古橋文乃ストーリーズ〜流れ星のしっぽ〜

「ぼくたちは勉強ができない」のヒロイン、古橋文乃の創作小説メインのブログです。

その金蘭之契の輝きたるや星に比肩するものである(後編)

武元うるかのケース

 

 

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 成幸のことは、好きだ。今もそれは変わらない。もしかすると、いつかはそうでなくなる日がくるのかも、しれない。でも、それはいますぐではないことは間違いない。成就しなかったからといって、じゃあ忘れよう!次の恋をしよう!というほどに、軽い恋ではなかったのだから。

 出会ったころには、まあ、言葉は悪いが、こんなちょっと暗めながり勉メガネくんのことを好きになって、高校三年生になるまで想いを伝えられずこじらせつづけることになるとは、とても思いもしなかった。まさかもまさか、だ。
『あいつが……遊びも勉強もいろんなもん犠牲にして、必死で水泳頑張ってるって知ってるからな……』
 とある日。成幸があたしのことを本当の意味でわかってくれていることを知ってしまってから……恋に落ちた。

 

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 あの日から……気づけばいつも視界のどこかにこの人を探していたのだ。もっと仲良くなりたくて、下の名前で呼べるように家で猛練習してみたりもして。さらには、バレンタインのチョコを気合をいれてつくっては渡そうとしてみたりもした(実際渡せたのは1/5回、なのだが……)。まあ、恋については相当なヘタレだったあたし、なかなか気持ちを伝えることは、できなかったわけなのだけれど!

 それでも、ようやく、だ。受験が終わってようやく、あたしは成幸に告白をすることができたのだ。ずっと大切にしていたその気持ちを伝えられて、本当によかった。

 ……伝えることができただけ、だったけどね。叶いはしなかったから。

成幸は、やっぱり、成幸だった。あたしの気持ちを受け容れられないことに、正面から向き合って、きちんと答えを返してきたから。

『他に気になっている人がいる』

『こんな中途半端な気持ちでうるかの気持ちに応えられない』

『だから……ごめん……』

随分と、バカ正直に、だ。

 

 白状すれば、少しだけ、混乱した。成幸の言葉がすぐに消化できなかったからだ。あたしもあたしなのだけれど。成幸のことが好き、いや、好きすぎた分、自分の気持ちを伝えることで精一杯になってしまっていたところはあり。成幸も、恋をして、人を好きになるんだ、ということまで、思いが至らなかった。コンマ何秒の世界で理解がやっと追いついて、心の中を巡ったのは、というと。この場合のごめんってどういう意味だっけ、とか。どうして、なんで、とか。気になっている人って誰、とか。……ああ、あたしの恋は一区切りを迎えたんだな、とか。その結果、口をついたのは、
『はーっ、すっきりしたー!!』
という言葉だった。いろいろありつつ、それは100%の本音ではなかったけれど。心の奥底にあった、そのままの思いではあった。

 

 さて。そういう答えぶりでフラれたこともあって。気持ちの整理をつける中で、考えないことは、できなかった。成幸が気になっているという人、つまりは、ニアリーイコール、好きな人、だ。

 成幸は、決して器用ではない。だから、成幸が好きになるとすれば、成幸の身の回りにいることが多くて、成幸が面倒をたくさん見ていたであろう……あたしか、理珠りんか、そして、文乃っちか。ただでさえ、フォローするのが大変なあたしたち以外には、そういう気持ちは持たない、いや、持つことなんてありえない!あたしは、ずっと成幸のことを見てきたのだ、断言できる。成幸が、誰にでも一生懸命なのは知っている。よく、よく、知っている。だったらせめて……一番!あたしに一生懸命にさせてやるんだから!、と宣言していたんだけれど、なあ……。

 結局、それは、あたしではなかった。残るは、理珠りんか、文乃っち。では、どちらか。どちらも、とても魅力的な女の子なのだ。甲乙はつけがたい。だが、それでも、断言はできる。文乃っち、だ。卒業旅行で、文乃っちと成幸は、距離が異常に不自然だった。普段は気さくにしゃべりあっているはずなのに、だ。それだけで、んん?と思うけれど、さらに気になることがあった。それは、成幸の視線だ。すこしその先を追いかければ、わかる。そこには……いつも、あたしではない、彼女。文乃っちが、いた。ずっとあたしは、成幸を見てきた。成幸が、その人に向けている視線の温度。初めて感じたもので……あたしに届けられることはついぞなかった、その熱。思い返すたびに、まったくもう、とはなるよね。

