古橋文乃ストーリーズ〜流れ星のしっぽ〜

「ぼくたちは勉強ができない」のヒロイン、古橋文乃の創作小説メインのブログです。

或る人は[x]の新たな門出に寄り添い祝福するものである(後編)

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第五章

 

新郎、唯我成幸さんと、花嫁、古橋文乃さんが、祭壇の前で並び立つとゲスト側を向く。花嫁の引力は、変わらない。彼女が今でも恋をしている男性の元へようやくたどりついた喜びからか、より一層の輝きを放っているようにすら見えた。皆の視線は、いまだ花嫁に集まっている。いや、目を離せないのだ。何百という式に携わってきた私、南一星ですらそうなのだから。ゆっくりと頭を振り、気持ちを切り替える。
 聖歌隊の讃美歌が始まった。バッハ作曲の、「主よ、人の望みの喜びよ」だ。聞き慣れた前奏が流れて。
「Jesus bleibet meine Freude……」
うちの聖歌隊もまた、評判は高いのだが、それにしても今日の花嫁には馴染みすぎていた。祝福をどれだけされても足りない、それだけ幸福感でいっぱいだからだ。さて。
「……Jesum nicht……」
「スタンバイOK」
「了解」
短いやり取りをスタッフと交わす。
「……Aus dem Herzen und Ge sicht」
余韻が残り、それが消えるか消えないか。そのタイミングで。
 世界を変える。

 

⭐️✨✨🌙✨✨⭐️

 

教会中の光が一瞬にしてなくなる。
そこには暗闇しかない。
その暗闇には夜を演じてもらう。
そして光には違う形で再登場願った。

星として、だ。教会中に、冬の星空が映し出されたのだ!

「わあ……!」「すごい……」「なにこれ!」

この式で初めてらゲスト側の声が漏れ聞こえた。新婦、古橋文乃さんが願い、新郎、唯我成幸さんもまた願っていたもの。想いを伝えあい、恋人になった。そして、気持ちを大切に積み重ねて、プロポーズのドラマがあった。そのいずれも、冬の星空の下で、ということで、ふたりにとっては本当に特別なものであり、その景色をゲストたちとぜひ共有したい、ということでの演出なのだった。
 私はまったく星については疎かったのだが、簡単に古橋さんがレクチャーしてくれた。そのお話は、わかりやすくて面白くもあり。今では私も少しはわかるのだ。あれが、シリウスプロキオン、ペテルギウスからなるとても有名な「冬の第三角形」。そして、シリウスプロキオンポルックス、カペラ、アルデバラン、リゲルからなる、「冬のダイヤモンド」。これらの星座が思い出と結びついていたのなら、どれだけ素敵なことなのだろうと思う。夜空を見上げるたびに、思い出せるのだから。
 映し出された星空は、ただその場に映し出されているだけではない。日周運動機能を搭載しているので、少しずつ動いていく。時折流れ星が見えることもある。何より星の解像度が抜群なのだ。主役たちを含めて、ゲストにも、今まさに満点の冬空の下にいると思うような、そんな気持ちになってほしい。
 星空の中で、新郎と新婦がお互いちらりと見合っていた。笑ってくれているといいのだが、そう、私は心から願うのだった。

 

⭐️✨✨🌙✨✨⭐️

 

わたし、古橋文乃は思う。
大好きな星のこと。
大好きな成幸くんのこと。
満点の星の下で、応援してもらったこともあった。
『世界で一番すきなひと』と伝え、『古橋文乃の全部が好きだ』と答えてもらって、結ばれもした。
初めてのキスも。
初めて「文乃」と呼んでもらった時も。
……そして、プロポーズしてもらった時も。
わたしと成幸くんの思い出を語るのに、星との関係は切っても切れないのだった。
 星の数ほど別の人生があったとして。色んなわたしの色んな可能性があったとして。そんな無数の選択の末に。結婚式というシチュエーションに、愛する成幸くんと共にいることができる。
 成幸くんへの気持ち、愛が溢れ続けて止まらない。片想いをしていた時のように、今、この瞬間も、わたしは成幸くんに「恋」をしているのだった。素晴らしい演出で、ゲストの皆が驚く星空の中で、隣にいる成幸くんをちらりと見る。成幸くんもこちらを見ていて、視線が交わる。ヴェール越しとはいえ、伝えたいことはきっと同じ。
『素敵だね……』
『うん』
『あのね。……愛してるよ、成幸くん』
『愛してる、文乃』
そんなやりとりを、目と目で交わした。
胸が張り裂けそうなほど、成幸くんが、愛しい。

 

第六章

 

