古橋文乃ストーリーズ〜流れ星のしっぽ〜

「ぼくたちは勉強ができない」のヒロイン、古橋文乃の創作小説メインのブログです。

その金蘭之契の輝きたるや星に比肩するものである(終編)

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古橋文乃のケース

 

 朝起きると、やはり、いつもよりも特別な朝のように感じた。

 今朝は、卒業式の朝、だ。月並みだが、長いようで短かった高校三年間の最後の日。感傷が少しもないと言えばウソになる。さて、濃淡はあったのか、と問われると。高校一年生、二年生だって、たくさんの思い出があるものの。やはり、高校三年生の一年間の濃密さには、敵わないだろう。そんなことを考えながら、ばたばたと朝の準備をしていると、お父さんに今日の卒業生代表の答辞がんばれよ、と声をかけてもらった。ロールパンをもごもごと食べながら、わたしはとびっきりのウインクとVサインで返す。

 

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 パンを牛乳で流し込むと、慌ただしく家を後にする。お父さんに、あんなふうに応援してもらえた。いわゆる"普通"の関係に戻れているなんて、10年間も向き合えずに断絶していた昨年の今頃には考えられなかった。

 さて。大切な用事がある。卒業式より前に、絶対に果たすべき、約束だ。いつもより早く家を出たものの、そのことに気持ちも前のめりになっているのだろう、早足にもなる。桜が一枚、二枚舞い始めている中、わたしは一年前のことを思い出す。

 高校三年生の春。とびっきりの教育係の男の子と出会った。

 

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 頑張り方がわからなかった苦手科目に立ち向かう術、そして、そのために費やす正しい努力を続けることができた。そして、望んだ結果、希望する大学への合格につなげることができたのだ。それは、教育係の彼だけではなく、同じ方向に向かって走った、友人たちのおかげでもある。その絆は、日を追うごとに強くなった。……その中で強くなったのは、それのみにあらず。この一年間を通して、教育係から、女心を知りたいお弟子さんになり、かわいい弟みたいな存在になっていった、彼。唯我成幸くんへの、わたしの恋心もだ。

 世界でいちばん。好きなひと。

 ついにそうなった彼に、わたしは想いを伝えることができた。そして、彼にも受け容れてもらい、同じ想いであることを告げられて……わたしたちは、結ばれた。

 わたしは。

 彼を意識してから、ずっと。そう、ずっと、だ。大好きな人に思いっきり気持ちを伝えることができたら、どんなに素敵だろうって思っていた。

 だから。

 好きな人に思いっきり「好き」と言えて。

 好きな人から「好き」と言ってもらえて。

 奇跡みたいだと、心の底から思えた。

 

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 つい先日のそんな出来事。思い返すたびに、わたしの胸はきゅうっと締め付けられ、胸の鼓動の高鳴りもすごい勢いになる。その痺れるくらいの甘い記憶を、わたしは絶対に、絶対に忘れない。

 学校に到着した。ちらりと、教室を覗いてみる。黒板にはたくさんの色のチョークで、たくさんのかわいいイラストやメッセージが描かれている。それを背景にしながら、写真を撮ったり、いつもよりテンションの高いトーンでおしゃべりをしていたり、すでにみなが集まり始めて独特の盛り上がりをみせはじめていた。もし気づかれてしまうとその輪の中に否応なしに取り込まれてしまうだろう、わたしはそそくさとその場を後にして。その場所へと、向かった。

 図書室に到着する。今、ここは誰もいないはずだ。わたしと、わたしが声をかけた二人のかけがえのない友人以外には。小さく、息を吐く。自然と両方とも握りこぶしになるほど、気合が入っている。そっと扉を開く。
「文乃、おはようございます」
「文乃っち、おはよー!」
 そこには、わたしの待ち人である、緒方理珠ちゃんこと、りっちゃん、そして、武元うるかちゃんこと、うるかちゃん、ふたりが既にいたのだった。

 わたしは、唯我成幸くんが好きになった。でも、実は。りっちゃんも、うるかちゃんも、彼のことが好きだということを知っているにも関わらず、好きに"なってしまった"のだ。友達が好きな人を好きになってしまう。その友達の恋の成就を応援しているにも関わらず、だ。フィクションの世界でよくあること、ではある。一度目を通した本の内容はたいてい暗記してしまうわたしは、そんなこと知りません、とは、とてもいえない。恋を応援しているうるかちゃんに相談されれば、精一杯話を聞いて、できる限りのアドバイスをしたこともある。足を引っ張りたいなんて、みじんも思ったことはない。

 それなのに。それなのに、だ。わたしの成幸くんへの恋心は、一日、一日、彼と過ごすたびに、どんどん、どんどん、膨れ上がっていく。友達を応援しているはずなのに。わたしの心は、"そう"はならない。いや……"なれなかった"のだ。それを実感するたびに、ごめんね、りっちゃん、うるかちゃん。そう、彼女たちに懺悔することが続いていた。この言葉を繰り返すことだけがわたしの"言い訳"だったのだ。

 

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 この矛盾した現実の前に、わたしはただ……立ち尽くし続けることしか、できなかった。言葉を変えれば、何も、何一つ、そんな現状を変えるために行動することができなかったのだ。まるで茨に覆われたお城に閉じこもっている眠り姫のように、だ。

 

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 誰一人にも打ち明けられず、抱え続けていたその"歪み"。それを正しく"光"へと変えてくれ、導いてくれたのは、わたしがそれにまつわることについては勝手に遠ざけてしまっていた……りっちゃんと、うるかちゃんだったのだ。

 成幸くんに気持ちを伝えるためにわたしに一番足りなかったもの、"勇気"。それが今のわたしにはある。そして、それをわたしに与えてくれたのは、ほかでもない。目の前のふたり、だ。
 "戦う"ことができる間柄であることこそ、友達というのだ。そう教えてくれた、りっちゃん。

 

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 わたしの宣戦布告を受け止めて"戦ってくれた"、うるかちゃん。

 

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 ふたりがいなくては、わたしはそれを得ることはできなかった。言い換えれば、ふたりなくして、わたしの恋は絶対に叶わなかった、ということだ。

 ふたりは、よくわたしたちが使っていた席に並んで座って待っていてくれた。笑顔の二人に、緊張気味のわたしも無理やり笑顔をつくって挨拶をしながら、空いている側の椅子に座った。
「ごめんね、せっかくの卒業式当日に早く来てもらって」
「全然いいよ、文乃っち!」と、うるかちゃん。
「それで、話というのは?文乃」と、りっちゃん。
 伝えるのに、もう、一瞬の逡巡さえなかった。

「わたし、成幸くんのことが、好きだったの。そして、卒業旅行から帰ってきた日にね」
 二人はまっすぐにわたしを見つめて、静かに次の言葉を待っていてくれている。
「成幸くんに、告白したの。あなたが、世界でいちばん好きなひとだ、って」
 ……もう、わたしの、ばか。泣かない、と決めていたのに。だめだ、と思うのに。つうっと、涙が頬を伝う。それこそ、流れ星のしっぽのように、だ。
「大好きな人に思いっきり気持ちを渡して、伝えることができたの……」
ちゃんと、ちゃんと、伝えなくちゃ……。
「りっちゃんと……、うるかちゃんの……おかげで……っく……ひっく……」
 ぽろ、ぽろ、ととめどなく大粒の涙が零れ落ち始める。これは、だめだ、と思うと、もう。ぼろ、ぼろ、ぼろ……。ハンカチで顔を覆い、なんとか涙をせき止めようとするわたし。
 その時。すっと、りっちゃんが手を伸ばすと、わたしの頭を優しくなでてくれた。
「成幸さんの答え、私は知ってますよ。ずっと、ずっと、あなたたちを見ていましたから。私も成幸さんの事を憎からず思っていたのに……まったく」
 涙を流しながら顔を上げると、クリスマスの後からすっかり柔和になり可愛さに拍車がかかったりっちゃんの素敵な笑顔がそこにあった。
「成幸もさ。多分、文乃っちと同じ気持ち。そうだったんじゃない?」
 わたしの肩にそっと手を回してくれたうるかちゃんは、見た人をいつもいつも元気にしてくれる、プラスのエネルギーにあふれた笑顔を浮かべてくれていた。
 涙をせき止められぬまま……ただ、一つだけのアクションだけで伝わるようにしてくれた、大切で、優しい、大好きな友達。わたしは、くちびるを強く噛み、嗚咽をなんとかおさえながら、うなずいた。大きく、強く、縦に一回。まっすぐな、肯定だ。
「同じ人を好きになるなんて、あたしら相性バッチリってことじゃんね!」
「ふむ……心理学的にも興味があります」

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「ありが……とう……!」
 ようやく絞り出すことができた、感謝の気持ちを言葉にし、ようやく肩の力が抜ける。ふっと、涙が目から溢れているけれど、自分が自然に笑えていることに気づいた。
「ふたりとも、大好きだよ……!」
 りっちゃんとうるかちゃんは見合って目をぱちくりする。そして、改めて二人とも大きな笑顔を浮かべてくれた。

「よし、じゃーさ!今から三年生の教室に行って、成幸と文乃っちを真ん中にして、四人で写真撮ろうよ!そしてふたりには、しっかりとくっついてもらわなきゃ!」
「え、ええ!?」
 わたしの涙が落ち着いてからの、思わぬうるかちゃんの提案にびっくりしてしまった。
「なんですか、文乃?そのくらいで恥ずかしいというのなら、私が成幸さんをもらっちゃいますよ?」
「そーだよ!あたしなんて、成幸とラブラブツーショット撮っちゃおうかな!」
「あ、え!それはだめー!!!!」
 いつもの通り、にぎやかにはしゃぎはじめる。言葉にせずとも、三人ともわかっていた。わたしたちは、ずっと、ずっとだ、これ以上ない強い絆で結ばれた友達なのだ、ということを。

 わたしにとっては、その絆の輝きは、夜空に浮かぶ一等星のそれに並ぶものなのだった。

 

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(おわり)

その金蘭之契の輝きたるや星に比肩するものである(後編)

武元うるかのケース

 

 

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 成幸のことは、好きだ。今もそれは変わらない。もしかすると、いつかはそうでなくなる日がくるのかも、しれない。でも、それはいますぐではないことは間違いない。成就しなかったからといって、じゃあ忘れよう!次の恋をしよう!というほどに、軽い恋ではなかったのだから。

 出会ったころには、まあ、言葉は悪いが、こんなちょっと暗めながり勉メガネくんのことを好きになって、高校三年生になるまで想いを伝えられずこじらせつづけることになるとは、とても思いもしなかった。まさかもまさか、だ。
『あいつが……遊びも勉強もいろんなもん犠牲にして、必死で水泳頑張ってるって知ってるからな……』
 とある日。成幸があたしのことを本当の意味でわかってくれていることを知ってしまってから……恋に落ちた。

 

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 あの日から……気づけばいつも視界のどこかにこの人を探していたのだ。もっと仲良くなりたくて、下の名前で呼べるように家で猛練習してみたりもして。さらには、バレンタインのチョコを気合をいれてつくっては渡そうとしてみたりもした(実際渡せたのは1/5回、なのだが……)。まあ、恋については相当なヘタレだったあたし、なかなか気持ちを伝えることは、できなかったわけなのだけれど!

