古橋文乃ストーリーズ〜流れ星のしっぽ〜

「ぼくたちは勉強ができない」のヒロイン、古橋文乃の創作小説メインのブログです。

とある贈り物はつくられる時から[x] である

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私、唯我水希は高校一年生の2月を迎えていた。高校は、楽しい。特に水泳部は、強豪だけあって練習も厳しいが、タイムは随分伸びた。調子が良い時は、200メートル自由形で、2分3秒を安定して切れる。全国JOCジュニアオリンピックカップ春季水泳競技大会にも参加することもできた。憧れの武元先輩とは比べものにならないわけだけど、私は私なりのベストを尽くしていこうと思っている。

 

さて。

 

2月と言えば、バレンタインデーだ。

 

例年、友達と、お兄ちゃんにつくっている。特に、お兄ちゃんには気合いを入れてつくることが常だった。なぜかといえば、いつも家族のために頑張るお兄ちゃんに、私なりにお返しをしっかりしたいから、だ。

 

だが、そんなお兄ちゃんの身辺に、昨年の冬から、大きな変化が起こってしまったのだ。あれだけ恋愛に興味がないと言っていて……信じていたのに!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女が、できてしまったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

古橋文乃さん。お兄ちゃんが教育係として、教えていた同級生だ。付き合うまで知らない人、というわけではない。何度かうちに来たことはあるし。来ただけではなくて、泊まっていったことすらある。その時は一緒にお風呂に入って(決して打ち解けていたからではない!)、「わたしとお兄さんは絶対そんな関係にはならないから」と言っていたにも関わらず、だ。

 

当初は、なかなか受け入れがたかったのは事実だし。嬉しそうなお兄ちゃんにも、腹が立っていたのだが。どのタイミングだったか、文乃さんに料理を教えることになって、話す機会が増えると。情にほだされるというのか。悪い人ではないか、くらいには心情の変化はあった。

 

まあ、そんなこんなで。今日は、文乃さんがうちに来て、一緒にバレンタインのチョコレートをつくることになったのだった。

 

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「こんにちは、水希ちゃん!」

 

「こんにちは、文乃さん。どうぞあがってください」

 

お昼過ぎ、文乃さんがやってきた。悔しいが、今日もまあ、美人だ。ラッピング用の包み紙やリボンなんかは用意してもらっていて。チョコレートの基本的な材料は私が用意している。もしつくりたいものがあって特別な材料があれば別途お願いします、と言ってある。さて、早速2人並んで台所にたつ。

 

「それで。文乃さんは、どんなチョコレートを兄にあげたいんですか?」

 

「えっとね。いろいろと検索していたんだけど……これにチャレンジしてみたいなあ、って」

 

差し出されたスマホの画面を覗かせてもらう。

 

「へえ、レモンとホワイトチョコのトリュフ、ですか。少し変わり種ですね」

 

「うん……レモンは良い思い出があるんだ。それで、それをアレンジしたレシピを探していたんだよ〜」

 

そう言って文乃さんはにこにこしている。それは、十中八九、お兄ちゃんとの思い出なのだろう。ため息をつきたくなるが、それはぐっとこらえて。

 

「お菓子づくりの大切なことは、①手順を間違えないこと、②同時並行でいろんなことをしないといけないけれど慌てないこと、③美味しくつくりたければ一つ一つの段取りを丁寧にすること、です」

 

「不慣れだとテンパってしまいがちけど、私が文乃さんをサポートしますから。わたしとの分担だけきっちり決めてください」

 

「このレシピだと、気をつけなくちゃいけないのは、まずは作ったタネとホワイトチョコをゆっくり混ぜる時に空気が入らないようにすることですね。そうしないとうまく丸まられないです。形が綺麗にならないから。そして、レモンピールを加えた後、混ぜるのと冷蔵庫で冷やすのを交互にするところは丁寧に見ていかないとダメですね。これは私ならボールに氷水を張って冷やしながら混ぜるかな」

 

