古橋文乃ストーリーズ〜流れ星のしっぽ〜

「ぼくたちは勉強ができない」のヒロイン、古橋文乃の創作小説メインのブログです。

[x]は最愛の星に永遠を誓うものである💫(中編)

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【はじめに】

 

わたしは成幸くんを愛してる。

 

世界で一番、愛してる。

 

そして、自惚れでなく、成幸くんも、わたしのことを、愛してくれている。

 

わたしと電話してくれるときの声が。
メッセージをくれるときの文面が。
デートするときの優しい表情が。
抱きしめてくれる時の腕の力強さが。
キスをするときの唇の熱が。
愛し合ってる時の心臓の音が。

 

それら全てが、証明してくれている。

 

だから。

 

こうするしか、なかったんだ。

 

もう、成幸くんに、辛い思いは、絶対にさせたくない。そう思ったから。

 

【第四章】

 

成幸くんと別れる、一週間前のことだった。大学の健康診断を受けた。その時、近頃少し疲れやすいことを問診で伝えたのだ。


その後、追加検査ということになり。
比較的大きな病院で、少し時間をかけて診てもらって。やれやれ、となんだろうなと思い。


年齢不詳の痩せた冷たい印象のするお医者さんに、検査結果を告げられる。難しい言葉が続き、はっきりとわからなかったが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「急性白血病かもしれません」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「きゅうせい…はっけつびょう…」
お医者さんの言葉を繰り返す。
「あの、それって…」
背筋が冷たくなる感覚。
「がんの一種です。古橋さん。ただ、一番大切なことを伝えます」
がん…?あたまがぐるぐる回るなか、必死でお医者さんの次の言葉を待つ。
「あなたはまだ若い。若い頃からきちんと治療をすれば、治る確率は高い病気です」
「…あの、あの。検査が間違ってるということはないんですか!?」
「…客観的な数値がここには揃っています。残念ですが、おそらくは…」
わたしは二の句が告げられず、唇をかむことしかできない。
「できるだけ早く、治療を始めたいと考えています。いろいろ準備ができ次第、入院の手続きをお願いします」
「大丈夫ですから。○×☆〒3¥…」


その後かけてもらった言葉は、あまり記憶がない、というか、覚えていられるわけがなかった。

 

どうやって家まで帰ったのかは、わからない。よく帰り着いたものだ。服を着たまま、呆然と座り込んだ。


成幸くん。


成幸くんに、なんて言おう。


大好きな彼のことをまず思い出した。


成幸くん、成幸くん、成幸くん。


今すぐ声がききたいし、顔がみたいし、抱きしめてほしい。
大丈夫だよって、言ってほしい。
携帯を取り出して、電話をかけようとして、そこで…。

思い出してしまったのだ。

 

お母さんは、がんで亡くなった。まだ、40歳になる前だった。

 

大切な人が、いなくなってしまう、その喪失感。お父さんの、一時期だけとはいえ、人が変わってしまったような、振る舞いは、忘れられない。わたしだって…幼いながらに、辛かった。ひと時だけではない、傷は時の経過で浅くなるけれどなくなるものではない。

 

成幸くんも。尊敬してやまないお父さんを亡くしてしまっている。親しい人がいなくなる辛さは、よくわかっているはずだ。

 

もし、もしだ。本来嬉しくて仕方ないことだけれど。成幸くんと、わたしが一緒にいることを誓いあったとして。それなのに。わたしが病で死んでしまったら。

 

震えがとまらなくなった。

 

大好きな成幸くんに、未来の幸せを失わせたくなかった。

だから。

夜通し、考えて。

わたしはひとつ決断をする。

 

成幸くんをこれ以上傷つけない、たったひとつの冴えたやり方を。

 

【第五章】

 

文乃に別れを告げられたあと、どうやって家まで帰ったのか、その後どうしていたのか、覚えていない。

 

茫然自失だった。

 

あのあと、何度か携帯に電話をかけたが、文乃はでてくれなかった。それどころか、次の日には。

 

『お客様がおかけになった電話番号は現在使われておりません…』

 

俺は…肩を落とすしかない。

なぜ、なぜ、どうして。

現在の状況が何一つ好転するはずがないのに、そんなことを繰り返し考える。

間の抜けたことだが…こういうことになるなんて、考えたことはなく。2人一緒にいられることしか、頭になかったのだ。

 

頭を抱えるどころではない。何を支えに生きていけばいいんだ。そんなことさえも思うほど。俺は…混乱していた。

 

「唯我先生、最近元気ありませんけど…大丈夫ですか?」
「あ、はい。まあ、大丈夫ですよ」
「可愛い彼女さんに、元気づけてもらってくださいね」
「…ありがとう、ございます」
気にかけてくれた同僚に、なんとか作り笑いを返す。仕事は仕事なので、いつも通りこなしてはいるけれど。どこか上の空になってしまうのは、何より子供たちに申し訳ない。ため息をつきつつ、家路につこうとする時、電話が鳴る。

 

文乃かな、と思い慌てて出るが、母さんだった。
「成幸、いま電話は大丈夫?仕事は終わった?」
「ああ、いま終わったところだから、話せるよ」
「今日、金曜日でしょ。うちに晩ご飯、食べにきなさい」
「きなさいって…随分急だな」
「息子に遠慮する母親がいるわけないでしょ?いいわね?」
強引に押し切られる形。やることもないし…まあ、いいかと思い、俺は久しぶりに実家に帰ることにしたのだった。

 