 それでも、ようやく、だ。受験が終わってようやく、あたしは成幸に告白をすることができたのだ。ずっと大切にしていたその気持ちを伝えられて、本当によかった。

 ……伝えることができただけ、だったけどね。叶いはしなかったから。

成幸は、やっぱり、成幸だった。あたしの気持ちを受け容れられないことに、正面から向き合って、きちんと答えを返してきたから。

『他に気になっている人がいる』

『こんな中途半端な気持ちでうるかの気持ちに応えられない』

『だから……ごめん……』

随分と、バカ正直に、だ。

 

 白状すれば、少しだけ、混乱した。成幸の言葉がすぐに消化できなかったからだ。あたしもあたしなのだけれど。成幸のことが好き、いや、好きすぎた分、自分の気持ちを伝えることで精一杯になってしまっていたところはあり。成幸も、恋をして、人を好きになるんだ、ということまで、思いが至らなかった。コンマ何秒の世界で理解がやっと追いついて、心の中を巡ったのは、というと。この場合のごめんってどういう意味だっけ、とか。どうして、なんで、とか。気になっている人って誰、とか。……ああ、あたしの恋は一区切りを迎えたんだな、とか。その結果、口をついたのは、
『はーっ、すっきりしたー!!』
という言葉だった。いろいろありつつ、それは100%の本音ではなかったけれど。心の奥底にあった、そのままの思いではあった。

 

 さて。そういう答えぶりでフラれたこともあって。気持ちの整理をつける中で、考えないことは、できなかった。成幸が気になっているという人、つまりは、ニアリーイコール、好きな人、だ。

 成幸は、決して器用ではない。だから、成幸が好きになるとすれば、成幸の身の回りにいることが多くて、成幸が面倒をたくさん見ていたであろう……あたしか、理珠りんか、そして、文乃っちか。ただでさえ、フォローするのが大変なあたしたち以外には、そういう気持ちは持たない、いや、持つことなんてありえない!あたしは、ずっと成幸のことを見てきたのだ、断言できる。成幸が、誰にでも一生懸命なのは知っている。よく、よく、知っている。だったらせめて……一番!あたしに一生懸命にさせてやるんだから!、と宣言していたんだけれど、なあ……。

 結局、それは、あたしではなかった。残るは、理珠りんか、文乃っち。では、どちらか。どちらも、とても魅力的な女の子なのだ。甲乙はつけがたい。だが、それでも、断言はできる。文乃っち、だ。卒業旅行で、文乃っちと成幸は、距離が異常に不自然だった。普段は気さくにしゃべりあっているはずなのに、だ。それだけで、んん?と思うけれど、さらに気になることがあった。それは、成幸の視線だ。すこしその先を追いかければ、わかる。そこには……いつも、あたしではない、彼女。文乃っちが、いた。ずっとあたしは、成幸を見てきた。成幸が、その人に向けている視線の温度。初めて感じたもので……あたしに届けられることはついぞなかった、その熱。思い返すたびに、まったくもう、とはなるよね。

 さて、では、文乃っちの気持ちはどうだったのか。実は彼女が成幸のことを好きだったんだ、と確信をもって気付いたのは、あたしが成幸に告白する直前。聡い彼女が、あたしと成幸の"そういう"空気に勘づいたのだろう、不自然なほどに慌てて走り去ったからだ。さすがのあたしでも、わかった。

 正直に言えば……文乃っちも、"そう"なのだったとしたら、打ち明けてくれればよかったのに、と思わないでもない。でも、優しい文乃っちがそれをできなかったことも、わかるのだ。彼女はあたしの恋愛相談にいつもしっかりと向き合ってくれていた。そこに絶対にウソはなかったし、あたしの悩みを解消してくれたことに間違いはないのだ。あたしの足を引っ張ろうなんて意図は、これっぽっちも感じたことはない。

 それでも、文乃っちの中で、成幸への気持ちが、変わっていくきっかけがあったのだと思う。文化祭のジンクスにまつわることを、あたしは間近で見ていた。成幸が転んだ瞬間、後夜祭の打ち上げ花火があがった。成幸の手をとろうかどうか、少し躊躇したあたしより先に、成幸の手をとったのは、文乃っちだったのだ。みんなジンクスのことは知っていた。だから、その行動にどんな意味も、彼女はわかっていたはずだから、その時には、"そういう"気持ちがすでにあったのかもしれない。そして、冬になる前くらい、文乃っちは常に「成幸くん」と呼ぶようになっていたことくらいは、気づいていた。その変化の根源にあった想いの大きさは、どのくらいだったのだろうか。

 その大きさを、あたしが初めて知ったのは、ついこの間、卒業旅行の夜のこと、だった。相当急いで走ってきたのだろう、息も切れ切れで文乃っちはあらわれた。

『ごめん、うるかちゃん』

『わたしずっとうるかちゃんに……』

『嘘をついていたの』

 嘘。隠していた、何か。

『わたし本当は、うるかちゃんのこと、心から応援できてなかったの……!!』

『もう、言い訳して、逃げ続けて、「大好きな」気持ちから目を背けるのは嫌』

『だから……ごめん。"戦う"よ』

 

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 あたしが、どれだけ成幸への強い気持ちを持っているのか知ったうえでなお、文乃っちは、あたしに"戦う"と宣言してきた。……いや、宣言してくれたのだ。ソッチョクに言えば、びっくり、した。優しくて、その反面、自分の気持ちを押し通すことがなさそうな文乃っちが、ぎらりと刃を抜いた瞬間……と言えば大げさ、だけれど。言い方を変えれば、相当強い勇気を持って、ぶつかりあってくれたのだ。さて。結局、文乃っちは、成幸に思いっきり気持ちを伝えることが、できたのだろうか。

 あのふたり、成幸と文乃っちは、似ているのだ。誰かを傷つけるのが怖いから、自分の幸せになる道筋で誰かの幸せとぶつかり合ってしまうとなると、とたんにそれを避けて、自分のことを二の次にしてしまい、それどころか、押し殺してしまう。でも、それは、優しさなんかではとてもない、臆病さの裏返しなのだ。シンラツだけれど、思いあがりだとさえ、言える。誰かのために自分は幸せになりませんねということを選びました、ということほど、誰も望んでいないことはない、のだ。それにだ。それが恋にまつわることであれば、誰かの失恋、ということにもつながる。でも。勝手に失恋した人は不幸なんだ、ということにされては、たまらない。成就しなければ、恋に意味はないのか。そんなことは、ない。そんなことは、絶対にない。あたしはそう、断言できるからだ。

 

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 その時、携帯にメッセージがあった。結構、遅い時間だけど。なんとなく、あの子かな、と頭をよぎったら、案の定だった。

「明日、朝早くに図書室にきてほしい、か」

 どんな話が聞けるのか。もしも、ずっと好きだった人と、大切な友達がそういう結末になっていた、ということなのだとしたら。あたしは、単純にふたりがお似合いだな、幸せに成ってよ、とは思わない。……そうではなくて。お互いを幸せに成すべく、強く、強くなってよね、と願う。いざとなれば、成幸はあたしがとっちゃうからね!という釘を刺しつつ、だ。なあんだ、世話の焼けるふたりってことか、と思うと、少しだけ肩の力が抜ける。

『泣くなら、やれること全部やりきってから、思いっきり泣くの』
 そう成幸に伝えたことがあるのを思い出した。それは、明日の文乃っちの言葉を受け止めてから、かな。その覚悟は、できていた。

 

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(続く)

[x]は彼のひとが迎えたる節目の日を祝福するものである(2021ver)

いきなり本題、だよ!

 

さて、10月23日、です。

 

この日は、とある女の子の、お誕生日になります。

 

週間少年ジャンプで連載されていたラブコメ、『ぼくたちは勉強ができない』(著者:筒井大志)。

 

ヒロインのひとりであり、このブログの物語の主役でもあり、わたしが尋常ではないエネルギーをいくらかけても構わないと思っているその人。

 

そう、古橋文乃です。

 

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素敵な物語に出会うことができて、その中の登場人物に人生を豊かにしてもらえました。いろんな出会いがある世の中ですけれど、こんな縁もあるもの、なんですね。

 

皆さんも、へー、文乃の誕生日って今日なんだ!と覚えていただくと嬉しいです!(23(ふみ)の日、だからみたいです)

 

繰り返しますが、

 

10月23日

 

だよ!!

 

それで、今年は誕生日プレゼントを何にしようか、いろいろ考えました。なにか、文乃らしいもの……と考えていたところ、とあるケーキにピンときて、それに決めた!それは、アイスクリームチェーン、サーティワンの『ポッピングスター』です!

 

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星にまつわる、大きなホールのアイスケーキ!!ぜひ、成幸と文乃、ふたりで一緒に食べてもらいたいですね。

 

注文編

 

お店『はい、サーティワン○○店です』


わたし『あの、ポッピングスターを予約したいんですが(ドキドキ)』


お店『はい、在庫を確認しますので少しお待ちください……』


わたし(ええ、品切れのこともあるの……!?あかん、想定外や……)


お店『ありました!』


わたし「(あー、よかった!)あ、ではそれをください」


お店『ネームプレートにはお名前を書けますが、いかがいたしましょうか?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

わたし「ふみの、でお願いします」(限りなくイイ声で)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お店『(娘さんかな?)はい、ふみのさん、ですね……承りました!」


わたし「✨✨👍✨✨」

 

というやりとりはありましたが、わたしくらいになると、何の照れもありません。ふふふ。

 

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ショートショート

 

「え、すごい!!こんなにおっきいケーキ、どうしたの、成幸くん!?」

「ほら、文乃の誕生日だろ?びっくりさせたくてさ。それにほら、文乃はたくさん食べるから!」

 

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「も〜!いくらわたしでも、こんなの食べ切れるわけ、ないでしょ!そんなこと言っちゃうなんて、女心の練習問題、0点だよ、まったく!」

「だってさ。文乃にたくさん、あーんって、食べさせたかったんだ」

「……!……あ、ありがとう、成幸くん……。じゃあ、あーん、して?」

「はい、文乃。あーん」

「えへへ。ぱくっ……ん〜〜!!おいしい〜!!」

「よかった。はい、じゃあもう一回!」

「ふふふ。あー…………」

 

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………………。

 

「むにゃむにゃ、さすがに一度にその大きさは食べられないよお……。え、成幸くんもあーんしてほしいの?いいよ、ふふふ………………あ、あれ?夢、か…………」

「あ、やだ!もうこんな時間!成幸くんがうちに遊びにくるんだったのに!」

ピンポーン

「わ、わ……!」

玄関のすぐ外では、文乃の誕生日を祝うために、ごちそうと、ホールケーキも一緒に持ってニコニコしている成幸が待っているのだった。

 

終わりに

 

さて、紆余曲折あり、へたくそながらも彼女についての創作をしています。一時期よりもペースは落ちてしまいましたが、彼女の幸せを追い求め、その過程を物語にするのは……とても、とても、とっても、楽しいです。亀のあゆみですが、そっと、ゆっくり、でもたしかな足取りで続けていきたいと思います。

 

拙い物語たちですが、読んでいただいている皆様には、感謝しかありません。引き続き、古橋文乃の幸せを、少しでも感じていただければ嬉しいです。

 

(おしまい)

 

参考 🎁或る人は[x]の為に心尽くしの賜物を所望するものである🎁 - 古橋文乃ストーリーズ〜流れ星のしっぽ〜

 

※昨年はまだぼく勉連載中でもあり、Twitter上でも、祝ってくれている人がたくさんいました!今年もある程度はいると思います、興味がある人は覗いてみてくださいませ!

その金蘭之契の輝きたるや星に比肩するものである(中編)

緒方理珠のケース

 

「まいどあり、です」
「まいどあり、よ!」
 ようやく、本日最後のお客さんが帰っていく。今日もまた、夜の時間帯は休む間もなく大忙しだった。ふうっと一息。
「今日もありがとうございます、関城さん。私が本格的に店に戻ってから、急にお客さんが増えてしまって」
 隣に並ぶ同級生に、私はぺこりと頭をさげる。
「いいのよ、緒方理珠!それよりも、あなたと同じ服を着てアルバイトができるんだから……!」
 こちらがお礼を言いたいくらいよ、やんやん♪といってまたトランスしてしまった。やれやれ、だが、愛すべき友人であることに変わりはない。
 緒方理珠はこんなに可愛くてきれいで美しいんだもの、これに気づいた輩が押し寄せるのは自明の理!とはいえ、防波堤は必須!ならば、この関城紗和子が果たすべきよね!
 ということで、半ば押し掛けるようにして彼女は来てくれたが、事実、能力が高い彼女がいなければこの量のお客さんはとてもさばけなかった。
 見た目はどうかは別にしても、雰囲気が変わったとは、よく言われるようになった。自覚も、ある。自分も、他人も、感情を理解して、表現できるようになったからだ。正しくは、いろんな人のおかげで、変わることが"できた"ということだ。
 高校一年生からの友人、古橋文乃こと、文乃。高校三年生からの"できない"仲間、武元うるかこと、うるかさん。
 また、私が他人の心が理解できない頃から、私を"恩人"と慕ってくれていたという、いつの間にか私の近くにいてくれることが増えてきた、関城紗和子こと、関城さん。
 そして。私が自身驚くほど変わった要因の大半を占める人。唯我成幸さん、だ。彼は、この店にもよくきてくれていて、店の隅、あそこの席で一緒に勉強をしていたものだ。

 

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「それじゃあ、また明日の卒業式で会いましょう、緒方理珠!アデュー!!」
 そう言って店を後にした関城さんに手を振って送り出して、部屋に戻る。ふと見回すと、かなり増えたボードゲームが視界に飛び込んできた。関城さんとバイト前にすることが多く、無精して出しっぱなしにしてしまっているものがいくつかある。片付けねば、といくつか手にとると、そのうちの一つが、慕っていた祖母手作りのものだった。頭をよぎる、クリスマスより前の事。心の傾きを決定的にした出来事があった。

