古橋文乃ストーリーズ〜流れ星のしっぽ〜

「ぼくたちは勉強ができない」のヒロイン、古橋文乃の創作小説メインのブログです。

その金蘭之契の輝きたるや星に比肩するものである(終編)

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古橋文乃のケース

 

 朝起きると、やはり、いつもよりも特別な朝のように感じた。

 今朝は、卒業式の朝、だ。月並みだが、長いようで短かった高校三年間の最後の日。感傷が少しもないと言えばウソになる。さて、濃淡はあったのか、と問われると。高校一年生、二年生だって、たくさんの思い出があるものの。やはり、高校三年生の一年間の濃密さには、敵わないだろう。そんなことを考えながら、ばたばたと朝の準備をしていると、お父さんに今日の卒業生代表の答辞がんばれよ、と声をかけてもらった。ロールパンをもごもごと食べながら、わたしはとびっきりのウインクとVサインで返す。

 

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 パンを牛乳で流し込むと、慌ただしく家を後にする。お父さんに、あんなふうに応援してもらえた。いわゆる"普通"の関係に戻れているなんて、10年間も向き合えずに断絶していた昨年の今頃には考えられなかった。

 さて。大切な用事がある。卒業式より前に、絶対に果たすべき、約束だ。いつもより早く家を出たものの、そのことに気持ちも前のめりになっているのだろう、早足にもなる。桜が一枚、二枚舞い始めている中、わたしは一年前のことを思い出す。

 高校三年生の春。とびっきりの教育係の男の子と出会った。

 

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 頑張り方がわからなかった苦手科目に立ち向かう術、そして、そのために費やす正しい努力を続けることができた。そして、望んだ結果、希望する大学への合格につなげることができたのだ。それは、教育係の彼だけではなく、同じ方向に向かって走った、友人たちのおかげでもある。その絆は、日を追うごとに強くなった。……その中で強くなったのは、それのみにあらず。この一年間を通して、教育係から、女心を知りたいお弟子さんになり、かわいい弟みたいな存在になっていった、彼。唯我成幸くんへの、わたしの恋心もだ。

 世界でいちばん。好きなひと。

 ついにそうなった彼に、わたしは想いを伝えることができた。そして、彼にも受け容れてもらい、同じ想いであることを告げられて……わたしたちは、結ばれた。

 わたしは。

 彼を意識してから、ずっと。そう、ずっと、だ。大好きな人に思いっきり気持ちを伝えることができたら、どんなに素敵だろうって思っていた。

 だから。

 好きな人に思いっきり「好き」と言えて。

 好きな人から「好き」と言ってもらえて。

 奇跡みたいだと、心の底から思えた。

 

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 つい先日のそんな出来事。思い返すたびに、わたしの胸はきゅうっと締め付けられ、胸の鼓動の高鳴りもすごい勢いになる。その痺れるくらいの甘い記憶を、わたしは絶対に、絶対に忘れない。

 学校に到着した。ちらりと、教室を覗いてみる。黒板にはたくさんの色のチョークで、たくさんのかわいいイラストやメッセージが描かれている。それを背景にしながら、写真を撮ったり、いつもよりテンションの高いトーンでおしゃべりをしていたり、すでにみなが集まり始めて独特の盛り上がりをみせはじめていた。もし気づかれてしまうとその輪の中に否応なしに取り込まれてしまうだろう、わたしはそそくさとその場を後にして。その場所へと、向かった。

 図書室に到着する。今、ここは誰もいないはずだ。わたしと、わたしが声をかけた二人のかけがえのない友人以外には。小さく、息を吐く。自然と両方とも握りこぶしになるほど、気合が入っている。そっと扉を開く。
「文乃、おはようございます」
「文乃っち、おはよー!」
 そこには、わたしの待ち人である、緒方理珠ちゃんこと、りっちゃん、そして、武元うるかちゃんこと、うるかちゃん、ふたりが既にいたのだった。

 わたしは、唯我成幸くんが好きになった。でも、実は。りっちゃんも、うるかちゃんも、彼のことが好きだということを知っているにも関わらず、好きに"なってしまった"のだ。友達が好きな人を好きになってしまう。その友達の恋の成就を応援しているにも関わらず、だ。フィクションの世界でよくあること、ではある。一度目を通した本の内容はたいてい暗記してしまうわたしは、そんなこと知りません、とは、とてもいえない。恋を応援しているうるかちゃんに相談されれば、精一杯話を聞いて、できる限りのアドバイスをしたこともある。足を引っ張りたいなんて、みじんも思ったことはない。

 それなのに。それなのに、だ。わたしの成幸くんへの恋心は、一日、一日、彼と過ごすたびに、どんどん、どんどん、膨れ上がっていく。友達を応援しているはずなのに。わたしの心は、"そう"はならない。いや……"なれなかった"のだ。それを実感するたびに、ごめんね、りっちゃん、うるかちゃん。そう、彼女たちに懺悔することが続いていた。この言葉を繰り返すことだけがわたしの"言い訳"だったのだ。

 

