古橋文乃ストーリーズ〜流れ星のしっぽ〜

「ぼくたちは勉強ができない」のヒロイン、古橋文乃の創作小説メインのブログです。

光彩陸離たる星々の行方はただ[x]のみが知るものである⑨

第二十四章

 

 10月。風が心地よく、体温をちょうどいい具合に調節してくれる。街路樹も秋仕様になり、街全体がおしゃれになった気がする季節だ。秋の服は個人的に好き。あわせ方をいろいろ考えるのが特に楽しいからだ。近頃は、特におしゃれに気合いがはいる。
 それは、好きな人が、いるから、だ。つい2か月前。わたしは、10年間想い続けてきた男の人と、結ばれた。

 唯我成幸くん。

 彼にわたしがずっと持っていた、好きだという気持ちを伝え。そして、彼からも好きだという気持ちを伝えてもらい。恋人同士になったのだ。
 星の数ほど人がいて、無数の出会いと別れがある中で、想いが通いあう。そんな奇跡に巡り合うことができたなんて……。
 ふふふ、この喜びは、とても短い時間では語りつくせない。
 さて。わたし、古橋文乃は、とある小学校で、理科の授業でお話をする機会をもらった。少しの時期だけテレビにも出ていたことがあるとはいえ、やはり実際に多くの子供たちの前で話をするのは特別な緊張感がある。まだ教室の中には入らず、入り口の外で待っているところだ。
「おーい、みんな、静かにしろよ。『特別な先生』を、しっかりとお迎えしないとな」
 わたしの『先生』だった、今は恋人である彼から扉の向こうでそんな紹介をしてもらい、照れくさい。
「先生、その人は男のひと?女のひと?」
「イケメン?美人?」
「何度もいっているだろ、内緒だって。……さて、そろそろ時間かな」
 さて、出番のようだ。小さく息を吐く。落ち着け、わたし。
「古橋先生、お願いします!」
 そんな彼の言葉とともに、教室の中に入る。一瞬の静寂のあと、わっと歓声が上がる。
「テレビにでてる文乃せんせーじゃん!」
「有名人だー!」
「わー、美人!!」
 子供たちのびっくりするほどのリアクションの大きさで緊張など一気に吹き飛んでしまった。
 隣にいる、わたしの大好きな人、そして、夢を叶えて立派に本当の『先生』になった、唯我成幸くんと目が合い、お互い苦笑いしてしまう。
「はい、みんな、静かにして!すごく忙しい中、古橋先生が、今日は星についての特別な話をしてくれることになりました。みんなが落ち着かないと、せっかくの特別な話が聞けないからな!」
 その声掛けで、喧騒が収まっていった。みんな、まぶしいほどに目を輝かせながらわたしに目を向けている。わたしは、自分ができる最大限の笑顔を浮かべる。
「みなさん、はじめまして。わたしは、古橋文乃、といいます。星についてのお仕事をしてるんだよ。今日は、星についておしゃべりをさせてください。少しでも星が好きになってくれたら、嬉しいです」
 そうして、成幸くんと、わたしの、約束していた一緒の授業が始まるのだった。

 

⭐️

 

