古橋文乃ストーリーズ〜流れ星のしっぽ〜

「ぼくたちは勉強ができない」のヒロイン、古橋文乃の創作小説メインのブログです。

光彩陸離たる星々の行方はただ[x]のみが知るものである①

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はじめに

 

 その時のこと、鮮明に覚えていた。

 俺、唯我成幸は、とあるハプニングにより、意図せず、同級生の女の子と2人で、同じ布団にくるまれている。おしゃべりをする中で、「夢」についての話になった。その頃、俺には具体的なものはなく、彼女にはあり。そんな俺に対して彼女は、
『いつか君が本当にやりたいことを見つけた時は』
『お姉ちゃんが全力で応援するからね』
『「成幸くん」』
 驚くほどに顔が整っている美人だけれど、いろんな表情も見せてくれるその女の子は、穏やかな笑顔を浮かべながら、そんな風に励ましてくれた。
 ありがとう、そう、伝えたくて、声にだそうとして……。目が覚めた。
「……?……夢、か……」
 それは夢の中、だが、実際に経験したものだった。もう、10年以上も前のこと、俺が高校三年生の頃のものだ。『できない』女の子たちに囲まれて、彼女たちと二人三脚で支え支えられて駆け抜けた日々。
 そのうちの一人……「古橋文乃」。高校を卒業してすぐのうちは、連絡を取り合うこともあったが、いつのまにか途絶えてしまった。星が大好きだった彼女。今、いったいどうしているのだろうか。……たぶん、もっと綺麗になっているんだろうな、とそんなことを考えてしまい、ゆっくりと首を横にふって、振り払う。きっと今頃は、素敵な伴侶に出会い、あたたかな家庭を築いているかもしれない。そんな女性に対して、考えるべきことではないと、そう思ったから。
 そういえば、俺は昨晩二年付き合った彼女に振られたことを思い出した。そんな次の朝に、違う女性の夢をみてしまう。意図してではないにせよ、そんな自分の無節操さに苦笑いをする。
 少し早い時間だが、これ以上余計な雑念を抱かぬように、俺はベッドから起き上がるのだった。

 

第一章

 

「出前授業……ですか?」
「はい。今度の土曜日に、市内の小学校であるらしくて。唯我先生も一緒に見学に行きませんか?」
「面白そうです。お邪魔でなければご一緒させてください!」
「じゃあ、始まる10分前に現地集合にしましょう。これ、当日のプログラムの資料です、渡しておきますね」
「ありがとうございます。へえ……」
 俺は、先輩教師と昼休みに雑談をしていた。その時に、今度こんなことあるらしくてさ、と言われたのが冒頭の話。もらったプログラムに目を通す。
「すごいな……!いろんな大学の若手研究者が自分の専門分野をわかりやすく教えます、か」
 物理学、機械工学、数学、遺伝子工学……思わず苦笑いだ、大人でも馴染みがほぼない分野のものばかりで、理解できる自信はなかった。その中で。
「……天文学。……!!」
 とある学問と……講師の顔写真に目が釘付けになる。どくん、と一つ大きく、心臓が動いたのが、自分でもわかった。
 天花大学理学部天文学専攻准教授 古橋文乃(ふるはしふみの)。
「そうそう、天文学の、古橋文乃先生!NHKの子供向け番組でさ、星を説明するミニコーナーをやってるんだけど、いま、子供にも、その保護者にもすごい人気なんだって!唯我先生、知ってました?」
「あ、えっと、知りませんでした。そういうの、疎くて」
 少しだけ、答えを誤魔化した。古橋文乃。知って、いるから。とてもよく、だ。
「星にまつわるエピソードをすごくわかりやすく教えてくれて、星が好きなのが、よく伝わってくるんです。……それに、まあ、あまり大きな声では言えないですけど、とっても美人なんですよね!声も綺麗だし、柔らかい表情も素敵だし。いやあ、私もすっかりファンになりました」
「はは……」
 照れ笑いをしている先輩に対して、気もそぞろのまま、相槌を打つ。それどころではなかったから。
 鼓動が常よりも早くなっている自覚があった。まさか、何かを期待しているわけではない。ただ、また一目見ることができるのは、嬉しい。もしも、だ。言葉を交わすことができるのなら、何を話そうか。浮かれている自分に呆れながらも、そのことを考えるのは、正直なところ、楽しみではあったのだった。