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 この矛盾した現実の前に、わたしはただ……立ち尽くし続けることしか、できなかった。言葉を変えれば、何も、何一つ、そんな現状を変えるために行動することができなかったのだ。まるで茨に覆われたお城に閉じこもっている眠り姫のように、だ。

 

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 誰一人にも打ち明けられず、抱え続けていたその"歪み"。それを正しく"光"へと変えてくれ、導いてくれたのは、わたしがそれにまつわることについては勝手に遠ざけてしまっていた……りっちゃんと、うるかちゃんだったのだ。

 成幸くんに気持ちを伝えるためにわたしに一番足りなかったもの、"勇気"。それが今のわたしにはある。そして、それをわたしに与えてくれたのは、ほかでもない。目の前のふたり、だ。
 "戦う"ことができる間柄であることこそ、友達というのだ。そう教えてくれた、りっちゃん。

 

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 わたしの宣戦布告を受け止めて"戦ってくれた"、うるかちゃん。

 

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 ふたりがいなくては、わたしはそれを得ることはできなかった。言い換えれば、ふたりなくして、わたしの恋は絶対に叶わなかった、ということだ。

 ふたりは、よくわたしたちが使っていた席に並んで座って待っていてくれた。笑顔の二人に、緊張気味のわたしも無理やり笑顔をつくって挨拶をしながら、空いている側の椅子に座った。
「ごめんね、せっかくの卒業式当日に早く来てもらって」
「全然いいよ、文乃っち!」と、うるかちゃん。
「それで、話というのは?文乃」と、りっちゃん。
 伝えるのに、もう、一瞬の逡巡さえなかった。

「わたし、成幸くんのことが、好きだったの。そして、卒業旅行から帰ってきた日にね」
 二人はまっすぐにわたしを見つめて、静かに次の言葉を待っていてくれている。
「成幸くんに、告白したの。あなたが、世界でいちばん好きなひとだ、って」
 ……もう、わたしの、ばか。泣かない、と決めていたのに。だめだ、と思うのに。つうっと、涙が頬を伝う。それこそ、流れ星のしっぽのように、だ。
「大好きな人に思いっきり気持ちを渡して、伝えることができたの……」
ちゃんと、ちゃんと、伝えなくちゃ……。
「りっちゃんと……、うるかちゃんの……おかげで……っく……ひっく……」
 ぽろ、ぽろ、ととめどなく大粒の涙が零れ落ち始める。これは、だめだ、と思うと、もう。ぼろ、ぼろ、ぼろ……。ハンカチで顔を覆い、なんとか涙をせき止めようとするわたし。
 その時。すっと、りっちゃんが手を伸ばすと、わたしの頭を優しくなでてくれた。
「成幸さんの答え、私は知ってますよ。ずっと、ずっと、あなたたちを見ていましたから。私も成幸さんの事を憎からず思っていたのに……まったく」
 涙を流しながら顔を上げると、クリスマスの後からすっかり柔和になり可愛さに拍車がかかったりっちゃんの素敵な笑顔がそこにあった。
「成幸もさ。多分、文乃っちと同じ気持ち。そうだったんじゃない?」
 わたしの肩にそっと手を回してくれたうるかちゃんは、見た人をいつもいつも元気にしてくれる、プラスのエネルギーにあふれた笑顔を浮かべてくれていた。
 涙をせき止められぬまま……ただ、一つだけのアクションだけで伝わるようにしてくれた、大切で、優しい、大好きな友達。わたしは、くちびるを強く噛み、嗚咽をなんとかおさえながら、うなずいた。大きく、強く、縦に一回。まっすぐな、肯定だ。
「同じ人を好きになるなんて、あたしら相性バッチリってことじゃんね!」
「ふむ……心理学的にも興味があります」

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「ありが……とう……!」
 ようやく絞り出すことができた、感謝の気持ちを言葉にし、ようやく肩の力が抜ける。ふっと、涙が目から溢れているけれど、自分が自然に笑えていることに気づいた。
「ふたりとも、大好きだよ……!」
 りっちゃんとうるかちゃんは見合って目をぱちくりする。そして、改めて二人とも大きな笑顔を浮かべてくれた。

「よし、じゃーさ!今から三年生の教室に行って、成幸と文乃っちを真ん中にして、四人で写真撮ろうよ!そしてふたりには、しっかりとくっついてもらわなきゃ!」
「え、ええ!?」
 わたしの涙が落ち着いてからの、思わぬうるかちゃんの提案にびっくりしてしまった。
「なんですか、文乃?そのくらいで恥ずかしいというのなら、私が成幸さんをもらっちゃいますよ?」
「そーだよ!あたしなんて、成幸とラブラブツーショット撮っちゃおうかな!」
「あ、え!それはだめー!!!!」
 いつもの通り、にぎやかにはしゃぎはじめる。言葉にせずとも、三人ともわかっていた。わたしたちは、ずっと、ずっとだ、これ以上ない強い絆で結ばれた友達なのだ、ということを。

 わたしにとっては、その絆の輝きは、夜空に浮かぶ一等星のそれに並ぶものなのだった。

 

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(おわり)