「文乃、本当におつかれさま。乾杯!」
「成幸くん、ありがとう!乾杯~!」
 キン、とグラス同士が軽くあわさり、透明な音がする。
 わたしと成幸くんは、わたしの家で一緒にお酒を飲んでいる。打ち上げだ。なんのか、というと。NHKの教育テレビの一コマの中で星についてお話をする、というテレビのお仕事が、最終回を迎えたから。もともと、半年もすればやめよう、とは思っていたし。とてもいいタイミングで、わたしの後任として、もっと若くて可愛い天文学者のホープに白羽の矢がたったという話も聞いていて、意外ととんとん拍子でリリースしてもらえた。一応、話のネタになりそうな星のエピソードについても、半年分の原稿を書き上げてもいたので、それも関係者には渡してある。研究との両輪で、それは本当に大変だったのだが、わたしの好きなことを伝えてもらえると思えば、そこまで苦になるほどではなかった。
「テレビで見たときは驚いたよ、本当に。知っている同級生が、堂々と出演しているんだからさ」
「今でも、やっぱり恥ずかしいよ。でも、結果的に、星のことを好きになってくれる人が少しでも増えてくれていたら、やってよかったんだけどね」
「増えていると思うよ!好きなことが伝わってくる話っていうのは、聞いてる人に届くからな」
「ふふふ。そうだと、いいな」
 テーブルの上には、お手頃なチリ産の白ワインと、ガーリックラスク、チーズの盛り合わせにドライフルーツという軽いおつまみを並べてある。慣れない世界で大変だったけれど、今だから思う、テレビならではの楽しかったこと(子供たちからのファンレターをもらったりとか、電車の中でおかげさまで星を好きになったんですよ、と子供連れのお母さんにお礼を言われたりとか)を中心に、成幸くんに一生懸命お話をする。成幸くんは、いつもどおり、にこにこしながらわたしのお話を聞いてくれていた。
「そういえば、成幸くん」
「うん?」
「一緒に授業したいってわたしが言っていたこと、覚えている?」
「もちろん。今だって、できればいいなって思ってるよ」
「テレビのお仕事も終わったし、できればそういう機会をもらえると嬉しいんだよね」
「本当か?大変じゃないか?」
「ううん、全然。……好きな人と一緒に、好きなことを、子供たちに向かって話せるんだよ?こんなうれしいこと、ないよ」
「……ありがとう」
 好きな人、で、顔を赤らめて大いに照れてくれる成幸くん。嬉しい、好き、嬉しい、だ。わたしの好き、にいつでも素直なリアクションをしてくれる。最初はテーブルを挟んで座っていたのだが。成幸くんの隣の空いていた椅子に座り、そのまま成幸くんの椅子にぴたっと寄せる。

 

「えへへ。きちゃった」

 

 そういって、成幸くんの肩にこつんと頭を預ける。ほどよく酔っていて……隣には、愛しい恋人。いい気分でないはずがない。

 

「……あ」

 

 成幸くんが、わたしの肩に手を回してくれる。

 

「文乃……」

 

 わたしを見つめてくる成幸くん。その瞳は優しい、のだけれど。男のひとの目にもなっている、と感じた。わたしも多分……それを受け入れる瞳をしているのだと思う。そっと目をつむり、彼からの優しくもだんだんと乱暴になってしまうキスを心待ちにする。その先?……それは、流れのまま、だ。

 

 結局、その夜は、ふたりとも朝まで眠ることはなかった。つまりは、そういうこと、だ。10年間、片想いをしてきた。その分、その時間を埋めるように、彼をまっすぐに愛したいし、まっすぐに愛してほしい、わたしなのだった。

 

⭐️

 

