古橋文乃ストーリーズ〜流れ星のしっぽ〜

「ぼくたちは勉強ができない」のヒロイン、古橋文乃の創作小説メインのブログです。

光彩陸離たる星々の行方はただ[x]のみが知るものである②

第三章

 

「私と別れて」
 それは冬場の耳を切り裂くような冷たい風のような声色だった。いつもの落ち着いた、女性にしては低めの声が、深い深い谷底から響いてくるようで。
「……いろいろと、私は間違ったみたい。『唯我君』と過ごした二年間を返してほしいわよ」
 電話で唐突に別れを告げられた。なかなか辛辣な言われ方だったし……、いつもの『成幸君』の呼び方を『唯我君』にされていて、もはや元の関係性には戻らない、という強い意志も感じたのだ。
「私、半年前から浮気もしてたんだけど。どうせ、気づいてなかったんでしょ」
「え……」
 間の抜けたことに、浮気をした側からわざわざ教えてもらい、そのことを初めて知った。怒る気には……ならない。仕方がないのかもしれない。ここ半年くらい、お互いの多忙を言い訳に、ほとんど会えてすらいなかったのだから。
「貴方の部屋の私の荷物、まとめておいて。今度とりにいくから」
 ツー、ツー、ツー。
 引き止めるかどうか、考える時間すら与えられず、一方的に電話は切られた。端的で、無駄のない話ぶりが常だが、こういうシチュエーションでもそれは同じだった。
 水原桜(みずはら さくら)さん。俺が二年交際し、先日別れを告げられた人。
 俺にはもったいない美人だった。少し吊り目で切長の目。身長は高く、ほとんど俺と変わらなかった。細身。さばさばとした性格だけれど、ちょっとした気遣いに女性らしさも兼ね備えていて。とても、頭の回転が良くて、聡明。いろんなことに造詣が深く、「先生」であるはずの俺が、教わってばかりだった。
 出会いは、夜間中学で教える有志の社会人サークル。桜さんが先輩で、俺は後から入った新入りとしていろいろと教えてもらう立場だった。俺より二つ年上ということもあり、教えやすかったのかもしれないが。しかし、教えることに自信があるメンバーの中でも、桜さんの教え方はプロが舌を巻くほどうまかった。仕事は、民間企業には疎い俺でも知っている一流の商社。なぜこんな人がいるのだろうと聞いてみると、
「教育が学びたい人に行き渡らない国には未来がないから」
 だそうで。志の高いそのビジョンに、俺は驚きながらも、桜さんに興味を持つようになった。何がきっかけかはわからないものの、桜さんが俺にアタックしてくれて、そして、恋人同士、という関係になったのだ。
 そんなふうに、かつては、お互いに想いあっていたはずなのに、その関係性がなくなるのはこうも簡単なのか、と苦笑いすら浮かんできた。
 ……ショックではないのか、と言われれば、ないわけがない。だが、今でも交際当時と同じくらい好きなのか、と問われると言い淀むのが本当のところであり、ほっとしている自分がいないわけでもなくて。たしかにこんなバランスでは、これから先、一緒にいることは遅かれ早かれ、難しかったのだろう。
 1週間前のそんな出来事。しかし……これを打ち消してしまう、いや、それ以上に心躍る「再会」があるとは。人生はわからないものだ。

 

⭐️

 