すらすらと作り方やレシピにコメントをする私に、文乃さんは羨望の眼差しを向けている。

 

「水希ちゃん、やっぱり凄いねえ……!」

 

その褒め方は本気のものだから、照れないかと言われれば嘘になる。

 

「……ま、まあ、お菓子づくりは昔から好きでしたから。さあ、時間がもったいないです。兄が帰ってくる前に、つくりあげちゃいましょう!」

 

「はい、水希ちゃ……水希先生!」

 

そうして、私たちは早速作業にとりかかるのだった。

 

「水希先生、卵黄ってどうやったらうまく掬い取れるかなあ?」

 

「殻をうまく使って、少しずつ卵白を捨ててください。一度でやろうとすると失敗しやすいです、ゆっくりでいいですから」

 

「よっ、よっと……。わ、できたよ!」

 

「じゃあ、それとレモン汁とグラニュー糖を混ぜてくださいね。熱湯の湯煎にかけながら、ですよ」

 

「はあい」

 

 

文乃さんは、ぎこちない手つきながら、真剣だ。彼女は、当初料理がびっくりするほどできなかった。ただ見た目が綺麗なだけでなく、人付き合いもうまそうで。器用なのかな?とも思ったりしていたが。お兄ちゃんと文乃さんが付き合ってから、ある日そのことに気づいてしまった私は、愕然とする。こんな女の人がお兄ちゃんに料理をしてあげられるわけがないし、ろくなものを食べさせることができない!、と。

 

そこで、私が指南役をかってでて、教えることになったのだ。料理ができない、とされる人には共通することがあるのだが。

 

✔︎基本の段取りができない。手順通りにしない。
✔︎レシピ通りにいかないとなんとなく思うと、独自の作り方をしてしまう。
✔︎分量の感覚や、基本的なテクニックがない。

 

残念ながら文乃さんは全て該当してしまっていた。私はかなり根気強く付き合って、少しずつ直していったのだ。文乃さんは基本的には不器用でもあったが、素直ではあり、何より、お兄ちゃんに美味しいものを食べて欲しいという気持ちはすごくあって。だから、ゆっくりではあったけれど、少しずつ上達はしているのだった。

 

というわけで、今回のチョコレートづくりも。ゆっくりではあるものの、なんとか、完成まで、たどりつくことはできたのだった。

 

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文乃さんは、キュッ、と小さな紙製の白いボックスの上に、黄色のリボン🎗をきゅっと結んだ。

 

「やっとできたあ……。水希先生、ありがとう!」

 

レモンとホワイトチョコのトリュフ、無事に完成した。作りかけのものを少しだけ2人で試食してみたが、チョコの甘いだけではない、レモンの風味で甘酸っぱくて、レモンピールで少しだけほろ苦くて、奥深い味わいになった。大人のチョコレート、という感じだ。文乃さんはほっとしていて、でも、満足気でもあり。私もシンプルに、よかったね、と思えた。

 

「兄は甘すぎるのは苦手なので、これくらいがちょうどいいと思いますよ。……喜ぶと、思います」

 

笑顔で、そう、伝える。目の前の女の人は。お料理も、お菓子づくりも、お世辞にも上手とは言えないし、センスもあるとは言い難い。それでもなお。彼女は、好きな人。すなわち、私のお兄ちゃんのために、その一心で、一生懸命なのだ。そのこと自体が、どれだけ気持ちの強さを伝えるものだったか。すごいな、と思わざるを得ない。

 

お兄ちゃんは、幸せなんだろうな。この人は、文乃さんは、まっすぐだ。『好き』が少しもブレることなく、届けられていそうだ。それは、鏡の中と同じなのだ。すなわち、お兄ちゃんも、古橋文乃さんが、ブレずに好きでいること。例えば、文乃さんと電話をしているときの声のトーンは全然違う。いつも優しいお兄ちゃんだけれど、そのときの声のトーンは、とても柔らかい。電話の向こう側の相手が大切なことが、ひしひしと伝わってくるもので。それはきっと、家族愛ではない、愛でしか引き出せない、お兄ちゃんの表情なのだ、きっと。