 

⭐️

 

 そして、当日。ここ最近建てられた校舎は真新しい。採光も随分意識された設計で、どの空間もとても明るい。それはもちろん教室も例外ではなくて。公立とはいえ、この地区はかなり教育に力を注いでいるようだ。大々的な今日の「出前授業」の開催からも、それが見てとれる。さて、俺は折角だからと、いろんな授業を見て回っている。ここも、その一つだ。
「皆さん、おはようございます。早速ですが、この野菜、何か知ってる人?」
「「「トマトー!!!」」」
「はい、正解!ただね、このトマト、普通のものではないんだ。『遺伝子』を操作してつくられた特別な種類なんです。普通のトマトより、とっても甘いし、病気にもなりにくいんだよ」
「ええー、すごいね!?」
「食べてみたーい!」
「実は、みんなの分を用意してあります。食べてみたい人は前に来てね、慌てないで大丈夫」
 俺と同世代のさわやかな男性、有望な若手研究者のひとりなのだろう。わかりやすい話だし、つかみがうまい。子供たちも目をキラキラさせて聞いていて、今は用意されたトマトに興味津々にかじりついている。プログラムをみると、「帝都大学農学部遺伝子工学専攻准教授 都森圭(ともり けい)」とある。帝都大学!超難関大学だ。大学は、残り続けてポストを得ることまでがとても大変だと聞いたことはあり、そこでこの若さで助教授だとは、よほど優秀なのだろう。すごい人がいるものだ、と思いつつ、俺はこの教室を抜け出す。都森先生には申し訳ないが、同じ時間に、例のものも重なっていたからだ。よし、と少し気合をいれ、小さく深呼吸すると、「天文学」をやっているクラスに、足を向けるのだった。

「おお……」
 それにしても、すごい。ひと、ひと、ひと。見学者が鈴鳴りだ。子供たちの席の後ろはぎゅうぎゅうで。古橋の姿を一目みたい、という輩は廊下ですでにそういう位置に陣取っていて、そこはとても割って入れる様子でもない。とはいえ、ここまできたのだ、引き返せるはずもなく。せめて声だけでも、と思い、人を押しのけ押しのけ、なんとか拾えそうな場所まで近づいた。
「……星座の見つけ方がわかれば、夜空がもっと面白くなるんだよ」
 それは、古橋の声だ。随分と久しぶりだったが、すぐにわかった。耳に優しく響く、その声。懐かしくて、顔がにやけてしまう。
「まずは、季節ごとに、目印になる明るくて見つけやすい星を覚えると、楽しいです!」
 星のことになると、瞳を輝かせながら少しだけ早口で話してしまう、彼女。俺の記憶の中の、そのままだった。
「春なら春の大三角形。アルクトゥールス、スピカ、デネボラ」
「夏なら夏の大三角形。ベガ、アルタイル、デネブ」
「秋なら南の一つ星、フォーマルハウト」
「冬なら冬の大三角形。ペテルギウス、シリウス、プロキオン」
 わあ、と子供たちの歓声があがる。教室内は少し暗くしてあることから、スクリーンに実際の星空を投影しているのかもしれない。
「家族のみんなにも、教えてあげてほしいな。星のことを、いろんな人に好きになってもらいたいから」
 そんな言葉も聞こえつつ。古橋らしい言い回しだ、と思い、心があたたかくなった。星のことを話す古橋は、やはり、輝いている。
 そんなこんなで、古橋の授業は、大盛況で終わったのだった。

 

第二章

 