 少し、時計の針を戻す。高校一年生の春、私は学園長室で一人の女子生徒と出会った。髪は長く、すらっとした体型。目は大きく、顔立ちの整った美人。それが、古橋文乃、だった。最初から仲が良かったわけではない。だが、ある日、偶然彼女が私の家でもある緒方うどんで食事をしていて(うどんを二杯食べ終わり、三杯目を食べているところだった)、流れの中で店の手伝いまでしてくれた。彼女は、お客さんの様子を一目見ただけで、こうした気遣いをしたほうがよいかも、という提案をさりげなくしてくれた。そして、自分のことをオープンに私に伝えてくれて、仲良くしたい、とさえ言ってくれたのだ。窓の向こうに降る雪を背景にした彼女は、拙い言葉でしか表現できない私の精一杯の表現でいえば……。


 とても、綺麗だった。

 

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 ああ、そうか、と気づきもした。この人は、私のなりたい私だ。……だけど、一方で。私の……なれない私であることも、痛いほどに、わかってしまったのだ。それ以来、彼女は私の"憧れ"だった。今に至るまで、ずっと、だ。
 せめて、彼女、古橋文乃のように、人の気持ちに聡くなれれば、その分だけ、自分を好きになれると思っていた。それなのに。あの日、楽しそうに話している文乃と、成幸さんを見て、互いの信頼があることを、私は理解できるようになっていたからこそ……。

 

 嫉妬した。

 

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 そんな黒い気持ちを持ってしまった自分を、好きになれるはずなんてなくて。私の自己嫌悪は相当なものだった。だが、そんな私を救ってくれたのも、また、文乃と成幸さんだった。私の何気ない言葉が、強く文乃を支えることになったことを知った。私がそうだったように、彼女もまた、私を"憧れ"だと言ってくれたのだ。そして、何よりも、成幸さんは、自分のことを嫌いになってしまうということもひっくるめて、そんな私のことを嫌わないぞ、と言ってくれた。何度でも、何度でも、だ!そう、笑ってくれたのだ。
 私は、心の機微を把握することについて成長したつもりではあるものの、知れば知るほど、それは奥深く、興味深いものだ。自分で経験できれば、それは一層面白い。そういう意味でいえば。
 成幸さんのことを好きに……。いや、大好きになったこの経験は、絶対に忘れることはないだろう。
 キスをすることの必要性の有無にまで、理屈を求めていた私からすれば、驚くほどの変化、というか。

 

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 ようやく、この日から表現できるようになったのだ。成幸さんへの、好意。私の積極的な行動に慌ててくれる成幸さんの可愛さは、新しい発見でもあり、からかいがいもあった。一方で、私に、綺麗になったとさえ、言ってくれもして。その幸福感といったら!そういったささやかなことすべてが、大げさではなく、この世界を一気に鮮やかに彩ってくれた。

 

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 その時、小美浪あすみこと、先輩からメッセージだ。
「卒業式終了後、1時間後を目途に正門に集合、ですか。はて」
 明日、高校生活が終わる。特に最後の一年は、いい一年だった、とだけ言うには、とても言葉が足りない。一生におけるターニングポイントだとさえ言えるほどの転機だと考えているからだ。すると、同じタイミングで、関城さんからもメッセージがきた。
「えっと。『言い忘れていたわ!明日、写真を一緒にとりましょう!多ければ多いほどベターよ!では!』、か」
 関城さんとは、文乃とは違う距離間での友人だ。また、直接は言わないものの、長い付き合いになるかもしれない、という予感もある。私の好きではない一面を、最初から好ましいと言ってくれていた彼女。ありがたいことだ。
 もちろん、文乃だってとても大切な友人だ。その友人は……戦えたのだろうか。気にはなりつつも、あの日以来、文乃と連絡をとっていないので、その成否はわからない。卒業旅行中、文乃は、一時期の私と同じように、自分を嫌いになっているような表情を常に浮かべていた。それが気になり、旅行から帰ってきた日、文乃に声をかけたのだ。
 文乃は、苦しんでいた。大切な友達に、好きな男の子がいること。その男の子を、文乃も好きになってしまったこと。その感情を諦めなければいけないのに、気持ちを消せないこと。
 私は、材料を提示した。友達のために、と言い訳をし、自分を押し殺した側と、知らず知らずのうちに押し殺させた側、かわいそうなのはどちらなのか、と。そこに差はないのではないか、と。言い換えれば、同じ土俵で並び立ち、時には本音をぶつけ合い、戦いあえる存在をこそ、友達と呼ぶのではないか、と。

 

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 それで、文乃の背中を押して、彼女を走り出させるのには、十分だった。
 本当は。本当は、だ。文乃を、土俵になんて、あげたくはなかったのだ。文乃が苦しんでいる理由が、私もよくしる男子生徒にあることくらい、十分に知っていたのだから。そして、私は、ずっとその男子生徒と彼女を、ずっと、ずっと見ていた。彼女が、男子生徒に抱く想いも。男子生徒が彼女に抱いているであろう想いも。それらが、大なりでもなく、小なりでもなく、等しい時の答え、如何。

 さすがに、"それ"くらいのことは、わかってはいた。

 

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 その時、ちょうど文乃からのメッセージ。忙しい夜だ。私と、うるかさん宛、だ。
『遅い時間にごめんね。明日、卒業式の30分前くらいに、図書室に集まってくれないかな?二人に、伝えたいことがあるの』
 文面からも、文乃の真剣さが伝わってくる。さて、今しがた私が思い浮かべた数式の答え合わせができそうだ。今だって"憧れている"友人からの、お知らせ。それを受けとめたのち、もう一人の騒がしい友人に慰めてもらうとしようか。苦笑しながら、私は文乃に返信をするのだった。

 

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(続く)

その金蘭之契の輝きたるや星に比肩するものである(前編)

はじめに

 

 わたしは、自分の恋のひとつの区切りについて、彼女たちに伝えたい。いや、伝えなければならない。
 同じ人を好きになり、その中で一番勇気が足りなかったわたしの背中を力強く押してくれた、2人の大切な友達へ。

 

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桐須真冬のケース

 

 私は、明日に迫った一ノ瀬学園の卒業式の段取りを確認し終わり、温かいお茶を飲みながら、一服しているところだった。日中は穏やかな気候が増えてきたものの、まだ夜は肌寒いことが多く、身体をあたためてくれるものはまだ必要だ。
 毎年この時期、3年間をそれぞれ自分なりに戦い抜いた生徒を送り出す。成長したかどうか、今は実感がない子たちもいるかもしれない。しかし、少し年をとってから振り返ると、同世代と切磋琢磨したことで、必ず素晴らしい経験を積んでいたことがわかるはずだ。
 私は、教師だ。そんな彼らの人生に、少しでもプラスになれるようにサポートできたのか、どうか。毎年、自問自答している。
 さて。今年の卒業生の中には、そんな私の価値観を明らかにポジティブなものに転換させてくれた子たちがいた。
 "才能"。これまでの私は、それが幸せの指針になると信じてきた。それを見極め、生徒を導くのが私の役目。一歩見誤れば、自分のように不幸な人生を歩ませてしまう。だから、たとえ憎まれようと、生徒を才ある道に進ませるべきなのだ、と。

 

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 自分はそのエゴを、生徒たちに……特に、天才と称されていた、古橋さんと緒方さんに押し付けてきたのだが。その指針が全てではなかったのだ、と教えてくれた人たちがいた。かつての教え子、そして、今の教え子だ。そして、事実。古橋さんと緒方さんは、絶対に無理だと言い続けていた苦手な分野を見事に克服し、希望する大学への進学を果たしたのだ。彼女たちに、ごめんなさい、と謝る機会はあった。本当に、よかった。
 卒業生の中に、唯我成幸君、という男子生徒がいる。彼は、過去と向き合うことが「できなく」なっていた私を、懸命に救い出してくれた。ずっと、彼はそうやって「できない」気持ちを持った人に寄り添って、皆の幸せのために動いていた。きっと、今後もそうなのだろう。これから先、いつか、誰のためでもなく、彼自身が幸せに成ってくれればいい。そう思う。
 先日私が引率した、OGの小美波さん、卒業する唯我君、古橋さん、緒方さん、武元さんとの卒業旅行のことをふと思い返した。彼らが集まって楽しそうにしているところに、高校生の頃の自分も一緒にいるような錯覚をおこしたのだ。もし、そうだったとしたら、唯我君に対して、私はどんな感情を抱いたのだろうか。……。その場で、私は小さく首を振った。それが、私の答え、だった。

 

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 そういえば、小美浪さんが後輩たちにサプライズでお祝いをしたいから卒業式の終わる時間を教えてほしい、と言っていたことを思い出す。正直、例年よりも感傷的になるかもしれないな、と思いつつ、回答するメッセージを送った。
 ふと、部屋を見渡す。居住関係は以前と比べるとだいぶ改善したと思っている。あの子から掃除のやり方をこまごまと書いたノートを送ってきたときは、苦笑いをするしかなかった。

 

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 この場所で、ずいぶんといろんなことがあったものだ。彼には、互いを幸せにすることのできるパートナーと巡り合ってほしい。それが、教師ではなく、私個人として精一杯踏み込んだ願いだ。これまでの私であればこんなこと考えもしなかったのにな、と思いつつ、小さく笑うのだった。

 

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小美浪あすみのケース

 

 まふゆセンセからメッセージがきた。依頼していた件だ。ありがたい。この人は、向いていないことをやり通すためには、それだけでかい反骨精神がいるということを教えてくれた。それを忘れなかったこと、一浪の末、目標としていた医学部合格を果たせた要因の一つであることは間違いない。しかし、だ。1年前、自分が在籍したころには考えられないほど、まふゆセンセは変わったと思う。冷たい人なのかと一見しただけで感じてしまうこともある、凛とした佇まいはそのままなのだが。この1年を通して、しなやかさみたいなものが加わった気がしている。
 まふゆセンセが変わった理由。そして、アタシが高いハードルを越えられた要因の、大きなもの。それは、おそらく同じ人物に起因するものだと思っている。アタシは"後輩"と呼ぶ、文字通り同じ高校の一つ下の男子学生、唯我成幸だ。年上の女性2人に影響を及ぼすとは!やはり、とんだたらし野郎だ、とにやりと笑いながら思う。
 心の中で尊敬している、小さい診療所の主である医師の親父。その後を継ぐべく、アタシも医学部への進学を希望していたものの、それを面と向かって否定されていた時。たまたま居合わせた、お人よしオブお人よしの後輩が助け舟を出してくれ、親父はその場ではアタシがその夢を目指すことをひとまずという感じだったものの認めてくれたのだった。ま、諸事情あり、アタシが後輩の彼氏だという口から出まかせを言ってしまい、アタシたちの関係は彼氏と彼女だと親父にウソをつくことになってしまったわけだが。そのウソによって、事あるごとに親父にアピールをする必要もあり、思いのほか、後輩と深く関わることになってもしまったのだ。

 

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 それにしても、だ。恋人のフリとはいいつつも。フィクションみたいにベタベタなのだが……。後輩と一緒の時間を過ごせば過ごすほど。むっつりスケベだったり、天然女たらしだったりするからかい甲斐のある一面もありつつ、一方で、変に積極的で男らしくてドキドキさせられたり、本気でアタシが夢を諦めかけていた時には馬鹿みたいにまっすぐに励まされて心底助けられてしまったり。ずいぶんと、調子を狂わされてしまった。ことあるごとにアタシはからかうのだけれど、そんなアタシもカウンターで照れさせられること多々あり。
 まあ、つまり。後輩のことを異性として意識したことはないのだ、と言えばそれこそウソになる。裏を返せば、そういうこと、だ。
 とはいえ。後輩のことを憎からず思っているであろう、同じく高校の後輩であるあの三人娘。古橋、緒方、武元を押しのけてまで、後輩とそういう関係になりたいか、と言えばそうではない。おそらく、後輩の気持ちの矢印は、アタシのほうを向いていないだろうから。それは女の勘、だ。その矢印を何が何でもこちらに向けさせようとするほど、野暮な真似はしたくない。
 先に挙げた三人以外の誰かであることはおそらくない(超大穴でまふゆセンセはあるかもしれないが……あの、堅物からするとまあ、やっぱりありえないか)。なぜなら、この一年みっちり一緒に苦楽を共にし、頑張ってきたやつら以外に、そういった気持ちを向けられるほど後輩は器用でないことは、よくよくわかっているからだ。では、誰が本命なのか、というところについては、明示的に確かめたことはないので、わからない、というのが正直なところではある。
 だが、後輩とアイツだったら面白い組み合わせだな、と思うことはある。三人の中で、唯一アタシと後輩のウソの恋人関係に気づき、後輩との関係をからかうとムキになって反応してくるAカップ。どうなることやら、まあ、あとは若人同士で青春してくれよ、ということだ。

