古橋文乃ストーリーズ〜流れ星のしっぽ〜

「ぼくたちは勉強ができない」のヒロイン、古橋文乃の創作小説メインのブログです。

或る人は[x]の新たな門出に寄り添い祝福するものである(前編)

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はじめに

 

結婚式で、空気が一変する瞬間。それは確かに、ある。私、南一星(みなみ いっせい)は、ウェディングプランナーとして働き始めて7年になる。小規模だが、質の高いスタッフ、丁寧で親身になって寄り添うスタイル、臨機応変な対応などで評価が高く、評判が良い式場、『星海荘』、に勤めている。その間、多くの結婚式に携わってきた。その全てが、人生に一度きりの、特別なイベントだ。すごい仕事だと思う。やりがいは、語りきれないほどあるけれど。先に挙げた通り、結婚式の演出で場の空気を変え、会場の一体感を高めたり、雰囲気をより感動的なものにするといったことは、中でも特別やりがいがあるものだ。では、どの式が一番よかったのか、という質問は、正直多い。でも、私は絶対に答えない。考えたこともない。プロとして、全ての結婚式がベスト。そう誇れるように、私だけでなく、スタッフ一同、心血注いでやっているのだから。

……しかし。記憶に「刻まれてしまう」結婚式というのが、先週あった。もちろん、記憶に残らない結婚式なんてないのだ。そうではなくて……。心象に焼き付けられて、その奇跡のような1シーン1シーンが、ありありと、すさまじい情報量と臨場感を伴って押し寄せてくる。そういうことだ。新郎、唯我成幸さん。新婦、古橋文乃さん。それは、本当に特別な結婚式だった。

 

第一章

 

その日は、初めから、いつもとは様子が違った。スタッフが浮き足だっていた。普段なら考えられないことだ。多くの式をこなしてきて、経験豊富なスタッフばかりだというのに。まだ若輩ではあるが、意欲を買われてサブリーダーに就いていた私も、十分そんな空気は感じ取っていて。いつもよりも、細かめに指示を出し、確認と報告の徹底をするようにしていた。一人若いスタッフをつかまえて、みんなどうしたのよ、と聞いてみると、なんでも花嫁である古橋文乃さんが綺麗すぎるから、だという。なんの冗談だ、と笑うのを通り過ぎて腹が立ってくる。確かに、綺麗な人だ。この式の打ち合わせだって一番私とやりとりをしていたのだ、性格の良さだってしっている。しかし、だ。この式場では、モデルや芸能人だって、式を挙げたことはある。そうでなくても、どの女の人だって例外なく美しい日に。なぜそうなるのだ!あるまじきことだ、と内心相当怒り心頭だったのだけれど。合間をぬって、控え室へと出向き、完璧に準備を終えた花嫁と直面すると……。浮き足だつ、その気持ちが、わかってしまった。長くて綺麗な髪は、完璧にセットされている。お化粧は、本人の希望もあって普通のオーダーより控えめ。それなのに。大きな瞳とそれを縁取る長いまつ毛で、目が合うと綺麗な目に吸い込まれそう。すっと通っている鼻のラインは滑らかだ。日本人離れしてることが、ありありとわかる。形のいい唇には、赤い口紅が差されている。それらは、引き立つばかりだったのだ。身に纏ってるウェディングドレスとの相性がまた素晴らしい。つくりはとてもシンプルなもの。ただ、その分選ぶのは難しいのだ。その中でも、古橋さんはしっかりと自分に似合うものを選んでいて。センスが抜群だと思う。生地はとてもよいものなので、高級感があり、高貴さを伝えるものでもある。かなり迷ったんですけど、最後は成幸くんが決めてくれたんです。絶対にこれが文乃に似合う、って。そう嬉しそうに言ってたっけ。肌の白さも、ウェディングドレスの純白さに全く引けをとらない。見惚れている自分に気づき、振り払うように慌てて頭を振る。試着の現場にも立ち会ったのだ。初めて見たわけでもないのに。それにしても、古橋文乃さん、本気のウェディングドレスが、馴染みすぎている。まるで、いつも着ている人のようだ。……馬鹿な、それでは本当にお姫様じゃない。しかし、なぜだろう。そこで、気がつく。彼女の隣にいる、新郎の姿。そうか、だから、なのか。強く強く強く、それは伝わってきた。彼を見る彼女の愛に満ちた視線。彼女を見る彼の包容力あふれる視線。結婚式なのだ、全ての新郎新婦には愛がある。だけど、この2人には、もっと特別なもの。互いへの思いやり?信頼?……いや、ある感情が、2人をつないでいるからだ。私は、彼らとの出会いのことが、頭をよぎったのだった。

 

⭐️

 