星海荘専属の牧師フランシスコさんが、聖書の朗読をしている。コリントの人々への第一の手紙第13章4から8節だ。オーソドックスなものの一つ。
「愛は寛容なもの、慈悲深いものは愛。愛は妬まず、高ぶらず、誇らせない……」
バリトンボイスで品のある彼の声。イントネーションもほぼ完璧な日本語に近い。星で満ち溢れた教会の中に響いている。新郎、新婦、牧師のところには、星空の中でも少しだけ明るくするように照明を操作している。牧師の目の前で、新郎新婦がそれを聞き入っていた。私、南一星からは、今彼らの背中しか見えないので、どんな表情を浮かべているのかまではわからない。
「……愛は、決して滅び去ることはない」
聖書の朗読が、終わった。牧師がにっこりと笑って、言葉を続ける。
「愛と星は似ています。その輝き自体がなくなることはありません。しかし、それが当たり前のものだ、と奢り感謝を忘れてしまえば……見えなくなってしまうものです。傲慢な愛は自己愛。星に願いばかりかけることは努力の放棄」
「だから、夫婦は素晴らしい。互いが鏡となり、常に自己を見つめ直し、相手を思いやることができる」
「新郎と新婦の星空への船出を……祈っています」
コホン、と牧師が小さくせきばらいをする。さあ、盛り上がりどころだ。誓いの言葉になる。
「新郎ユイガナリユキ、あなたはここにいるフルハシフミノを、病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、妻として愛し、敬い、慈しむことを誓いますか?」
「はい、誓います」
と新郎は答える。未来永劫の愛を貫くことに一点の迷いもない、まっすぐな声で。
「新婦フルハシフミノ、あなたはここにいるユイガナリユキを、病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、妻として愛し、敬い、慈しむことを誓いますか?」
「はい、誓います」
と新婦は答える。愛とともに生き、凛と振る舞うことを決めた意志の込められた強くしなやかな声で。

 

⭐️✨✨🌙✨✨⭐️

 

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指輪の交換まで終えた。次は、そう、誓いのキスになる。新郎である俺、唯我成幸は、事前に心配していたほど、緊張はしていなかった。牧師の前で向き合っている新婦、古橋文乃と、今日この日を迎えられた幸せで、胸がいっぱいであり、緊張する暇などないからだ。
 改めて思うことがある。俺は、彼女に、今でも「恋」をしているのだ、と。
 ウェディングドレスを身に纏い、恥ずかしそうに似合うかな、と聞いてくる文乃。
 緊張しながらも精一杯強がって大丈夫だよ成幸くん、お姉ちゃんがついてるからね、という文乃。
 いったん別れ、教会に向かう直前に、また後でね、と寂しそうに小さく手を振る文乃。
 文乃の全部が好きだ。大好きだ。これまでも、そして、これからも、永遠に。

 

 そんな想いに満たされたまま、文乃のヴェールに手を添える。繊細で美しい。

 

そうっと、持ち上げて、待ち望んだ文乃の顔が露になる。その表情を、はっきりと俺は記憶する。生涯、忘れることはないだろう。


 ー綺麗だった。


 大きな瞳はうるんでいて、熱いくらいの視線だった。びっくりするくらいの白い肌。桜色に染まった頬を引き立てる。口紅が丁寧に塗られた唇もまた映えている。いつも以上に胸を高鳴らせる、その整った顔立ち。今日この日のためだけの特別なものであり、それは誰のためかといえば……。
『成幸くんのためだよ。あたりまえじゃない』
式の前に、さらりと文乃が教えてくれたのだ。

 そっと目を瞑る、俺の最愛の星である文乃と、優しく口づけを交わす。ずっとそうしていたかったけれど。そういうわけにもいかない。
 名残惜しく、文乃の唇から、自分の唇を離す。
 文乃は笑ってくれていた。いつも通り、でも特別な装いで、綺麗に、笑ってくれていたのだ。
『世界でいちばん幸せだよ』
 そう、伝えてくれていた。
 今すぐに抱きしめたい衝動を必死で抑える。それほどに、文乃が愛しい。

 

第七章

 

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 まるで魔法みたいだ!