 成幸くんにお願いをし、調整をしてもらって実現した、合同授業。今のところ、順調だ。
 わたしが星についてのエピソードをかみ砕いて話して。その中でも、追加で説明したほうがいいところを成幸くんがすかさずフォロー。阿吽の呼吸で、わたしも楽しんでいる。
 当然事前にすり合わせはしているのだけれど、授業は生き物。子供たちのリアクションにあわせて、わたしも少しずつ説明ぶりを変えたりしているのだが、成幸くんもつぶさにその様子を確認しつつ、細やかに場を下支えてしてくれている。冒頭から使用している、小型のプラネタリウム機能を備えたプロジェクターのおかげもある。子供たちの目はそちらに釘付けだ。
「それじゃあ、星の予習だよ。冬の星座と言えば……。みんな、どんなものを思い浮かべる?」
 プロジェクターを、秋の星空モードから、冬の星空モードへと変えながら、そんな問いかけをしてみる。
「オリオン座!」
「冬の大三角形!」
「おおいぬ座、こいぬ座」
「うわあ、みんな、よく知ってるねえ!そうそう、とっても明るい星が目印になっているから、探しやすいんです」
「これが、ペテルギウス、シリウス、プロキオン。これを結ぶと、そう、冬の大三角形になります」
 天井に浮かび上がる、冬の大三角形。光の線が点滅し、自分の姿はこうなんだよ、と伝えてくれる。うわあ、という声が子供たちからあがる。
「そしてね」
 と、わたしはある操作を加える。三角形の頂点にある3つの星に加えて、また3つ、新しい星を浮かべる。
「リゲル、カペラ、ポルックス。これも併せて結ぶと……」
 今度は赤い線で結ばれて、六角形になる。
「これはね、冬のダイヤモンド、と言われています」
 きれい、と主に女の子からそんな声が漏れる。わかるよ、女の子はきらきらしたもの好きだもんね、とわたしも内心苦笑いだ。
「冬のダイヤモンドの周りには、まだまだ秘密があるんだよ?」
 そんなことを追加でなげかけると、子供たちの顔は興味津々だ。
「ここからみた、南の低い空には、りゅうこつ座のカノープスという黄色い星が姿を現します」
 操作をし、その場所に黄色い星が天井に姿を見せる。
「出てきたと思ったら、すぐに沈んでしまうんだ。それで、おうちゃくぼし、と言われているんだけど」
「この星を見るとね、長生きできて、幸せになれる、と言われているんだ。ぜひみんな、見つけてみてほしいな」
 そう言って、にっこりと笑う。
「それじゃあ、今日はここまで!」
 全自動のカーテンが開いていき、教室が一気に明るくなった。そんな中で成幸くんがそんな声掛けをすると、大ブーイング。なんでー、とか、次の授業なんてやめてまたお話が聞きたいよ、とか。あらら、とわたしは少し慌てる。
「いつも言ってるだろ。楽しいことは楽しんだらいい。でも、誰かの邪魔をしたら楽しくなくなるって。古橋先生はとっても忙しい中来てくれて、こんなにたくさんみんなに付きあってくれたんだぞ?それにまずは感謝すること!」
 そんなことを彼が話すと、子供たちは顔を見合わせてじゃあしょうがないかー、という雰囲気に一変する。
「古橋先生、ありがとう!」
「楽しかった!」
「カノープス見つけてみるね!」
 口々に感想をくれて、その勢いと熱量で、もうわたしはにこにこだ。
「よし、委員長。号令!」
「はい。じゃあ、みんな、せーの!」
『ありがとうございました!!』
 そういって、クラスみんなでわたしに向かって一礼してくれる。メリハリのついたしっかりしたクラスで、わたしはびっくり。スタンダードはわからないけれど、成幸くんはうまく子供たちと付きあっているのは間違いないな、と感心するのだった。
「古橋先生、ありがとうございました」
「いえ、唯我先生。こちらこそ」
 そういって、彼と顔を合わせてお互いにっこり。お互い、先生呼びでくすぐったい感じではあるけれど。その時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「唯我先生、古橋先生のこと、好きなの?」

 

 

 

 

 

 

 

 


 少し周りよりもおしゃれでませていそうな女の子から、そんな爆弾発言。


『!』


 わたしと成幸くん、ふたりそろってびくっとしてしまった。
「唯我先生、いつもみんなに優しいけど。古橋先生への笑い方と態度が特別すぎて、バレバレだよ?」
『いやいや』
 ふたりそろってしどももどろだ。いや、恋人同士なのだけれど。さすがに子供たちの前では…。
「唯我先生、いつもいっているよね。嘘だけはつくなって」
「そうだそうだ!男らしくないー!」
 鋭い声掛けが一気になされる。成幸くんをちらり、と横目で見ると。彼は小さくため息。そして、わたしと目が合うと、ごめん、とわたしにだけ聞こえるくらいの声で謝る。わたしは、彼が何を言うかわかってはいて、笑いながらうなずく。彼の次のアクションに対して、全肯定だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「先生も、一人の男だ。女の人を好きにもなる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺は、古橋先生のことが、好きだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 顔を真っ赤にしながら、成幸くんがそのことを正直に打ち明けてくれる。わたしも恥ずかしくて下を向いてしまった。どんな顔をすればいいか、わからない!
 わあっ!!!!!!!!と教室内が沸いた。
「え、え!本当に!!かまをかけただけなのに!!」
 と、さっきの女の子はびっくりしたような、嬉しそうな、そんな表情だ。まったく、最近の女の子ときたら……。さて。隣で成幸くんは顔を真っ赤にしつつ困っている。『彼女』として、助けないわけにはいかない。すっと、成幸くんと腕を組んだ。
「え、え、文乃」
 と動揺した成幸くんは、ついわたしを名前呼びだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わたしも、唯我先生が、好きです!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 そうわたしが付け加えると、えー、すごい!本当に!?唯我先生、やるじゃん!そんな感じで、もう、さっき以上に、教室内は大騒ぎだ。
 おめでとう!と例の女の子がいうと、次々にみんながおめでとうを付け加えてくれる。
 彼はどうおさめようか、と大いに困っている。そこへ、

