古橋文乃ストーリーズ〜流れ星のしっぽ〜

「ぼくたちは勉強ができない」のヒロイン、古橋文乃の創作小説メインのブログです。

[x]のかつての恋は夢幻泡影たるものである(中編)

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第四章

 

わたしは、ホテルの一室、大人が2人並んでも余裕をもって一緒に眠れるベッドの上にいた。高級感がある、ふかふかのものだ。一人、ではない。男の人と、二人で。身につけている衣類は最小限。いわゆる勝負下着といわれるような、扇情的な真っ赤なブラとショーツだ。そこで、わたしは、ベッドの上で横たわる男性の近くにひざまづいて、彼の男性器を咥えていた。じゅぽっ、じゅぽっ……。ちゅっ、ちゅぱっ……。彼のものを懸命に舐めあげるわたしの唾液の音が、静かな室内に響く。なんて、はしたないことをしているんだろう!という気持ちがないわけではない。でも、目の前の男性が気持ち良さそうな表情を浮かべ、時折漏れる声を聞いていると、そんな考えはぱっと吹き飛んでしまう。わたしは、彼を悦ばせるためなら、どんなことだって、心の底からしてあげたいのだ。
「ふるは、し……」
その人が、わたしの名前を呼んでくれる。わたしは、んん、と少し彼の男性器を強くすったあとで、口から離した。少し、口寂しくなる。わたしは、どうやらかなり奉仕したいタイプなのかもしれない。でも、好きな人になのだから、当たり前だ。
「俺、もう……」
男性の目の光は、いつもの柔らかなものとはまったく違って、獣のそれだった。でも、わたしは、なされるがままでいいから。
「あ……」
ぼすっと、少し彼には珍しく乱暴にベッドに押し倒されて、下着を剥ぎ取られた。わたしの心臓は一層早鐘を打ち始めていた。これから彼とすることへの、期待感からだ。わたしたちは、手と手を繋ぎ合わせた。それだけでも、艶かしいのだけれど。
「いれても、いいか?」
と聞かれた。わたしの答えなど、この流れの中で否定的なものになるはずがない。
「……ほしいよ」
と、恥ずかしくてたまらないけれど、本音を小さいけれどはっきりした声で伝えた。彼は、小さく頷く。そして。
「……っ!あっ、あっ!」
一気に男性器がわたしの中にはいってきた。
「いたく、ないか?」
優しい彼は、なんとか残っている理性を総動員しているのだろう、そんな気遣いを見せてくれて。わたしは、幸せな気持ちで胸が一杯すぎて、返事がすぐにできない。うなずくのが精一杯のリアクションだった。だって、大好きな人と一つになっているんだ。女性にとって、これ以上の喜びが、あるのだろうか。
「動く、ぞ」
「んっ……。うんっ!……あっ、んっ、んっ……」
恥ずかしいから我慢して声を押し殺そうとするけれど。漏れているわたしの声はかなり淫らだ。彼にずんずんと体の奥までつらぬかれている。愛されている証明だ。もう、だめだった。わたしの理性の壁は、一気に崩壊していく。愛しさが募り、快楽と混ざり合って、わたしは、自分が驚くくらいに、みだれはじめる。

「だめっ……!きもち、いいよ……!」
「もっと、もっと……!あんっ、あっ!」
「ふるはし、ふるはし……!」
その人は、セックスをしながらわたしの名前をたくさん呼んでくれる。その度に、わたしは幸せだった。いま、この人の頭の中には、きっとわたししかいないのだから。わたしの身体の虜なのだ。
「あんっ……!きもち、いいっ……!あっ、すき、すき、すきなのっ!」
普段言えないその言葉が、溢れ出てきてしまう。伝えたい、伝えたい、もっと、もっとだ……!彼と目が合う。それで分かり合って、彼もそれに気づいてくれた。激しいキスをして、口でも下でも繋がりながら、激しく腰を振ってくれる。
「ん、んちゅっ……ちゅっ……あんっ、あっ、あんっ!」
これ以上の愛し合い方があるのだろうか。身も心も捧げたいのだ。彼にわたしの全部を差し出したい。そして、その見返りに、彼の全部がほしいのだ。お互いかなり高まっているようで、どんどん彼の動きも激しくなってきて、呼吸も激しくなってきた。それと比例して、わたしの快感も高まり、喘ぎ声を、とめられなくなっていた。
「ふ、るはし!」
「ああっ!……あんっ、だめ、だめっ!もうっ……」
溶け合って、わたしと彼は、一つになろうとしていて。
「欲しいの、あなたの全部がほしいのっ!」
わたしは心の中のまっくろな気持ち全部を吐き出してもいて。
「うん、うん……!」
必死でわたしの身体をむさぼる彼の耳に、正しい意味で伝わったかどうか、はわからないけれど。
「ふるはし、もう……!」
「ちょうだい、ちょうだい……!」
わたしたちは、二人同時に果てようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なりゆきくんっ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

愛しい彼の名前を力一杯叫んで……。

 

⭐️

 

……文字通り、飛び起きた。汗をびっしょりとかいている。
「……なんて夢……!!」
顔から火がでそう、とはこのことだ。いくらなんでも、好きな人だからといって、限度はある。それも、いまや結婚している人に対して、だ。慌てて、シャワーを浴びに浴室へと行く。