 空を見上げ、その自然の織りなす素晴らしい景色に驚きつつ、胸が躍る。
流れ星が、一つ、二つ。いや、10を超えて、100単位で流れ落ちていく!光の帯が次々と輝きを放ち、あちこちで黄金の虹が夜空を背景に煌めいているのだった。
 わたし、古橋文乃の結婚式に、神様が粋な贈り物をしてくれたようだ。星の好きなわたしにとっては、特大のサプライズだった。たしか、天津先輩と少しこの話はしていたのだが。
 披露宴が終わり、ゲストの人たちにちょっとしたプレゼントを手渡しながら、お礼の言葉をかけていって。それが終わったちょうどその時。
「これ、本物……?」「すごいね!!」
「わあ……!!」
大きな歓声が外から聞こえ、何事か、と新郎と外に出てみると。そこには、光のシャワーが待っていた、というわけだ。
「リズりん、みてみて!すごいよ!」
「うるかさん、引っ張らないでください……!……しかし、見事ですね……」
「すげーな。真冬センセ、願い事し放題ですけど。結婚相手でも頼んだらどうですか?」
「心外。それくらい自分で探すから結構よ。しかし、絶景ね……!」
大切な友人たちがはしゃいでるのを見て、神様にありがとうございます、と心の中でお礼をする。
ほうおう座流星群だね。突発性の流星群で、不定期に現れる。過去には観測できたこともあるんだけどね」
「天津先輩!」
「今回、国立天文台は否定してたけど、一部の研究者は可能性に言及していてね。SNSとかでは盛り上がってたよ。北半球の、ユーラシア大陸の上空じゃないか、とは言われていたけど……。にしても、今日、日本で見られるとは、ね。文乃ちゃん、唯我君、君たちやっぱりスペシャルだよ」
「天津君、記録記録!」
「やってますよ!まったく。教授に呼ばれたから向こういくね。じゃあ文乃ちゃん、また大学で。ふたりとも、お幸せに!」
そういってウインクひとつ。綺麗な藍色のチャイナドレスの装いで、何者だあの美人は、と衆目を集めていた天津先輩は、慌ただしくその場を去っていく。
「綺麗だ……」
空を見上げながら、そんな言葉を呟いている、わたしの隣の、最愛のひと。
「えっと、わたしのことかな、まさか、流星群のこと?」
流星群に決まっているのはわかっているけど、意地悪く聞いてみる。
「……?文乃に決まってるだろ」
「でも、今空を見上げていたじゃない」
「流れ星にお礼をしてたんだ」
わたしの大好きな、優しい笑顔を浮かべている成幸くん。
「……お礼?」
不思議だった。普通は願いをかける星にお礼を言うなんて。
「俺と文乃に、星は欠かせないから。世界で一番綺麗な花嫁をありがとうございますって」
「……成幸くんの、ばか」
ストレートな物言いすぎて、恥ずかしくて下を向く。新郎にそう言われたいのは当たり前。……だけど。それを正面からいってくれるひとが、どれだけいるというのか。ましてや、そのひとがわたしを愛してくれているひと、であるのだ。そんな奇跡に感謝したいのは、わたしのほうなのだ。愛を溜めるグラスから、何度目かわからないけれど、想いが溢れていく。
そっと左手を伸ばして、彼の頬に添える。
「……文乃?」
「……お願い」
 なにを、ということは、言わない。成幸くんは、わかってるに決まっているから。
 彼は小さくうなずいてくれた。
 目を瞑る花嫁、古橋文乃は、新郎、唯我成幸くんと、結婚式で2回目のキスを交わした。流れ落ちる星でいっぱいの、星空のもと。永遠の愛を再び誓いながらの口づけであることは、お互いの唇の熱さで伝わりあうのだった。

 

おわりに〜南一星の場合〜

 

 仕事として結婚式の裏方を終えると、どっと疲れる。1日緊張しっぱなしなので、当然だ。これだけは、いくら経験を積んでも変わらない。でも、同時に、充実感や高揚感だってもちろんある。疲れと相殺はされるのだが、モチベーションはしっかり積み上がっていて。よし、次も頑張ろう。そう思って眠りについて、毎回切り替えるのだ。いつもであれば。
 今日の結婚式は……参った。かつてない疲労感。それも、コントロールが一切きかない天災に遭遇したようなものだったから。今夜ばかりは、何も考えずに、熟睡させてほしい。古橋文乃さんと、唯我成幸さんの、結婚式。もちろん、彼らの幸せを祈らないはずがないが、あのつながりの強さには驚くほかなく。それが式にまで波及するなど、前代未聞だ。しかし、それでいて、ふふふ、と笑いが込み上げてもくる。最後に流星群とは!練り上げた演出を、ああもたやすく超えられてしまったのだから。こんな経験は、全てのプランナーでもそうそうないだろう。ただ、ふつふつと湧いてくるファイトもあるのだ。今日の式に決して負けない演出を、自分の手で成し遂げてみせる、と。
 忘れることはないだろう。星のもと、「恋」で結びついた、特別なふたり。
 「うらやましい、な」
 ふと、そんな言葉をもらしてもしまった。仕事はもちろん頑張る。しかし、自分の「そういうこと」も追いかけようかな、らしくなく、そんなことさえ考えつつ、だんだん眠りにと落ちてゆく。薄れゆく意識の中で、お願いだから、夢でまでも今日の式のリプレイはやめてよね、と苦笑いするのだった。

