第一章
「鍋?」
「そうそう。今度、文ちゃんにもきてもらったら?あと、文ちゃんのお父さんにも。大勢の方が楽しいじゃない」
大学2年生の冬だった。今年の冬はとりわけ寒さが厳しい日が多くて。郊外で風が強く吹き込むことの多い俺の大学では、皆防寒に苦労している。俺も例外ではなくて。文乃にもその話をしたら、いいダウンジャケットが絶対にいるよ!と力説されて、この前一緒に買いにいったのだった(文乃と買い物にいくのはいつだって楽しい、この時ももちろん)。少し奮発したダウンジャケットと文乃のおかげで、俺は確かにあたたかくなった。
そんな季節の折のこと。
なんと、商店街の福引で、『豪華!和牛食べ比べセット一家族用!』が当たったのだ。どちらかといえばくじ運のない我が家には、僥倖だ。母さんは大喜びだったのだが。
「こういう幸せはお裾分けした方がいいのよね〜」
と母さんは一瞬考えて、冒頭の、文乃と文乃の親父さんである零侍さんをうちに呼んで鍋にしよう!という提案にいたったのだった。
「文乃には聞いてみるけど……文乃の親父さんは、どうかな……」
零侍さんがうちにくるのは少し想像しづらく懐疑的だったのだが。
「ああ、文ちゃんのお父さん?あたしから声かけておくから、いいわよ」
という母さんに、まあ任せるか、とも思い。
まあ、そんなこんなで。唯我家にて、鍋パーティーをすることにあいなったのだった。
第二章
「こんばんは〜!」
「こんばんは」
「はーい、いらっしゃい!成幸、お客さんのコートとか預かっておいてね〜」
「わかったよ。文乃、親父さん、今日はありがとうございます。どうぞ、とても広いとはいえない家ですけど……あがってください」
おじゃまします、という2人の外套を預かり、早速こたつに入ってもらう。
「今夜は呼んでくれてありがとう!鍋、楽しみだよ〜」
と、にこにこの文乃。
「私もだ。これ、つまらないものだが」
零侍さんも心なしかいつもより表情が柔らかい。
「これ、とってもいい肉じゃないですか!」
「鍋用だ。安心しろ、君のお母さんには話を通してあるから、美味しく料理してくれるだろう」
「あ、おじさん、文ねーちゃん!こんばんは!」
「あ、和樹くん、こんばんは。葉月ちゃんも。2人とも、またおっきくなったねえ!」
文乃と会って、和樹と葉月のテンションも高い。その光景を、零侍さんは静かに笑いながら眺めていた。子供と零侍さんの組み合わせはかなり不思議だったけれど、文乃の父なのだ、思えば子供に対して悪い印象はないのかもしれなくて。失礼なことを考えてしまったな、と反省する。
「はーい、お鍋できたよ!お兄ちゃん、そこ通るから気をつけてねー」
そういって水希がぐつぐつと煮えた鍋を持ってきてくれた。
題して、牛肉の豆乳鍋!
豆乳の出汁は、唯我家特製のものだ。母さんが考案し、水希がアレンジしたものなので間違いなく、うまい。
いつもなら白菜と春雨、人参、そして、鶏肉、なのだが。
なんといっても、今夜は牛肉、だ!
自慢ではないが、唯我家では牛肉はかなり貴重。それが、棚ぼたでたくさん、食べられるとあって、特に和樹、葉月の楽しみにしていたことといったら、だ。
「おいしそー!和樹、一人だけ多く食べちゃダメだからね!」
「葉月うるさいなー。お前こそ、この前ミートボール俺より多く食べただろー!」
「こら、和樹、葉月、やめなさい!お客さんもいるんだから!」
「まあまあ、水希ちゃん」
「文乃さんが優しいから、いつもこの子達が調子に乗るんですよ、もう」
和樹、葉月、水希、文乃で早速ごちゃごちゃしたやりとりがあり、俺は吹き出してしまう。
「はい、みんな座って座って!」
そこに母さんもエプロンを丸めてポンと置き、皆がそろっているコタツに入る。
それじゃあ、と切り出して、
「手を合わせてください。みんなで……」
『いただきまーす!!』
と、いうことで。
古橋家、唯我家合同での鍋パーティーが、幕を開けたのだった。
第三章
時計回りで。
零侍さん→俺→水希→和樹→文乃→葉月→母さん→零侍さんに戻る、という並びだ。
和樹も葉月も文乃が好きなので、喧嘩にならないよう、こいつらの真ん中に文乃は座る。
水希は、最近うちで一番食べる和希のフォロー(ブレーキ役含め)をするためにその隣。
零侍さんの近くにやんちゃな兄弟を配置するわけにもいかないので、俺と母さんで挟む。
さて、現場はどうなっているか、というと……。
「水希ねーちゃん、おかわり!お肉たくさんね!」
「あ、和樹ずるい!文ねーちゃん、私にもとってー!」
「和樹、野菜も食べなさい!文乃さんも葉月にそんなにとらないでくださいよ……って文乃さんもけっこう食べてますね……いや、お客さんだからいいんですけど」