 俺は、迷っていた。古橋と、本当に偶然再会できて、連絡先をもらった後。ほんの数時間とはいえ、そのやりとりはとてもとても楽しくて。正直に言えば、久しぶりに、ドキドキさえ、したのだ。昔のまま、綺麗な顔立ちや多彩な表情は変わらない。でも、それに加えて、知的になって話すことも聞くこともとても上手くなっていた。一層魅力的になった彼女。……また、会いたい。そう思ってしまった。
 要するに。食事でもしないか。そういう名目で、また会えないか。その連絡をするか、どうか。
 そのことを、決めかねて1週間が過ぎ去ろうとしているのだった。土曜日の朝7:55を回ろうとしている。はあ、結局なんてことはない週末になるのか、とため息をつきつつ、俺はなんの気無しにテレビの電源を入れてみた。
 すると、NHKの教育番組をやっていた。なんだか、綺麗なお姉さんがいるな、とぼーっと視界に入れるが、
「!?」
 慌てて二度見する。そこには、俺が知っている女性がいたから。
「ふみのおねーさん、今日のせいざを、おしえてー!」
 そう、小学校低学年くらいの女の子が話題を振る。
「はーい!今日の星座は、『うしかい座』です!」
 そこには、確かに、俺の知っている古橋文乃が映っていた。星柄の三角帽子を被って、赤いローブを身に纏っている。星の形をしているモチーフがついた棒で、星座の映し出されたホワイトボードを指していた。指した先が光り、なぞったところがまた光の線となり、それがぱっぱっと結ばれていく。線の引き方は流石プロだ、流れるように動かしていく。
「とっても明るく輝くオレンジ色の星、アークトゥルスが目印の星座だよ!」
「この星は、みかけで0等星。他の星と比べても、とっても明るいってこと。日本では『麦星』と呼んでいたところもあります。そして、豆知識だよ。隣のりょうけん座は、この牛飼いが飼っている犬になります。仲良しだよね〜!」
 テレビ向けの笑顔なのか、星を語れる楽しさなのか。それは本当にイキイキして、可愛らしくて。これは、子供だけでなくて、保護者(特にお父さんかもしれない)からの人気もあろう、というものだ。
「今は6月で、梅雨の時期だけど、それでもたまの晴れ間の夜に星座をみることができると、余計に嬉しいです。ふふふ」
「今夜も、みんなが素敵な星との出会いがありますように!」
 それが締めの文句なのだろう。古橋はにっこり笑いながら、カメラに向かって手を振ってくれているのだった。
 少し、複雑な気分にもなる。見慣れていた、でもそれは教育係という特別な距離感があったおかげなのだが、その古橋の素敵な笑顔を、世間が見ているわけで。こんなことを言える立場では、まったくないのだけれど……。悔しい、というか。俺とふたりの時には、もっと可愛い笑顔を見せてくれていたんだぞ、そう張り合いたくなる気持ちにも駆られるのだった。
 やっぱり、古橋に会いたい。俺は、今の素直な気持ちに背中を押されて、緊張しながらも古橋にメッセージを送るのだった。

 

第四章

 