 

「お兄ちゃんを幸せにしてくださいね」と、小さな小さな声で呟いた。

 

「何か言った?水希ちゃん」

 

「いえ、特には。そろそろ兄が帰ってくるかもしれません。チョコレート関係のものは、早く片付けましょう!」

 

「わあ、そうだね!」

 

そうしてバタバタと2人で台所を片付け始めた。片付けながら、私のお兄ちゃんへの愛情も整理したほうがいいのかもな、なんてことを、考えるのだった。ずっと、私が兄を幸せにするのだ!と意気込んでいたのだから。

 

あらためて、隣であたふたとしている文乃さんの横顔をちらりと見て。この恋する乙女がうらやましくもあるのだった。

 

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バレンタイン当日。幸い今年は暦が日曜日。二月なのだけれど、気温も比較的に高く、日差しもぽかぽかあたたかい一日だ。そんなデートの合間、公園のベンチで休憩をしている時に。渡したいものがあるの、と言って。なんだなんだ、という顔をする成幸くん。肝心なところでたまに鈍いんだよね。今日が何の日か、忘れてしまっているようで。わたしも意識して、その話題を二週間くらいしてないんだけど。まあ、それはよいとして、だ。

 

「はい、成幸くん!バレンタインの、チョコレートだよ!」

 

「おお!ありがとう、文乃!……開けてみても、いいか?」

 

「どうぞどうぞ。開けるだけじゃなくて、少しだけ食べてみて」

 

付き合ってからあげるチョコレートとはいえ。やはり、緊張はするものだ。そして、彼氏による味の審査も。喜んで、くれるだろうか。

 

「おお、綺麗なレモン色、だな!レモンのいい香り……。じゃあ、お言葉に甘えて、一つもらうぞ……」

 

そして、興味深そうに眺めた後で、ぱくっと一つ成幸くんは食べる。

 

さあ、どうだ。

 

「……美味しい!」

 

「よかったあ……!」

 

成幸くんは優しいから。まだお料理がそこまで上達しなかった頃に失敗するわたしの料理でも、笑顔で食べてくれるのだが。今回は本当においしかったと思ってくれたのだろう、満面の笑顔だ。小さくガッツポーズ。そして、水希ちゃんにも、心の中で御礼をする。

 

もう一個食べてもいいか?といって、嬉しそうにもう一つつまんでいる成幸くん。わたしの、好きな、大好きな人。

 

「後で、お返し、しなくちゃな」

 

と成幸くん。ホワイトデーには早すぎるよ?と心の中で思ったら。

 

「……俺と文乃で、レモンと言えば。忘れるわけがないだろ?」

 

成幸くんは照れくさそうに笑っている。

 

「覚えていてくれたんだ……!」

 

「当然だよ。文乃とのファーストキス。大切な思い出、なんだから」

 

付き合ってから三ヶ月。ある夏の日のデート。わたしは成幸くんとの仲を進展させたくて意気込んでいたものの、なかなかうまくいかず。そんな一日の終わり頃。たまたま行きあたった縁日を回って、ベンチで休憩している時のこと。少しだけ静かな空間で、成幸くんと見つめ合う一瞬があり。お互いの気持ちが重なったのだ。そうして。成幸くんが、キスをしてくれた。わたしの唇に、そうっと。忘れないよ。絶対に、忘れない。あの時の幸福感。実は、その時にかき氷のレモン味を食べていて。わたしのファーストキスは、やはりレモンの味だったのだ。

 

「……期待してるよ、成幸くん!」

 

わたしは、ファーストキスの思い出もあいまって。これからまた、あるかもしれない幸せの瞬間に思いを馳せて、心臓が120%の速さでドキドキしはじめていることを自覚する。

 

お互い照れ笑いするわたしたち。今日もやっぱり、忘れられないデートになりそうなのだった。

 

(おしまい)