 

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 さて、あの三人プラス後輩を、マチコたちと計画していた、そこそこ健全なサプライズパーティーに招待すべく、メッセージを送っておこう。
 ふと、机のよく見える場所に置いている、キーホルダーとして使えるくらいの小さなぬいぐるみが目に入る。スマホアプリの人気キャラであるドハっちゃんだ。何を思ったのか、後輩がわざわざ手作りをしてアタシにプレゼントしてくれたもの。正直、大切にさせてもらっている。きっと、これからもそうなんだと思う。

 

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 後輩と過ごした日々を振り返ると、当然その時々の自分の心の揺れ動きもセットで思い出す。それは正直、甘いものだった。高校生の頃は自分に余裕がなく経験することができなかった、そういう気持ち。今ばかりは、そんな後輩よ、ちゃんと幸せに成れ。そう素直に願うアタシなのだった。

 

(続く)

[x]は年の瀬にて窹寐思服たる日々に思い耽るものである

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第一章

 

「ん~~~……!3時間、集中してみっちりできたなあ」
 わたし、古橋文乃は、大きくノビをして、首を軽く回転させる。普段肩こりはあまりないほうなのだが、さすがにここ最近、机に向かう時間が一日の大半を占めているので、いつもよりもばきばきしている、ような気がしているのだ。その点、わたしの高校一年生来の友人、りっちゃんこと緒方理珠ちゃんは肩こりがひどいようで。あのおっきな胸が関係しているらしい。え?肩こりがないわたしの胸はつまりおっきいの反対ではないかって?ふふふ、放課後体育館の裏にきやがれ、だよ!さて、冗談はさておき。
「いよいよ、だからね」
 小さく息を吐き、きたるべき時に思いを馳せる。どうして机に向かう時間が増えているのかといえば、わたしは、高校三年生で、いわゆる受験生だからなのだ。今日は、12月27日の金曜日。つまり、年の瀬を迎えていて、年明けにはセンター試験が控えている。まさに、天王山目前だ。緊張していないといえば嘘になるけれど。すこし立ち止まって自分のこれまでの歩みを振り返ると、隔世の感はある。なぜなら、苦手科目の数学ですら、しっかりと試験に立ち向かえる実力がついている実感があるからだ。
 高校三年生になりたての頃。わたしは進路選択に避けては通れない数学への苦手意識がすさまじく、それに深く関連するその科目での成績が壊滅的だった。短期的に言えば、行きたい大学に行けない。それはつまり、長期的に言えば自分の夢である、天文学を学ぶ入口にすら立てない、ということ。それは、成績だけに関わらない。天文学を志す以上、数学が避けては通れないことくらいは、わたしも知っているから。そもそもの向き合い方から変えなければ……。だが、言うは易く行うは難し。そうそう簡単にいかないまま、いざ受験がせまってきて、周囲の大人たちからも、得意科目である国語を中心とした進路選択をするような圧力がいよいよ強くなり、もはやこれまでか、といろんなことを諦めかけていた時に。

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 大げさではなく、運命を変える出会いがあった。唯我成幸くん。同級生の彼が、わたし、そしてわたしと同じ悩みを抱えていたりっちゃんの教育係になってくれた。わたしたちと正面から向かってくれて、ほぼゼロの状態から、熱心に勉強に付き合ってくれたのだ。同じく同級生である、武元うるかちゃんと三人の「できない」生徒を決して見捨てることなく、センター試験に苦手科目でも勝負できるほどに学力を身につけさせてくれた。
「……成幸、くん」
 思わず、小さな、本当に小さな声で、その恩人の名前を口にする。……どきん、と一つ大きな鼓動。名前を呼んだだけで、心の真ん中に、小さいけれど、あたりをほっとさせてくれると灯りがともされる。でも、一方で。ごめんね、りっちゃん、うるかちゃん。彼のことを想うたび、彼女たちへの後ろめたさもまた、心をよぎってしまう。
 お気づきの方もいると思うが、わたしは、彼、唯我成幸くんに、憎からざる想いがある。しかし、それは、「できない」仲間であり、なによりも大切な友達でもある、りっちゃんとうるかちゃんが、成幸くんのことを好きだ、ということを知ったあとで、抱いてしまった気持ちなのだ。いったい、どう扱って、どう着地させればいいのか。
 少しはわかるようになってきた数学の数式たちと異なり、こればかりは公式も何もなく……。彼にも、友達にも、相談さえできなくて。堂々巡りをし続けているのだった。

 

第二章

 

「はあ」
 小さくため息をつきつつ、手元にある、少しぬるくなってしまったコーヒーをすする。勉強には糖分が必要だからね、仕方ないからねっ!という心強い言い訳のもと、砂糖もミルクもたっぷりだ。今、わたしは、在籍している一ノ瀬学園の生徒御用達のファミレス、ジョモサンにいる。きちんと一人500円以上の一品を頼んでくれたら、4時間は勉強してもいいよ、しょうがないなあ、という受験生の味方なのだ。勉強道具を広げただけで、苦い顔をされ、15分もすると他のお客様もお待ちなので、ということで退席を促されるカフェやレストランも少なくない中で、とてもありがたいのだ。
 もちろん、今日もわたしはしっかりといろいろ頼んでいる。朝の9:00に店に入り、トーストとサラダがセットになったモーニングとドリンクバーを頼んだ。10:00には小さなチーズケーキとティラミスを一つずつ頼んだ。11:00にはポテトフライとチキンナゲットのバスケットを頼んだ。いずれも、しっかりと食べきっているところだ。ん?栄養は胸にいってないですよね、って?お腹周りにいってるんですかあ、だって?ふふふ。いい度胸だ、あとでお説教3時間コースが必要、だよ!まったく!!さて。店内に設置されている、壁掛けの時計に目をやると、12:00を回ろうとしているところだ。そろそろお昼ご飯を頼んで、それを食べたら自宅に帰って仕切り直しかなあ、と思い、メニューをぱらぱらとめくってみる。やはり、勉強している分、お腹は減る。すいません、と店員さんを呼び、
「このアンガスステーキランチを、お肉とライス大盛りでしてください。あと、サイドメニューでサラダもつけてください!」
と注文をする。このお店でよく見かける、大学生くらいと思われる店員のお姉さんは、朝からたくさん食べているわたしに慣れてくれているので、ぎょっとすることなく、笑顔で対応してくれた。

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 少し脳も疲れている。だから、少しだけ元気をもらわないとね、と言い訳をしつつ、わたしは携帯を手元に寄せて、ホームボタンを1回だけ押す。暗かった画面が明るくなり、いわゆる待ち受け画面に切り替わる。
「……」
 わたしは、えへへ、と笑いたいところをぐっと抑えるのだけれど、思わず顔が綻んでしまうことまでは避けられない。わたしの携帯には、唯我成幸くんが、猫を撫でている写真が映し出されている。先日、わたしの家に成幸くんが勉強を教えに来てくれた時のこと。たまたまお父さんが知り合いの人から預かった猫がうちにいて、その猫にいろいろ引っ搔き回されつつも……いいことがいくつかあって。その一つが、期せずして成幸くんの写真をゲットできた、というもの。今、学校は冬休みに突入している。少なくとも12月31日の夕方までは、クラスメイトに会う用事もない。その間、これを携帯の待ち受けにしてもバレることはないのか、そっか、と思い。もちろん、りっちゃん、うるかちゃんの顔が脳裏には一瞬浮かんだものの。ほら、この猫、フミが可愛いから、この子を見たいからこの待ち受けにしようかな、うん、そうしよう!わたし、猫好きだし!と少し強引に自分を納得させる理屈もつくったうえで、思い切って、彼の顔がいつでも携帯で見れてしまうような設定にしている、というわけなのだった。猫を見る彼の表情は、とても優しくて、彼の印象そのものでもある。きゅう、と胸が締め付けられた。

 とある秋の日、成幸くんの応援のおかげで、わたしは夢に向かって大きな一歩を踏み出すことができた。その日の夜、わたしと成幸くんは、二人きりだった。そこで抑えきれない感情ゆえ、少しだけ彼に甘えてしまって。そこでのとあるやりとりで、それまで募らせていた気持ちと向かいざるを得なくなった。その結果、その時、わたしは、大切な友達、りっちゃんとうるかちゃんが好きだ、ということをわかっていながらも。

 一番「そう」なってはいけないはずの人に、恋をしてしまったのだ。

 ……その自覚をしてしまって以来、わたしは、より幸せにもなり、より後ろめたくもなってしまって。
 彼の姿を見るだけでほっとする。彼の声が聞こえるだけで気持ちが一段階明るくなる。彼と目が合うだけで自分の笑顔が増えることを自覚する。朝、彼に少しだけでもきれいだ、と思ってもらいたくて、準備にも気合が入る。
 だけど、だ。誰にでも優しい彼が、りっちゃんやうるかちゃんと親しくしているところを見てしまうと。頑張ってほしい、という気持ちもある一方で、……もやもやしてしまう自分も、否定できなくなるのだ。積極的に成幸くんと近づこうとしている彼女たちが視界に入ると、彼との大切な思い出が頭をよぎり、わたしだってそうしたいんだ、という気持ちが湧き上がってしまう。それはなんとか抑えるのだけれど。
 日々、彼への想いと、彼女たちへの遠慮、どちらも強くなっていく。その乖離がどんどん広がっていく。それは一層、解決するための選択肢がなくなっていくような気もしていて、正直、辛いなあ、とも思うのだった。

 

第三章

 

 お決まりの思考のループにはまってしまった。これでは、勉強にも支障がでてしまう。お昼ご飯もこれから運んでもらってくるのだし、一度気分を変えるべく、お手洗いにいく。お父さんからわたしのお誕生日にもらった、色付きのリップクリームを唇に塗りなおした。唇。そういえば、このリップで、あのことがはっきりもしたのだ。
「だめだなあ……」
 わたしは弱気になる。あのこととは、やっぱり成幸くんがらみの事。文化祭で、わたしはあるぬいぐるみとキスをした。勘違いもあり、そのぬいぐるみの中が誰だったのかわからず、わたしは相当気になっていたのだけれど。このリップがきっかけで、ぬいぐるみ越しとはいえ、わたしは成幸くんとキスをしたことがわかった。……わたしは、キス、それもファースト・キス!の相手が、成幸くんで、よかった。そう、心から思ったことは、決して忘れない。

 

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 ……と、まあ。わたしは日ごろよっぽど意識をしないようにしていたのに。一度、そういう、なんというか、乙女モードに入ってしまうと、ことあるごとに成幸くんのことを考えずにはいられなくなってしまうのだ。これはもう、食べ終わったら早々に撤収して、鹿島さんあたりとメッセージのやりとりをして違うことを考えるようにして、勉強モードにまた必死で引き戻そう。そう決心して、席に戻る。すでに頼んだご飯は運ばれていた。よしよし、おいしそうだぞ。よし、集中してしっかりと食べよう!そして、フォークに手を伸ばした時だった。
 わたしの背中越しから聞こえてくる声があった。さっきの中学生くらいのグループが新しいお客さんと入れ替わったのだろうか。ほどなく、あ、と思う。二人のうち、一人の声。どこにいても、絶対に聞き逃さないだろう。だって、わたしの想い人のそれだったのだから。
「まったくよー、小林のやつ、また彼女との勉強の先約があるとか言って俺らの誘いを断りやがって……」
「うんうん……」
「折角男三人で決起集会も兼ねた勉強会をしようと思ってたのに!」
「そうだな……」
「おい、唯我っ!バリバリと勉強を進めないで、俺にもかまってくれよっ!」
「あー、もうっ!大森、センター間近なんだぞっ!緊張感もってやろうぜっ!」
 成幸くんと、彼の友達の、たしか大森君、だろう。成幸くん、成幸くん、成幸くん。成幸くんと会いたいし、言葉を交わしたいけれど……もしそんなことをしたら、嬉しすぎて、たぶん午後から勉強に手がつかなくなってしまう。もう自分の理性を最大限動員して、ご飯を食べ次第退散しなくては。体を縮めてなんとかこの場をやり過ごそう。彼らの雑談、というか、大森君の一方的な愚痴は続いている。
「でもよーっ!……はあ、クリスマスも結局一人だったし。まあ、とびきりの美少女に囲まれているおまえと俺じゃあ、事情が違いすぎるからな……」
「わかった、わかったよ!息抜きに5分だけ雑談に付き合ってやる!そしたら、また勉強に集中するぞ、いいな!」
 業を煮やしたのだろう、成幸くんは少しだけ大森君とおしゃべりしてあげることにしたようだ。困っている彼の顔を思い浮かべ、思わずわたしはくすりとしてしまう。だが、続く話題でわたしのそんな余裕は……一瞬で消し飛んでしまった。

