古橋文乃ストーリーズ〜流れ星のしっぽ〜

「ぼくたちは勉強ができない」のヒロイン、古橋文乃の創作小説メインのブログです。

[x]と選びし賜物は彼の人との結び付きを多とするものである

 

 

【はじめに】

 

わたし、古橋文乃は悩んでいた。

 

季節は、もう、春になる。大学卒業後の進路も見えてきて

わたしは天花大学理学部天文学専攻の修士課程へと進む。

 

一方、成幸くんは、今度の4月で社会人になる。彼の念願の、そしてわたしも応援してきた、先生になるのだ!

 

成幸くんの新しい門出をお祝いしたくて、何を贈ろうか。そのこと。

 

ここ一年は、学士の研究や卒論にかかりきりだったこともあり、アルバイトは少ししかしていなかった。なので、懐は心許ない。そんな中で、選べる選択肢は限られる。

 

「何がいいのかなあ……」

 

結局今日もピンとくる閃きはなくて。かくなるうえは、頼りになりそうな、あの人と一緒に、今度実際に見に行ってみるか、そう思うのだった。

 

【第一章】

 

「それで、なんで私なんですか?」


「そこをなんとか、水希ちゃん。いやあ、やっぱり成幸くんについてアドバイスをもらうとなると、やっぱりねえ」


ぷりぷり怒る私に対して、文乃さんはどこまでも低姿勢だ。


「付き合ってもう4年なんですから、兄の趣味とかなんて、十分わかるでしょう?」


「それは、まあ、そうなんだけど」


「惚気ないでくださいっ!💢」


えへへ、と照れる文乃さんに私は突っ込む。

 

お兄ちゃんに、内緒でプレゼントを贈りたい。ついては、一緒に選んでくれると嬉しいのだけれど……。

 

そんな連絡が文乃さんからあり。比較的交通の便にすぐれた大きいショッピングモールに、私と文乃さんはいるのだ。たまたま予定も空いていて、まあいいか、と気軽に引き受けたことを私は早くも後悔しはじめていた。たくさん惚気られてはたまらないからだ。

 

今更、お兄ちゃんと文乃さんの交際を反対するとかではない。だって、ふたりの絆の強さみたいなものは、その時々で嫌というほど知っているし。それは、特別な出来事があったから、とかではなくて。例えば、家でお兄ちゃんと文乃さんが電話している時とか。聞いたことのないくらい、穏やかで、優しくて、うきうきした声で話していて。そういう何気ない一幕が、私に現実を突きつけにくる。

そして。

 

文乃さんの人となりを、私もいろいろ知るようになって。この人と私もまた、仲良くなってしまったのだ。

 

お料理やお掃除とか、家事を色々教えたり。そうこうしているうちに、たまにおしゃべりなんかしたり。そして、一緒に買い物にいったり、とかも。ここだけの話だけれど。お姉ちゃんができたみたいで、嬉しいんだ。……それは絶対、誰にも言う気はないんだけれど、ね。

 

【第二章】

 

「難しいですね、節目のプレゼントって」


「そうなんだよ……いろいろ考えすぎて、こんがらがっちゃうんだよね」


私と文乃さんは、パンケーキで有名なハワイから進出しているレストランで、お昼ご飯を食べている。

 

午前中、2人でたくさんのお店を見て回ったのだが。

 

例えば。

 

キーケースとかは?これも毎日使うものだし。社会人っぽくもあるということで。
「成幸くんが一人暮らしを始めたときに、わたしとお揃いのキーケースを買っちゃってて……」
と、文乃さん。
……そうなんですかあ、と私はこめかみをひくひくさせながら答える。恋人らしいことですねっ!