「ねえ、成幸くん」

「うん?」

「幸せだよ」

 そういって、とびっきりの笑顔を向ける。成幸くんも、わたしの笑顔を受けて、すぐには収集がつけられないと悟ったのだろう、ふっと力をぬき、わたしに向けてにっこりと笑ってくれた。

 まだ興奮冷めやらず、祝福してくれる子供たち。その前でお互い顔を真っ赤にしながら、好き、が伝わりあうわたしたち。

 見つけた人を幸せにするというカノープスは、誰かに譲らなきゃな、と思うほど、心が満たされているわたしなのだった。

 

第二十五章

 

 わたし、古橋文乃は、恋をしていた。

 想いびとは、高校三年生のころに出会った男の子、唯我成幸くん。わたしの大切な友達が好きな人でもあって、自分の気持ちにずっと目を背けてきたけれど。2月のある日。わたしをずっとずっと見守ってくれていた成幸くんの優しさに触れてしまって。
 コップにぎりぎりまでたまっていた水が、溢れ出してしまうように、抑えきれなくなってしまった。すき、すき、すき……。それ以来、すきが、とまらない。

 

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 成幸くんは、はじめは、どこからも見捨てられたわたしたちを助けてくれる教育係だった。そのうち、女心を学ぶ頼りないお弟子さんになった。そして、いつからか可愛い弟みたいにもなり。そして、いつの頃からか。
 ……世界でいちばん、好きなひと、になっていたのだ。

 

 だけど。自覚してからは、嬉しいことばかりというわけにはいかなかった。気持ちをもてあましてしまう、というか。普通であれば、すきなひとに告白をするのだろうけれど。わたしの友達も成幸くんを特別に想っていたのだ。彼女たちを応援する、とわたしは決めていて、それなのに同じ人を好きになってしまい、どうすればいいのか……誰にも相談できないまま、結局高校を卒業することになった。

 

 成幸くんのおかげで、天文学を学べる天花大学に入学することができた。成幸くんとはたまに連絡はとりあったものの、わたしが20歳になったことを機に、だんだんと疎遠になってしまった。なぜかと言えば……。わたしが、友人として緩やかにつながり続ける関係性に耐えられなくなったから。成幸くんに想いを伝えきってしまうのか。それとも、成幸くんへの想いを抑え込んでしまうのか。……臆病だったわたしは、後者を選んだ。そうして、アメリカの大学に行く機会をもらって、行かせてください、と即答した。新しい地で、しっかりとすべき勉学を修める。


 それが、成幸くんがわたしに望んでいることだ、と言い聞かせた。アメリカでは、本当に研究に没頭していた。辛いことも当然あった。そんな時、最後に支えてくれたのは、やっぱり成幸くんだったのだ。彼がわたしに送ってくれたノート。それに励まされながら、必死に頑張ったのだ。

 

 達観はしていた。もう、彼と両想いになれるなんて、とても思っていなかったのだ。成幸くんは、わたしの知っている誰かなのか、どうかは、わからないけれど、恋をして、結婚をして、幸せな家庭を築いているかもしれず。
 ただ、すこしだけ彼との思い出にだけ触れさせてほしい。それだけが、わたしの願いだった。


 わたしは、誰かに恋をすることはなかった。わたしのことを好きだ、と言ってくれる人は、ありがたいことに何人もいたのだけれど。心の中に彼の存在がある以上、他の人に想いを寄せることができるわけがなかった。

 

 そして、博士課程を終え、帰国してから、研究の実績が認められて、准教授になれたのは素直に嬉しかった。もっともっと研究を進められると思っていた矢先のこと。NHKの教育番組から、星について子供たちにもわかるようなコーナーをやってくれないか、とオファーがあった。テレビに出るなんて、とてもじゃないけどわたしには無理だ。すぐに断ろうと思ったのだが。

 

『星のこと話してる古橋、俺は好きだけどな』

 

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 という、成幸くんがわたしに言ってくれた言葉が頭をよぎった。少しだけ、欲が出てしまったのだ。もしかしたら、彼が番組を目にしてくれるかもしれない。テレビ越しだけど、頑張っているわたしを見てくれるかもしれない。そう思って、引き受けた。やってみると、存外に楽しい経験もできた。
 研究に、テレビに。いずれも、星のことに囲まれた旬日した日々。心の片隅に、想い人のことはそっと置いておきながら、このまま、生きていくんだろうな、と持っていた矢先のことだった。