 さて、では、文乃っちの気持ちはどうだったのか。実は彼女が成幸のことを好きだったんだ、と確信をもって気付いたのは、あたしが成幸に告白する直前。聡い彼女が、あたしと成幸の"そういう"空気に勘づいたのだろう、不自然なほどに慌てて走り去ったからだ。さすがのあたしでも、わかった。

 正直に言えば……文乃っちも、"そう"なのだったとしたら、打ち明けてくれればよかったのに、と思わないでもない。でも、優しい文乃っちがそれをできなかったことも、わかるのだ。彼女はあたしの恋愛相談にいつもしっかりと向き合ってくれていた。そこに絶対にウソはなかったし、あたしの悩みを解消してくれたことに間違いはないのだ。あたしの足を引っ張ろうなんて意図は、これっぽっちも感じたことはない。

 それでも、文乃っちの中で、成幸への気持ちが、変わっていくきっかけがあったのだと思う。文化祭のジンクスにまつわることを、あたしは間近で見ていた。成幸が転んだ瞬間、後夜祭の打ち上げ花火があがった。成幸の手をとろうかどうか、少し躊躇したあたしより先に、成幸の手をとったのは、文乃っちだったのだ。みんなジンクスのことは知っていた。だから、その行動にどんな意味も、彼女はわかっていたはずだから、その時には、"そういう"気持ちがすでにあったのかもしれない。そして、冬になる前くらい、文乃っちは常に「成幸くん」と呼ぶようになっていたことくらいは、気づいていた。その変化の根源にあった想いの大きさは、どのくらいだったのだろうか。

 その大きさを、あたしが初めて知ったのは、ついこの間、卒業旅行の夜のこと、だった。相当急いで走ってきたのだろう、息も切れ切れで文乃っちはあらわれた。

『ごめん、うるかちゃん』

『わたしずっとうるかちゃんに……』

『嘘をついていたの』

 嘘。隠していた、何か。

『わたし本当は、うるかちゃんのこと、心から応援できてなかったの……!!』

『もう、言い訳して、逃げ続けて、「大好きな」気持ちから目を背けるのは嫌』

『だから……ごめん。"戦う"よ』

 

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 あたしが、どれだけ成幸への強い気持ちを持っているのか知ったうえでなお、文乃っちは、あたしに"戦う"と宣言してきた。……いや、宣言してくれたのだ。ソッチョクに言えば、びっくり、した。優しくて、その反面、自分の気持ちを押し通すことがなさそうな文乃っちが、ぎらりと刃を抜いた瞬間……と言えば大げさ、だけれど。言い方を変えれば、相当強い勇気を持って、ぶつかりあってくれたのだ。さて。結局、文乃っちは、成幸に思いっきり気持ちを伝えることが、できたのだろうか。

 あのふたり、成幸と文乃っちは、似ているのだ。誰かを傷つけるのが怖いから、自分の幸せになる道筋で誰かの幸せとぶつかり合ってしまうとなると、とたんにそれを避けて、自分のことを二の次にしてしまい、それどころか、押し殺してしまう。でも、それは、優しさなんかではとてもない、臆病さの裏返しなのだ。シンラツだけれど、思いあがりだとさえ、言える。誰かのために自分は幸せになりませんねということを選びました、ということほど、誰も望んでいないことはない、のだ。それにだ。それが恋にまつわることであれば、誰かの失恋、ということにもつながる。でも。勝手に失恋した人は不幸なんだ、ということにされては、たまらない。成就しなければ、恋に意味はないのか。そんなことは、ない。そんなことは、絶対にない。あたしはそう、断言できるからだ。

 

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 その時、携帯にメッセージがあった。結構、遅い時間だけど。なんとなく、あの子かな、と頭をよぎったら、案の定だった。

「明日、朝早くに図書室にきてほしい、か」

 どんな話が聞けるのか。もしも、ずっと好きだった人と、大切な友達がそういう結末になっていた、ということなのだとしたら。あたしは、単純にふたりがお似合いだな、幸せに成ってよ、とは思わない。……そうではなくて。お互いを幸せに成すべく、強く、強くなってよね、と願う。いざとなれば、成幸はあたしがとっちゃうからね!という釘を刺しつつ、だ。なあんだ、世話の焼けるふたりってことか、と思うと、少しだけ肩の力が抜ける。

『泣くなら、やれること全部やりきってから、思いっきり泣くの』
 そう成幸に伝えたことがあるのを思い出した。それは、明日の文乃っちの言葉を受け止めてから、かな。その覚悟は、できていた。

 

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(続く)