 

ちょっと高級なペンケースとかは?学校の先生たるもの、文房具を大切にするということも大切だろうし。
「ペンケースは、大学一年生の時に、お互いプレゼントしあったんだ。毎日よく使うものだし、毎日一緒にいられる気がするだろ?そう、成幸くんが言ってくれるの」
と、顔を少し赤らめながら文乃さん。
……やはりこの人、危険だわ。ナチュラルに惚気てくる……私は唇をひきつらせる。

 

腕時計とかは?毎日使うものだから、ということで。多分、お兄ちゃんはブランドとかにはまったくこだわりがないし。丈夫なものならよいのだろうけど。
「実は、成幸くんが教育実習にいく前にプレゼントしたんだけど、すっごく喜んでくれててね。ずっと使うよ、って言ってくれたから……」
「お返しにね、サプライズでわたしにはブレスレットを贈ってくれたんだ」
ほら、これ、と、嬉しそうに見せる文乃さん。
……私は大きくて深いため息をつくしかなかった。お兄ちゃん……なにやってんの、と。

 

文乃さんはセンスのよい人なのだ。だから、だいたいポイントは抑えて、然るべき時にしかるべきものを贈り物にしていて。しかも、それがお兄ちゃんと文乃さん、ふたりの大切な思い出に結びついていて。あーあ、やだやだ。

 

そんな時だった。レストランで隣の席に座っている、親子に気がついたのは。

 

お父さんと、男の子と、女の子。男の子が小三くらい、女の子はまだ幼稚園くらいだろうか。おおらかそうなお父さんが、自分の食事についてきたアイスクリームを女の子にあげようとして、それを男の子が横からとってしまったみたいで。それで喧嘩をしている兄妹を、優しくなだめていた。

 

「どうかした、水希ちゃん?」

 

そこで私は、ある出来事を、思い出していた。

 

【第三章】

 

「わあーん、お兄ちゃんがあたしのおもちゃとったあっ!」

 

「みずきはもうシャボン玉たくさんしただろ!次はぼくが使うんだから」

 

「成幸、あんたがお兄ちゃんなんだから、水希にやらせてあげなさいよ。ほら、あなたも笑ってないで、なんとか言ってくださいな」

 

「いいじゃねえか、喧嘩をするのが兄妹の仕事みたいなもんだ。お互い、そこからわかるもんがある。いまは気づかないけどな」

 

そう言って、豪快に笑っていて。その力強い笑い声は印象に残っている。

 

お父さんは、私が小さい頃に病気でなくなった。私はまだ小さくて、あまり記憶がなくて。

 

そういえば、いつも、ワイシャツを肘までめくって、走り回っていたようだった。おそらく、教え子たちのために。それは、お母さんによく聞かされていた話だ。でも、時間は誰にでも平等だ。何がいいたいかと言えば、お仕事を頑張るのは大事かもしれないが、その分家族に割かれる時間は少なくなるよね、ということ。私の記憶が薄いのだって、それも関係しているわけだ。

 

ふと、加えて引き出されたことがあった。

 

たまたまだったと思うのだが、お父さんと私が2人で公園に遊びにいっていて。

 

「水希、いつか成幸を助けてやってくれよ」

 

と、言われたのだ。私はいろいろとわかるわけもなく、

 

「いいよ!お兄ちゃん、好きだから!たまに意地悪するけどね!」

 

そう、答えたのだ。

 

その時の、お父さん。優しく笑っていた。そして。その時のネクタイを、思い起こした。いつもつけていた柄。私の中のお父さんのシンボルは、まさにそれだったのだ。

 

お兄ちゃんは、お父さんに憧れて先生になる夢を実現したのだ。

 

血を継ぐ、といえば大袈裟だけれど。

 

「文乃さん、ネクタイはどうでしょうか」

 

そう、目の前で怪訝な顔をしていた文乃さんに提案してみたのだった。

 

【第四章】

 

「……素敵だと思う!!ネクタイ、かあ」

 

なぜネクタイがいいと思ったのか、その背景もあわせて聞いて、水希ちゃんのアイデアに、わたしは思わず膝をうった。自分で好みの柄や色のものを買うことが多くて、誰かにプレゼントされるものというイメージがあまりないものだけれど。

 

