古橋文乃ストーリーズ〜流れ星のしっぽ〜

「ぼくたちは勉強ができない」のヒロイン、古橋文乃の創作小説メインのブログです。

煕煕攘攘たる祭に[x]は踊るものである(中編)

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第三章

 

 理想的な秋晴れだ。気候も、暑くもなく、寒くもなく。
 つまり、相まって、外にでかけるのが気持ちのいい一日だと思う。
 そんなとある日のきれいな青空のもとで、わたしはついつい嬉しくてにやにやしてしているところなのだ。
「文乃、ずいぶん嬉しそうだな?」
「えへへ。そりゃあね。だって、見て!」
 わたしと成幸くんの視線の先には、ひと、ひと、ひと!
 今日は、わたしが通う天花大学の学園祭。学園祭の実行委員会もやっていて、その準備のために約半年間携わってきた。
 お迎えする大学側のみんな。たくさんの模擬店を、不慣れながらも懸命に接客して、少しでも美味しいものを食べてもらおうと奔走している。
 ステージで盛り上げてくれる、演劇部やダンス部、軽音楽部といった面々。日ごろ研鑽しているその腕を惜しみなく披露してくれている。普通の大学生だと思っていたクラスメイトが、あんな玄人はだしのダンスを踊るなんて!そういった新鮮な驚きもある。
 そして、たくさんのお客さんがいるのだ。わたしたちと同世代の学生さんたち。少し若い世代で、この大学を志望してくれているかもしれない高校生くらいの生徒さんたち。家族連れの方もいる。中にはOB、OGもいるようで、歴史のある模擬店の前では学生と談笑している。
 関わる人みんなが、わくわく、きらきらした顔で、今日この瞬間を楽しんでくれているのだ。
 実行委員会の一員として、こんなに嬉しいことはない。
 それにくわえて、というか、なにより、だ。
「成幸くんとのデート、だし」
 小さな声で呟いてしまう。こんな素敵な一日の1シーンで、大好きな彼氏である成幸くんと手つなぎデートなのだから!
 いつもならば、彼と見つめあいながらどうどうと伝えるのだけど。さっき、早速みんなの前で『いつも通り』振舞ってしまって、かなり目立ってしまったのだ。
 少し寂しいものの、常日頃よりは、仲良し加減も控えめにしなければいけなくて。でも、なあ。ふと、隣の高校生以来の付き合いの優しい男の子に視線を向ける。
 彼もちょうどこちらに視線を向けてくれたところだった。にっこり笑ってくれながら、
「文乃がずっと頑張っていた学園祭が見られてよかったし、それに」
「それに?」
「……文乃とのデートは、いつだって、幸せ、だよ」
「……うん!!」
 もう、もう!!わたしは嬉しくて嬉しくて!握り合っている手を、ぎゅーっと力を込めた。伝われ~、と思いながら、だ。
 おいおい、と言いながら、成幸くんも面白がって握り返してくれた。
 成幸くんは、いつだって、わたしをまっすぐに愛してくれている。そして、その気持ちを隠さずに伝えてくれる。
 わたしは、世界で一番幸せだと思う。成幸くんと恋人になってから毎日がスペシャルなのだ。
 さて、今日ももっと楽しむために。
「ほら、見て、ガイドマップ!」
「おお、本格的だな……!」
 学園祭のお店や催し物を地図でまとめたものだ。
「成幸くんと食べたいもの、選んできたからね!食通の友達に教えてもらったものもあって、楽しみなの!」
 成幸くんはにこにこ笑いながらうなずいて話を聞いてくれている。
「あのさ」
「……?うん」
「美味しい食べ物の話をしてる文乃も、好きだな。一緒にいて、幸せな気分になれるな、なんてこと考えてた」
「えへへ」
 またまた、嬉しいことを言ってくれるのだ、この人は。人目はあるけれど、もうちょっとだけ、甘えてしまおうかな。そう思った時だった。
「あ、みつけた!!おーい、古橋ー!」
 同じ実行委員会の女の子が、慌てた様子で駆け寄ってきた。
「ど、どうしたの?」
「委員長と天津先輩が、古橋のこと探してたんだよ!もちろん二人とも事情は知ってるんだけど……」
 そこで、その子はちらりと申し訳なさそうに成幸くんを見る。
「もしかして、例の件、かな?」
 おそるおそるわたしが問いかけると、その子は首を縦に振った。朝方行った、本番直前最後の実行委員会によるミーティングのことを、わたしは思い返す。