 結局、古橋をせめて一目だけでも見たい、ということも、叶わなかった。授業が終わるまでに、さらに見学者が増えてしまった。そして、授業が終わってなお、なかなか人がひかずに、これでは俺自身も古橋の邪魔になってしまうことが嫌で、その場を立ち去ったのだ。
 でも……よかった。古橋は元気そうで、さらに、夢を叶え、あんなに立派になっていたのだから!もう俺の手が届かないところへどんどんいってしまうのかもしれない、という寂しさを感じないわけではない。しかし、俺は所詮、ほぼ一年間しか一緒に過ごしていない。ましてや、それを経て、仲を一定程度深めたとはいえ、友人の域を出たものではなかった。付き合う、なんてことには、とてもなっていないのだから。
 実際、あの頃の俺の気持ちはどうだったのか、と言えば……。
「あ」
 そこで、携帯の着信音が鳴り、慌てて手に取る。
「はい、唯我です」
「あ、唯我先生!なんか、今日の出前授業の先生たちとの懇親会があるみたいですよ!いってみませんか!?人脈もつくれそうだし。これは内緒ですけど、古橋先生に会えるかもしれないし!」
 今日一緒に来ていた先輩からだ。かなり興奮気味に、そんなことを教えてくれた。一瞬、俺も古橋に会えるかも、ということは頭をよぎった。しかし、多分、同じことを考える人間はとても多いだろう。なんとなくだが、人当たりがよい彼女はそういう場面もうまく捌きつつ、内心、困っている、そんなことが容易に想像できた。その一員になるのは、本意ではない。
「情報ありがとうございます。でも、人混みで少し疲れたみたいで。俺、帰ります。また、懇親会の様子、教えてください!」
 先輩は残念がりつつ、体調を気にかけてくれて、そこで話は終わる。俺は一つ伸びをすると、学校を後にするのだった。

 腹が減っている。いまは、13:20。当初は古橋を見たい、というのはありつつ、本業の為だ。ほかの出前授業も、折角の機会として、メモをとりながら、がっつり見学していたのだ。授業に使えなそうなとっかかりはないか。自分だったら、専門的な用語をどう噛み砕いて説明するか。頭も結構使いながらではあったのだ。駅に到着するまでのどこかで、飯でも食べるかと思い、いろいろと気にしつつ。
 ふと、大通り沿いではなく、少し路地に入ったところに、昔ながらの小ぢんまりした喫茶店があることに気づいた。ふむ。せかせかと飯だけかきこむのももったいない。せっかくの休日でもあるから。ゆっくり食べることができるかもしれない。店内を覗き込むと、そこまで混んでもおらず、カランカラン、という鈴の音を聴きながら、店に入ってみる。と、その時だった。飛び込んでくる、声。
「すいません、ナポリタンおかわりくださーい!」
「はーい。お客さん、よく食べるねえ!そんなに細いのに。無理しないでよ!」
「えへへ、午前中頑張ってきたので、いいかな〜、なんて」
 声の主を探して……鼓動を早くしながら、目を向ける。流れ落ちるような綺麗な長い髪の毛。華奢な身体。そんな後ろ姿だけで、わかった。一目見たかった彼女。
「……古橋」
「……はい?……!!!」
 つい、名前を呼んでしまい、怪訝な顔でその人が、振り返りながらこちらを見て……大きな瞳をさらに見開いて。
「成幸くんっ!?」
 それは、10年越しの、再会だった。

 

⭐️

 

