古橋文乃ストーリーズ〜流れ星のしっぽ〜

「ぼくたちは勉強ができない」のヒロイン、古橋文乃の創作小説メインのブログです。

その金蘭之契の輝きたるや星に比肩するものである(中編)

緒方理珠のケース

 

「まいどあり、です」
「まいどあり、よ!」
 ようやく、本日最後のお客さんが帰っていく。今日もまた、夜の時間帯は休む間もなく大忙しだった。ふうっと一息。
「今日もありがとうございます、関城さん。私が本格的に店に戻ってから、急にお客さんが増えてしまって」
 隣に並ぶ同級生に、私はぺこりと頭をさげる。
「いいのよ、緒方理珠!それよりも、あなたと同じ服を着てアルバイトができるんだから……!」
 こちらがお礼を言いたいくらいよ、やんやん♪といってまたトランスしてしまった。やれやれ、だが、愛すべき友人であることに変わりはない。
 緒方理珠はこんなに可愛くてきれいで美しいんだもの、これに気づいた輩が押し寄せるのは自明の理!とはいえ、防波堤は必須!ならば、この関城紗和子が果たすべきよね!
 ということで、半ば押し掛けるようにして彼女は来てくれたが、事実、能力が高い彼女がいなければこの量のお客さんはとてもさばけなかった。
 見た目はどうかは別にしても、雰囲気が変わったとは、よく言われるようになった。自覚も、ある。自分も、他人も、感情を理解して、表現できるようになったからだ。正しくは、いろんな人のおかげで、変わることが"できた"ということだ。
 高校一年生からの友人、古橋文乃こと、文乃。高校三年生からの"できない"仲間、武元うるかこと、うるかさん。
 また、私が他人の心が理解できない頃から、私を"恩人"と慕ってくれていたという、いつの間にか私の近くにいてくれることが増えてきた、関城紗和子こと、関城さん。
 そして。私が自身驚くほど変わった要因の大半を占める人。唯我成幸さん、だ。彼は、この店にもよくきてくれていて、店の隅、あそこの席で一緒に勉強をしていたものだ。

 

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「それじゃあ、また明日の卒業式で会いましょう、緒方理珠!アデュー!!」
 そう言って店を後にした関城さんに手を振って送り出して、部屋に戻る。ふと見回すと、かなり増えたボードゲームが視界に飛び込んできた。関城さんとバイト前にすることが多く、無精して出しっぱなしにしてしまっているものがいくつかある。片付けねば、といくつか手にとると、そのうちの一つが、慕っていた祖母手作りのものだった。頭をよぎる、クリスマスより前の事。心の傾きを決定的にした出来事があった。

 少し、時計の針を戻す。高校一年生の春、私は学園長室で一人の女子生徒と出会った。髪は長く、すらっとした体型。目は大きく、顔立ちの整った美人。それが、古橋文乃、だった。最初から仲が良かったわけではない。だが、ある日、偶然彼女が私の家でもある緒方うどんで食事をしていて(うどんを二杯食べ終わり、三杯目を食べているところだった)、流れの中で店の手伝いまでしてくれた。彼女は、お客さんの様子を一目見ただけで、こうした気遣いをしたほうがよいかも、という提案をさりげなくしてくれた。そして、自分のことをオープンに私に伝えてくれて、仲良くしたい、とさえ言ってくれたのだ。窓の向こうに降る雪を背景にした彼女は、拙い言葉でしか表現できない私の精一杯の表現でいえば……。


 とても、綺麗だった。

 

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 ああ、そうか、と気づきもした。この人は、私のなりたい私だ。……だけど、一方で。私の……なれない私であることも、痛いほどに、わかってしまったのだ。それ以来、彼女は私の"憧れ"だった。今に至るまで、ずっと、だ。
 せめて、彼女、古橋文乃のように、人の気持ちに聡くなれれば、その分だけ、自分を好きになれると思っていた。それなのに。あの日、楽しそうに話している文乃と、成幸さんを見て、互いの信頼があることを、私は理解できるようになっていたからこそ……。

 

 嫉妬した。

 