 唯我成幸くんと再会を果たし。わたしと、唯我成幸くんの物語が、また、動き始めて。そして、一つの結末を迎えつつあるのだった。

 

⭐️

 

「わあ……久しぶり!やっぱり、気持ちいい場所!星も本当に綺麗……!!」
「今夜は快晴で雲一つないし、星がたくさん見られそうだな」
 そうだね、と隣で嬉しそうな、古橋文乃。大好きな彼女と、俺はとある草原に来ていた。
 今は、12月。当然冷えるものの、お互い重装備でかなりあたたかくして、だ。草原の真ん中に、大人が4人くらい寝ころべそうな大きなシートを引き、熱いお茶が入ったボトルやホッカイロ、携帯毛布などを取り出して、万全の態勢をとる。
 そして、文乃とふたり、並んでシートに座る。頭上に浮かぶ満天の星を見上げる文乃の目は本当にキラキラしていて、星好きの女の子そのままなのだな、とにこにこしてしまう。ぴたっと身体はくっつけあった。寒さに対抗するためでもあるし。単純に、両想いだから、という身も蓋もない理由のためでもある。
「日本で流星群を見るのは久しぶりだな。楽しみ!」
「古橋先生、解説してください」
 そう俺は話を振ってみた。こほん、と文乃が咳ばらいをする仕草だけして、にっこりと笑いかけてくれて。
「今日、日本で見ることのできるのが、ふたご座流星群です。ポピュラーなものですが、圧巻です。本日12月14日、22時頃に極大を迎えます。つまり、流星群の活動が活発化して、多くの流星を見ることができる、というわけです」
「今年は、日本で観察しやすい時間帯に比較的いい位置でみることができ、そして、15日が新月なので月明かりの影響もなく、流星群を眺めるには良い条件が整っていると言えるでしょう」
「流星は、ひとつの方向から流れるわけではなくて、空全体に現れます。空全体をゆっくりと見渡して、冬の星座も楽しみながら流星を探すと、より楽しめるでしょう!オリオン座、冬の大三角形はすぐに見つけられます。この機会にぜひ、覚えてみてください。それと、目が屋外の暗さに慣れる時間も必要なので、すぐに見つからないなあ、と言ってあきらめずに、しばらく眺めてみてくださいね」
 さすがプロだ、と俺は拍手をし、えへへ、と文乃は照れている。
「少し、冷えるね」
 と文乃。俺は熱いお茶を注ぎ、ふたり並んでそれをずずず、と飲んで、体の芯をあたためた。

 

「……この場所ね」

 

「うん」

 

「わたし、大好きなの」

 

「どうして、だ?」

 

「成幸くんが初めてデートに誘ってくれた場所だから」

 

 それにね、と文乃は付け加える。

 

「そこで、わたしに勇気をくれたから。お父さんと向き合って本音を伝えられるように。だから、わたしは戦えた。正面から、お父さんに気持ちをぶつけることができて、そして、認めてもらったんだ」

 

 俺はゆっくりと首を横に振った。

 

「それは、俺がどうこうじゃなくてさ、文乃が頑張ったからだ」

 

 ふふふ、と文乃が笑う。

 

「成幸くんなら、そういうと思ったよ」

 

 俺は、とあることを思い出していた。

 

「縁日のあと、旅館に泊まっただろ。一緒に布団の中で並んで話をしてた時さ」

 

「うん」

 

「文乃が俺に言ってくれたんだ」

 

『いつか君が本当にやりたいことを見つけたときは』

 

『お姉ちゃんが応援するからね』

 

『成幸くん』

 

「その言葉が、とても嬉しくて。この場所で文乃を励ました時も、そのことが頭にはあったんだ」

 

「……そうだったんだ。嬉しいな。わたしの言葉が、あなたの心の中で、生きてるんだね」

 

 俺は大きくうなずき、

 

「当たり前だろ」

 

 と答えた。

 

「……俺だって、文乃のことが好きだったんだ。文乃が俺にかけてくれて嬉しかった言葉を、忘れるわけ、ない」

 

「……成幸くん」

 

 俺と、文乃。ふたりの目と目が、あう。そこには、気持ちの熱が込められている。寒さなど一気に吹き飛んだ。俺はダメだな、と思う。ことあるごとに、文乃の「好き」を確認したくて。自分の「好き」を伝えたくて。すぐにキスがしたくなる。そして、キスでは足りなくなってしまうから。

 

「文乃……」

 

 と俺がささやき、潤んだ瞳の眠り姫にそっと口づけをしようとした、その時だった。

 

「あ」

 

 お姫様が、あることに気付いた。

 

⭐️

 

 

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「成幸くん、見て!」

「……?おお……!!」

 キスが空振りとなり残念な気持ちがないわけではなかったものの、そのもやもやはすぐに消し飛んだ。満天の星を背景に。流れ星が、空を切り裂き始めていたからだ。少しずつその数が増えていく!

