古橋文乃ストーリーズ〜流れ星のしっぽ〜

「ぼくたちは勉強ができない」のヒロイン、古橋文乃の創作小説メインのブログです。

沈む夕陽に[x]は想いを馳せるものである

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わたし、古橋文乃はとある公園にいた。冬と春が混じり合うような季節。日によっては寒くて、日によってはあたたかくて。それでも、少しずつあたたかい時間帯が増えてきて、春の色が濃くなって、月並みな表現だけれど、春の足音がこつこつ、と迫ってきていることが感じられるのだ(わたしの中では、春はワンピースが似合う可愛い女の子だ)。そんなある日の、夕方に差し掛かろうという時間帯のことだった。

 

「ええと、イチゴクレープバニラアイス添えの生クリーム追加トッピングと、チョコバナナクレープをください!」
「チョコバナナクレープはトッピングなしでいいんですか?」
「はい、そちらは普通で大丈夫です」
「はーい、では少しお待ちくださいねー」


待つこと3分くらい。焼きたてがうりの、一ノ瀬学園の甘党女子たち一押しのお店なのだから、少しの待ち時間もなんのその、だ。わたしは2つクレープを持って、ベンチの待ち人のところへ持っていった。その人は、唯我成幸くん。ついこの前、両想いになったばかりの、わたしの好きな人。……頭の中で、その事実を繰り返すだけで、わたしはびっくりしてしまう。今でも、思うから。

 

「夢みたい」って。

 

大袈裟かもしれないけれど、醒めないでほしいと毎日思いながら眠りについて、成幸くんとの随分と親しみのこもった(恥ずかしくなるくらいだ)携帯のメッセージのやりとりを朝いちばんに読み返す。そうして安心するということを、ずっと繰り返してる。我ながら……恋を、しているのだ。その成幸くんの左隣に、わたしは並んで座っていて。
「なんか悪いな、買いにいかせちゃって」
「いいのいいの。学校も卒業しちゃったから、あと何度これるかもわからないでしょ?だから、自分で買っておきたかったの」
「そっか。やっぱり古橋、詳しいよな。この前連れていってくれたたい焼きのお店も、全然知らなかったし。あんなに餡子がぎっしり入ってるのに100円で、びっくりしたなー!お土産にしてさ、葉月、和樹もすごく喜んでたよ」
成幸くんはそう言って、少し目を細めて笑っていた。弟妹のことも大切にしているから、こんな表情もしてしまうのだ。ぽっと、わたしの心の中に灯がともったようで。あたたかい、気持ちになるのだった。

 

⭐️

 

「卒業式も終わって。もうすぐ、大学生だねー。まだ、実感湧かないなあ」
と、わたし。もちろん自分で行きたくて選んだ進路に行けるのだ、こんなにありがたいことはないのだけれど。大学生になるのだ!という高揚感には、まだ達していないというか。自覚をしっかりと持てていないのかもしれず。
「俺も。まだなんだか、高校生気分が抜けないよ。ついていけるのか、心配だしな」
と、成幸くん。少しばかり、ナーバス気味なのだろうか?ポジティブな方向に持っていきたくて、わたしは話題を少しだけ変えてみた。
「成幸くんは、大学にいって何をやりたい?」
んー?と成幸くんは不思議そうな顔になる。
「そりゃ、」「やっぱり、」
『勉強!』
と、わたしと彼の声が重なり、お互い吹き出してしまった。
「そりゃそうなんだけど、俺たちかなり真面目だな」
「そうだね!あはは、可笑しい……」
「まあ、お互いやりたいこと、だから。楽しみだよ、自分がすることもだし。古橋が頑張ることも」
「……ありがとう」
と、わたしははにかみながら答えた。成幸くんらしい、そっと背中を押してくれるような応援の言葉。わたしはいつも助けられて。だから、ここにいることができるのだと思っている。
「あとはさ」
と、成幸くん。
「アルバイトも、いろいろやってみたいんだよな。親父のおかげで、学費とかは大丈夫なんだけど。いろんな経験を積んでみたい。そうした方が、いい先生に、なれるんじゃないかと思うから」
「そっかそっか。成幸くん器用だし、人当たりもいいから。きっとなんでもうまくこなせるよ!」
「文乃もやってみるのか?アルバイト」
「そうだねえ。まだやりたいことは、そんなに固まってないからなあ。そうそう、星のこと、話せるお友達がたくさんほしいかも」
「そりゃいいな!古橋の星の話、俺は好きだよ」
どきん、とする。なんでもない成幸くんの「好き」は、全部、わたしのドキドキだから。
「だから、たくさん星の話を聞いてきてさ、また俺に教えてくれ」
と、成幸くんは言ってくれた。嬉しかった。その照れ隠しもあって、はむ、と手元のクレープにかぷりと、噛みついてみた。美味しい。それは、いつも通りの味だから、だけではなくて。やっぱり、好きな人とだから、なのだ。成幸くんも、ぱくり、とチョコバナナクレープにかじりついていて。うまいうまい、とあっという間に食べてしまったのだった。