 

おわりに〜唯我成幸の場合〜

 

 式を無事に終えて、俺と文乃は星海荘に隣接されているホテルの一室にいた。疲れていないといえば嘘になるが、幸福感のほうが、ずっとずっと強い。今は、なんとスイートルームをつかわせてもらっていて、だいぶゆっくりしている。元々泊まる予定で違う部屋を予約していたのだが、急なキャンセルがあったらしく、ホテルと星海荘側のはからいがあったのだ。
 ふたりで十分かけられるソファがあり、今俺と文乃はそこに並んで座っているところだ。2人とも携帯を眺めて、たくさんのお祝いメッセージなんかを読んでいて。
「……あ」
と、文乃。
「どうした?」
と声をかけると、顔を真っ赤にした文乃が、携帯画面を見せてくれた。
「……え」
と俺。そこには、流星群のしたで、キスをする俺と文乃の写真。やたらと腕がいい。皆、夜空を見上げていたので、見られていないと思っていたのだが……。
「天津先輩から。『可愛い文乃ちゃん、うらやましい唯我君。流星群も見ずにキスとはおそれいったよ。お似合いなんだから、お互い離さないように!惚気慣れしたおねえさんより』……だそうです」
俺と文乃は顔をみあわせて、
『あはははは!』
と声をあげて笑いあった。
「楽しい、式だったな」
「うん。披露宴の司会を小美浪先輩がするなんて聞いていなかったから、すごくびっくりしちゃった。プロの人が驚くくらい、スムーズだったしね」
「だよな。緒方と武元の、文乃への手紙もよかった。かなりぐっときたよ」
「わたし、あの時泣いちゃったけど、その後も思い出しては泣きそうで大変だったんだから!」
「桐須先生も泣いてたらしいぞ。小美浪先輩がこっそり教えてくれた」
そこで、少し間が空いた。お互い、それぞれ式のことを思い返していて。
 大切な女性と、人生の大きな節目を迎えることができたのだ。
 ……愛しさがまた募り。文乃と目があう。彼女の瞳には熱があり、俺と同じことを考えてくれていたのだろう。
「……文乃」
「成幸く……んっ」
 今日、3回目のキスを交わし、それ以降は数えられない。文乃のことで、すぐに頭がいっぱいになっていくからだ。少しずつ、お互いを求め合うようなキスになっていき。文乃がうるんだ大きな目で俺を見つめていた。
「愛して」
 何の迷いもない、願い。俺はうなずき、そして。
 強く、熱く、誓いながら、互いが最愛のひとであることを証明すべく、俺と文乃は、愛をかわしあったのだった。

 

おわりに〜古橋文乃の場合〜

 

「……ん」
 目を覚ます。部屋の中は最も明るさを落とした照明のままだ。時計の液晶文字が目に飛び込んでくる。3:07。真夜中だ。
「……すう、すう……」
 隣には、今日、わたしと式を挙げた、最愛のひと。成幸くんが、静かな寝息を立てている。
 起こさないよう、触れるだけのキスをする。もっともっとキスしたくなるけど、そこは流石に我慢した。
 ふと、思い出した。高校三年生の夏だ。夏祭りの夜、いろんなトラブルが重なり、終電を逃したわたしと成幸くん。歩き続けて旅館をようやく見つけて、泊まることを提案した。そこで、姉弟だということで押し通したのだが。
「唯我文乃って、書いたんだよね……」
 当時、すごく変な気分だったことを覚えている。一緒の布団で寝ていて。あの時も同じように夜中に目が覚めた。成幸くんが、寂しい思い出で眠りながら涙を流していたわたしのために、手を握ってくれていた。嬉しかったし……。いまにまでずっと続いている「恋」のはじまり、だったかもしれない夜なのだ。
 わたしの想い出は、全部、成幸くん。それだけ愛したひとと、結婚した。……これを幸せといわずになんというのだろう!
 わたしは、あの夜、彼がそうしてくれていたように、成幸くんの右手をわたしの左手でそっと包み込んだ。冷たい彼の手が、愛しい。

 

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 「永遠に愛してるよ、成幸くん」

 

 小さいけれど、はっきりと声に出した。無数にある星の中から見つけた、わたしの最愛のひと。心の中を満たすこの気持ち、愛しさを、きっと生涯忘れない。そう確信する、わたしなのだった。

 

(おしまい)

 

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