「はい、おまたせ!」
「おお〜!うまそうだな!」
 俺の目の前には、次々と料理が並べられていく。炊き立てのごはん、豆腐と油揚げの味噌汁、ほうれん草の胡麻和え、揚げナスの煮浸し、金平牛蒡に、具材が大きい、肉じゃが!ビジュアルだけでなく、温かい料理の出来立ての匂いといったら、たまらないものだ。
 料理の作り主と、並べてくれているのは。古橋文乃、である。髪を比較的低い位置で一つにまとめている。泣きぼくろが目元にあることは知っていたが、歳を重ねた分、なぜか色っぽく見えるものだ。
 古橋は、きれいなレモン色のミモレ丈スカートと、黒と白のボーダーのカットソー。昔は少しレースやフリルのついた洋服も多かったような記憶があるが、よりシンプルな装いに変わっていくものなのか。だが、現に似合っているのだから、流石だと思う。ちゃんと、自分に似合う服がどんな服なのか、知っているのだ。
 さて、机を挟んだ俺の正面の椅子に、エプロンを手際良く外した古橋が、すとんと腰を下ろす。彼女の大きな瞳は、並べられた料理に驚く俺をあたたかく見つめてくれている。後から聞いたら、すごいでしょ、という自慢げな思いが七割、味はどうかな、という不安げな思いも三割あったそうだ。だが、少なくとも今は、古橋が俺を見つめてくれていることだけで、胸の鼓動が早くなる自分が隠せずにいて。
 ご飯を待つ俺。料理上手な奥さんが、たくさんおかずを作ってくれて。まるで新婚みたいだな、と、馬鹿なことすら考えてしまい、だめだだめだ、そう、慌てて打ち消す。
 なぜ、こういうシチュエーションになったのか、というと。俺が、古橋にご飯でも食べにいかないか、とメッセージを送ってから。リアクションが遅い、と聞いていたのに、割とすぐ、その日のうちに、古橋から返事はあったのだ。曰く。
 わたしも成幸くんとご飯を食べにいきたい。でも、最近外食していると、変なタイミングでテレビに出てませんか?と聞かれてしまうことが増えてきた。それは避けたい。なので、もし良ければ、わたしが料理を振る舞うので、うちに来ないか。
 ということで。昔のことを知る身としては、古橋の料理の腕は半信半疑だったものの。会える機会があるのならば、そんなことは二の次。なので、古橋の家にお邪魔して、今に至る、というわけなのだ。
 さて、話は戻り。
「わたしが結構ちゃんとしたもの作れてるから、びっくりしたでしょ」
「ああ。すごいよ。食べてみても、いいか?」
「もちろん。召し上がれ!」
 俺は腹をすかせていたこともあり、お腹の音が鳴りそうで、それを誤魔化したくもあり。
 俺と古橋は『いただきます』と、声を重ねて、早速食べてみる。
 まずは、ほうれん草の胡麻和えを、少しつまむ。胡麻の香りがよい。そして、ほうれん草の味付けもよくて、胡麻と甘めの味付けが引き立てあっている。次に、揚げナスの煮浸し。むむ、唸る。カツオの出汁で上品に風味も、味付けもされたナス。味のバランスがよく取れている。揚げ方もうまい、変にしなっとなっていないから、食感もいい。さらに、金平牛蒡。素材からよいものを使っているのだろうか、ニンジンもごぼうも香り高いし、歯応えがシャキシャキとしていて、食べるのが楽しい。味付けは、野菜の味が引き立つように調整されているようだ。さらにさらに、肉じゃが。じゃがいものホクホクさがたまらない。にんじんや玉ねぎの味わいもよい。豚肉も入っているが、メインは野菜!というのがよくわかる。
 ぱくぱくぱく。箸がとまらない。
「……美味しい、かな?」
 少し不安げに古橋が聞いてきた。俺は、口に肉じゃがを放り込んでいたので、うん、うんと首を大きく縦にふって、意思表示をする。
「そっか。よかった……!」
 安堵して少し引き締めていた表情から笑顔になる古橋。ぐっと左の拳を握りしめ、小さくガッツポーズをしているようだ。俺を喜ばせるために、どれだけ手間をかけてくれたのだろう。その準備からウキウキとしてくれている古橋のことを考えると、可愛くて……俺はその笑顔を直視できない。誤魔化すように視線を今日の素敵な料理に向け直すのだった。

 

⭐️

 