 

 

「段取りの確認は、こんなものかなっ。いやあ、みんなのおかげで事前準備が本当にスムーズだった、助かったよっ!」
 そういって、円で並べている椅子の一つで満面の笑みを浮かべてうなずいている女の子がいる。輝星祭実行委員会の取りまとめ役である委員長を務めているその子は、由風梨恵(よしふ りえ)、通称フーリエちゃん。天花大学理学部数学科数学専攻学部三回生、わたしの同級生。
 綺麗な長い金髪をポニーテールにしている。たれ気味な大きな目、その瞳は青だ。顔立ちは整っていて、とっても可愛い。ご両親ともにフランス人なのだが、帰化するほどの大の日本通だそうで、生まれも育ちも日本。氏名も当然、漢字になる。彼女の話す日本語はまったくわたしたちと遜色ないし、好きな食べ物もウナギ、アサリの味噌汁、ふきのとうの天ぷら、など、一般的な日本人よりも和食に偏っているほどだ。さて、そんなこの子のあだ名の由来。

 それは、彼女がまさに超がつくほどの数学の『天才』だから。あの、フランスの超有名な数学者であるジョゼフ・フーリエになぞらえる声もあるほどだそうだ。入学して最初に投稿した論文が、数学の論文を掲載している雑誌の中でも権威のある『Annals of Mathematics』で絶賛された。それ以来、思いついた時に書く程度だというその論文どれもが数学界での議論を呼んでいるらしく、その界隈では『超新星(スーパー・ノヴァ)』と言われているとか。もはや国内にとどまらず、海外の大学で学ぶべきだ、という周囲の声が日増しに強くなる中で。

 日本の大学生をしたくてボクはここにいるんだっ!そもそも時間や空間を飛び越えられるネット環境がある中でそんなものに縛られるいわれはないっ!