「たはは……お恥ずかしい。だって、お鍋とっても美味しいんだもん。水希ちゃん、今度教えてくれる?」
「……ま、まあ、いいですけど」
「水希ちゃんも食べてね、わたしとってあげるよ!」
「大丈夫ですよ、子供じゃないんですから!」
「水希ねーちゃん、文ねーちゃんとらないで!」
「兄ちゃん、文ねーちゃんとられちゃうって!」
「それは困るぞ……って、和樹も葉月も少しは大人しくしてくれよ、お客さんきてるんだから……。いやあ、うるさくてすいません、親父さん」
「いや、気にするな。仲が良いのだな、いいことだ。……文乃も随分溶け込んでいるんだな、驚いた」
「この前もお話ししましたけど、文ちゃん、水希に料理を教えてもらってるんですよ!もう、だいぶ上手ですから……いつでもお嫁にいけますよ、ね、な、り、ゆ、き!」
母さんからのキラーパスに思わず吹き出しかける。お嫁に、というワードで文乃が顔を赤らめながらこちらをちらちら見ているし、水希は鋭い目つきでどうなのよお兄ちゃんと牽制してくる(文乃と水希は仲は良いのだが、それはそれこれはこれらしい)。
「いや、それは、まあ、前向きだよ。当たり前だろ」
と、思ってることそのまま口にする。母さんはあらまあとにやにやし、文乃はえへへ、と嬉しそうな笑顔になり、水希は舌打ちしそうな剣呑な顔になり。
「私はそのことについては何も聞いていないが?」
と、零侍さん。……女の子の父親だ、圧がある。
「あ、あの、でも俺真剣に……」
「……冗談だ。それはまだ早いだろうが、今更君と文乃の仲に反対など、するはずないだろう」
「親父さん……ありがとうございます」
「古橋さん、成幸にはしっかり責任とらせますから!でも、楽しみだわ〜♪」
「だめよ、母さん!文乃さんはまだまだ料理の腕も未熟だし、お掃除だってまだまだなんだから!」
「水希ちゃん、それはまあ、今後に期待、ということで、ダメかなあ……」
「ダメです!」
黙ってられない、という感じで水希が口を挟んできて、おずおずと文乃が反駁して。
しっちゃかめっちゃかだ。
ふう、と小さく息を吐くと、零侍さんが俺を見ている。
「素敵な家族だな。安心したよ」
「安心?」
「この家族の一員である君が悪い人間ではない、と思えたからな」
零侍さんは静かに笑いながら、そんな言葉をかけてくれた。
「よかったわね、成幸。さ、古橋さん、全然食べてませんよ、よそいますから!」
「唯我さん、すいません」
向かい側では、文乃と水希がまだ言い合っていて、文乃を和樹と葉月が応援していて。
賑やかな鍋パーティーは、まだまだ続くのだった。
第四章
「今日はありがとうございました、唯我さん」
「わたしも。おばさま、水希ちゃん、和樹くん、葉月ちゃん。また遊びにくるね!」
みんなで綺麗に鍋を食べ終わって、しばし歓談ののち、親父さんと文乃が帰ることとなり、母さん以下、家族で玄関で見送った。俺は、家まで送るということで、3人で夜道をゆく。
吐く息は白くて、宙に溶け込んでいく。さっきは楽しくて忘れていたが、すっかり外は冷え込んでいたのだ。
「そういえば、母さん随分親父さんに話しかけてましたよね?母さん、世話焼きなので、すいません」
「いや、気にするな」
「たまにお父さん、喫茶店でおばさまとおしゃべりしてるみたいだよ?」
「え!」
それは初耳だ。
「文乃、余計なことは……」
「いいじゃない、仲がよいのはいいこと、なんだし」
「母さんおしゃべり好きですからね……」
「まあ、それはよいとして」
こほん、と零侍さんが話題を変える。
「今夜は楽しかったよ。今度は、皆でうちにくるといい。何かうまいものを食べよう」
「ありがとうございます、きっとみんな喜びますよ!」
「そうだね、わたし頑張ってお料理たくさんつくるね!」
と、文乃もこぶしをつくって張り切るポーズをしてくれる。
俺と文乃が出会い、恋をして、結ばれて。お互いの家族も巻き込んで、新しい関係性ができていく。
大袈裟だが、運命の歯車が動いているんだな、という気がする。
「ところで、唯我成幸君」
「はい」
「文乃を嫁に……ということだが、具体的な計画はあるのか?学生のうちに、ということだと私の審査は当然かなり厳しくなるが」
「そ、それは……」
「もう、お父さん!」
今度は冗談だというのがわかる、零侍さんは笑っていたからだ。文乃もそれに軽く怒っていて。2人の仲も良いようだ。
また、みんなでわいわいしたい、というのは、何度でも考えてしまう。そんな賑やかさの余韻が残る、寒くとも心の中には灯がともったような夜なのだった。
(おしまい)