だからこそ、いい。わたしは、成幸くんに似合うネクタイを選べる自信はあるし、さらに言えば、強力なパートナー、水希ちゃんだっている。

 

わたしと水希ちゃんはうなずきあって、ネクタイを扱っていそうなお店に目星をつけて向かうのだった。

 

「水希ちゃん、成幸くんに似合うのは何色だと思う?」

 

「そうですね、赤とか、ピンクとか、明るすぎる色ではないです」

 

「だよね。今、ネクタイの色の意味をスマホで見てるんだけど……そういう力を感じさせる色じゃないんだよなあ」

 

『紺??』

 

わたしと水希ちゃん、同時に呟いた色が、まさかの同じ色!

 

「落ち着いて見えるもんね」

「誠実な印象になると思いますし」
「青系だから、清潔感もあるよ」
「兄にぴったりです」
「成幸くん、喜んでくれそう!」

 

そう言って大いに盛り上がる。そして、紺をベースに柄を選び。ああだこうだ、といいながら、柄はストライプに落ち着いた。

 

わたしたちのベスト、と言える贈り物を選ぶことが無事にできて。わたしと水希ちゃんは、にっこりと笑いあったのだった。

 

【第五章】

 

「ありがとう、水希ちゃん。はい、チョコバナナクレープだよ。ご馳走させてね!」

 

「いいんですか、文乃さん。多分、アルバイト代なら私の方が稼げてますけど」

 

「いいのいいの。とっても素敵なプレゼントを買えて、さ。水希ちゃんのおかげだから」

 

無事に買い物を終えて、私と文乃さんは最近テレビで紹介されて人気沸騰中のクレープ屋さんにきていた。

 

「……文乃さんは、いつか兄と一緒になりたいんですか?」

 

ふと、だ。美味しそうにクレープを頬張る、兄の恋人を見ていて、なんの脈絡もなくそんな言葉が口からするりと出た。

あ、慌てさせるかな、そんなことを思ったが。

 

「うん」

 

即答、された。

 

「わたしは、成幸くんと、ずっと一緒にいたい。どんなことがあっても、この気持ちは変わらないの」

 

「兄の気持ちが変わったとしたら?」

 

少し意地悪な言い方になってしまうが、思わず反射的に言葉にしてしまう。

 

それでも、なお。

 

「そんなことはないよ」

 

笑顔のまま、文乃さんはわたしの疑問をやんわりと否定する。優しい声だが、返事の中身は恐ろしく自身に満ちていた。

 

「成幸くんは、わたしをずっと愛してくれる。わたしは、成幸くんをずっと愛してる」

 

「信じてるの」

 

私の義姉になるかもしれないひとは、そう言って、綺麗に笑うのだ。

 

……私も、わかっている。文乃さんなみに、強気な思い込み、だが。

 

兄の運命の人は、間違いなく、文乃さんなんだと。

 

【おわりに】

 

わたしは、成幸くんがプレゼントの包装を丁寧に開いてくれているのをドキドキしながら待っていた。

 

「おお、ネクタイか!!センスがいいな……いい色だ。かっこいいよ。さすが文乃。ありがとう」

 

成幸くんは、破顔一笑!とても嬉しそうだ。よかった。

 

「成幸くんの近くにいる、素敵な女の子と一緒に選んだんだよ?」

 

そう言うと、不思議そうな顔を浮かべる成幸くん。家族は近い存在すぎて、思いつかないのだろう。

 

「えっと、誰だろう」

 

「……内緒!」

 

しばらく秘密にしていよう、そう思い、含み笑いをする。

 

それにしても。

 

恋人からも、妹からも、大切にされている目の前の男のひとは。幸せ者だ。思わず笑顔になってしまった。

 

立場は違えど、成幸くんを応援するのは、水希ちゃんもそうなのだ。

 

ステージが変わっても、頑張り続ける彼を、全力で応援しよう。水希ちゃんとも、一緒に。

 

(おしまい)

 

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