「寝転がらない?」

 と文乃に誘われ、俺もうなずくと、ふたりでゴロンと横になった。その姿勢で空を見上げる。視界が大きく、大きく、広がる。

「贅沢だな!」

「だね!」

 まさに、圧巻だった。視界全部が優しい黒色のキャンバスになる。
 黒色のキャンバスには白、黄、赤、青といった色とりどりの宝石が浮いている。
 さらには。涙が零れるように流れ落ちる光の曲線が、ひとつ、ふたつのレベルではなく、10、20の単位で存在を主張している。
 黒の背景が、次々に彩られていく。まるで目で楽しめるオーケストラだな、そんなことを考えた。

 文乃とおしゃべりをしながら、どれだけそうしていただろうか。随分と、素晴らしい時間を過ごしている。その時、ふと。

 

 俺は古橋文乃に伝えたいことがあった。いつ言おうか、ずっと迷っていたのだが。今だよ、と誰かにささやかれた気がした。

 

「文乃」


 心を込めて、愛しいそのひとの名前を呼んだ。……名前を呼べるだけでも、こんなに嬉しいのに。俺は、もっと、踏み込もうとしていた。

 

「どうしたの、成幸くん」


 文乃は、星降る夜のさなか、ふわりとした笑顔で俺を見てくれた。

 

「俺、本当にやりたいことが、見つかったんだ」


 緊張していた。喉が、からからに乾いている。でも、話を止めるわけにはいかない。

 

「なんだろう。お姉ちゃんに、教えてくれる?」


 文乃は、俺が肩に力が入っていることに気が付いたのだろう、冗談めかした言い回しで、落ち着いて、ゆっくりで大丈夫だよ、と気を回してくれていた。

 

 俺は身体を起こした。その姿勢に文乃もあわせてくれる。俺は……随分と身勝手な願いをこれから文乃に渡すのだ。それを受け入れてくれるのかどうかは、すべて、文乃が決めることだ。

 

「わがままを、言わせてほしい」

 

「うん」

 

「大好きなひとと、ずっと、ずっと、一緒にいたい」

 

「……うん」

 

「一緒に笑って、泣いて、たまには喧嘩もして、でも必ず仲直りをする」

 

「……うん、うん」

 

「そのひとの全部を、永遠に愛したい」

 

「……っ。うん……」

 

「今この瞬間、流れ落ちる星たちに誓いたいんだ」


 伝えたい言葉を決めていたわけではなかったけれど。俺の中でずっとあたためていた想いは、大きな奔流になって、とまらない。俺の言葉を聞きながら、文乃の大きな瞳からは、少しずつ涙が零れ落ち始めて、その量が少しずつ増えていて。

 

「古橋文乃さん」


 最愛の星の名前。口にするだけで顔がほころんでしまう、大好きな音の連なり。

 

「……はい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 


「結婚してください。あなたを隣で支えたいんです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 今まさに空を覆わんとするほどの煌めく流れ星に、ではなく、愛するひとに、ただひとつ、願った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 実際には1秒にも満たないのだろう。その瞬間にも流星は空を横切り続ける。彼女の選択を、いつまでも待とう、と思いつつ。胸の鼓動は強く、早く、大きい!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……よろこんで……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 心を重ねあわせたのだ。大切にしてくれていること、想ってくれていること、痛いほどわかっている。それでも……俺のわがままに対する、文乃の「答え」。こわばっていた俺の心も含めた全身が、ようやく緊張から解放された。

 

「……っく。ひっく……」

 

 受け入れてくれたことに心からほっとしつつ、なかなか泣き止まない文乃。おろおろしてしまう俺に対して、彼女は、違うの、大丈夫、そんな風に、ゆっくりと首を横に振る。

 

「嬉しすぎて……」


 文乃は、無理に笑おうとしてくれて、でも失敗して。彼女の涙の雨はやまないまま。俺はそんな彼女につられるように、頬を熱いものが流れ始めていることに気付いたものの、そのまま。