「結局さあ、唯我」
「なんだよ」
「誰が好きなわけ?」
「え?」
「え、じゃねえよっ!!!学校でお前があれだけ一緒にいる、古橋さんっ、緒方さんっ、武元さんっ!みんな進路は別々の志望なんだろ?その前に決着をつけようぜっ!!」
(!)
 思わずわたしは息を呑む。成幸くんは、なんて答えるんだろう……!
「だーかーら!あいつらとは、そんなんじゃないって何度も言ってるだろ?今はみんな受験に向けて一生懸命なんだからさ。そんなこと考える余裕は俺にはないし、あいつらにも失礼になっちまう」
 少し拍子抜けはするけれど、成幸くんらしい答えに、安心してしまう自分もいる。そうだよね、誰とか、ないよね。聞きたい、でも聞きたく、ない。複雑な気持ちになるそのこと、先送りしてもらって気にはなりつつ、ほっとするところもあり。彼のいうとおり、今はわたしも、勉強を頑張らなきゃ。でも、そこで、だった。

「おい、唯我」
「もう、どういわれたってこれ以上答えることなんてないからな」
「おまえ、文化祭の花火があがったとき、とある女の子に手を差し出されて助け起こされてただろ」
(!!!!!)
「おま、それ、なんで……!」
 成幸くんが明らかに動揺する。
「俺がさっき挙げた三人のうちの、一人だったはずだ。その直前、ほかにも、桐須先生ともう一人ちびっこがいたけどよー」
「それ、は……」
「俺も、まあ、後ろ姿しか見えなかったけど、シルエットでなんとなくわかった。あの長い髪を一つに結んでポニーテールにしててさ、あの背の高さと細身の体型といえば……」

 

第四章

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「待て、待ってくれっ、大森!!」
 成幸くんの声が2段階くらい大きくなり、思わず店内がざわついた。と、同時に。ドッドッドッ……わたしの胸のドキドキのエンジンが、もう、限界だった。なぜなら……。
「ど、どうした、唯我」
「おまえそれ、誰かに言ったこと、あるのか……!?」
「さすがにそこまで俺も野暮じゃない。安心しろ、誰にも言ってねーよ」
「……そ、そうか……」
 はっきりとほっとしたことがわかる成幸くん。そして、それはわたしも、だった。まさか、あの瞬間のこと、誰かに見られていたなんて……。

 

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「あのさ、インスタのやつ、覚えてるか?夏休み明けに、おまえとその子が、俺がアップした写真を消す消さないで大慌てだったやつ」
「覚えてる。あれはやってくれたよな」
「悪かったよ。ま、それはそれとして」
「それはそれとって……まったく。それで、なんだって?」
「あの時さ、おまえら、お似合いだなって、思ったんだよ」
「!!」(!!)
 成幸くんの表情は窺えないけど、動揺していることは、伝わってくる。わたしだって、そうだ。
「うまく言えるかわかんないけど。俺と唯我は、友達だろ?」
「……?おう、そりゃな」
「友達同士でいるときって、結構自然体に近いと思うんだよ。着飾ってないっていうかさ。特に唯我は裏表ない、いいやつだから、余計にな」
「そうかな。自分ではよくわからないけど」
「多分、仲のいい人になら、誰にでもそうだと思ってさ。あの三人の女の子といるときも、そうなんだろうなって」
「……うん」
「でもな。おまえとその子が二人でいるときの雰囲気がさ。もっと自然すぎたっつうか。ああ、唯我はこの子には本当に心を許してるんだなっていうのが、伝わってきたんだよ。自分じゃあ気づかないと思うけど、その子を見る視線がすげえ優しくて。あんな顔、俺は少なくともみんなでいるときには、見たことなかったから」
「……」
「おまえが本当に意識してるかどうかは、わかんねえし。そこを今日はっきりさせたいわけでもないんだ」
「うん」
「ただ、おまえとその子がさ。うまくいってほしいと思ってるんだ。そのことだけ、言いたかった」
「……大森」
「ん、どうした、唯我」
「今、正直、受験のことや、あいつらの進路のことで、頭は一杯。それは、嘘じゃない。だけど。だけど、さ。俺も、一応男だから、その子のことが気にならないのかっていえば、そんなわけはないんだよ」
「……そうか」
 大森君の声は、嬉しそうだった。わたしの心臓は、早鐘を打ち続けていて、爆発寸前のまま、だ。文字通り、心臓に悪い……!
「まだ、そういうことの心の整理は、まったくついてないけど。もしも、いつか。『そう』いうことになったときは。大森、必ず報告するよ」
「おう。頼むぞ?」
「うん。お、10分もたってるな。よし、勉強するか!」
「あーっ、もう終わりかよっ!!はあ、そろそろ可愛い女の子が多い予備校さがそっかな……」
「馬鹿野郎、諦めが早いよ。ほら、お前が苦手な世界史のまとめノート。世界史はちゃんとやれば安定して点数確保できるからさ。一緒に頑張ろうぜ!」
「ありがてえ、さすが、俺の友達っ!!」
「わかった、わかったから!手を握るなっ!!」
 本題が終わって、二人のやりとりから意識を外し、わたしは、ずるっと背もたれからさらに滑り落ちる。おいしそうなご飯を目の間にしているのに、しばらく、動けない。身体の熱が1℃、2℃……いや、それ以上に跳ね上がった気さえしている。これはもう。今日は、勉強が手につかないのは、確実だった。

 

おわりに

 

 ファミレスからの帰路につきながら、はあーっとはいた息は、白い。昼間とはいえ、やはり12月なのだ。さて。盗み聞きみたいになってしまった、さっきのやりとり。忘れなきゃ、とは思いつつ、リピートしてしまうところもある。

『俺も、一応男だから、その子のことが気にならないのかっていえば、そんなわけはないんだよ』

 ぼっと、顔から火がでそうだった。話の文脈から捉えれば、その子=わたし、だったから。

 もちろん、人の心は移ろうかもしれないものだし。先のことは、何一つ確定しているわけでは、ないのだけれど。

 それにしても。成幸くんには、大森くんがいて、うらやましい、と思った。自分の恋を相談できる、もしくは、受け止めてくれる友達がいること。わたしにも、仲良くしてくれる子はいるのだけれど。りっちゃん。うるかちゃん。鹿島さん、猪森さん、蝶野さん。クラスメイトたち。だけど、わたしの恋は友達との板挟みでもあるので、当事者のりっちゃんやうるかちゃんにはとても言えない。その勇気も、いまは、ない。そして、広められたら大変なので、鹿島さんたちにも。
 もしも、お母さんがまだ生きていたら、きっとお母さんには打ち明けて、相談することができていたのだろう。
 
 わたしを応援してくれている彼への何よりの恩返しは、受験をクリアすること、だ。やはり、帰宅してから、しっかりと頭を切り替えて勉強を頑張らなければ。よし、と小さく気合いをいれつつ、だ。

 いつの日か。好きな人に、胸に秘めているこの大切な想いを伝えることができたらどんなに素敵だろう、そう思うわたしなのだった。

 

(おしまい)

煕煕攘攘たる祭に[x]は踊るものである(後編)

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第六章

 

「文乃ーーーっっっ!!!どこだーーーっっっ!!!」
 俺の大声に周囲の人たちがぎょっとしてこちらを見やる。
「……ぜえっ、ぜえっ……」
 相当走り回っているので、息も切れ切れだ。俺、唯我成幸は、天花大学の学園祭で、大切な彼女である古橋文乃を探し回っているところだった。
「……あっ、と……」
 足がもつれて、倒れ込んでしまった。日頃の運動不足を呪うほかない。
「あの、大丈夫ですか……?」
 若い女性二人組が、心配そうに声をかけてくれた。
「はい、すいません……ぜえっ……あ、あの、この女の子、見ませんでしたか?身長は160センチちょっと、長い黒髪で、目の大きい子なんですが……」
 俺は息も絶え絶えに、携帯で文乃の写真を見せる。二人はお互いに顔を見合わせると、首を振る。
「美人さんですね。でもこの人の数だから、とてもわからないです……ごめんなさい」
「……ありがとう」
 何度か声をかけているのだが、みな同じような反応だ。ある意味しょうがない。とはいえ、それは俺があきらめる、ということとはまったくつながらない。
 ふう、と大きくため息をつく俺に対して、
「見つかるといいですね!」
と、そう声をかけてくれた二人組。俺はぺこりと頭をさげて、違うエリアに向かうべく、再び走り始める。

 なぜ、こんなことになっているのか、といえば。

 

 

 俺は、文乃と一緒に食べるべく、学園祭のずらりと並ぶ模擬店の中でも、特に美味しいとされている料理をめぐって歩き回っていた。
 しかし、どういうことか、うまくいかない。結局、4種類入手しようとしたもののうち、一つも手に入れることはできなかった。
 とどめには、背後にはどうやら俺のことを快く思っていない人たちがいることを示唆するような出来事(俺の不幸を願うメッセージが刻み込まれた真っ黒に焦げた星形ピザを渡されている)まであり。少しばかり、放心してしまっているのだ。
「どうするかなあ」
 お昼に向けて、道行く人はさらに多くなっているだ。残念だが、文乃がチェックしていない、入手しやすそうなものを買うしかないかもしれない。
そう思ったとき。
「あの、先ほど古橋さんと一緒にいた唯我成幸さん、ですか?」
「……?はい、そうですが」
 天花大学の学生だろう、文乃が今日着用していたのと同じ、学園祭実行委員会のTシャツを着た男性が声をかけてきた。年齢はそう変わらないだろう。身長は俺と同じくらい。だが、足が長く、細身。いわゆるモデル体型だ。顔立ちも整っていて清潔感もある。声も柔らかく、現代に王子様がいるとすれば、こういう人かもしれない、と思うほどだ。中学時代からの友人である、小林を少し思い出した。
「天花大学の瀧です。唯我君、君に急いでお伝えしたいことがあって。これ、見て下さい」
「......?」
 男子学生が差し出された携帯の画面を見る。
「なんだ、これ……!!!!!」
 それは、短文投稿SNSのものだった。そこには、画質がかなり粗いものの、文乃とわかる写真が投稿されていた。さらに、文乃を狙っている(どういう意味かはわからないにせよ、嫌悪感しか湧かない……!!)という趣旨のことをいくつか呟いていて。極めつけは、今日この学園祭の舞台にきている、という趣旨の投稿をしているのだ。
「おっと」
「文乃は……古橋文乃は、今どこにいるんですか……!?」
 俺は反射的に彼の両肩をつかみ、前後に揺さぶる。
「……実は、先ほどまで天津先輩がフォローしていたみたいなんですが、今はぐれてしまったらしくて。関係者が慌てて探しているみたいですよ」
「……っ!」
 俺は唇をかみしめる。じっとなどしていられない。いてもたってもいられず、文乃を探しに行こうとした俺だったが、男子学生から、ちょっと待ってと引き留められる。
「この地図、見てください。このエリアはいま天津さんが中心に探しています。だから、そこと重複しない、ここと、このエリアを中心にさがしたほうがいいと思いますよ」
「……なるほど、ありがとう!」
 確かにあてもなく探すよりも、そっちのほうが見つけられる可能性も高まる。俺は彼にお礼をいいながら、そのエリアに向かって走り出したのだった。

 

√√√√√

 

 例の"彼"は、手元にあった模擬店の商品だろうか、それが邪魔であることに気づき、その場にいた赤い腕時計をした存在感の薄い男性にそれを押し付けて、これあげるよ、食べて!といいながら走り去っていった。
「行きましたか。彼女を必死で大切にする、いい彼氏ですね」
 そう、穏やかな笑顔で瀧と名乗った男子学生は呟く。
「恋は盲目。それがゆえ、コントロールも極めてしやすい。お嬢様の理論の実験に、これほどふさわしい"ネズミ"はいない」
と、かなり厳しめのことを付け加えつつ、にっこりと笑う。
『瀧、全体の進捗度はどうなっているかなっ?』
 彼の耳元に装着されていた超小型のイヤホンから、セリフが漏れ聞こえる。小声ですぐに応答している。
『首尾は上々です。"デコイ"は操作中。"スリーピング・ビューティー"との接触のための手筈ももう少しで完成。"王子様"も、"虎"も、別の場所に誘導済です』
『了解。あとはそれで"スリーピング・ビューティー"がどんな魔法を見せてくれるか、だねっ』
『はい。面白いものが見れるといいのですが』
『ふっふっふっ。ボクのカオス理論と、彼女の不運へのレジリエンスのぶつかりあい。面白くないわけがない、だろっ!じゃ、舞台のセッティングを引き続き頼むよっ、瀧!』
『かしこまりました、お嬢様』
そうして、早歩きで彼は別の場所へと向かう。優しい笑顔はそのままで。人によっては気づくかもしれない。彼は、不自然なほどに、ずっと笑顔であることに。