 折角だから同じ席で食べようよ、と古橋がいってくれたので、その言葉に甘えて、古橋の向かい側へ座る。改めて、正面から彼女を見た。
 やっぱり。とても、綺麗になっていた。高校生の頃の整った顔立ちはそのまま、薄めとはいえ、お化粧もしている。今日は、ぴしっとしたパンツスーツ姿というのもあるし。しかし、なにから話せばいいのか。いざ目の前にすると、考えていた話題がふっとんでしまった。
 高校生の頃は、あれだけ自然に話せていたのに。おそらく、目の前にいるのが、素敵な大人の女性なのだ、と認識してしまったせいだろう。
 そんな空気を察してくれたのか、古橋が先に口を開いた。
「綺麗になった、と思ったでしょ」
「!」
 相変わらず、人の心を読んでしまうやつだ。しかし、イエス、とも、ノー、とも言い難い質問。古橋は、困り顔の俺を見て、満足したようで。にっこりと笑顔になり。
「恩人をいじめるわけにはいかないものね。これくらいにしておいてあげるよ!」
 そういって、ふふふ、と笑ってくれて。俺も、そのおかげで、すっと肩の力が抜けたのだった。
「10年ぶり、か?」
「えっと、そう、だね。わたし、修士課程に入ってから、アメリカに留学してたんだ」
 口にした大学の名前は、俺でさえ知っている有名なところだった。
「すごいな……!」
 そんなことないの、と古橋は手をふる。
「担当の教授のツテだよ。だけど、すごく勉強になってね!そこから、わたしなりに研究テーマも広がったんだ。それから、いくつかの論文が評価されて、いまなんとか、准教授になれてるの」
 さらりと古橋はそんなことをいっているけれど……。もう、俺の想像をはるかに超えたところに、彼女はいるのだ。夢を叶える。誰もができることではないその道を、まっすぐに、しっかりと、歩き続けている。
「……でもね。やっぱり辛い時はあるんだ。楽だったわけではないから。そんな時はね、御守りを見るの」
「御守り?」
「……ほら!」
 そう言って、古橋がカバンから随分古いノートを取り出す。それは、俺にも見覚えのあるもの。
「随分と懐かしいな」
 本試験の前に、その時の縁のあったいわゆる「できない」女の子たち、でもその時には皆がそれを克服してきたのだが、その一人一人に送ったノート。当然、古橋文乃にも送っていて。それを今、古橋は手にしてくれていた。
「どんな時も、このノートを見れば……よし、頑張ろう。そう思えるんだ。いつか、成幸くんに会えたら……その御礼を、絶対伝えたかったの」
 だからね、と古橋は続けて、
「ありがとう」
 そう、とても、綺麗に笑いながら言ってくれて。俺は、相当に胸がドキドキさせられてしまう。
「そこまで言ってもらって、申し訳ないくらいだよ」
 なんとも面白みのない答えになってしまう。
「成幸くんは、先生、なのかな?」
「ああ、大学卒業して、なんとか先生になれて。いまは、小学6年生の担任をしてるんだ」
 そうだ、と思い出して。
「今日の、出前授業あったろ。古橋の名前を見つけてさ。懐かしくて。せめて一目見たかったから、きたんだよ」
「ふふふ、嬉しいな。そう思ってくれるなんて」
にこにこと、古橋は笑ってくれて。
「授業してるところ、見てくれた?」
「それが、たくさんの人で見られなくて」
 そっかあ、と残念そうな古橋。
「懇親会にもね、誘われたんだけど、授業だけで疲れちゃっていたから、そっちは断ったんだ。でも、こんなところで成幸くんと会えるなんて、ラッキーだよ」
「俺もだよ」
 かなり実感を込めて、そう答えた。
「いつか一緒に、授業したいな」
 と、そんな嬉しくなることも言ってくれる。
「教室にプロジェクターでも持ち込んでいたのか?子どもたちの歓声は聞こえてさ」
「ああ、簡易的なものだけどね。ビジュアルがないと、星に興味もってもらえないと思って」
 それでね、と古橋は前のめり気味になり。どんな授業にしたくて、どんな準備をしてきて、子どもたちのリアクションがこうで、と、たくさんたくさん話してくれた。俺も先生のひとりではあるので、ただでさえ興味深い話。……そして。正直に言えば。
 古橋とのおしゃべりは、とてもとても楽しくて。あっという間に、時間は過ぎていくのだった。

 

⭐️

 

「あ、いけない!もうこんな時間。研究室に顔出さなきゃいけないんだった」
「なんか、悪いな。引き止めてしまったみたいで」
「ううん、そんなことない。久しぶりに会えて……嬉しかったよ、成幸くん」
 成幸くんはゆっくりしててね、じゃあ、とばたばたと片付けてその場を去りかける古橋。俺は、少し迷い。でも、結局。
「古橋、あのさ。もしよければ、連絡先教えてもらえないか」
 そう、声をかけた。古橋は、目をパチクリさせて。
「そっか、そういえば、そうだったね」
 というと、メモ用紙を一枚取り出して、さらさらとアドレスと携帯の番号を書いて、渡してくれた。
「リアクションがすっごく遅いけど、それでも良ければ」
 にこっと笑い、古橋は手を振ってその場を立ち去っていったのだった。また、繋がりが持てた。そのことで、胸があたたかくもなり。少し、鼓動も早くもなり。目の前のメモを、俺は大切にしまうのだった。

 俺と、古橋文乃の物語が、また、動き始める。

 

(続く)

 

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