古橋文乃ストーリーズ〜流れ星のしっぽ〜

「ぼくたちは勉強ができない」のヒロイン、古橋文乃の創作小説メインのブログです。

病に伏す眠り姫の為、[x]は奮闘す

【はじめに】

 

『文乃、風邪の調子どうだ?』
「うん…正直、あんまりよくないかも。もう夜だし、明日病院にいくよ…ごほっ」
『大丈夫か…?俺、見舞いにいこうかな…心配だよ』
「それはダメ。成幸くん、教育実習近いんだからね!風邪うつしたりなんかしたら、大変だもの。それに…」
『それに?』
「…最近ゆっくり会えてないでしょ?お見舞いでうちに来てくれたら…離さないから」
『文乃…。好きだぞ』
「ふふ、ありがとう。兎に角、明日はお見舞い厳禁だからね!」
じゃあね、といって成幸くんとの電話を切る。
「と、強がってみたものの…ごほっ」
最近深夜までレポートやゼミでの発表の準備などで疲れがたまっているなあ、と思った矢先のことだった。熱っぽくて体がだるく、熱を測ると案の定ひどい熱で。家の冷蔵庫にはたいしたものは入っていない。
「ひとまず今日は寝るしかないよね、うん…」
くらくらしながら、せめて、成幸くんの夢をみれたら楽しいのにな、と思いながら眠りにつく。

 

【第一章】


とんとんとん…ぐつぐつぐつ…
「ふわ…ん、お出汁のいい香り…なりゆき、くん…?」
「残念でした、私です」
「わあああっ!?」
がっと覗き込んだ私の顔を見て、文乃さんは派手なリアクション。面白い。
「どど、どうして水希ちゃんが!?」
「兄に頼まれまして。幸い今日は予定もありませんでしたし」
「さあ、まずは。朝ごはん食べてください。風邪を治すには、元気をつけなくちゃいけませんから!」
文乃さんはつらそうながらもにこにこ笑って、大きくうなずいたのだった。

私のつくったお粥を美味しい美味しいといって、文乃さんはあっという間に二杯食べてしまう。
「お腹減ってたんですね…」
「昨日もほとんど何も食べてなかったし…いやあ、お恥ずかしい」
たはは、と文乃さんは笑う。あまり見たことのないパジャマ姿だからか、体のラインがいつもよりわかるが…本当に華奢。お姫様がいたらこんな細くてモデルみたいな体型なのかもしれない。まあ、胸は私の方が楽勝なんですけど!
「!?」
「文乃さん、どうかしました?」
「わからない…どこかでわたしの敵がいたような気がしたんだけど…」
す、鋭い。
「…それにしても」
「ん?なにかな?」
「お部屋、汚いですね」
ズガーン、という表情をする文乃さん。
「あの、これはかくかくしかじかこういう理由で…!」
はあ、と私はため息をつく。
「まあ、散らかる理由は後にして。私、軽く掃除しておくので、お風呂🛀入ってきてくださいよ。湯船もはっているので、ゆっくりつかってくださいね。汗、かいてきてください」
「はーい」
少し小声で、子供みたいな返事をして、文乃さんはお風呂に向かった。

 

【第二章】


窓を開けて空気を入れ替える。
とりあえず、物の山をあちこちにつくってしまっているので、一見片付いている…ような雰囲気をだそうとはしているのだが、容易に失敗しているのだ。物が固まると埃も固まってしまう。文乃さんなりの配置のルールもあるかもしれないので、ざっと今の配置図をメモする。山の数をかぎりなく少なくして、持ってきたハタキと、使っていいよーと言われたコンパクト型の掃除機を使って最初に埃をやっつける。
「部屋が広いわけじゃないけど、結構掃除してないなあ…」
思わず独り言。いつも忙しいとは聞いているけど、こんなことで兄のお嫁さんがつとまるのかしら、と思わないでもない。料理は教えているけれど(今でもたまに一緒につくる。結構楽しいのは内緒だ)、そういえば掃除も教えてあげようかな、とふと思う。
「あ…」
お洒落な勉強用のデスクを片付けようとしたとき。ボードが壁にかけてあり、写真も飾ってある。
「…ふーん」
デート先や旅行先だろうか。東京タワーや、綺麗な星空、広い草原などを背景にして、もう、誰がどう見ても、幸せなカップルで。
「もう、お兄ちゃんもさあ…」
苦笑い。こんな顔は見たことがないくらい、いい笑顔をしている。本当に好きな女の子と一緒の時にしかしないんだろうな、と思うと、少しだけ、文乃さんはずるいな、とも考える。そこで、もう一枚の写真。
「…どうして、この写真が?」
「ふー、気持ちよかったよ、ありがとう!水希ちゃん」
そこで、文乃さんがお風呂からあがってきた。

