古橋文乃ストーリーズ〜流れ星のしっぽ〜

「ぼくたちは勉強ができない」のヒロイン、古橋文乃の創作小説メインのブログです。

[x]はチョコレイトより甘き愛の証明たるものである(前編)

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はじめに

 

『2月10日土曜日の天気予報です。関東から西の太平洋側は晴れるところが多くなりそうです。ただ、日本海側の大雪の影響で、低気圧が急速に発達するおそれもあり、急な天候の変化にはご注意ください。では、渋谷区の公園の、佐々木さん?』
『はい!こちらの公園では、めずらしいイベントが開かれているんです!バレンタインが近いこともあり、全国のお店が集まって公園に出店して、チョコレートの食べ歩きができるんです!あの有名なお店も……』
「ふーん、ふふーん♪」
テレビのニュースを聞き流しつつ、わたしは鼻歌を口ずさんでいた。ご機嫌だ。それは当然、大好きな彼氏である、成幸くんと逢える日なのだから!直接逢えるのは、三週間ぶりだ。長い。とっても、長いよ。ようやく逢える、そんな彼へ。この季節ならではの贈り物があって、その準備をしているところだ。

わたしと成幸くんは、順調に交際を重ねている。少しずつ、恋人らしくなってきていると思う。毎日、電話とメッセージの交換のやりとりはしているし。デートも、忙しい間をぬって、少なくとも月に一回はするようにしているし。……キスだって、デートのたびに、するのだ。キスは、大好きだ。お互いの気持ちが、隠すことなく表現されるものだから。成幸くんと、心と心がつながっていることを実感できる。……その先のこと、は。考えたことがないわけじゃない。なんとなく、お互い二十歳になってから、という暗黙の了解みたいなものはありつつ。今や、2人ともその年齢には達しているのだが。でも、きっかけを掴み切れないまま、日々は過ぎている、というのが現状だ。だけど、時間の問題だろうな、とは思っているので、焦ってはいない。お互いが、望んでいることだから!

そして、たしかに、恋人としての、一つの節目であるその日は、きたのだった。

 

第一章

 

「いやあ、まいったな。大丈夫か、文乃?」
「大丈夫だよ!でも、急だったねえ……」
俺と文乃は、文乃の自宅のリビングで濡れた身体を拭いているところだった。時刻は昼、13:00を少し回ったところだった。もともと今日は、文乃がわたしの家で久しぶりにゆっくりしないか、と誘ってもらったものだった。文乃と2人でいられるのなら、基本的に俺はどこでもいいのだが、もしも2人きりの時間がとれたのなら、キスができるかもしれない。そんな邪なことも考えつつ、自宅から文乃の家へ向かっていたら。その途中にある公園の目の前で、思いがけず文乃が待っていてくれたのだ。
「待ち切れなくてここまできちゃった。成幸くんに、早く逢いたかったの」
そう、少し頬を赤らめて教えてくれた文乃。もう、何と言ったらいいのか。俺は幸せものだ。付き合いはじめて、もうすぐ2年になるけれど、ずっと、ずっと、ずうっと、愛しい。その想いは、募り続けている。いつも、こんなに可愛いのだから……!公共の場でもあり、抱きしめたくなる衝動を必死に抑えつける。そして、2人で、いつものように手をつないで歩き始めた。文乃の綺麗な手。こんなに可愛い女の子と、手を繋いでもいいのか、とふと疑問に思うことは、いまだにあるのだ。

その時だった。

ぽつぽつ、と降り出すものがあり。あれ、と思う間に、一瞬で体で感じる粒が大きくなり、痛いくらいになってきて。
「……雨だ!」
「大変!成幸くん、わたしの家まで急ごう!」

まさかこんなに強い雨に遭遇するとは想像できず、雨具をお互い用意できていなかったのだ。そして、2人で慌てて走って……文乃の家に飛び込んだ、というわけなのだった。
「文乃、冷えただろ?風邪でもひいたら大変だよ、シャワー浴びてきたほうがいい」
「でも、成幸くんだって寒いでしょ」
「俺は大丈夫。文乃が冷たい思いしてる方がずっと嫌だから。ほら、いったいった!」
そう言って、俺は半ば強引に文乃を浴室へと送り出した。それからすぐに。文乃がシャワーを浴びる音が、リビングまで漏れ聞こえてきて。
「……文乃、いま、裸だよな……」
と、ふとそんなことを考えてしまった。思わず、立ち上がって部屋の周りを冬眠直前の熊のようにうろうろ歩き回る。文乃の裸を思い浮かべかけて、慌ててそんな男特有の馬鹿な妄想を打ち消そうとする。そこで、
「はっくしょん!」
と、つい俺は大きなくしゃみをした。少し、ずずと鼻もすする。やはり、冬の雨に打たれてしまったのだ。寒いといえば寒い。すると。
「成幸くーん!」
と、文乃が大きな声で呼ぶ。何かあったのか?と急いで浴室へと向かうのだった。