あれは夏の日だった。例年より少し涼しい日が続いていた。ありがたいことに、「星海荘」は盛況。週末や祝日はもちろん、平日ですら、8割ほど予約で埋まっている状況だった。私も、式当日のとりまわしや、担当しているお客様との対応などでかなり忙しくて。新しく相談にのれるのもあと一組だな、という状況だった。そして、そんな時だった。唯我成幸さんと、古橋文乃さんがやってきたのは。
「あの、こんにちは」
おそるおそる、という感じで2人はやってきた。
「いらっしゃいませ!」
「結婚式について、こちらはどんな雰囲気の場所なのか、教えていただきたくて来たんですが……」
と、みるからに優しそうな男の人。
「すごく人気がある式場だとうかがっていて……お話だけでも聞かせてください」
と、目を引く美人。とても雰囲気がよい、感じのいいカップルだったのだ。結構いくつかの式場を見てまわったそうだが、どこも決め手はなく。そんな中でうちにも来てくれたようだ。ふむ。
「ちなみに、ご要望はどんなものでしょうか?ここは、小規模な分、小回りがききます。臨機応変に、対応できますよ」
とにっこり笑った。すると、2人は顔を見合ってうなずきあうと、彼女の方が口を開いた。
「こんなアイデアがあって。これを実現させてほしいんです。それは……」
「はい、はい……なるほど」
と話を聞く。何人くらいで、式の挙げ方はどうしたいのか、予算は、など、基本的なことを聞き取って、私は少し宙を睨んで考えた。であれば、あの会場を使おう。機材はあそこで手配できそう。必要なスタッフは何名程度かな。……うん。
「お安い御用です。十分、実現可能ですよ!」
2人ともぱっと顔が明るくなった。こちらも嬉しくなるほどだ。
「ちなみに、式のご希望の日取りはいつくらいを考えていらっしゃいますか?」
「季節は今年の冬を考えています。まだ、それ以上具体的には決めていないんですが……」
と男性。隣で女性もうんうん、と頷いている。
「で、あれば……」
私は手元のタブレットを操作してスケジュールを確認して……。
「まだ余裕はありますよ!」
「……成幸くん」
と女性が男性に声をかけていて。男性はうなずく。へえ、それだけで意思疎通できるんだ、と感心した私に対して。
「こちらで、式をあげさせてもらいたいんですが……」
と、成幸くんと呼ばれた男性から伝えられる。
「喜んでお引き受けします!精一杯ご希望に沿うように、スタッフ一同支えさせていただきます」
そういうと、2人ともこちらが恐縮するくらい、頭を下げてくれたのだった。安堵した様子の2人。こちらも胸がほっこりするような、素敵なカップルだな、と思ったのだった。

 

第二章

 

そうして、唯我さんと古橋さんの式の準備が始まった(籍は式の後にいれるそうで、そのため苗字はまだ別々とのこと)。2人とも忙しいようで、メールでのやりとりがメインだった。そういうお客様も少なくないので、そのこと自体に支障はない。主には、古橋さんとのやりとりが多くなっていた。とはいえ、パートナーである唯我さんともよく話し合っていることはよくわかる。例えば、メールの文面。『案内用レターのデザインですが、カタログのNo.3の水色のベースのものでお願いします。No.12とも迷っていたのですが、彼と相談して、こちらに決めました』とか。決定プロセスまで書いてくれるのは珍しい。惚気などではない。おそらく自然にそういう文面になるのだろう、それは2人で一緒に式をつくるんだ、そういう思いがひしひしと伝わってくる。そして、古橋さんは、時に返信が夜の遅い時間になってしまう私への気遣いもあったのだ。疲れている時には、このキャンディがいいですよ、とか。あそこのマッサージ店が腕も良くてお手頃ですよ、とか。上辺だけの気持ちではなくて、心配をしてくれている。いい人だな、と素直に思えるのだった。

 