 

 

「はあ、はあ……っ」
 俺は膝に手をつき、大きく息をついていた。あれから10分ほど走り回ったのだが、一向に文乃を見つけられる気配はない。
 あきらめるという選択肢はあるわけはないのだが、文乃によくないことが起こる可能性が迫っている中でこのていたらく。自分の無力さに腹がたつ。ぎゅっとこぶしを握り締める。
 ……とまっている場合では、ない。顔をあげて、進もうとした時だった。
「おかあさん……どこ……???」
 きょろきょろと、人ごみの中あたりを不安そうに見渡している3歳くらいの女の子が、目に入る。おそらく、まだ大きな声で泣いているわけではないので、周囲の人間はそれほど気にも留めていないようだったが。
 一瞬、文乃のことが頭をよぎる。今の俺の一番の目的は、文乃を探すこと、だ。……。だけど、きっと、同じ状況で、文乃なら……。俺は小さくうなずいた。そして。
「こんにちは。君、迷子かな?」
 俺は、その子のところに向かい、人ごみから少し離したところに連れて行くと、目線の高さを同じにして精一杯優しく声をかけた。
「……!」
 その女の子は、首を縦に大きく2回降ると、大きな目に涙をいっぱいに浮かべる。やはり、不安だったのだろう。
「俺が、お兄さんが、絶対君の親御さんのところに連れていく。だから、大丈夫だよ」
 そういって頭をぽん、ぽん、とたたくと、ほっとしたように涙目のまま、笑ってくれた。
 文乃でも、絶対にこうしていたと思う。お互いが大切なのは間違いない。だけど、お互いのこと『だけ』しか考えられないのだったら、それはたぶん、いい関係ではないのだから。
 俺はその子の小さくて暖かい手をつないで、はぐれないようにしながら、彼女がたどたどしく教えてくれたはぐれた場所や親御さんの特徴を聞きながら、そこに向かう。

「本当にありがとうございましたっ!!」
 幸いなことに3分もせずに、その女の子を探していたお母さんとすぐに出会うことができた。お母さんはこちらが申し訳なくなるほどにぺこぺこと頭をさげてくれた。
 姉妹なのだろう、横にはもう一人小さい女の子がいて、姉妹同士で抱き合って喜んでいる。
「同じタイミングで娘がふたりともいなくなってしまって、どうしようかと思っていたんです……!」
「真希ね、このおにいちゃん、すき!とってもやさしかったの!」
「真衣はね、きれいなおねえさんにたすけもらったの。ながーいかみをふたつずつにむすんで、めがおっきくて、やさしくって、いいにおいがして、おひめさまみたいだった!」
 ……本当に、なんとなくの、勘だった。俺は、迷子を見捨てられなかった。そうすべきだと思ったし、その理由の一つには、優しい文乃にふさわしい、ちゃんと向き合える彼氏でいたいから、だ。もしも、文乃も同じようなことを考えて、そして、同じように行動をしているのだと、したら?
「そのお姉さんって、この人?」
 俺は携帯の写真を見せると、その子は大きくうなずく。ビンゴだ!
「おねえさんはね、真衣をおかあさんのところにつれていってくれたあと、真希をさがしにあっちのほうにいったんだよ」
「えっと、どこにか、わかるかな??」
 そこでお母さんが話題を引き取ってくれる。
「まだこの辺りだったら、人目や実行委員会の学生さんが見回りをしているから少しは安心だけど、向こうの古い講義棟のあたりだと人気がないから危ない。そういって、走っていきましたよ?」
「……!!ありがとうございます!!」
「おにいちゃん、このおねえさんのおうじさまなの!?」
 女の子ふたりが、きらきらした目で俺を見上げてくれた。
「うん。助けに、いってくるな!」
 俺がそう、まっすぐに答えると、ふたりはわあ~と言ってぴょんぴょんと飛び跳ねてくれる。
「おにいちゃーん、がんばって~!!」
 そういって、俺はようやく文乃がいる可能性が高い場所の手がかりをえて、その場に向かって走り出すのだった。

 

第七章

 

「真希ちゃーん!!どこかな~っ??」
「お母さんと真衣ちゃんがまっているよ~!!」
 わたし、古橋文乃は、大いに賑わっている学園祭で迷子になってしまった女の子を探しに、メインの会場から少し外れた古い講義棟の周辺にきているところだ。人の流れもなく、準備に使われているサークル棟や新しい教室のある建物から少し離れているので、さきほどの賑わいが嘘のようだ。

 わたしはいま、何を考えているのかよくわからない人に狙われている可能性もあるようで。学園祭の実行委員会メンバーでもあり、頼りがいのある天津先輩に連れられて、今日会場に来ている彼氏の唯我成幸くんのところに向かっているところだったのだが。
 天津先輩に次々に連絡が入ってきて、何事かが起きているらしかったのだ。その時、人ごみの中で、涙目になってあたりを不安そうに見渡している女の子が目に入った。
 今、自分も誰かに狙われている、かもしれない。それでも、それは目の前の女の子の不安をそのまま引き換えにするほどの話かといえば、わたしの中では全く釣り合わない。きっと、成幸くんが同じ立場でも、そうするだろうから。
 ということで、その女の子、真衣ちゃんに話しかけて、落ち着かせた。わたしは学園祭のスタッフなど知り合いも多いので、子供を探しているお母さんがいなかった?と聞いて回ると、案外すぐに見つけることができて。お母さんと真衣ちゃんは、無事に合流することができたのだった。ただ、もう一人のお嬢さん、真希ちゃんも同時に迷子になってしまったそう。あたりにいたスタッフに、会場の中で真希ちゃんらしき女の子を見つけたらすぐにお母さんのところに連れてきて、とお願いはした。
 だが、小さい子が人気のないところに迷い込んでしまって、万が一何かに巻き込まれると危険だ。
 いてもたってもいられず、思い当たるところへと走り始める。来る途中で、何人かのスタッフから「天津先輩たちが探していたよ!!」と慌てて声をかけられたのだが、「すぐに戻るから!」と走りながら言葉を背中にぶん投げて、ここまできた、というわけだ。
「ふう」
 少し大きめに息を吐きだす。かなり無理して走ってきたので、いつの間にか呼吸が少し苦しい。
「もっと運動しなきゃなあ」
 とつぶやきつつ、違う場所に移動しようとする。その時だった。

 

 

「あんた、フルハシフミノさ~ん?」
「……!!」
 背中のほうから声をかけられてゾッとした。ねっとりとした、まとわりつくような声。なぜわたしの名前を知っているのか、ということよりも、この声でわたしの名前を呼んでほしくない!という生理的な嫌悪感が何よりも強く反応して、鳥肌になっているのが明らかにわかる。決して声の主を見たいわけではなかったけれど、次のアクションを起こすためには相手を視界にいれないとしょうがないので、体を反転させ、正面に見据えた。

 ずいぶんと大柄な男がそこにいた。年齢は30代くらいだろうか。背が高く、180センチ以上はある。そして、体重もずいぶんとありそう。腹部がかなりだらしないことになっているし、半そでのTシャツから見える二の腕もたるんでいるからだ。
「短文投稿のSNS、見てくれたか~い?会いたかったぜ~?」
 男がわたしとの距離を少しずつ詰めてくる……!逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ……!!それなのに、わたしの体はいうことを聞いてくれずに、あろうことか腰が抜けてその場にへたり込んでしまった。

 こわい、こわい、こわいこわいこわい……!

「いや~、運命だよな~!"協力者"がいてくれたとはいえ、俺とあんた、出会えたんだからさ~!」
 ひっひっ、という気持ちの悪い音。にやにやしながら笑っているのだ、と遅れて頭が理解する。
「警備もいたみたいだけどよ~、ほかのやつらが犠牲になってくれたんだってさ~!俺とあんた、やっぱり結ばれるべきだぜ~!」
「……いや……こないで……!」
 腰が抜けたまま、少しでも距離をとろうとずりずりと後ろへ下がるのだが当然そんなに早く動けるわけではなく……。
「ほら、これ、何かわかる~?スタンガ〜ン!これももらいものなんだけどさ〜」
 男が右手に取り出したのは、テレビのリモコンくらいの大きさの黒い物体だった。
「これですこ~しだけ痺れておいてもらうからね~。その間……ひっひっ」

「きもちい~いこと、しようぜ~!!」

 黄ばんで欠けた歯を見せつけながら、満面の笑みを浮かべる男。意図していることが、女性にとってどれだけ魂を傷つけることなのか、この男はわかっているだろうか。いや、絶対にわかっていない!
 もう二人の距離は3メートルくらいしかなくて。助けを呼ぶんだ、叫ぶんだ!そう脳が必死に指令をだすのだけれど……恐怖にしばられたからだがいうことをきかない。
 ぎゅっと目をつぶる。そこには、世界で一番大好きなひとの姿が浮かぶ。

「ひとまず服をはぎとってあげ……!?!?!?」

どんっっっ!!!!!

 鈍い大きな音がした。

 

 

 慌てて目をあけると、先ほどの男に別の男性が馬乗りになって必死で押さえつけている。絶対絶命のわたしを助けてくれたその人は……。

「成幸くんっ!!!!!」

 わたしの恋人、唯我成幸くんだ!!どうしてここに、ということは一切思い浮かばない。彼は、いつだってわたしのヒーローなんだから!

「文乃、立てるかっ!?」
 成幸くんの登場で、呪いが解けたように、いつの間にかわたしは体が動くようになっていることに気づく。そのことを成幸くんもわかったようで、
「逃げろっ!!」
 そう鋭い声で続ける。
 一瞬躊躇したけれど、わたしが残っているよりも助けを呼んだほうが事態は好転する。それに、成幸くんが今体を張ってくれているこの瞬間を生かさなければ!
 だが、そこで。
「なめるな~!!」
「ぐっ!」
「成幸くん!!」
 下にいた男が成幸くんを殴りつつはねのける。力は相当にあるようだ。
「ふざけやがってふざけやがって!!!バイト先のやつらもSNSのやつらもみんなで俺を馬鹿にしてるんだ……!!!」
 男の脳裏には、愉快でない記憶が次々によみがえっているらしい。血走った目をしていて、わたしと成幸くんをにらみつけ、スタンガンを振り回し始める。
「も~うゆるさん!二人とも、こいつで体を麻痺させてやるよ!!」
 つっこんでくる男に対して、殴られた痛みがあるはずなのに、成幸くんがすかさずわたしの前に両手を広げて立ちはだかり、そこに男が突っ込んでくる。
「文乃、何があっても俺がおまえを守るからな!」
「うん!」
 不思議だった。さっきは一人で何もできなかったけれど、いま、二人なら、ピンチなのにきっと乗り切れてしまうはずだという、無敵な気持ちになっているから。
 その時、視界に起死回生の一手になり得る人物が目に入る。これなら、きっと。そのために、一瞬でもいい、こっちに向かってくる男の足止めを……!
「あ、空から三つ編みの女の子が落ちてくる!!」
「!?」
 わたしは大声をあげるながら、視線と指を上空に向け、え、と成幸くんも男も一瞬上を向く。それだけ稼げば、あとは十分!

 

 

「動くなあっっっ!!!」

 虎が吠えている、と言っても過言ではない、裂ぱくの気合とびりびりと空気を伝わってくる怒りの声。
 男がびくっして動きを止めたその1、2秒の間で、声の主の女性が10メートルほどもあった間合いを詰める。
男がようやくその動きに反応しようとしたが、動きの質の差が違いすぎる。
 近づいたその人へのリアクションとして、慌てて男が右手を振り回すが、小さな動きで躱される。
「こ~のっ!!」
 男は顔を真っ赤にしながら、スタンガンを持つ左手を突き出してその人に当てようとする。それに意を介さず、彼女が男の懐にすうっと踏み込みながら、手首に触れたような気がした瞬間。

ずどんっっっ!!!