 とのことで、そういう声を抑えつけ、現に彼女、フーリエちゃんは天花大学の学園祭の実行委員会委員長までするほど、学園生活を楽しんでいる、というわけなのだ。

 金髪碧眼でチャーミングな容姿に、当意即妙な受け答え、ユニークなキャラクター。そして、リーダーシップまで兼ね備えている。少し小柄だが、しかし出るところはでている。……悔しいことに。要するに、ハイスペックどころか、オーバースペックといっても言い過ぎでない女の子、なのだ。
 フーリエちゃんはなぜだかわたしと気が合うと言ってくれていて、わたしたちは実行委員会の活動を通じてかなり仲良くなった。そんな彼女が、いまも議事を進行しているわけなのだが。
「ボクの計算だと、成功する確率は100%っ!……と、いいたいところだけど」
 そこで、いつもにこやかなフーリエちゃんの表情がくるりと厳しいものに変わる。
「昨日、みんなに事前に連絡をしていた件、触れないわけにはいかないねっ!」
 みんなの表情も一様にネガティブなものになる。それはそうだ。
 フーリエちゃんから、みんなに展開されたのは、とある短文投稿SNSでのやりとり。
 天花大学に彼女がいて、その子とデートに行く、という投稿をしているアカウント。それに端を発して、たくさんのやりとりが発生してしまっていて。その多くが、面白半分、適当なことを投稿しているというものなのだが。とある関連の投稿が、とても目立っているのだ。曰く。
『今年入学の天花大学の女子学生はめちゃくちゃ可愛い娘が多い!』
『彼氏を欲しがってる娘ばかりらしい、ナンパの勝率高し!』
『強引なアプローチが吉!』
 その煽りの短文に、また嫌な気分になる返信がたくさんされているのだ。
『俺絶対いくわ〜!待っててね、ミライのカノジョ〜!』
『清楚なイメージなだけで、中身はただのやりたがりか……がっかり』
 などなど。
「これくらいだけなら、大人としてはスルーしてればいいんだけどねっ」
 だんだんと過激な投稿が増えていき。なかでも、とあるモテないことを愚痴ってる一つのアカウントが、どんどん過激な発言に偏っていて。
『天花大学の女の子、ゲットしてみせるyo\\\٩(๑`^´๑)۶////『 』
『乗り込んで画像付きでレポートするyo (*^o^*)』
 といって、あろうことか。
『輝星祭でひと暴れしちゃうyo d(^_^o)』
 という、不吉な宣伝。これが、面白おかしく拡散されている、というわけなのだ。つまり、重々しく言えば、実施の是非を判断することが求められている、ということ。
「絶対輝星祭、やるべきだよ!」
「そうそう。みんな準備を頑張ってきたんだから!」
「でも、もしも問題が起こったら……来年から、輝星祭できなくなるかもしれない……」
 そんな意見もあり、一瞬みんな口を紡ぐ。そこで委員長である、フーリエちゃんに視線が集まった。軽く目を瞑り、うーんと思案したかと思うと、パッと目を開ける。
「気持ちや感情が、人の行動を決めることは、よくあるよねっ。でも、ボクがこのポストを任されているのは、そうじゃないところ、なんだと思うんだっ」
「数字に基づいて、ボクは条件付き実施を提案するよっ!」
 フーリエちゃんが実施、という方針を示したことで、少しだけざわっとした。みな、フーリエちゃんの次の言葉を待つ。
「一般的に、学園祭に対して、中止させるような電話や宣言を出されること、ないわけじゃない。爆破予告、みたいなやつ。愉快犯みたいなやつがいるからねっ。都内の大学が約140校。そのうち、過去3年間で実際に中止をしたケースは、2件。つまり、割合にすると0.48%。これは一つの事実になるよっ!」
「そもそも、爆破予告みたいな脅しが、実際行われるケースは、どうかなっ??これはねっ、少し複雑だから計算過程はすっとばすけれど、発現可能性は、0.026%。言い換えると、球場でホームランボールを掴むのと一緒……ほとんど起こり得ない、ということだねっ!」
「ここらへんが、判断材料にはなるかなっ!でも、ああ、ほとんどないなら大丈夫だね、とするのは、我々の仕事としてはズボラにすぎる、と思うんだっ!つまりね、リスクを最小限にする努力は可能な範囲ですべきだよね、ってこと!一般的に人の目があると思わせるだけで、犯罪の抑止効果は高まるといわれているからさっ!」
 そこでフーリエちゃんは、円からは少し離れた椅子に長い脚を組んでいる女性に声を掛ける。
「そこで、警備担当のアマツ先輩、ご協力をお願いしても、いいかなっ?」
 その人は、天津星奈さんだ。わたしの研究室の先輩でもある。身長が高く、スタイルがいい美人だ。性格は大雑把、なようで、実は気配りがすごい人。この実行委員会のOGとして、アドバイザーとして協力してくれている。とはいえ、基本的に困ったときに何か質問しても、笑いながら自分たちで悩んで考えなよ、と言うだけなのだけれど。それでも、天津先輩がいてくれるだけでみんな安心してしまうのだ。さすがの存在感。警備についてだけは、ガチでやるよ、と言ってくれている。
「お安い御用だよ。ポイント、ポイントで、警備を置いて、それとあわせて巡回する遊軍を組もうか。とはいえ、人数には限りがある。効率よくやるにはどうすればいいか、数字でなにかヒントをくれない?」
 天津先輩、問われるとすらすらと提案してしまう。おそらくフーリエちゃんの話と並行して、やれることを整理していたのだろう。フーリエちゃんは真後ろのホワイトボードに、ざざっと学園祭の模擬店が並ぶ場所の地図を黒マーカーで書いた。
「そうだねっ。人の流れを統計的に処理して……、人が集まるがゆえのトラブルが起こり得る可能性を考慮……、模擬店の配置も変数にすると……うん、比較的そういうことが起こりえるとしたら……」
 ぶつぶつ、と2、3秒ほどつぶやいていると、やおらに赤マーカーに持ち替え、四箇所に二重丸をつけた。
「ここ、かなっ」
 天津先輩は軽く頷き、みんなを見やる。
「警備については、あたしが責任を持って指揮する。当然、あたしも現場にいる。みんなには、自分のやるべきことに専念して欲しい」
 天津先輩への信頼感は抜群だ。みんな、さっきまでの不安な表情が消えて、よし、やるぞ、という引き締まったいい顔に変わっている。
「うん、いい空気になったねっ!じゃあ、そうだね……フルハシ君、みんなに激励の言葉をいいかなっ!」
「え、え!?」
 突然わたしに振られてしまい、慌てはするものの。今のいい流れを変えたくはない。その時、ぱっと思い出した言葉があった。
「えっとね。『たいせつなのは、じぶんのしたいことをじぶんで知ってるってことだよ』。これは、ムーミンに出てくるスナフキンっていうキャラクターの言葉」
 みんながじっとわたしを見ている。少し鼓動が早まる。落ち着け、落ち着け。小さく深呼吸をしてから、再び口を開く。
「誰かの助けになりたい。がんばる人を応援したい。学園生活、みんなで達成感を味わいたい。わたしたちは、そういった自分がしたいことを幸いにして胸に秘めている。だから、ここにいるんだと思うの」
 わたしに集められた視線を、ひとつひとつ見つめ返す。真剣な瞳には、真剣な想いを返そう。少し声を大きくして。
「そのことがブレない限り、迷うことなんて何もない!」
 もっと言葉に力を込めた!
「100%の成功に繋げるために!みんなで乗り切ろう!」
 わたしが話し終わるや否や……場がわっと盛り上った!ふーっと大きくを息を吐いて、ほっとする、士気向上に一役かえたらしい。隣でフーリエちゃんが、笑顔と一緒にぐっと親指を立ててくれた。
「よし、じゃあ最後に景気づけがいるねっ。……円陣を組もうっ!」
 フーリエちゃんがそう声掛けをすると、総勢30人の実行委員会一同、みんなで肩を組んで大きな輪になった。

