉の切れ味たるや。

 

「成幸くん、主人が、あなたのことを好きだと言っている、って」

 

「あなたが、主人のことを好きなのかどうか、それはわたしにはわからない」

 

「でも、少なくとも、主人がわたし以外の人を好きになることはありません」

 

すごい自信のある言葉だった。でも、そこには揺らぎようのない確信が感じられて。何者にも疑いの余地を抱かせない、そんな強さが、あった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だから、それは嘘」

 

 

 

 

 

 

 

 

【第五章】

 

唯我さんの言葉は続く。私は彼女の伝えたい言葉を黙って待つ。それが、私がいますべきこと、だったから。

 

「……わたしが成幸くんのことを好きになったとき、彼を慕う女の子はほかにもいたんです」

 

「素敵な子ばかりでした」

 

「それなのに。彼はわたしを好きになってくれた」

 

「星のように、数多ある人の中から……わたしを選んでくれたんです」

 

「わたしは、成幸くんを見つけた」

 

「彼は、成幸くんは、わたしを見つけてくれたんです」

 

 

「お互いを、最愛の星として」

 

 

言葉に込められた思いは。言い方はあくまで柔らかいのに。とても重くて、強くて、激しい。これ以上ないくらいに。私も女だから、わかる。わかって、しまう。

 

「少し、あなたに厳しいことを言います」

 

そう言われて、さらに身構えてしまう。

 

「あなたは、あなたの最愛の星を見つけてください」

 

「あなたのことを想う人が、必ず見つけてくれるから」

 

……聴いただけでは、厳しくもない?いや、そんなことはなくて。とても、とても、とても。厳しい、叱咤激励だった。

 

女として、私だけの、愛する、愛される人を見つけなさい。

 

完敗だな、と思う。

 

「わたしが伝えたいのは、これだけです。言葉にしなければ、伝えられないことは、世の中にはたくさんありますから」

 

そう言って、唯我さんは、きれいに、だけどその分怖いくらいに、笑顔を見せてくれたのだった。

 

私は、両手を挙げて降参したいくらいだったけれど。

 

かろうじて。

 

「ありがとうございます」

 

そう返すのが、精一杯だったのだ。

 

でも。

 

唯我さんを見送ったあとで、ふつふつと湧いてくる気持ちがあった。

 

絶対に、あの人に負けないくらいに、幸せになってやる。

 

そういう、強い気持ち。

 

週末に、髪を切ろう。そうも思う。気分を変えて。私は、前に進まなければ。

 

「負けるもんか!」

 

明るく、そう呟くのだった。

 

【終わりに】

 

「あれ、ワインか。平日に、珍しいな」

 

「軽い白ワインだから。少しくらいなら、一緒に飲めるかな、と思って」

 

家に帰ると、食卓にワインと軽いおつまみが置いてあった。休日に文乃と飲むことはあるのだが、平日はあまり記憶がない。

 

ただ、少しだけ、昨日から文乃がおかしい、とは思っていたので。付き合おう、そう思ったのだった。

 

風呂から上がり、さっぱりしてから。

 

『乾杯』

 

飲みながら、他愛もない話をする。美味しそうな定食屋を見つけたからまた行こう、とか。お花屋さんの店員さんとのおしゃべりのこと、とか。

 

そんな中で。

 

「成幸くん」

 

文乃も少し酔っているようだ。ほんのり顔が赤くて。なんだか、色気もあって、ドキッとしてしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今夜は、抱いてほしい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

文乃の表情は、真剣で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いっぱい、愛してほしい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少し小さな、でもはっきりした声で。

 

俺は、大きく肯定の意味を込めて、うなずく。

 

文乃の後ろにたって、背中からそっと抱きしめる。

 

「愛してるよ、文乃」

 

そう、心から伝える。

 

でも、文乃は、ふるふると首を振って。

 

「今夜は、言葉だけじゃたりないの。愛して、証明してほし……んっ、あっ……」

 

それ以上、文乃に話をさせるのは、流石に男として野暮にすぎて。俺は、文乃の唇を、いつもより少し強く吸う。文乃からのお返しのキスも、いつもよりも積極的で。

 

夜は長い、でも、一晩で足りないくらいに、愛を伝えよう。そう思いながら、愛しい文乃を強く、大切に、抱きしめるのだった。

 