「がはっ……!!!」

 男の体がぐるりと回ったかと思うと、地面へとたたきつけられていた。声の主は手際よく男を地面へと押し付け、右手を背中のほうへひねり上げてると、いわゆる組み伏せる形になった。
「ふう……ごめんね、文乃ちゃん。遅くなった」
「ありがとうございます、天津先輩!!」
 そこには、天花大学最強の女子学生であり、頼りになりすぎる姉御肌。そして、『大虎系美人』のあだ名のとおり、美人な分一層印象を残す獰猛な笑みを見せている、天津星奈さんがいたのだった。

「噂には聞いていたけれど……天津先輩、無茶苦茶強いんだな」
 感心するというよりも、もはやあきれ返っている成幸くん。
「合気道の有段者だから!でも、わたしも生で見たのははじめてで……すごかったね」
 あれ、どうやったんですか?と聞いてみると、力業で手首をひねり倒したわけではないそうだ。所詮女の力で、体重差のある人間を簡単に投げ飛ばせるわけはない。
 だから、"崩す"のだ、とのこと。
 一つは呼吸。息を吸う、吐く、のタイミングを瞬時に見極めて、呼吸を相手と合わせる。すると、相手が素人であれば、次の動きをなんとなくコントロールできる……乗っ取れる、のだそうだ。
 一つは体。相手の手首を握った瞬間に、軽く右にひねろうとする。すると相手は左に戻そうとするわけで、その動きを、少しだけ極端にさせる。そして、そのまま左に戻す力に、自分のエネルギーも加えて、ぽんっと突き飛ばすイメージ。通常、関節が不自然に動かされるとき、体は関節を守るように動くようになっている。なので、不自然なまでに左にエネルギーの指向性を向けてやれば、支点を一瞬固定しておくだけでぐるっと相手を倒せるんだよ、とこともなげに言っていた。
 投げた男の人の体重が重く、受け身をとるセンスもなかったようなので、そのまま地面にたたきつけられた時のダメージがもろに身体にいったらしい。追い打ちをかけずにすんだよ、残念!と冗談なのかどうかわからない言い方をしていて、つられて笑うしかなかった。
 その天津先輩は、てきぱきと指示をだして、この現場にやじうまが集まらないようにしつつ、実行委員会の関係者が割かれて全体の警備が手薄にならないように手配をしているようだ。
 わたしと成幸くんは、少し離れた場所で放心していた。はあ~、と成幸くんが大きくため息をつく。
 どうしたの、と聞くと。
「文乃が無事で……本当によかったよ」
 そう、心底ほっとしたように言ってくれた。
「あ、そういえば!」
 わたしは成幸くんの頬を見る。そうすると、少しずつ青あざが濃くなっている。さっき男に殴られた部分だろう。
「これ、大丈夫…??」
「ん?ああ、まあ、ちょっと痛いけど……。文乃を守れたんだ、名誉の負傷だな」
 そういって、にっこりと笑ってくれた。
「なりゆ……」
 胸がいっぱいになり、愛しい彼の名前を呼び終わったら抱きついてしまおう。そう思った、その時。

 

🐯

 

 ほどなくして、同じ警備隊の子たちや警察も駆けつけてきた。警察に男を引き渡し、小さく息を吐く。
「さすが天津先輩ですね!」
「ほんと、かっこいい!」
「いや、武道の心得がない人間でラッキーだったよ」
 男からターゲットになっていた文乃ちゃんを守ることができた。場の緊張感はいったん途切れている。あたしも、未熟にも、一瞬気を緩めていた。
そこで。
「!」
とあることに気づいた。その男は赤いリストバンドをしているものの、赤い腕時計はしていない……!!
「あんた、腕時計は!?アカウント名はスズヒロじゃないの!?」
「俺はスズヒロなんかじゃねーよ!!腕時計だってしらねー!!」
「!!」
 わたしは慌ててあたりを見渡し、最も守られるべき女の子、古橋文乃ちゃんを探す。
 彼女をすぐに視界にとらえた、しかし、そこへふらふら、と近づく線の細い人間がいる。手首には、赤い腕時計!!
 本人、文乃ちゃんも含めて、誰も気づいてない……いや、ただ一人、彼女の"永遠の恋人"がとっさに庇って、そこへ物体が突き出される!
 どっ、と大きな音ではないものの、不吉すぎる音があたりに響く。

「なりゆきくんっっっ!!!なりゆきくんっっっ!!!!!」

 追跡者はすぐさま周囲の人間に取り押さえられたものの、倒れてすぐには起き上がらない唯我くんに、文乃ちゃんが必死に声をかけている。救急車を急いで呼んで、隣にいた実行委員会の人間に言い放つと、あたしは彼らの場所へと急いで向かう。文乃ちゃんのあまりに悲痛な声に、あたしの胸は張り裂けそうになるのだった。

 

第八章

 

「とと……文乃、そんなにくっつかなくても。大丈夫だよ、足をくじいただけなんだから」
「だめ!!成幸くん、無理しちゃうから、怖くて……」
 時刻は、17:45。学園祭は終わったのだが。ここからが、ある意味第二部。学園祭に参加した天花大学の学生たちだけで慰労しあう、後夜祭が始まっているのだ。そのメインステージ周辺にて、ぎゅうっと、文乃ちゃんが唯我君の右手にしがみついているのを、あたし、天津星奈は見守っていた。彼女たちは、惚気たいわけではないのだ。彼女の真剣な表情から、それは明らか。
「そりゃ、文乃のためなら必死になるよ。一生支えるって、約束したんだから」
「そうだけど……。兎に角、しばらく絶対離れないからね!」
「……ありがとう」
 唯我君はうなずくと、文乃ちゃんの頭を優しくなでる。それにしても……。いい雰囲気である、とかそういうレベルではない。結ばれるべくして結ばれた二人が、今もなお、絆を強くし続けている。そのまっすぐな途中経過を、垣間見ているわけだ。
 少なくともあたしは、嫉妬、という感情はわかない。しいていえば、羨望、に近いと思う。
「まいったね」
 苦笑してそうぼやくほか、ない。

 スタンガンは不発だったのだ。スイッチが入っていなかったそうで。唯我君は、相当無理な体制で文乃ちゃんをかばった。そこに打撃を受けた形になり、変な姿勢で倒れたので、足を軽くくじいてしまった、というわけ。その程度で済んで、本当によかったのだ。もちろん、その時点でそれが不発だ、なんて誰一人予想できない中で、唯我君はスタンガンを持っている相手に素手で立ち向かった。その勇気たるや、"ホンモノ"だ。現に。
「優しいだけじゃなくて、彼女のために身を投げ出せるなんて、かっこよすぎるよね」
「古橋先輩がべったりなのもわかる~。そんな人、めったにいないもん」
「いいな~、私もそんな彼氏が欲しい!」
「だよね~!!」
 そんな話を、女子学生がしている。唯我君の株は爆上がりで、女性陣から、熱い視線を向けられているわけだ。無論、付き合いたい!ということではまったくなく、身近な男たちに爪の垢を煎じて飲ませてやりたいのだと思う。同感だ。
 そもそも今の唯我君と文乃ちゃんを見て、2人の中に割って入ろうという人間はいないだろう。
 会場の隅では、学園祭を機に文乃ちゃんとお近づきになれるのではないか、という楽観的に過ぎた、というか、夢を見すぎていた男たちが沈んだ面持ちでアルコール片手に慰めあっていた。やれやれ、だ。

 しかし。気になることは、たくさん残っている。今日、輝星祭に現れた狼藉者たち。口をそろえて"協力者"がいた、と言っていた。短文投稿SNS上で仲良くなり、自分を信頼してくれたのだ、さらには、この世で唯一の理解者だったとまでいうやつもいた始末。おだてられて、自尊心をくすぐられ、そのうえで手筈を指示されて、事に及ばさせられたようだ。最初の4人は、あからさまな"囮"だった。警備のリソースを一気に割かせて、本命の人間に注意が払われないようにした。あの大柄な男は、自分が本命だ、という役割を信じていたようで、シチュエーション的にあたしたちも完全に引っかかって。本当のカードは、最後の最後まで伏せられていたわけだ。
 それぞれの"協力者"は、異なるアカウントで、それぞれ接し方を調整していたらしい。ずいぶん手間をかけるもの……いや、かけていたものだ、か。一様に、アカウントはすでに消されていたからだ。それにしても、あきれることに、今回の狼藉ものたちは、自分たちは罪に問われないと思っていたのだ。その"協力者"から、でたらめな理由付けをされて罪には問われないとそれらしく言いくるめられ、何かあれば弁護士もいる、だから問題ないのだ、と。自分で少し考えることができる頭さえあれば、そんなことはありえないとすぐに気づけると思うのだが……視野狭窄にすぎる。
 模擬店付近で強引なナンパの末に暴れた4人は、軽犯罪法の要件を満たしうる。その場合、拘留または科料に処される。
 大柄な男は、暴行罪の要件を満たしうる。その場合、2年以下の懲役、もしくは30万円以下の罰金または拘留・科料。
 最後の男は、傷害罪の要件を満たしうる。その場合、15年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処される(警察の見立てで暴行罪になる余地もあるようだが、罪を犯したことにかわりはない)。
 いずれも、落とし前はきっちりつけてもらう。しかし、大がかりだった。この件に黒幕がいることに間違いないのだが、そいつがどこのだれで、どんな目的があるのか、今のところなんの手がかりもない。
 今日、幸いなことに、文乃ちゃんは無事だったのだが……あきらめるとは、思えない。
 どこかのど元に魚の小骨が刺さったままのような気持ち悪さは残っている。
「天津先輩、何しているんですかー!」
「今日くらいはほめてくださいよ~!!」
「ん?はいはい」
 なんとか無事に輝星祭をやり通して、高揚している実行委員会の後輩たちがこっちこっちと呼んでくれている。今少しだけ、祭りの後の独特の雰囲気に触れさせてもらうかなと割り切って、あたしはそちらに向かうのだった。

 

 

 俺と文乃は、なぜか7、8人の女子学生に囲まれて質問責めにあっているところだった。どこで出会ったのか、いつからお互い意識するようになったのか、どちらから告白したのか。付き合ってから仲良くできるコツは、お互いの好きなところは、今日男から庇ったそうだが怖くなかったのか、などなど。どうも、いま交際相手がいない子だけでなく、今彼氏がいる人もなぜか俺たちに興味があるらしい。やはり人に話すのは勇気がいる。ましてや、これだけの人数であれば、余計に、だ。とはいえ。皆、相当に真剣な表情なのだ。どうしようか、と文乃と顔を見合わせて、お互い苦笑い。折角のお祭りの後なのだ。皆が高揚しているこの場のノリに、身を委ねるか、ということ。基本的には文乃が答えて、適当に俺が付け加える形にした。しかし、やはり……。恥ずかしい!
「えっと、たぶん、好きになったのはわたしの方が早かったと思うな。はっきりと意識したのは、出会ってから半年くらい、秋くらいから、だよ」
「へえ〜!彼氏さんは?」
「えっと、俺は冬だな。バレンタインを過ぎた頃くらい」
「どれくらい意識してたんですか!?」
 本当に皆興味津々だ、真剣な目そのもので。
「正直、自分でもコントロールができなくて。朝起きても、飯食ってる時も、勉強してる時も。何をしていても、えっと、彼女のことを、考えてました」
『きゃー!!』
 一斉に嬌声があがる。みんな隣同士で興奮して言葉が飛び交っている。流石に顔が真っ赤になりながらの受け答えだ。隣を見ると、文乃も同じ。
「ストレートすぎるよ、もう」
とのこと。それでも。
「ふふふ。わたしに夢中だったんだ」
「そうだよ。まあ、今もだけど」
 嬉しいよ、の言葉の代わりに、文乃は俺の膝の上の手に、自分の手を重ねてくれた。二人で微笑みあった、その時。

