古橋文乃ストーリーズ〜流れ星のしっぽ〜

「ぼくたちは勉強ができない」のヒロイン、古橋文乃の創作小説メインのブログです。

その金蘭之契の輝きたるや星に比肩するものである(前編)

はじめに

 

 わたしは、自分の恋のひとつの区切りについて、彼女たちに伝えたい。いや、伝えなければならない。
 同じ人を好きになり、その中で一番勇気が足りなかったわたしの背中を力強く押してくれた、2人の大切な友達へ。

 

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桐須真冬のケース

 

 私は、明日に迫った一ノ瀬学園の卒業式の段取りを確認し終わり、温かいお茶を飲みながら、一服しているところだった。日中は穏やかな気候が増えてきたものの、まだ夜は肌寒いことが多く、身体をあたためてくれるものはまだ必要だ。
 毎年この時期、3年間をそれぞれ自分なりに戦い抜いた生徒を送り出す。成長したかどうか、今は実感がない子たちもいるかもしれない。しかし、少し年をとってから振り返ると、同世代と切磋琢磨したことで、必ず素晴らしい経験を積んでいたことがわかるはずだ。
 私は、教師だ。そんな彼らの人生に、少しでもプラスになれるようにサポートできたのか、どうか。毎年、自問自答している。
 さて。今年の卒業生の中には、そんな私の価値観を明らかにポジティブなものに転換させてくれた子たちがいた。
 "才能"。これまでの私は、それが幸せの指針になると信じてきた。それを見極め、生徒を導くのが私の役目。一歩見誤れば、自分のように不幸な人生を歩ませてしまう。だから、たとえ憎まれようと、生徒を才ある道に進ませるべきなのだ、と。

 

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 自分はそのエゴを、生徒たちに……特に、天才と称されていた、古橋さんと緒方さんに押し付けてきたのだが。その指針が全てではなかったのだ、と教えてくれた人たちがいた。かつての教え子、そして、今の教え子だ。そして、事実。古橋さんと緒方さんは、絶対に無理だと言い続けていた苦手な分野を見事に克服し、希望する大学への進学を果たしたのだ。彼女たちに、ごめんなさい、と謝る機会はあった。本当に、よかった。
 卒業生の中に、唯我成幸君、という男子生徒がいる。彼は、過去と向き合うことが「できなく」なっていた私を、懸命に救い出してくれた。ずっと、彼はそうやって「できない」気持ちを持った人に寄り添って、皆の幸せのために動いていた。きっと、今後もそうなのだろう。これから先、いつか、誰のためでもなく、彼自身が幸せに成ってくれればいい。そう思う。
 先日私が引率した、OGの小美波さん、卒業する唯我君、古橋さん、緒方さん、武元さんとの卒業旅行のことをふと思い返した。彼らが集まって楽しそうにしているところに、高校生の頃の自分も一緒にいるような錯覚をおこしたのだ。もし、そうだったとしたら、唯我君に対して、私はどんな感情を抱いたのだろうか。……。その場で、私は小さく首を振った。それが、私の答え、だった。

 

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 そういえば、小美浪さんが後輩たちにサプライズでお祝いをしたいから卒業式の終わる時間を教えてほしい、と言っていたことを思い出す。正直、例年よりも感傷的になるかもしれないな、と思いつつ、回答するメッセージを送った。
 ふと、部屋を見渡す。居住関係は以前と比べるとだいぶ改善したと思っている。あの子から掃除のやり方をこまごまと書いたノートを送ってきたときは、苦笑いをするしかなかった。

 

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 この場所で、ずいぶんといろんなことがあったものだ。彼には、互いを幸せにすることのできるパートナーと巡り合ってほしい。それが、教師ではなく、私個人として精一杯踏み込んだ願いだ。これまでの私であればこんなこと考えもしなかったのにな、と思いつつ、小さく笑うのだった。

 

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小美浪あすみのケース

 