 

【第三章】


「あの、文乃さん」
「どうしたの?あ、写真見てたんだね!ふふ、なんだか、照れちゃうねえ」
「どうして、私たち家族の写真も飾ってあるんですか?」
そう。2人の幸せな写真に混ざって、私たち家族の集合写真もなぜか貼ってあったのだ。不思議に思う。
「それはね、わたしが成幸くんにお願いしたんだ」
ね、と目線だけで私に合図する。
「わたし、仲良しな家族に憧れていてね。それに。成幸くんの優しさとか、寄り添ってくれるところとかって、家族の皆さんとの毎日の積み重ねで培われたもの、じゃない?」
「そういうの、忘れたくないなあ、と思って」
「そう、ですか」
文乃さんは、やはりずるい。知れば知るほど、いい人で。素敵で。お兄ちゃんのことを、大切にしていることが、嫌というほどわかってしまうから。
「敵わないなあ…」
「…何か言った、水希ちゃん?」
「いいえ、なんでも。そうそう、掃除の途中だったんです。さ、ほこりは大体やっつけましたから、ベッドに入って休んだ休んだ!」
「はーい」
そうして、私はさっきよりも少しだけ気持ちを込めて掃除を進めるのだった。

 

【第四章】


午前中、文乃さんはあの後眠りにつき、私はその間拭き掃除をしたり、台所を丁寧に洗ったりしていた。午後になり。
「熱が、ずいぶんさがったみたい!」
「ゆっくり寝て、栄養を取るだけで回復したんですね。よかった」
「わ〜、水希ちゃんありがとう〜」
瞳をうるうるさせながらわたしに抱きつきそうな勢いだ。それは遠慮して。
「風邪にはバニラアイスがいいんですよ。冷凍庫に入れてますから、おやつに食べましょう」
「え、ほんと?やったー!」
くるりと表情が変わり、子供みたいな笑い方をする。表情も本当に豊かだ。
ふと。
聞きたくても、腹が立つし、どうしようもない、そんな言葉。口にしてしまった。
「…どうして、兄だったんですか?」
「…え?」
「文乃さんは。綺麗だし、性格もいいし。もっといい男の人がいたんじゃないですか?」
我ながら…いじわるだ。
どんな返事に、なるんだろう。
文乃さんは、ふし目がちに首をゆるゆると横にふる。
「成幸くん『が』いいんだよ」
優しいトーンのままだけど、強い強い意志を感じる言葉だった。瞳の光も強い。
「上手く言えるか自信はないんだけど…わたしは、成幸くんのおかげで夢を叶えた。家族の絆もなおすお手伝いもしてもらった。でも、そういうことは理由にはなるけど、結果でしかないんだ」
「わたしは…その積み重ねの中で、成幸くんの優しさとか、寄り添ってくれるところとか、少し頼りないところとか…その全部が好きになったの」
「それは、他の誰かじゃ絶対に変われないことなんだよ」
「だから。成幸くんしか、いないんだよ」
そう言って、文乃さんは綺麗に、それはもう、綺麗に、笑ったのだった。

 

【終わりに】

 

「じゃあ、わたしはこれで失礼します。卵雑炊をまたつくってます🥚から、夜はあたためて食べてくださいね。スポーツ飲料もたくさん買ってますから、たくさん飲んで、たくさん汗かいてください。それと、当たり前ですけど夜更かしとかせずに、早くに寝てください。できれば明日も寝てた方がいいですよ」
「ありがとう、水希ちゃん!」
「あの…」
思わずいいかけた言葉を、閉じ込める。
「水希ちゃん。今度、一緒にお買い物に行こう!」
「!」
どうして…この人は、私の言いかけた言葉がわかってしまうのだろう。
「もし、よければ、だけど…。水希ちゃんに似合うお洋服とか、一緒に選びたいな、と思って」
よろこんで、という喉からでかかった言葉を押し込める。
「…ま、まあ、気が向いたら、いいですよ?」
これではまるで天邪鬼だけど。
文乃さんはにこにこ笑っていた。
大好きな兄が、心を奪われた女の人。その理由は、よくわかっているし。わたしだって。もっと仲良くしたいんだ。兄は本当に…幸せ者だ。

 

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(おしまい)