「じゃあいくよっ……せーのっ!!」

『……アインス!』

『ツヴァイ!』

『ドライ!』

『ゲーエン!!!』

 『1、2、3、GO!』というシンプルな掛け声を、かっこいいからドイツ語でやろうよっ!というフーリエちゃんの提案で、わたしたちは気持ちを高めるため、ここぞというときにこれをするのだ。
 最高の仲間たちと、絶対に学園祭を成功させるんだという想いが重なった言葉が、部屋に、そして胸に響き渡る。改めてやる気をチャージしたわたしたちは、みないい顔になって、お互いを声を掛け合いながら、持ち場に散っていくのだった。成功を信じ、そのためにベストを尽くそうという気持ちを持っている素晴らしいチーム、その一員であるわたしも、とても光栄なこと。さあ、この一日を最高のものにするために、がんばろう!

 

 

 ミーティングの中で挙がっていた件で、追加のよくないこと、があったということなのだろう。
 そこで、その子はちらりと申し訳なさそうに成幸くんを見る。
「文乃、俺のことはいいからさ。ひとまず、行ってきたほうがいいんじゃないか?」
 場の空気を汲んで、成幸くんはそう声掛けしてくれた。一瞬だけ、逡巡する。折角成幸くんにきてもらったのに……。でも、すぐに切り替える。しっかりとやるべきこと、やらなきゃ。
「ごめんね、成幸くん。わたし、少しだけ行ってくるね!」
「うん。ほら、このガイドマップもあるからさ。一緒に食べるご飯、買っておくよ」
 そういって、成幸くんはにっこり笑って、頑張るわたしの背中を押してくれた。わたしが携帯電話の電話の充電が切れてしまっていたので、待ち合わせ場所を最初わたしが照会したドーナツのお店の前にした。
「あ」
 わたしの左手を、成幸くんは自分の両手で包み込んでくれる。
「俺のエネルギーもおくるよ!頑張ってる文乃を応援したいから。でも、無理だけはしないでくれよ?」
 そう言いながら。多分、寂しそうなわたしの表情に気が付いたからなのだろう。優しい人だ。わたしは、元気をくれてありがとう、と大きく首を縦に振る。そして、いってくるね、と言って、フーリエちゃんたちのところに向かうのだった。