 まふゆセンセからメッセージがきた。依頼していた件だ。ありがたい。この人は、向いていないことをやり通すためには、それだけでかい反骨精神がいるということを教えてくれた。それを忘れなかったこと、一浪の末、目標としていた医学部合格を果たせた要因の一つであることは間違いない。しかし、だ。1年前、自分が在籍したころには考えられないほど、まふゆセンセは変わったと思う。冷たい人なのかと一見しただけで感じてしまうこともある、凛とした佇まいはそのままなのだが。この1年を通して、しなやかさみたいなものが加わった気がしている。
 まふゆセンセが変わった理由。そして、アタシが高いハードルを越えられた要因の、大きなもの。それは、おそらく同じ人物に起因するものだと思っている。アタシは"後輩"と呼ぶ、文字通り同じ高校の一つ下の男子学生、唯我成幸だ。年上の女性2人に影響を及ぼすとは!やはり、とんだたらし野郎だ、とにやりと笑いながら思う。
 心の中で尊敬している、小さい診療所の主である医師の親父。その後を継ぐべく、アタシも医学部への進学を希望していたものの、それを面と向かって否定されていた時。たまたま居合わせた、お人よしオブお人よしの後輩が助け舟を出してくれ、親父はその場ではアタシがその夢を目指すことをひとまずという感じだったものの認めてくれたのだった。ま、諸事情あり、アタシが後輩の彼氏だという口から出まかせを言ってしまい、アタシたちの関係は彼氏と彼女だと親父にウソをつくことになってしまったわけだが。そのウソによって、事あるごとに親父にアピールをする必要もあり、思いのほか、後輩と深く関わることになってもしまったのだ。

 

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 それにしても、だ。恋人のフリとはいいつつも。フィクションみたいにベタベタなのだが……。後輩と一緒の時間を過ごせば過ごすほど。むっつりスケベだったり、天然女たらしだったりするからかい甲斐のある一面もありつつ、一方で、変に積極的で男らしくてドキドキさせられたり、本気でアタシが夢を諦めかけていた時には馬鹿みたいにまっすぐに励まされて心底助けられてしまったり。ずいぶんと、調子を狂わされてしまった。ことあるごとにアタシはからかうのだけれど、そんなアタシもカウンターで照れさせられること多々あり。
 まあ、つまり。後輩のことを異性として意識したことはないのだ、と言えばそれこそウソになる。裏を返せば、そういうこと、だ。
 とはいえ。後輩のことを憎からず思っているであろう、同じく高校の後輩であるあの三人娘。古橋、緒方、武元を押しのけてまで、後輩とそういう関係になりたいか、と言えばそうではない。おそらく、後輩の気持ちの矢印は、アタシのほうを向いていないだろうから。それは女の勘、だ。その矢印を何が何でもこちらに向けさせようとするほど、野暮な真似はしたくない。
 先に挙げた三人以外の誰かであることはおそらくない(超大穴でまふゆセンセはあるかもしれないが……あの、堅物からするとまあ、やっぱりありえないか)。なぜなら、この一年みっちり一緒に苦楽を共にし、頑張ってきたやつら以外に、そういった気持ちを向けられるほど後輩は器用でないことは、よくよくわかっているからだ。では、誰が本命なのか、というところについては、明示的に確かめたことはないので、わからない、というのが正直なところではある。
 だが、後輩とアイツだったら面白い組み合わせだな、と思うことはある。三人の中で、唯一アタシと後輩のウソの恋人関係に気づき、後輩との関係をからかうとムキになって反応してくるAカップ。どうなることやら、まあ、あとは若人同士で青春してくれよ、ということだ。

 

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 さて、あの三人プラス後輩を、マチコたちと計画していた、そこそこ健全なサプライズパーティーに招待すべく、メッセージを送っておこう。
 ふと、机のよく見える場所に置いている、キーホルダーとして使えるくらいの小さなぬいぐるみが目に入る。スマホアプリの人気キャラであるドハっちゃんだ。何を思ったのか、後輩がわざわざ手作りをしてアタシにプレゼントしてくれたもの。正直、大切にさせてもらっている。きっと、これからもそうなんだと思う。

 

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 後輩と過ごした日々を振り返ると、当然その時々の自分の心の揺れ動きもセットで思い出す。それは正直、甘いものだった。高校生の頃は自分に余裕がなく経験することができなかった、そういう気持ち。今ばかりは、そんな後輩よ、ちゃんと幸せに成れ。そう素直に願うアタシなのだった。

 

(続く)