 

「……夢みたいで……っ」

 

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 彼女は、10年間。俺を好いていてくれた。ずっと、だ。少し、愛しいひとの心の裡を推察しかけたものの……。それはやめた。今、俺にできること、すべきこと、求められていることは、そんな器用なことではない。そっと、文乃の背中に手を回し、そっと引き寄せる。彼女のいい匂いがする。そして、少しだけ強く、自分の心の温度を届けたいと思いながら、抱きしめた。

 

 俺は彼女にスマートにかっこつけることなど『できない』。

 

 それでも、俺は彼女の隣に永遠に一緒にいることが『できる』。


 支えることが『できる』。


 愛することが『できる』。

 

 総じて、つまりは、
 
「幸せ、だよ……!」

 

 俺の耳にそっと口を寄せ、文乃は俺が言わんとすること、先んじて言ってくれた。完全に肯定します、の意味を込めて、俺はさらに彼女を強く強く、抱きしめる。絶対に、絶対に、絶対にだ、もう、これ以上、古橋文乃に寂しい想いをさせないように。
 
 空に浮かぶ、冬の明るい星々の間を飛び交う宇宙船のように、流れ星たちがひゅんひゅんと行き来をしている。壮大な物語が生まれる、気の遠くなるほどスケールの大きい世界。俺と文乃は、ともに歩き始めようとしている。

 

 その一歩も、次の一歩も、その先の一歩も、未来へとつながっていく歩みが、楽しみでしょうがない。

 

 ……本当は。

 

 『いつか君が本当にやりたいことを見つけた時は』

 

 あの瞬間から。

 

 見つけていたのかもしれないのだ。

 

 今、抱きしめている、愛しいひと。心優しくて涙もろい女の子だった頃から、ずっと寄り添っていたかったということを。

 

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終章


 今朝、妻とケンカをしてしまった。きっかけは本当に思い出せないほどにささいなことだった。
 きっかけが問題ではない。この場合、原因ではなく、起こってしまったこと自体が、本当の問題なわけだから。
 一つ目は、少しずつ日頃の不満が滲み出始めてしまい、言葉が刺々しくなってしまって、我慢している部分が互いに露わになってしまったこと。
 二つ目は、こちらがより致命的なのだが、仲直りの仕方がわからないこと、なのだった。

 朝無言のまま、仕事に行く妻が閉めた玄関のドアの音で、俺は早くも後悔する。そして、自分の職場に到着してから、ひとまず何度も謝りのメッセージをしたのだが、いずれも返事はなくて。結局一日中、憂鬱な俺なのだった。

 

⭐️

 

 朝、家を出た瞬間から、わたしは後悔していた。ケンカをした夫が寂しそうにわたしの背中に視線を向けていたことはわかっていたのに。つまらない言い争いなんて、しなければよかったのだ。今すぐ引き返して謝りたいと思うわたしと、すぐに謝ったらダメだというわたしがぶつかり合っている間に、受け持っている大学の講義の時間が迫るという現実にが、わたしを容赦なく追い立ててしまうのだった。

 日中はバタバタしてしまい、携帯をチェックする間もなかった。ごめんね、のメッセージくらい、送りたかったのだが……。夕方、ようやく一息ついて、気づいた。夫から、たくさんのごめんね、のメッセージがきているのだ。わたしは。
「教授、今日はもう帰ってもいいですか?院生3人の論文の査読、明日の午前中までにやっておきますから」
 だめだ、とは絶対に言わせない気迫で一方的に言い立てると、取るものとって、わたしは家路に急いだ。さて、彼がいつも嬉しそうに食べてくれるわたしの得意料理の材料も買わなくては。

 

⭐️

 

 ふうっ、と大きく深呼吸。家の明かりが灯っているので、妻は先に帰っているようだ。緊張しつつ、玄関を開ける。
「ただいま、文乃」
「おかえり、成幸くん!」
 想像よりもずっと明るい声だ。エプロン姿で、最愛の妻、文乃が、台所からぱたぱたと駆け寄ってくれた。ほっとしつつ、俺は自分からかけるべき言葉を真っ先に言うべく、口を開いた。

 

「ごめん、文乃」「ごめんね、成幸くん」

 