 

第4章

 

 愛しい彼女である、文乃が慌ただしく立ち去ったあと。
「よし、じゃあ、買い出しをがんばるとするか」
 俺、唯我成幸は、寂しい気持ちがないわけがないものの、文乃にはこれまで頑張ってきたこと、しっかりやりきって欲しいから、こんなことで足止めはしたくない。
 気持ちを切り替えよう。文乃に渡されたガイドマップに目をやり、彼女が楽しみにしているであろう、花丸をつけてくれたお店を向かうことにする。
 成幸くんと一緒に食べよう、どれにしようかな~♪、とにこにこしながら選んでくれたのだろうな。
「ふふ」
 思わず笑みがこぼれる。おいしそうに食べる文乃の姿を早く見たい。そんな文乃の隣で、彼女を近くに感じていたい。人が先ほどより増えている中で、俺は少しだけ速足になる。
 ……この時はまだ、知らなかったのだ。天花大学に潜む、とあるグループの連携の良さと、絆の強さ、各々が持つ鋼の意志の恐ろしさを……。

 最初のお店は、山岳部の『銀河お好み焼き』。銀河にたくさんきらめく星々のように、たくさんの具が惜しみなく使われた、名物料理だそうだ。山岳部の男子学生だけで運営しているお店。俺にとっては逆に親しみやすい。5組ほどの行列に並んで、俺の番になる。
「あの、銀河お好み焼きひとつください!」
と声をかけた。文乃はかなり大食漢ではあるけれど、半分こがいいの!と言っていたので、買うのは全部一人前ずつだ。どれもまた、食べさせあうのかな、と思うとにやにやしてしまう。さて。
「はい、ひとつですね!……ん?おい、これってあのさ……」
「?」
 俺の顔をみるなり、店員同士でひそひそ、と少しやりとりが発生して。
「……ちっ。はい、どうぞ。じゃあ、次のお客さん〜!」
「お、とと」
 聞き間違いだろうが、舌打ちが聞こえたような気がした。え、と慌てる間もなく、店員は俺が渡した代金を乱暴につかみ取ると、お好み焼きの入ったパックをぐいっと押し付ける。早々に出て行け、という店員たちの無言のオーラを感じて、疑問は浮かびつつも回れ右をして店を離れた。商品をちらりと見てみると、どうも具が少ない……いや、なんと、具が何もないようだ。他のお客さんの手元にあるのは、どれもはみ出ているのがわかるから、おかしいのは誰にでもわかるのだが。
「……まあみんな忙しそうだから、しょうがないか」
 殺伐とした店員たちに、買ったお好み焼きを交換してほしい、なんてことを伝えたら、余計にトラブルになるかもしれない。まあ、こんなこともあるよな、この商品のままでいいや、と気を取り直して、俺は次のお店へと移動する。

 2番目のお店は、数式研究会の『激烈火炎放射ホットドック!!』。通常の10倍の辛さの特製マスタードを使っているらしい。4年に一度しか店を出さないそうで、つまり学部生は在学中に一度しか食べられない。そういうレアな一品でもあるし、辛いもの好きには挑戦し甲斐があるそうで。文乃も辛い物が大好きなので、ぜひ!ということなのだ。そして、ここもなぜか男子学生と男のOBだけで運営しているそう。
「すいません、1本欲しいんですが」
 俺を見るなり、また店員同士でひそひそ、とされる。応対してくれていた丸顔の店員は、そのやりとりのあと、あからさまに不機嫌になる。
「いま新しいのを焼いてるところだからありません!」
「あ、えっと、じゃあ、いつくらいに買いにくれば……」
「自分でそれくらい計算して!鶴亀算くらいできるよね!?ほら、こっちは忙しいんだから!」
「……は、はい……」
 とげとげしい雰囲気に圧倒され、俺はその場から立ち去らざるをえない。
「……ん?」
 気のせいか、俺の後のお客さんはスムーズに購入できている気もするのだが……。あの人たちは予約していたのかもしれない。俺は頭を振り、気持ちを切り替えて次にいくのだった。