(おしまい)

 

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☕️或る人は[x]をあたたかく見守るものである☕️

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【第一章】

 

あたしは、天花大学の近くで喫茶店をやって40年になる。もともと、夫婦2人で切り盛りしていたのだが、5年前に旦那が死んでしまったので、今は一人でできる範囲でやっている。

 

あたしも旦那も星が好きだったので、天文学を学べる大学の近くで、楽しくやっている。若い学生たちの面倒をみたり、話をするのは、日々の糧、なんだと思う。

 

印象的な学生にも、時には出会う。賑やかなやつ、面白いやつ、星への情熱が素晴らしいやつ。多士済々だ。

 

今、あたしが気にしている子もいる。とある女の子。昔のあたしに似て……というのは冗談だが、たいした美人だ。ロングヘアで、髪型のアレンジが多い。整った顔をしていて、すらっとした体型だ。色も白い。服のセンスもよくて。何より、雰囲気がいい。

 

個人的なルールだが、あたしは自分から客に名前は聞かない。特定の客に思い入れを持たないように、だ。

 

ただ、その子の名前は知っている。その年の新入生が凄い美人がいると噂になっているらしく、聞きもしないのにあたしに教えてくれたからだ。

 

古橋文乃、というらしい。

 

嘘のような本当の話だが、彼女がうちに来て以来、売り上げがあがった、言い方を変えれば客が増えた。圧倒的に男子学生。

 

いつくるかわからない、彼女を目当てに、一目見たくて、あわよくば、話せないか、と思っているのがみえみえだ。いつになっても男という生き物は浅はかなものだ。

 

あたしにとっては願ったりかなったりだが。

 

「福の神か、招き猫か……」

 

そう思わずつぶやく。

 

【第二章】

 

さて、入学してから割とすぐに、彼女はうちに通うようになり。まだ、初めて来てくれた時のことは、記憶に残っている。

 

カランコロン。

 

「いらっしゃい。ん、一人かい?」


ちょうど人がいなくなる時間帯だった。そこで、美人のその子がおそるおそる、という感じで入ってきたのだ。


「あ、はい。あの」


「なんだい?」


「扉のドアに掛かっていたレリーフ、天秤座がモチーフですか?」


「おや、よくわかったね。あたしが天秤座だからさ。それくらいは好きにさせてもらってるんだよ」


「わたしも天秤座なんです!…おそろいですね、えへへ」


人当たりもよい。まっすぐな魅力がある子だね、と直感的に感じた。

 

店の奥の席を案内し。注文してくれたコーヒーとアップルパイのセットを持っていく。その子は興味津々、という感じでお店の中をキョロキョロしていて、にこにこしていた。


「わあ、美味しそう!コーヒーも、素敵な香り…」


「ふっふ、正直な反応、ありがとさん」


甘いものが本当に好きなのだろう。目をキラキラさせながらアップルパイを見つめている。

 

他の客も来たのでずっとその子を見ていたわけではないものの、ちらりと見るたびに幸せそうな笑顔を浮かべながらぱくぱくと食べてくれていて、その食べっぷりがよくて。ふむ、つくった甲斐があったね、とあたしも思わず笑ってしまったのだった。

 

「お会計、お願いします」


「はいよ。700円ね」


「あの、また来てもいいですか?」


「もちろん。お客さんはいつだって歓迎なんだから」


「他のケーキも食べてみたいし……コーヒーも美味しかったです!」


その子は、本当に目を輝かせていた。素直な子だ。


「そうかい、ありがとう」


なので、あたしもにっこりしながらお礼をいい。幸せだなあ、といいながらお店を出るその子を見送ったのだ。

 

【第三章】

 

それ以来、彼女は週に一度は通ってくれるようになった。上手に人付き合いもできているようで、友人とくることも多い。男とくることはまったくなくて。ふむ、高嶺の花だし。見合う男もそうそういないだろう。そんなことを思っていた。

 

そんな、ある日のことだった。

 

カランコロン。

 

「こんにちは〜!」

 

彼女がきた。でも、いつもより少し声が張り切っている。どうかしたかね、と思ったら、連れがいて。

 

「あ、こんにちは」

 