 

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今日は夕焼けが、すごい。

 

成幸くんと、おおー、といいながら、沈む夕陽を眺めていた。

 

少しだけ、思い出す。こんな夕焼けを見ながら、成幸くんと一緒に、ファミレスから帰ったこともあって。その時わたしは、成幸くんが、誰かとキスをしたらしいということを随分と気にしていて。そのもやもやに、かなり振り回されていたのだった。あの時のわたしは、自分の気持ちを素直に認められなくて。友達との板挟みで、苦しんでいたのだ。そのことが、いろんな偶然や必然で乗り越えられて。そして、わたしは成幸くんの隣に、いま、いる。

大学生になったら、どうなるのだろうか。成幸くんと、あーだこーだ話したのだけれど。……はっきりとは伝えられない。それでも、やはり。

 

恋の進展もしたいなあ、というのは、本音のところだ。

 

手を繋ぐことも、まだ自然にはできない。お互い、精一杯の勇気を振り絞ってようやく、という感じだ。ましてや、その先のことなんて……。想像がつかない!ただ、それはそうなりたくないわけじゃない。いつか、いつか……当たり前のように手を繋げたり、腕を組んだりしたい。そして、そして……。キスとかだって……してみたい。大好きな、成幸くんと。考えただけで、わたしの胸の鼓動は止まらなくなりそうだった。その時。わたしの膝の上に置いていた左手に、そうっと、成幸くんが手のひらを重ねてくれた。

多分だけど、といいながら。成幸くん、顔を赤らめていて。

「古橋と、同じこと考えていたと思う……」

と、小さな声で教えてくれて。わたしは目を丸くして、ぶんぶんと、首を縦に振る。嬉しい、嬉しい、嬉しい!

 

「これから、ずっと一緒にいられるから」


そう、成幸くんは言ってくれて。わたしは胸がいっぱいになってしまい。
「……うん!」
と伝えるのが精一杯、だった。

「これまで」のふたりの思い出を語り合えることだって、とっても楽しいことだ。そこには、確かな積み重ねがあり、軌跡がある。

それでも。

「これから」を話し合えることは……何にも代え難い、喜びがあった。その先には……ふたりの、未来があるから。

わたしと成幸くんは、見つめ合っていた。強い夕焼けが、お互いを照らす。これは、もしかして、と思った瞬間だった。

 

⭐️

 

「……古橋さん?……お兄ちゃん?」

『あ……』
と言葉が重なるわたしと成幸くん。そこには、成幸くんの妹水希ちゃんが、こめかみをひくひくさせながら立っていて。
「もう結構遅くなってきてますから、早く帰ったほうがいいですよ、古橋さん。いまなら明るいから、一人で帰れます」
支離滅裂な日本語だけれど、圧がすごくて。思わずわたしは首を縦に振ってしまったのだ。
「お兄ちゃんも!今日は葉月と和樹の宿題みる約束していたでしょ!」
と言われて、そのまま水希ちゃんにずりずりと引きずられるようにその場を後にしていった。去り際に、
「古橋ー!またなー!!」
と、成幸くんは大きく手を振ってくれていた。

『ずっと一緒にいられるから』という言葉を思い出す。たちまち、全身が陽だまりの中にいるような心持ちになって。成幸くんに、わたしも大きく手を振りかえした。

すぐに進展しなくたって、わたしと成幸くんは、きっと、絶対に、大丈夫なのだ。

 

大好きな成幸くんと歩いていく「これから」を思う。なんて素敵な日々が、わたしを待っていることだろう。沈む夕焼けに、わたしは想いを馳せる。わたしと成幸くんの、幸せな明日に、繋がっていきますように。そんな願いを込めながら。

 

(おしまい)

 

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