 3番目のお店が、カヌー部の『天の川焼きそば』。本格的な麺を、甘辛いソースで味付けしてある。女性人気も高い焼きそばで、一番おいしい焼き立てを振舞えるように、巨大な鉄板のうえで、巨大なコテをつかって、日ごろカヌーで鍛えた腕力で豪快に焼きまくっているのだとか。
 ちょうど俺の直前のお客さんは女の子二人組で、一見線の細い男子学生がにこやかに対応していた。ああ、今度はきっと大丈夫だ。そう思い、声をかける。
「焼きそば一つください!」
 すると、露骨にその男子学生に大きなため息をつかれる。
「……憎い……」
「……??」
 何かつぶやかれるが、聞き取れず。すると、一つパックを押し付けられた。
「品物は渡したんですから、さっさとどいてくれませんかね?」
「あ、はい……」
 あまりといえばあまりの接客の悪さだが、あっけにとられてしまい、その場を後にするしかなく。
 ちなみにパックの中身は、凍っているんじゃないか、と思うくらいに冷めた……いや、完全に凍ったままの麺が入っているのだった。
 肩を落とすのは当然として、泣きたくもなってきた。もはや、文句をいう気力はない。……でも、文乃と約束しているのだ。せめて、次の品はしっかりと手に入れなければ……!!俺は軽く頬を叩き気合を入れ、最後のお店に向かう。

 大きなディスプレイが、48分割されて、それぞれ男子学生が映し出されている。皆、無駄に凛々しい表情と、ある意味での覇気をまとっていた。
 それに対して、日焼けした大柄な体躯と、似合わない可愛いくまさんが描かれたエプロンをしている男が向き合っていた。腕組みをし、瞑想しているようだ。
『キャプテン、プリンセス・ガーディアンズ、そろいました!』
 その言葉で、キャプテンと呼ばれた男はぱちりと目をあけた。眼光が鋭い。
「ご苦労」
『ターゲットは確認、捕捉しています。我らやつの望みをことごとく打ち砕いています!』
 そこでキャプテンと言われた男は、にやりと笑う。
「人知れず、天花大学の宝石である女子学生を守る我らプリンセス・ガーディアンズ。プリンセスナンバー28、古橋文乃さんに怪しい術をかけている男を、決して許してはいけない……!!」
『そうだそうだ!』
『古橋姫の美しさは歴代でもベスト3に入るほど!あんな男が釣り合うはずがありません!!』
「うむ。『隊規則10条 やられたらやりかえせ』、だ。古橋姫とのいちゃいちゃを見せつけた、唯我成幸!!決して楽しい思いをさせて帰すな!」
『『『応!!!』』』
 みな、瞳の奥には炎が燃え盛っている。それが彼らの原動力であり、絆のもとでもあり、……『嫉妬』、と人は呼ぶものだ。男たちの結束は固い。
 まさか自分の嫌がらせの裏に、こんなことがあるとは、当の本人、成幸は知る由もなかったのだ。

 最後のお店が、『THE一番星ピ座』。ピザと星座をかけている。ここ5年くらいからの新しいお店なのだが、この輝星祭のごはん系部門では圧倒的ナンバーワンの人気を誇っている。アメフト部がやっているのだが、なんでも本格イタリアンのお店をやっているOBのところでバイトしている学生を本気で動員してつくっているらしい。
 あ、店先の店員さんが女の子だ!先ほどからどうも男子学生が鬼門なので、今がチャンス、と俺は駆け寄る。俺のことを認識してくれ、店員さんがこちらに笑いかけてくれた、のだが……。
「いらっしゃいま……あれ、キャプテン。交代まだですよ?」
「木村さん、俺も調理ばかりやって飽きてしまったんだ。息抜きに少しだけ変わってくれないか?」
「わかりました、じゃあ、お願いします~」
 タイミングが悪い、とはこのことで。俺の直前で店員さんが女性から男性に代わってしまった。
「……!」
が、代わった男性。身長が190センチほどあり、肩幅もとても広い。さすがアメフト部だ。エプロンにかわいい熊さんが描かれているが、なごめる要素は全くない。すごい威圧感だ……。
「あの、ピザを一枚いただけないでしょうか……」
 思わず小声になってしまった。
「悪いね、生地がもうないんだよ」
「あ、そう、ですか……」
 がっくり、だ。文乃が楽しみにしていたもの、何一つまともに買うことができなかったのだから。俺がとぼとぼと去ろうとしたその時。
「お、一つ余っていた。これ、あげるよ。でも、残りわずかのうちだから、店から離れたところで開けてくれ」
「あ、ありがとうございます!」
 今日、初めて男性に親切にしてもらった……!彼は一つ残っていたというピザが入っているであろう箱を渡してくれる。大げさでなく俺は感動しつつ、何度も何度も彼に頭を下げながらら、その場を離れた。
「『楽しんでくれよ!』」
 どこか含みがあるような気がしたが、彼はそういって、にこやかに手を振って送り出してくれたのだった。