 ドドド……とすごい音がする。なんだなんだ、と思っていると、質問してくれていた女の子たちを押しのけて、20人以上の男子学生が押し寄せ、彼らに俺と文乃は囲まれてしまう形になる。その先頭にいたのは……。
「あ、アメフト部の模擬店の……」
 そう、キャプテンと呼ばれていた彼。ガタイがよくて、表面上は親切にしてくれた。しかし、渡されたのは焦げたピザという、真意不明の人だったのだが。
「唯我成幸くんっ!!!」
「は、はいっ!」
「すまなかった!!」
『すいませんでしたっ!!!』
「!?」
 キャプテンが頭を下げて、その後一糸乱れずに、20名以上の男の子たちが続けて一斉に言葉と動作を重ねて謝られてしまう。
「え、え、何かありましたでしょうか……??」
 思い当たる節がなさすぎて、思わず敬語になってしまう。すると、俺は目を疑う。ばっと、キャプテンが俺の手を取ると、男同士で手を握りあう形になったからだ。そして、なんと彼は瞳を潤ませているではないか!
「我々は、プリンセス・ガーディアン!人知れず、天花大学のプリンセスを見守る、由緒正しい集まりだっ!」
「は、はあ」
 ツッコミどころがたくさんあるが、真剣さに気押されてしまう。
「プリンセスナンバー28、古橋文乃姫」
 妙な言い回しの中で不意に名前を出され、文乃は不信感全開の表情。それはそうだ……。
「彼女には愛する殿方がいるという噂は知っていた……」
 そこで、キャプテンは遠い目をする。
「だが、我々はそれはデマだと思っていたのだ。弱みを持ち無理やり交際している体を装っている悪漢に違いない。いつの日か、成敗しなければ、と」
「それが、今日だったのだ。我々は、一致団結し、君を懲らしめるべく、対抗させてもらった」
 ぴん、ときた。
「あー!もしかして、模擬店で俺がなかなかご飯を入手できなかったのって……!」
 悲しそうにキャプテンはうなずいた。
「そう、あれが我らなりの制裁だった。しかし、だ!!!!」
 ぎゅうっとさらに強く汗ばんだ手で、俺の手を握りしめてくれる。嫌だ。
「君は!素手にも関わらず!武器を持った相手に立ち向かったと聞いた!古橋姫を守護るためにっ!!」
 何かに感極まってしまったのか、ついには彼は涙を流し始めてしまった。
「素晴らしい……まったくもって、素晴らしい……!なあ、諸君!!」
 メンバーに同意を求めると、皆が賛同の声を次々にあげる。
「イグザクトリイ!」
「その通りです!」
「まさに、栄光の騎士、ですな!」
「ついては、だ!贖罪をさせてほしいのだっ!!」
 そういうと、見覚えのある模擬店の店員が、それぞれ手に品を携えて俺の目の前に並ぶ。
「ああ、これ!!」
 そこには、俺が入手しようとかけずりまわったものの、ことごとく失敗してしまった、逸品たちが並んでいるではないか!!
 山岳部の『銀河お好み焼き』。具が大きめに切られてはみ出ている。間違いなく通常の大きさではない。ソースとマヨネーズ、かつおぶしもたっぷりだ。
 数式研究会の『激烈火炎放射ホットドック!!』。通常1本のはずのソーセージが、豪華にも2本使われている。そして、ただでさえ辛そうなマスタードの量もたっぷりだ。
 カヌー部の『天の川焼きそば』。湯気が出ていて、いままさに作り立てなのだろう。食欲を引き立てるソースの香りが胃に直接伝わってくる。
 そして、アメフト部の『THE一番星ピ座』!通常の大きさの5倍はある。トッピングも見るからに豪華だ、チーズやサラミ、アンチョビにコーン、照り焼きチキンが惜しげもなく載せられている。
 どれも2人前ずつ用意してくれている。俺と、文乃の分、ということだろう。そういえば、ちゃんとご飯を食べていないままだ。ぐー、とおなかの音が鳴ってしまう。
「当然お代はいらない!遠慮なく食べてくれたまえ!」
「それは悪いですよ!」
「いやいや、君の男気に我ら感動しているのだから、気にすることはない!さあ!」
『さあ、さあ、さあさ、さあさ!!』
「じ、じゃあ、遠慮なく……」
 圧力にも負け、食欲にも背中を押され、俺が並んでいるごちそうに手を伸ばそうとして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


「ちょっと待って、成幸くん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 


「ふみ、の……?」


 それまで沈黙していた文乃が、俺にいったんストップをかける。俺は彼女の名前を呼ぼうとして、ようやく異変に気付いた。
「あの、プリンセスなんちゃらの皆さん」
「はい?」
「この人はわたしの大切な彼氏です。だけど、その前に。この輝星祭を楽しみにしてくれていた、お客さんでもあるんです……」
 文乃が怒っている。それも、尋常じゃなく。ゴゴゴゴ……と空気が震えて、場がピリピリと緊張しはじめていた。
「その人に対して……一人か皆さんか知りませんけど、私情を挟んで、意地悪をした。そういうこと、ですよね……?」
「いや!いやいや!そういうことではないんでござるよ、古橋姫!!」
 文乃の瞳が、ごくまれに見ることのある、親父さん譲りのめちゃくちゃ冷たい視線に代わっていた。
「かかわった皆さんのお店。実行委員会の反省会で顛末は報告します。そして、来年度の"適否審査"にかけさせてもらいます」
 あっという間にキャプテンの顔が真っ青になる。
「"適否審査"……!?出店できるかどうかの妥当性を判断され、失格だと4年間追放されるという…・・!!」
『!?』
 どうやら、かなりの大事のようだ。プリンセスなんちゃらがざわつき始めている。
「いや、古橋姫、それは少し厳しいのではないかな?ほら、我々と唯我君は和解をしたのだし!なあ、唯我君!!」
「えっと……」
「今わたしはあなたと話しているんです。彼を巻き込まないでもらえますか。だいたい、どうして言い訳をするんですか?男らしくないです。それでプリンセス・ガーディアンズを名乗るんですか?ありえないですよね。そもそも、誰かを嫉妬して、嫌がらせをするような人たちに一方的に認定されて、慕われても、嬉しい女の子なんているわけがありません。あなたたちの存在価値、ミジンコ並……いや、そういうとミジンコに失礼か。靴の裏に張り付いたガムみたないものです」
 そこにいる誰もが、文乃の怒気と言葉のあまりの辛辣さに驚き、凍り付き、固まってしまっている。高校三年生で出会ったばかりのころ、確かに毒舌気味だったことはあったけれど。今、奇麗な女性になってからの冷たい氷で切り刻むような言葉の破壊力はすさまじいものになっている。
「新田ァ」
 キャプテンの名前なのだろうか。苦い顔をして天津先輩が現れる。
「あんたらのごっこ遊び。迷惑をかけない範囲でならいいかな、と女性陣見逃してきたが……。文乃ちゃんを見て、わかるよね?一線を越えてしまったんだ。それなりのペナルティは受けてもらうよ」
 がくっとうなだれるキャプテンこと、新田氏。そして、プリンセス・ガーディアンズのメンバーたち。俺は何かしら声をかけたほうがいいのか、と思いつつ、文乃と天津先輩の怒りを目の当たりにしているので、おいおいと半端な同情はしないほうがよさそうだ。
「文乃ちゃん。こいつらからの料理はさ、しっかり食べてね。許す、許さないとは全く違う話だよ。唯我君が本来受け取るべき対価なんだから」
 そういって、天津先輩はウインク一つ。どこまでもかっこよくて気を配れる人だ。文乃もようやく厳しい表情を緩めてくれた。俺と文乃は、ようやく美味しい逸品たちを手に入れることができ、二人で楽しくおしゃべりをしながら、舌鼓をうつのだった。

 

 

「それでは、輝星祭のフィナーレです!恒例の、"スター・プレゼント"!それでは皆さん、ご一緒にカウントダウンをお願いしま~す!」
 マイクで拡大された陽気な女子学生の声があたりに響くと、あちこちで歓声が沸く。
「なんだなんだ?」
「ふふふ。お楽しみ、だよ」
「10!」「9!」「8!」「7!」「6!」「5!」「4!」
 数字が減るにつれ、唱和する声が増えていく。俺もそれに乗っかってみたくなる。横を見ると文乃もうなずいてくれた。
「3!」
「2!」
「1!」

「ゼロ!!」

ポンッ!ポンッ!ポンッ!!

「あ……」
「わあ!」
「こっちにきてー!!」
「風で流されているな、あっちだ!」
 校舎の屋上からだろうか、空中に何かが次々に打ち出されている。皆が指を指して追いかけ始めていて。あれは……。
「パラシュート?」
「そう!実は、中にはね……あ!」
 ふよふよ、と一つ、ちょうどよく俺と文乃のところに流れ落ちてくるものが一つ。ちょうど俺の膝の上にゆっくりと落ちてきた。球形のプラスチックケースがついている。
「成幸くん、開けてみて?」
「うん。……お、なんだこれは……青い、星??」
「え、あ、あれすごい!」
「ええ、生で初めてみたよ!」
 そこには、ちょうど手のひらに乗っかるくらいの大きさの立体物。

「少し見慣れないかもしれないけど、ダ・ヴィンチの星っていうの!正多面体の各面に、側面が正三角形の正多角錐を貼り合わせた立体でね。あのレオナルド・ダ・ヴィンチが考えたとされてるんだ。これが、パラシュートごとにひとつついてるんだけど……」

 周囲がざわついていて、文乃も興奮気味だ。
「これはね、青、赤、緑の三色があるんだけど、青は一番レアなの!」
「へえ……!じゃあ、かなりラッキーなんだな」
 そういわれると、俺の手に収まっている青い星が、とても立派なものに見えてきた。人間とは現金なものだ。
「ジンクスがあるの。青い星に願いをかけると、叶うといわれていてね。幸せになった先輩たちがたくさんいるんだって!」
「そうか。じゃあ……文乃は、どんな願いごとにしたい?」
「成幸くんが決めて?今日のゲストなんだから」
 そういって文乃はにこにこしている。俺は笑いながらうなずく。

「俺は、すぐに願い事はできるよ。ある女の子と出会ってから、ずっと変わらない」

 俺は小さく一呼吸してから、言葉を続ける。
「古橋文乃さんと、ずっと一緒にいられますように!」
 文乃は恥ずかしそうに下を向く。
「やっぱり……」
「ん?」
「えへへ。願い事、わたしも同じだったから。わたしも、唯我成幸くんと、ずっと一緒にいたい!」
 俺は、左側に座っている文乃の右手に、自分の左手を重ねた。体温を伝えあいたくて。文乃が、重ねた手と手の指を絡ませてきて、俺もすぐに反応した。
 お互いの気持ちは高まっていて。溢れた気持ちは、一つの言葉に収れんする。

 

『愛してる』

 

 重なった言葉は、お互いに同じ熱量で、同じ瞬間に伝えたいものだ。顔を真っ赤にしながら笑いあう俺と文乃。俺は彼女と想い合えている奇跡のようなこのことを、あらためて大切にしようと思うのだった。

 

終わりに

 

「フーリエちゃんっ!おつかれさま!」
「フーリエ、がんばったよね、私達!」
 文乃が実行委員会の仲間と一緒に、フーリエ、すなわち、輝星祭実行委員長の由風梨恵のところに集まっていた。
「ほら、フーリエが好きなラムネ!」
「むむ、これはボクが愛してやまない、古き良きやつじゃあないかっ!ありがとうっ!」
「また打ち上げ本番の調整はするけど、今日も有志で少人数でやろうかと思ってるんだ~。フーリエは、どう?」
「お誘い感謝っ!でも、さすがに少し疲れてるかなっ!打ち上げのときに、ボクはしっかり盛り上げさせてもらうよっ!」
「そっかそっか。じゃあ、ほかにも声かけてこようっと。あ、古橋は参加しなくていいからね?今日は愛しのダーリンと一緒にいてもいいからさ」
「きゃ~!」「彼氏いいなあ」「古橋の彼氏さんは、特別だから!」
「もう、全く」
 からかわれて、文乃は顔を赤くしつつ苦笑いだ。
「しかし今日は、フルハシ君になにごともなくて、本当によかったよっ!」
「フーリエちゃんや、天津先輩のおかげで、なんとか」
「それと、キミの王子様もだねっ!素敵なカップルじゃあ、ないかっ!」
 照れる文乃。その時、友人たちに呼ばれ、またあとでね!と言って、文乃は向こうに走っていく。
 誰一人視線が自分に向いていないことを確認し、フーリエの表情が消えた。
「スタンガンを直撃させられなかった。実験はやり直しだねっ!瀧にもお仕置きが必要かなっ!」
「真に人望を集める"ホンモノ"に、取り返しがつかないくらいの不運が起こった後の"復元力"。それが観測できなければ、成功とはいえないからねっ!」
 そこで、彼女はにっこりと笑みを浮かべなおした。
「Un malheur ne vient jamais seul」
 そして、フランス語でとある言葉を呟いた。
「不幸は決して一つでは済まない、だよっ!」
 文乃の口癖を意識して使っているのだ。フーリエは、早速脳をフル回転させ、次なる"実験"を考え始めるのだった。

 

(おしまい……?)