ぺこり、とあたしに挨拶をする。眼鏡をかけた、若い男性。おそらく、彼女と歳は同じくらいなので、大学生だろうか。

 

あたしも、長生きをしているほうだ。

 

『それ』くらいは、わかる。にやりと笑い、

 

「空いてる席に、といつもはいうところだけど。こっちにおいで」

 

そういって、普段は学生には使わせない、周囲からは見えにくい特別な席へ案内したのだった。

 

もう、一目瞭然だった。彼女が、その男の子に、恋をしていること。笑顔がいつもよりもずっと輝いていて、視線も熱い。幸せそうな雰囲気があり。

 

やれやれ、この2人を見て、何人の男が泣くのかね、と思うと笑えてきた。

 

注文は、2人ともコーヒーとアップルパイのセット。


「もう、本当にすっごく美味しいんだから!成幸くん、びっくりするよ!」


「文乃がそこまで言うのか。よっぽどだな!楽しみだよ」


そんな言葉を交わしていた。

 

ちょうど注文の品をテーブルに運んだ時だった。携帯の着信音が鳴り、彼女が男子学生にごめんね、というポーズをとりながら、店の外に出た。

 

「ありがとうございます」


そう言って、残った男の子があたしの目を見ながらお礼をする。

 

ふむ。この子がねえ。失礼ながら。彼女と比較して、同じレベルの容姿か、と言われると、そこまでではない。よく見ると、顔立ちは整っていて。性格は優しそうではあるが。

 

「あの、何か?」

 

おっといけない。視線がバレてしまったようだ。客に失礼だな、と思い、謝って立ち去ろうとした、その時だった。

 

【第四章】

 

「聞いても、いいですか?」

 

と話しかけられた。どうぞ、と首を縦にふり、先を促す。

 

「扉のドアに掛かっていたレリーフ、天秤座がモチーフですか?」


「……!おや、よく気がついたね」


驚いた。あの子と一緒のことを言ってる。


「はは……実は俺が気づいたわけではなくて。文乃が教えてくれたんです」

 

柔和な笑みを浮かべたその子は続ける。


「文乃は、このお店が大好きみたいなんです。いつも、嬉しそうに話してくれて」


「店主さんも、素敵だって。俺もそう思いました」


「……ありがたいところだけど。会ってまもないのに?」


少し意地の悪い言い方をしてみる。


「あの写真」


「ああ、あれのことかい。よく気がついたね」


それは、旦那との思い出の写真だった。

 

とは言え、目立つ場所に置いているわけではなかったのだが、気づいていたらしい。


「俺、親父を小さい頃に亡くしたんですけど。親父の写真は、笑ってるのばかりなんですよ」


「旦那さんの写真も、笑ってるのばかりで。幸せだったんだなって。そのパートナーの人が、素敵じゃないわけないじゃないですか」

 

そこで、あっ、しまった、という表情をする。

 

「すいません、いろいろ失礼なこと……」


「いやいや。どうぞ、ごゆっくり」

 

あたしは、不思議な気持ちになっていた。あたしの心の大切にしていることを、優しく包み込んでくれる。こんなことをできる男は、そうそういるものではない。

 

「あの子は男を見る目もあるんだねえ……」

 

電話から戻った彼女は、彼に笑いかけて。彼も笑顔でこたえていた。そんな幸せそうな2人を眺めながら、そう呟いたのだった。

 

【おわりに】

 

「お会計お願いします」


「はいよ」


いつもより長く滞在し、彼と彼女が帰る間際。彼氏が先に店を出た後で、ちょいちょい、と彼女を呼び止める。

 

「あれは、いい男だ。離しちゃダメだよ」


そう言って、ウインクをする。


そうでしょ、という感じで胸を張り、

 

「はい!」


そういって彼女は満面の笑みを浮かべたのだった。

 

あたしと彼女の関係は、店の人間と、その客でしかない。それ以上の関係を望んでいるわけでもまったくないのだが。

 

さて、次来てくれるのはいつだろう。

 

また、たまには2人で遊びにきて、幸せな姿を見せてほしいものだ。

 

今日もたくさんの学生たちを相手にしながら、ひいきをつくってはいけないんだけどねえ。と呟くものの。

 

あの素敵な2人のことは。あたたかく、見守ってあげたい。そう思ってしまうのだった。

 

(おしまい)