「いやあ、いろんな人がいるもんな。優しい人だっているわけだし。さて、どんなものか見てみるか」
 俺は少し通路を外れたところで、先ほど渡された箱を開けてみる。
「……!!??」
 そこには、素人目にもはっきりとわかる、真っ黒に焦げた星形ピザが入っていた。のみならず、焦げた部分が剝がされて文字になっている。

『汝に災いあれ!彼女連れには制裁を!!』

「俺が、何をしたっていうんだよ……」
 精神的ダメージが大きく、文字通り、俺は膝から崩れ落ちてしまうのだった。

 

第5章

 

 わたしが走って向かったその先では、天津先輩とフーリエちゃんが携帯の画面を険しい顔をしながら覗いていた。わたしがきたことがわかると、天津先輩にちょいちょい、と手招きされる。
「いやな思いをさせてしまうかもしれないけど、文乃ちゃんの安全のためだ。これを見て」
 すっと差し出された携帯の画面を見る。
「!!」
 そこには、画質が悪いけれど、よく見ればわたしの顔だとわかる、写真データが挙げられている。
「短文投稿SNSのなんだけどね」
 その写真データに続いている言葉。
『待っててね、写真の女の子(о´∀`о)』
『強引なのが好きなんだろう?オレにまかせとけ!!ひいひい言わせてあげるよ~♡(〃ω〃)』
 身の毛もよだつ、とはこのことだ。嫌悪感しか、わかない。アカウント名は、『スズヒロ』、となっている。
「学部生が研究室アカウントのSNSにアップしていた写真の、本当に一部分。文乃ちゃんはどうしても目立っちゃうから、みんな文乃ちゃんが写りこんだ写真の扱いにはずっと気を付けてきたわけだけど、こんなところを拾ってこられると困っちゃうね」
と、天津先輩。かなり苦々しい表情だ。
「ただの口だけのやつならよかったんだけどっ!」
 フーリエちゃんがスライドした先の画面では。
『オレは口だけじゃないyo(*^^*)』
『腰抜けどもと一緒にするなyo!!(-"-)』
という投稿とあわせて、日付と時刻が表示された赤い腕時計とともに、正門の輝星祭のゲートの写真が添付されていた。
「残念ながら、この現場に来ている可能性がある、ということで対応を考えたほうがよさそうなんだっ!」
「警備部がしっかり見回りをしつつ、だ。文乃ちゃん、学祭が終わるまで隠れておくかい?それが一番、安全だよ。ターゲットが特定されてしまっているからさ」
 心配そうにわたしを見守ってくれる、天津先輩とフーリエちゃん。でも。それでも。わたしの心の中に、ふつふつと湧き上がってくるものがある。
「わたし、逃げたくありません。こんな卑怯な人からなんて……!!」
 怒り、だ。わたしのことだけじゃない。わたし『たち』がずっとがんばって築き上げたこの舞台を壊しかねない人がこの場所にいる。
 そんな人に、自分の行動を制約されるのは、何かに負けてしまう気がして。
「成幸くんもいる。天津先輩もいる。フーリエちゃんもいる。みんなが、いるから!」
 そこで、二人は目をあわせると、大きくうなずいてくれる。
「……わかった。ひとまず、唯我くんと合流しようか。そこまでは、あたしが責任をもって連れていく。彼とずっと一緒なら、文乃ちゃんも安心だろうし。唯我くんなら、文乃ちゃんを死ぬ気で守ってくれるだろうから」
「はい!」
 天津先輩は、わたしと成幸くんの関係性をよく知っていてくれているからこその、そのセリフ。
 むろん成幸くんに無茶をさせたくはないけれど、彼と一緒なら心底ほっとできるのはまったくその通り、なのだ。
「由風、文乃ちゃんの仕事の分担を調整してもらってもいいかい。もちろん、重要な戦力として、やることはやってもらう、ってことで!」
「お安いごようですっ!プランができ次第、アマツ先輩に連絡しますねっ!」
 やっぱり頼りになる二人。おかげで、わたしは自分ができることをしっかりやりぬこう、そう改めて思うのだった。