「…ごちそうさま」
「はい、お粗末さま」
遅い時間での夕食になってしまい、葉月、和樹は寝てしまっていた。水希はバイトで忙しいようで、まだ帰ってきていない。
「…水希から何度も連絡あったのに、全部無視してたでしょう」
これが本題か。心配してくれているのだ。
「…仕事が忙しくてさ。水希には謝っておくよ」
「成幸」
母さんの声が、少し強くなった。
「何か、あったんでしょう。それくらい、あんたの母親をしてきてるんだから、わかるわよ」
「…」
俺はふいっと、目を逸らす。
「文ちゃん、なんでしょ?」
母さんは、誤魔化せなかった。流石というか、なんというか。
「実は、ね」
俺は、重い口を開き…事の顛末を、話し始めた。

 

俺の話を聴き終わると、ずずーっと、母さんはお茶を飲んだ。
「あんたはさ」
「まだ、文ちゃんのこと、好きなんでしょ?」
「当たり前だろ」俺は即答する。
「もともと、器用じゃないんだから。がむしゃらになるしか、ないじゃない」
それにね、と母さんは付け加える。優しい目をしながら。
「わがままになりなさい。一緒になりたいほど愛した人なんだから。掴んで、離したら、だめじゃない」
シンプルな、激励だった。俺はぐっと胸にこみ上げるものがあり…涙が落ちかけるのをなんとかこらえた。


「…そう、だな…。俺は、できない側の人間だから」


「もう一度、文乃と話をしてみるよ」


そう、覚悟を決めたのだった。

 

【第六章】

 

やはり、病院は、独特の雰囲気があるな、と改めて思う。薬の匂い。患者さんの空気。看護師さんの慌ただしさ。お医者さんの厳しそうな雰囲気。入院しているお母さんをよくお見舞いに来ていた。看護師さんたちとは仲良くなり、可愛がってもらったことを思い出す。

 

あの頃は、まさか、自分が入院する側になるとは、思わなかったけれど。

 

入院の手続き、準備などはお父さんが手伝ってくれた。病気のことを伝えた時。そうか、と短く答え、しばらく無言で宙を見上げていた姿は…見ていて辛かった。お母さんのこと、考えていないわけがないから。やはり…悲しかったけれど、別れる決断をしたのは、正しかったんだ。そう、自分に改めて言い聞かせた。

 

「そういえば、唯我君にはこのことは伝えてあるのか?」


別れたことを言うかどうか少し迷ったが…余計な心配になると思い、それは伏せることにした。
「うん。でも、成幸くん、仕事が最近忙しいみたいで。今日もごめんって言ってたよ」


…どうしよう、と思った。

 

成幸くんの名前を口にするだけで…もう、泣きそうになる。そして、もし成幸くんがこのことを知ったら。絶対に、この場にいてくれて。優しく寄り添ってくれて。励ましてくれることを。誰よりもわたしは、知っていたから。

 

「…そうか」
お父さんは、それ以上深くは聞かずに。わたしはなんとか、涙をおしとどめた。
ナースコールが聞こえた。わたしを容赦なく成幸くんがいない現実に引き戻す。

 

少し、眠っていた。目を覚ますと、お父さんがベッドサイドで本を読んでいて。
「起きたか、文乃」
「うん。お父さん、ありがとう」
不格好に剥かれた林檎を差し出された。美味しい。
「…静流は」
お父さんが、突然、お母さんの名前を口にした。珍しいことだ。言葉の続きを待つ。
「早くに亡くなってしまった。私と、おまえを残して」
「…」
「だが。私が静流にどれだけ幸せをもらったのか、文乃、わかるか?」
お父さんの目は…とても、優しかった。メモ用紙を取り出し、スラスラと数式を書いた。

8÷2×(2+2)=

「答えは?」
「えっと…16…あれ、1?どっちだろう?」
「正解は。どちらも、だ」
「静流が言っていたよ。数字の中には奇跡が溢れていると。数字の世界ですら、答えがひとつではないこともあるんだ」
「ひとつではないということは、悩まなければいけないということだ。共に悩める人間がいるとしたら」
珍しく、お父さんの口数が多い。淡々としているんだけど、そこには…熱があった。
「こんなに幸せなことは、ないよ。文乃、私は静流を愛していた。私の願いは、平凡な父親そのものだ」

 

「幸せに、なりなさい」

 

「こんな時だからこそ。おまえの隣にいるべき人間がいるだろう。彼がこんな時にいないわけがない。事情があるのかもしれないが」

 

………わたしは、もう、涙が流れ落ち始めていた。

 

「唯我成幸君。好きなんだろう?」

 

うん、うん、うん…。


わたしは、うなずく。ぼろぼろと泣きながら、うなずく。何度も、何度も。

 

必死で我慢してきて堪えてきた気持ちの線が、ぷつんと切れてしまって。

 

お父さんは、ハンカチを差し出してくれる。わたしの泣き声が、病室に響いていた。

 

【終わりに】

 

『一ノ瀬総合病院。505号室』

短いメッセージ。イチかバチかで、文乃の居場所を問い、文乃の親父さんからの返信だった。

なぜ病院に、と思ったが、全部文乃に聞かなければ、わからないことだ、と割り切る。

 

覚悟は決めている。

 

嫌われてしまったのなら仕方がない。でも、いくらかっこ悪くても。不格好でも。俺は、文乃をずっと好きなんだ、そう伝わなければ気がすまなかったから。

 

いてもたってもいられず、俺は走り出した。

 

(後編に続く)

 

※病気に関する描写は、素人のため至らない点が多々あると思います。もしお気を悪くされてしまう方がいらっしゃいましたら、本当に申し訳ありません。