ある日、披露宴の司会の原稿づくりのために、唯我さんと古橋さん、司会者と私で、打ち合わせる機会があった。司会は、ベテランの加藤さん。この業界では5本の指に入る名司会だ。顔合わせで自己紹介を簡単にしあって、質問に入る。加藤さんから、2人にいろいろなことを尋ねるのだ。
「では、本日はよろしくお願いします。緊張はなさらずに、自然体でお願いします。素直な言葉をいただけた方が、当日いらっしゃる皆様にもお伝えしやすいです。はい、深呼吸しましょう!」
流石ベテランの加藤さんだ、少しかたかった2人は、深呼吸をして少し気持ちがほぐれたようだった。
『よろしくお願いします!』
そう、唯我さんと古橋さんの言葉が重なり、皆で顔をあわせると思わず声をあげて笑いあった。そうしてよりよい雰囲気の中、インタビューがはじまったのだった。
「出会ったのはいつですか?お互いの第一印象は?」
「高校三年生の春でした。俺は、文乃のことは早くから知っていたんです。国語や古文の成績が抜群によくて、美人でも有名な女の子でしたから」
「わたしは、最初彼の名前すら知らなくて……。でも、教育係……あ、専属の勉強指南役みたいな役なんですけど、それになってくれたことがきっかけでした。優しそうで、頼ってもいいかもしれない人だな、と思いました」
「美人で有名だった、ということですが、唯我さん本人は、最初から古橋さんは美人だと思っていたんですか?」
と、加藤さんは容赦なくつっこんだ質問をぶつける。
「ええと……可愛いのでは……?……とは思っていました……」
と、顔を真っ赤にして、唯我さんは答える。隣の古橋さんは、照れながらも嬉しそうだ。そんな風に、やりとりは、続いていって。要所要所で、同じように唯我さんと古橋さんが素直な回答でお互い照れてしまうことが、たくさん、たくさん、たっくさんあったのだ。そして、終盤にもなり。
「お互いの好きなところは?今、お相手がこの場にいないと仮定して、率直に教えてください」
じゃあ俺から、と、唯我さんが口を開いた。
「俺は、文乃の優しいところが、好きです。誰にでも人当たりがよくて、思いやりもあって。その優しさは、心の機微に敏いからこそ、なんです。俺を何度も助けてくれました。そのくせ不器用で、自分のことになると、損してしまうこともあります。でも、全部ひっくるめて、文乃の優しさで。俺はそんな文乃が全部好きなんです。永遠に、大切にしたい人、です」
『……!』
「成幸くん……」
その場にいた女性陣が皆心を打たれた。内容もさることながら。すらすらと、堂々と、誠実に、まっすぐに、愛を込めて、さらりと話せてしまう、彼の彼女への『すき』。正直、恐れ入った。台本なんてあるはずがないこの場所で。なんて人だろう。古橋さんは、それこそ顔を真っ赤にして、瞳がうるうるしている。わかる。他人の前だとしても、こんなことを好きな人から言ってもらえたら……紛れもなく、素敵なことだから。
「えっと……あの……」
少し場が落ち着いてから、次は古橋さんの番。
「わたしは……。成幸くんが、世界で一番、好きな人なんです。彼は、ずっとわたしを支えてくれました。出会ってから、今にいたるまで、ずっと、ずっと、ずうっと、です。お人好しで、優しくて、誠実で、まっすぐで。わたしの心の真ん中に、いつでも彼がいてくれました。……わたしも、彼の全部が好きです。きっと、これからも、永遠に大好きです」
「……!」思わず天を仰ぎ見る加藤さん。
「……はあ」と私はため息さえついてしまう。彼女もまた、まっすぐに、愛を込めて、彼への気持ちを教えてくれた。嘘みたいだが……私は少し涙ぐんでしまい、慌ててハンカチを取り出してこっそりと目元を拭う。
「ありがとうございました!さあ、もうそろそろ終わりです。次はですね……」
そう、空気を無理矢理変えて次の質問へ移る加藤さん。正解だ。あんなに素敵なやりとりを見せられてしまったら、心に響きすぎてしまったら、これ以上、仕事にならなかったから。

 

⭐️

 

インタビューを終えて、2人がにこにこしながら帰るのを私と加藤さんは見送ったあと。
「こんなこと言うのは変なんですけど……。不思議な2人、です」
そう、私はぽつりとこぼした。
「南さん」
「はい?」
「教えてあげましょうか?どうしてそんな印象を、あの2人に持つのか」
それは気になる。私よりもずっと経験のある加藤さんから、どんなことが聞けるのだろうか。私は頷いて、その先を促した。
「恋、なのよ」
「恋?」
「皆、恋を経て、愛になり、結婚するでしょう。形を変えて続いていくもの。普通はね」
「……」
「でも、彼と彼女は違った。彼は彼女に。彼女は彼に。……未だに、恋をしている。愛とともに、ね」
信じられないけど、そう静かに加藤さんは呟いた。わかる気がした。違和感とも言えるほどの、2人の関係性。結婚式は愛があふれているもの。そこに例外はない。しかし、恋が続いたままだとは!そんなことがありえるのか、と疑問に思うものの、あの2人を思い返すと……。稀有なケースとして、ありえるかも、しれないのだった。

 

そして再び結婚式へ

 

恋する花嫁の式が、動き始めている。現在進行形で互いに恋をしている、2人の結婚式だ。恋がゆえに、特大の輝きを放つ花嫁。周りに伝播する幸福感で、歴戦のスタッフですらいつもと様子がちがっていたのだが。それは自分もだったので、自らにも喝をいれるべく、マイクを操作し、スタッフ宛で一斉に周知。
「今日の式は、いつもと違うかもしれない。でも、主役の2人、そして彼らを囲む人たちにとっては、「当たり前の非日常」を過ごしてもらわなければいけません。もし、花嫁に心を揺さぶられたのなら、余計にベストを尽くしましょう。プロとして、地に足のついた仕事をお願いします」
了解、という声をあちこちから受け取り、空気が先ほどより引き締まったような気がして、少しだけ安心した。私たちの「日常」をしっかりとこなし、お客様の「非日常」を完璧に演出する。その決意を胸に私は今日の段取りを再びしっかりと確認し直すのだった。この時の私は知らなかったのだ。彼と彼女の結婚式が見せてくれる、流星群のような奇跡を。

 

(中編に続く)