「とっても美味しかったよ。ありがとう!」
「喜んでもらえてよかった。ご飯、おかわりしてくれたから。本当に美味しく食べてくれて……わたしからも、ありがとう」
 綺麗に食べ切った俺たちの皿を、古橋が洗ってくれてから、林檎を切って出してくれ、俺と古橋は談笑している。
 なんでも、大学の研究室に料理の教え方がうまい先輩がいるらしく、その人に教えてもらいながら猛特訓して、料理の腕が人並みになったんだよ、そう教えてくれた。それにしても。
「……毎日食べられる人は、幸せだな……」
 思わず、そんな言葉が口をついた。古橋のこの家、3LDKのマンションなのだが、一人で住むにはかなり広い。部屋の中の家財などは少な目なので、他の住人……オブラートに包んだが、要するに、結婚していて旦那さんがいるのか、もしくは、交際していて同棲しているような男性がいるのかどうかは、正直、わからないのだ。
 幸い、俺の言葉がはっきりとは聞こえなかったようで、どうかしたの?と不思議がる古橋に、なんでもないよ、と伝えかけて。
 少し迷ったけれど。俺は、少しだけ、古橋との距離を……変えたかった。だから、踏み込んだ。
「聞きたいことが、あるんだ」
「なあに?」
「……結婚してるのか?」
 瞬きをする古橋。少し、驚いているようだ。真面目な顔をして、
「……どっちだったら、いいのかな?結婚していてほしい?それとも……ほしくない?」
と、返してきた。
 まだ、わからない。わからないというのは、俺の本心。古橋との距離を変えたいと思ったはいいものの、それは、どれくらいの距離感を望んでのものなのだろうか。でも。そういう先々のことは置いておく。今の俺の、素直な気持ちで、答える。
「結婚していないでほしい、よ」
「……そっかそっか」
 古橋は、真面目な表情を緩めた。
「結婚は、してないよ。それに、そういう予定がある相手も、いません!」
「……よかった」
そう、思わず本音が出てしまい。ほっとしてしまったのも、本当だ。
「でも、だよ?」
「ん?」
「30に近い女性に、既婚か未婚かを聞くなんて、TPOによってはかなり問題だからね!?ふふふ」
 言葉ほど怒っていないのは、古橋の表情でわかりつつ。
「それは……そうか」
と俺もとぼけて答えて。
 そうして、あはは、とふたりで声をあげて笑った。
 それから、古橋が俺の家に居候をして、朝ごはんづくりを失敗したことを思い出して、その話を懐かしがったり。俺が番組を見たことを伝え、古橋がそれを恥ずかしがり。でも、この仕事も面白いんだよね、ということから、テレビの仕事の裏側を教えてもらったり。俺の学校での生活はどんななのかを話したり。話題は尽きることなんてなくて。
 古橋といる時間は、あっという間に過ぎ去っていってしまう。
 そろそろ帰らなければ。ちらり時計を名残惜しく見て。古橋も同じことを考えていたようだ、壁掛けの時計に視線を向けていたので。もう一度、会えるきっかけが、何かないのだろうか。そのことを考え始めていて、ふたりの間に少しだけ沈黙が流れる。そこで、俺より先に、古橋が口を開いた。
「今度は、成幸くんのおうちに遊びにいこうかな。お返しに、ご馳走を振舞ってもらいたいし」
 古橋は、少し頬を赤くしながら、そう声をかけてくれる。俺は一瞬驚きながら、その嬉しい申し出に反応すべく、慌てて首を縦に振る。住所をメモに書いて渡した。その時の古橋の表情は、俺の目が希望的観測に満ちていたことを差し引いても……喜んでくれていた、そう思えた。
 もっと、一緒にいたい。そんな気持ちが少しずつ湧き上がってきている。だが……。まっすぐにその気持ちと向き合ってもいいのか、どうか。それはまだ、決めあぐねている俺なのだった。

 

第五章

 