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 そんな黒い気持ちを持ってしまった自分を、好きになれるはずなんてなくて。私の自己嫌悪は相当なものだった。だが、そんな私を救ってくれたのも、また、文乃と成幸さんだった。私の何気ない言葉が、強く文乃を支えることになったことを知った。私がそうだったように、彼女もまた、私を"憧れ"だと言ってくれたのだ。そして、何よりも、成幸さんは、自分のことを嫌いになってしまうということもひっくるめて、そんな私のことを嫌わないぞ、と言ってくれた。何度でも、何度でも、だ!そう、笑ってくれたのだ。
 私は、心の機微を把握することについて成長したつもりではあるものの、知れば知るほど、それは奥深く、興味深いものだ。自分で経験できれば、それは一層面白い。そういう意味でいえば。
 成幸さんのことを好きに……。いや、大好きになったこの経験は、絶対に忘れることはないだろう。
 キスをすることの必要性の有無にまで、理屈を求めていた私からすれば、驚くほどの変化、というか。

 

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 ようやく、この日から表現できるようになったのだ。成幸さんへの、好意。私の積極的な行動に慌ててくれる成幸さんの可愛さは、新しい発見でもあり、からかいがいもあった。一方で、私に、綺麗になったとさえ、言ってくれもして。その幸福感といったら!そういったささやかなことすべてが、大げさではなく、この世界を一気に鮮やかに彩ってくれた。

 

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 その時、小美浪あすみこと、先輩からメッセージだ。
「卒業式終了後、1時間後を目途に正門に集合、ですか。はて」
 明日、高校生活が終わる。特に最後の一年は、いい一年だった、とだけ言うには、とても言葉が足りない。一生におけるターニングポイントだとさえ言えるほどの転機だと考えているからだ。すると、同じタイミングで、関城さんからもメッセージがきた。
「えっと。『言い忘れていたわ!明日、写真を一緒にとりましょう!多ければ多いほどベターよ!では!』、か」
 関城さんとは、文乃とは違う距離間での友人だ。また、直接は言わないものの、長い付き合いになるかもしれない、という予感もある。私の好きではない一面を、最初から好ましいと言ってくれていた彼女。ありがたいことだ。
 もちろん、文乃だってとても大切な友人だ。その友人は……戦えたのだろうか。気にはなりつつも、あの日以来、文乃と連絡をとっていないので、その成否はわからない。卒業旅行中、文乃は、一時期の私と同じように、自分を嫌いになっているような表情を常に浮かべていた。それが気になり、旅行から帰ってきた日、文乃に声をかけたのだ。
 文乃は、苦しんでいた。大切な友達に、好きな男の子がいること。その男の子を、文乃も好きになってしまったこと。その感情を諦めなければいけないのに、気持ちを消せないこと。
 私は、材料を提示した。友達のために、と言い訳をし、自分を押し殺した側と、知らず知らずのうちに押し殺させた側、かわいそうなのはどちらなのか、と。そこに差はないのではないか、と。言い換えれば、同じ土俵で並び立ち、時には本音をぶつけ合い、戦いあえる存在をこそ、友達と呼ぶのではないか、と。

 

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 それで、文乃の背中を押して、彼女を走り出させるのには、十分だった。
 本当は。本当は、だ。文乃を、土俵になんて、あげたくはなかったのだ。文乃が苦しんでいる理由が、私もよくしる男子生徒にあることくらい、十分に知っていたのだから。そして、私は、ずっとその男子生徒と彼女を、ずっと、ずっと見ていた。彼女が、男子生徒に抱く想いも。男子生徒が彼女に抱いているであろう想いも。それらが、大なりでもなく、小なりでもなく、等しい時の答え、如何。

 さすがに、"それ"くらいのことは、わかってはいた。

 

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 その時、ちょうど文乃からのメッセージ。忙しい夜だ。私と、うるかさん宛、だ。
『遅い時間にごめんね。明日、卒業式の30分前くらいに、図書室に集まってくれないかな?二人に、伝えたいことがあるの』
 文面からも、文乃の真剣さが伝わってくる。さて、今しがた私が思い浮かべた数式の答え合わせができそうだ。今だって"憧れている"友人からの、お知らせ。それを受けとめたのち、もう一人の騒がしい友人に慰めてもらうとしようか。苦笑しながら、私は文乃に返信をするのだった。

 

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(続く)