 

⭐️

 

「やっぱり、すぐにシャワー浴びて!いま、お風呂のお湯も張ったから、しっかりつかって、身体を芯から温めなきゃ、だめだよ」
そう、文乃から扉越しから声をかけられる。
「いや、流石にそれは……」
と俺は言い淀む。一緒に風呂に入るのは、流石に気が引けるのだ。
「……恋人同士、なんだし。お願い。成幸くんに風邪ひかれたら、わたし、責任感じちゃうよ」
と、文乃がそんな殊勝なことを言ってくれた。
「タオル巻いて、湯船につかってるところだから。ね?」
そこまで言われたら、だ。文乃にも悪い。俺は腹を括った。
「じゃあお言葉に甘えて、入らせてもらうよ」
ということで、俺は文乃と一緒にお風呂に入ることになったのだった。

「はいるよ、文乃」
「はい、どうぞ〜……」
声をかけて、浴室に入る。恥ずかしげに湯船に浸かる文乃が俺に笑いかけてくれる。しかし……。異性の裸が、すごく近くにあるのだ。それも、とびっきり素敵な、好意を抱いている異性の。いくら付き合いの長い恋人だったとしても……緊張しないわけがなく。
「……」
「……」
2人とも、やはり無言になってしまう。文乃もお風呂だけの理由でなく顔が真っ赤だし、間違いなく俺もそうだ。文乃の身体はタオルを巻いた上で浴室だし、俺も下半身にはタオルを巻いている。しかし。正面のシャワーだけを見るようにして、文乃を視界にいれないように、とはしているものの。アップにされた流れるような長い髪。普段意識しない、うなじの色気。鎖骨の女性らしい曲線。ちらりと、神に誓ってちらりとだが、目に入ったそれは、瞼に焼き付いてしまう。
「……あったまったか?」
「……うん。ぽかぽか、だよ」
気を紛らわせるために、なんとか話しかける。が、文乃も緊張しているのか、会話が続かず。しゃわわわ……と、俺が浴びるシャワーの音だけが、しばらくその場には響いて。
「じゃあ、そろそろあがろうかな」
「お、おう。目は瞑っているから……」
俺はぎゅっと目を瞑る。文乃は湯船から立ち上がって、一旦巻いていたタオルをしゅるっと解いた気配も感じつつ、カラカラと扉を開けて出ていくのを聞いていた。のだが……。

文乃、ごめん!と心から謝る。

……文乃の裸を見てしまったからだ。それも、意図して。……つまり、わざとだ。

肌の色が白い。すらりと手足は長いくて、指の先まで美しい。無駄な贅肉は何一つない肢体。小ぶりではあるが、女性の象徴である胸も、存在感がある。そこにある、桃色の突起。腰のくびれの曲線も色気がある。全てが、ほんとうに綺麗。プールでデートし、その時の水着姿だって見ているわけで。肌があらわになったところに近い姿を見たことがないわけではないのだが……。湯煙の中の裸の色気は、まったく次元の違うものだとひしひしと実感せざるをえない。その証拠に俺の男性器はもうガチガチに硬い。

正直に告白すると、文乃のことを考えて、毎日のように、そういう、自分で処理をすることはしている。好きな女の子なのだから、そういう対象にしてしまうのは、許してほしい。さすがに、この場でそういうことをできるはずがない。ただ、こんな状態なら文乃のところに戻るには、いろいろ大変だ。俺は、小さくため息をついたのだった。

 

第二章

 

風呂からあがる。俺もお湯につからせてもらって、芯からあたたまった。
俺は、文乃の親父さん、零侍さんの洋服を借りた。文乃も部屋着、女の子らしい可愛らしいものだ、になっていた。
「あったまった?成幸くん」
「ああ、おかげさまで」
よかった、と文乃はにっこり笑ってくれた。邪なことばかり考えていた俺は、反省しきりだ。こんなに可愛い彼女なのだ……!
「そうそう、この前お部屋の整理をしていたらね、高校生の頃の写真が出てきたんだよ!一緒にみてみない?」
「へえ、面白そうだな!」
ということで、文乃の誘いに乗り、二階にある文乃の部屋へと向かう。