 私、水原桜は、ここ最近機嫌が悪い。この前、二年付き合った彼氏を振った。そして、並行して付き合っていた(それは浮気だ?なんとでも言えばいい)男性が、正式に彼氏となって、嬉しいはずなのだが。このハイスペックな私が、二年も付き合ってやったというのに、あの男、唯我成幸は、ついぞ私を本気で好きになることは、結局なかったのだと思う。別れ話を突きつけた時も、そこまでショックを受けているようにも感じられず、一層私を苛立たせるのだった。振った方が嫌な気持ちになることもないわけではないだろうが、私の不機嫌は、根深そうだ。
 今、私はその元カレ、唯我成幸の家に向かっているところだった。私のパジャマとかを置いてあるので、引き取りにいくのだ。面倒くさくて、連絡はしていないが、今は木曜日の20:00過ぎ、おそらく家にいるだろう。……はあ、とため息をつく。生活リズムを覚えてしまっているから。さっさと唯我成幸周りの記憶を消したい、私はそう心から望む。安普請のアパートが見えてきた。オートロックですらない。よくこんなところに通っていたな、と過去の私に呆れる。そして、『唯我君』(付き合っている時は『成幸君』呼びだったが、もうその呼び方はしたくない)の部屋までもうすぐ、という時だった。
「……?」
 ひとりの女性と鉢合わせたのだ。長い黒髪と、大きな瞳、それを縁取る長いまつ毛。それ以外にも整った顔立ちに、スレンダーな体型(胸はない)、白い肌。モデルか女優か、と見間違うほどだった。私も自分の美しさに自信はあるほうだけれども、正面からの美人コンテストでは張り合いたくはない。そんな彼女が、『唯我君』になんの用事なのだろう。
「あ、こんばんは」
 そう、その女性がにこっと笑いかけてくる。元々美人なうえに、感じのいい挨拶をしてくれるのだ。
 直感的に感じた。この目の前の女の人。私の大嫌いなタイプだ。美人で、人当たりもよくて、性格も良さそうで、自然に人の輪の中の中心にいることのできる、生まれた時から選ばれた人。努力に努力を重ねて、苦労もしてきた私からすれば……天敵、といっても過言ではない。
「『成幸君』に何か御用ですか?」
 きな臭い匂いがする。私は状況を掴むために、とっさに元カレの呼び名を昔に戻した。
「あ、えっと。この前、なりゆ……、唯我くんとお話する機会があって、彼が忘れ物したので、それを持ってきたんです」
 さらにイラっときた。この女、『唯我君』を下の名前で呼びかけている。随分親しい間柄のようだ。あなた、『成幸君』のなんなんですか、そう、いっそこの場で問い詰めようか、とも思ったが、一度『唯我君』を揺さぶってからにしよう、と思い。
「『成幸君』の忘れ物。私、渡しておきますよ。預かっておきますから」
「あの、でも。悪いですし」
「ふふ、大丈夫。ほら、夜も遅いですから、早く帰ったほうがいいですよ。私はこれから『成幸君』と一晩過ごすので、ご心配なく」
 一晩、の意味くらいはわかったようだ。顔を赤くした彼女は、それじゃあ、といって、私に手提げ袋を一つ渡して、立ち去っていった。寂しそうな背中ではあったが、知ったことではない。私のイライラは、おさまらないまま。
 結局、『唯我君』は家にもおらず、私の訪問も空振りに終わった。だが、本人に連絡するのもばかばかしくなり、今夜は帰ることにした。最寄りの駅に到着する。そういえば、忘れ物とはなんだ、と思い、中身を覗いてみた。綺麗にアイロンがけされたハンカチと、タッパーに入っている四つのおにぎり。冷凍されているようだ。そして、メモ。迷いなく、目を通した。
『おつかれさま、成幸くん。ハンカチの忘れ物だよ!うっかりさんだなあ、ふふふ。あと、お仕事が大変って言ってたから、差し入れでおにぎりつくってみたの。凍らせてあるから、よければ、電子レンジであたためて、夜食にでもしてね。それじゃあ、またね♪』
「!!」
 少し筆圧の弱い、綺麗な字。そして……親しみのこめられた内容。私も女、そして、彼と恋人であったからこそ。それが過去形とはいえ、踏み躙られた思いすらあり。
 怒りのあまり、その場で、私は叫びたい衝動に駆られてしょうがなかった。いったい、なんなのだ、あの女。そして、『唯我』(もはや君をつける気分にもとてもならない)。
 いつもなら通り過ぎるだけのコンビニ。そこにあるゴミ箱に、その女から預かった『唯我』への忘れ物一式をどかっと放り込んだ。
 沸騰している頭を、一周回って冷静にさせよう、と私は努めた。可能性としては、あの女がいるから、私の別れ話を受け入れたのだろうか?そうだとしたら……。腹が立つどころではない。随分と馬鹿にされたものだ。それと比べると、私の浮気など、可愛いものではないか。誠実ぶっていた『唯我』に、こんな振る舞いをされるなんて。怒りを通り越して、憎しみすら湧いてきた。クールでいながら、この感情をうまくコントロールしなくては。そして。私は一つの決め事をした。
 『唯我』とあの女を、絶対に幸せにさせるわけにはいかない。そのためには、どんなことでもしよう、と。

 

(続く)