 

 

「……なかなか電話に出ないな」
 あたし、天津星奈は、後輩である古橋文乃ちゃんを、彼女の彼氏である唯我成幸君のところへ連れていく途中だ。
 文乃ちゃんに聞いた彼の携帯番号をさっきから何度か鳴らしているのだが、なかなかつながらない。
「しょうがない。本部からアナウンスしてもらおうか」
「そうですね。どうしたんだろう……」
 少し心配そうな文乃ちゃん。彼女をターゲットにしていると思われる馬鹿が学園祭に乗り込んだせいで、彼女が自然体で心から楽しめる環境でなくなっている。まあ、かなり、だ。腹立たしい。できれば直接制裁を加えてやりたい、という思いすらある。
 彼女がこの世界で一番信頼している彼氏のところへ、いち早く送り届けてあげて、少しでも二人の学園祭の時間をつくってあげたい。

 その時だった。

 ぶー、ぶー、ぶー!!

 緊急連絡用の小型トランシーバーが鳴る。
「はい、天津だ」
『警備A組、本学の女子学生二人組に強引に迫った男を制止したところ暴れたため、取り押さえました!』
「了解。みんな、怪我はない?」
『はい、大丈夫です!』
「うん、よかった。それと、警察には連絡している?」
『はい、フーリエちゃんが連絡してくれています!』
「おっけー、わかった。ん?」
別回線からも連絡のようだ。
「はい、こちら天津」
『警備隊D組、女子ラクロス部のクレープ屋で暴れている男がいたため、取り押さえています!』
「……了解。みんな、怪我はない?あと、警察は?」
『みんな怪我はしてないです!警察については本部には連絡しています、フーリエちゃんが対応しておく、と言ってくれています!』
「ん、おつかれさん」
 間髪いれず、トランシーバーが鳴り続ける。
「天津だよ」
 ……4つ配備していたうち、残り2組からも同様の連絡が立て続けに入った。つまりは、事なきを得ている、ということで、それはいい。
 各警備隊は、武道系の部活の有段者3人以上で構成している。男子学生だけだと物々しくなってしまうので、男女混合だ。武道系だから、例えば空手であれば殴ってもらいたい、ということではない。どちらかといえば、度胸の問題だ。落ち着いて、暴れている人間を取り押さえられる。いざとなれば戦える技術があればこそ、だ。事前にみな、警察から簡単な対応も学ばせている。それが、残念ながら、という言い回しだが、役に立った、というわけなのだが。
 なぜこうもタイミングが同じなのか、不自然すぎる。
「……文乃ちゃん?」
 そこでわたしは同行者がそばにいないことに気づく。慌ててあたりを見回すが見当たらない。その瞬間、とあることが頭をよぎる。
「!」
 あたしは慌ててトランシーバーの一斉通話を押す、これはまずい……!!
「みんな、とりおさえた人間は赤い腕時計している!?すぐに確認して!!」
『いえ』『してないです』『こちらは黒です』『えっと……白です!』

……背筋が凍る、とはこのことだった。

 

「みんな、文乃ちゃんを探して!いますぐ!!」

 

 赤い腕時計の人間が他の人間と連携して、文乃ちゃんに接近しているとすれば。

 事は一刻を争う……!!あたしは自分の不注意を呪いつつ、その場で連絡を待っていられずに彼女を探しに走り始めるのだった。

 

(続く)