文乃の部屋は、広い。そもそも文乃の自宅はかなり大きくて、一階にも二階にも結構な数の部屋がある。文乃もひとつ自分の部屋がある。12畳ほどはある。大きめのベッド、広い勉強机に、たくさん服が入るクローゼットもある。その部屋には、星にまつわるものでいっぱいだ。壁や天井には、流星群や天体関係、星空の写真が所狭しと飾ってある。天球儀や月球儀、天体望遠鏡なども置いてある。しかし、そんなにたくさんこの部屋にお邪魔したわけではないけれど、いつもいい匂いもして。女の子の部屋は不思議なものだ。
「ほら、これ!懐かしいよね、みんな元気かな」
「みんなスキーウェア、ということは……卒業旅行の時か?」
しばらく、写真の話に花を咲かせる。たまに振り返るとやはり懐かしくて楽しいもので。写真一枚一枚毎に、ついついコメントをしたくなるものだった。ふと。
「スキーの時にね。一緒に山小屋に避難したこと、覚えてる?」
「……ああ、もちろん。覚えてるよ」
「成幸くんと、一つの毛布で、ほとんど下着みたいな姿で並んでストーブであったまったんだよね。緊張したな……」
「俺だって……そうだよ。あの時は、文乃への気持ちを伝えようかどうか……迷っていたから、さ」
「そうだったんだね……」
そう言って、文乃は心から嬉しそうに笑ってくれた。

 

今日も、綺麗だ。

 

俺と文乃は見つめ合う。ぶつかりあった視線同士で、お互いの気持ちが、ちゃんと繋がる。

文乃がそっと目を瞑り……、俺はそっとキスをする。唇を、綺麗な形の文乃のそれに、できるだけ優しく。それが、一回だけで満足なんかできるはずもない。
「……ん、ちゅ、ちゅっ……。んっ、ん……」
キスの往復がおこなわれる。二人きりのこの部屋で、誰かに見られるはずがないからか、いつもよりも回数が多く、積極的にもなる。
『……っはあ』
と、一旦口を離す。俺もそうだが、文乃もかなり名残惜しそう、というよりも、その目がはっきり訴えてくる。いつもよりも熱のある吐息だった。据え膳食わぬは、というけれど、それはたぶん言い訳だ。一緒にお風呂に入ったときから、俺の理性のブレーキは壊れかけていた。だから。何かを変えるための行動に、でるのだ。

俺は、もう一度、文乃とキスをする。一度、二度……。でも、唇を押し付けるだけのものだけでは終わらせるつもりはなかった。文乃の口の中に、舌をそうっと侵入させてみる。
「……!」
そして、とんとん、と自分の舌で、文乃の舌をノックした。文乃は最初びっくりしたようだが、すぐに舌で応えてくれる。互いの舌が、それぞれの存在を確かめ合うと、その仲を深めるように、俺と文乃は舌を絡め合いはじめた。
『……はあっ……』
2人の唇と唇が、一本の糸で結ばれているように、唾液がつうっと線をつくっていた。はじめての、大人のキスだ。
「……もっと……」ちょうだい、と文乃が小さい声で恥ずかしそうに言う。俺はもう一度文乃の唇を強く吸い、再び舌同士で自分の熱を伝え合い、相手の熱を感じあった。

俺も、文乃も、その新しい意思疎通の方法に夢中になっていた。何度も、何度も……。

どれくらいキスをし続けていたのか。ようやく、口と口が離れた。
「……っあ……」、と文乃。
「……んっ……」、と俺。
文乃の表情は、俺が初めて見るものになっていた。目がとろんとしていて、魅惑してくる。そして、まるで何かを期待するように。これ以上は、危ない。俺は奇跡的に理性を取り戻して、文乃と距離をとろうとした。でないと、それ以上は自分のコントロールができる自信がなかったからだ。しかし、そんな俺の服の袖口を、文乃がそっとつかむ。そして、潤んだ瞳で俺を見つめつつ、俺と大人のキスを繰り返している唇で。
「……今日はお父さん、家に帰ってこないの」
と、小さいけれどはっきりした声で教えてくれた。文乃の顔は、恥ずかしさでいっぱいなのだろう、顔中が真っ赤だった。ここまで文乃が勇気を振り絞ってくれたのだ……。俺は、覚悟を決めた。


「文乃」


はい、と文乃は小さく返事をしてくれて。


「抱きたい」


と伝える。文乃は緊張からか、少し強張った笑顔で、でも、しっかりと、うなずいてくれたのだった。

 

(中編へ続く)