お互い顔を見合わせてパチクリ。緊張していたのだ、それが解けて、苦笑いを交わした。先に俺が頭をさげた。
「今朝は悪かった。最近、文乃のいろんな話、ゆっくり聞けてなかったからさ」
 文乃が、いいのいいの、と首を横に振る。
「文乃、これ」
 俺は、手にしていたあるものを彼女に渡した。
「可愛いお花……!いい香り、もしかして、カモミール?」
「うん。ごめんなさい、が花言葉」
 何の捻りもないものだが……俺らしいと思うのだ。白い花びらが可憐な花が文乃には似合う。

 

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文乃も頭をさげた。
「わたしこそ、ごめんなさい。成幸くんは、わたしのことを全部わかってくれていると思うから、すぐに甘えちゃうんだよね……」
 そこで、俺はある匂いに気づいた。
「晩御飯って……」
「うん、成幸くんの好きな、特製中辛ビーフカレーだよ!たくさん食べて欲しくって。お肉多目だからね!」

 すっかり元通りの間柄になった、俺と文乃。

 

『ありがとう』

 

 と、そんな言葉がお互い自然に漏れた。ほっとして、ふたりで声をあげて笑ったのだった。

 

⭐️

 

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 成幸くんはいま、お風呂に入っている。ちょうど頭を洗い終わって、体を洗うところのようだ。
「おーい、成幸くーん」
「はーい、どうしたー」
 返事を待って、わたしはするり、と浴室にお邪魔した。
「お、おい」
「えへへ」
 夫婦とはいえ、恥ずかしさがないわけかない。わたしは身体にタオルを巻いただけの姿だ。
「お詫びにね、成幸くんのお背中を流したいな、と思って」
「……ありがとう」
 成幸くんはそう言って、嬉しそうに笑ってくれて。わたしも笑顔で返すのだった。

 ごしごし、とたくさん泡立つスポンジで、成幸くんの広い背中を洗う。
「ふふ、痒いところはありませんか、旦那さま?」
「大丈夫。気持ちいいよ、ありがとう、文乃」
 それにしても……よかった。仲直りができたみたいで。今、わたしは、かなり安心している。この背中にまた、甘えてもいいのだ。
「?」
 成幸くんが振り向いて、笑っている。わたしも笑い返す。すると。
「……あ」
 あっという間に、わたしは成幸くんに唇を奪われた!
「もう。びっくりしたよ」
 弱い、抗議をする。でも。
「……お返し、だよ」
 と、今度はわたしから、キス。

 

 足りた?ううん。もっと。目と目で、気持ちを伝えあう。

 

 今朝はごめん。ううん、いいの。

 

 好きだ。好きよ。

 

 大好きだ。愛してる。

 

 キスを交わし合い、視線が混じり合い、また、キスを交わしながら、そんな想いを伝えあう。

 

 いつのまにか身に纏っていたタオルがはらりと解け落ちていて、わたしは成幸くんに抱き寄せられ、彼の腕の中。成幸くんのキスも、それに応えるわたしの舌使いも、激しくなってきていて。

 

「……文乃、ごめん。飯はあとで」

 

「……うん」

 

 お風呂からあがったら……。ふふ。たくさん愛しあうのだ。ケンカしたことなんか忘れるくらいに、大切にしてもらうのだ。

 

 想い、想われ。

 

 求め、求められ。

 

 重ね、重ねられ。

 

 願い、願われ。

 

 愛し、愛され。

 

 輝く星と星の未来は、神様にしかわからないものだろうか?

 

 いや、そうじゃないと思う。

 

 星と星とが紡ぐ物語は、神様だって巻き込むものだ。そこに、「絶対不変」なんてありえない。

 

 変わらないと思われている北極星の役割が、実は星から星へと受け渡されるように。わたしと成幸くんの関係性も、出会ってから変わってきた。教育係の先生と生徒。女心の師匠と弟子。お姉ちゃんと弟。そして、恋人になり。今は、夫婦。

 

 互いへの想いを胸に、変わりゆくわたしと成幸くん。もしかしたら、時にケンカすることだってあるかもしれない。でも、今キスで愛を伝えあっているように、仲直りをまたすればいいのだ。

 

 流転する、でも決して離れることのない、わたしと成幸くんの物語。

 

 わたしはその続きを、自分でもとても楽しみにしているのだった。

 

 支えてくれる愛しいひと、成幸くんとなら、宇宙のどこで輝いていたって、『幸せ』なのだから。

 

(完)

 

 

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