いつもより、ニ度お湯の温度をあげた。シャワーから流れる水量も一番強くして、小さい滝のようなそれを、思いっきり浴びる。そうしながら、本来は汗とともに、さっきの夢をみてしまう煩悩を払いさろうと努める、のだが……。だけど、だ。好きな人と愛しあうことができた。夢の中なら、誰に迷惑をかけるわけでもない。嫌だったのか、と問われれば、すぐには否定できない。情景が鮮明に思い返されるし、あの時の快楽でさえ……正直、好ましかったかもしれなくて。ふと、鏡を見る。裸のわたし。両手で身体を覆い隠してみた。胸は相変わらず小さくて、細身だ。よくわからないけれど、一般的に抱きたいと思ってもらえる身体だという自信があるわけではまったくないが。もしも、彼に、成幸くんに求められたとして、わたしは、はっきりと、断れるのだろうか。
「………………」
鏡の向こう側の自分が答えてくれるはずもなく。さらに絡まってきた自分の恋焦がれてしまっている現状に、わたしは途方にくれるしかなかったのだった。

 

第五章

 

成幸くんと一緒にご飯を食べてから、三週間がたった。それまでの生活が、一変したとまではいわないまでも、変わったことはいくつかあって。一番大きいのは、やはり、わたしの雰囲気だと思う。自分でもわかる。毎日の充実感が全然違う。世界の景色、見え方というのだろうか、いろんなものの輪郭がはっきりして、きらきらして見えたりすら、するのだ。日々、楽しくて。周囲の人間からもびっくりされる。研究室のメンバー、アルバイトの人たち、そして、お父さんからすらもだ。いったい、わたしと成幸くんはどうなっているのか、というと。
携帯が震える。すぐに開いてメールボックスの宛名をみて、
「……成幸くんから、メッセージだ!」
と、それだけで嬉しくなる。嬉しいに決まってる。好きな人、なんだから。
『古橋、一日おつかれさま。今度の週末、また古橋とあえるのが楽しみだよ』
そう。2人の予定の都合もあり、少し間が空いてしまったのだが、あれから1ヶ月後に、また一緒にご飯を食べにいく約束をしたのだ。それに伴って、成幸くんとの日々のやりとりが、自然と多くなって。一日のメッセージのやりとりだけで、少なくとも5回は往復している。朝起きたとき。お昼休みのとき。午後のブレイクタイムのとき。仕事が終わったとき。寝る前。……錯覚さえ、してしまう。わたしが、彼と結ばれたんじゃないかって。けっして思ってはいけないことは、わかるのだけれど。でも、おかげでわたしの毎日が輝きはじめたといっても言い過ぎではないのだった。今度また、成幸くんと、逢えるのだ。……正直に言う。そのことだけは、2人の約束だけは、誰にも邪魔してほしくなかった。たとえ。彼の奥さんにだって、だ。成幸くんの幸せを壊したいわけじゃない。でも、ほんの少しだけ、一緒にいさせてもらって、彼の優しさに触れさせてもらいたい。ただ、それだけなの。そう、自分に言い聞かせるのだった。

 

⭐️

 

木曜日の午後三時。大学の講義の突然の休講や、研究室の急な用事もないということで、めずらしく平日手持ち無沙汰になった。日差しが強い晴れの日だ。日焼けをしてしまうのは嫌だけれど、少しだけウインドウショッピングをしようかな。そう考えて、わたしは街に向かうことにしたのだった。

幸い、というか。わたしが通う天花大学は大きなターミナル駅周辺にあるので、少し足をのばすだけで、結構たくさんのお洋服屋さんをみにいくことができるのだ。学部生の頃は、よく友人たちのウインドウショッピングを楽しんだものだ。院、博士過程と進むうちに、そんな時間はなくなってしまったのだけれど。なんにせよ、今日は気分転換だ、と決めた。

もう夏の終わりということもあって、夏服のセールと、秋物のオススメが並んでいるお店がほとんどだった。いくつか品物も手に取ってみたものもある。可愛い夏用のワンピースもあったりして、欲しいかも、と思ったが、着ることができるタイミングはないよねえ、と考え直したり。素敵な薄手のニットがあって好みだったのだけれど、すでに自宅にあるものと被りそうな気がしてみたり。あーだこーだ考えながら、結局買うことはなかった。そんな時、ふと視界に入ったお店がある。
「ランジェリーショップ、かあ」
女性下着で、最近人気のお店だ。研究室の若い女の子(わたしも世間一般では若い!のだけれど、大学内ではそうでもないのだ、現実として)たちが、際どい話題とあわせてお喋りしていたはずだ。たしか、勝負下着のラインナップがすごい、とかなんとか。
「まあ、買うわけじゃないけど、ね」
と、自分に言い聞かせつつ、覗いてみることにした。わあ、と思わず声が出た。たしかに、可愛くてお洒落なデザインの下着がたくさんある。サイズごとの品揃えも豊富だ。Aもあるのか、と一応、確認した。
「何かお探しですか?」
と、店員のお姉さんに話しかけられた。買うつもりもないので、ついどぎまぎもしてしまい。ついつい、
「あの、男性と親密になりたい時の下着って、どんなのがおすすめですか?」
と、なんとも言えないことを口走ってしまった。お姉さんは完全に誤解したはずで、いいターゲットだと、思われたのだろう。案の定、笑顔を二割増しにして、
「男性が好む下着の色ってご存知ですか?」
とそんなことを聞かれた。
「えっと……ピンクとか?」
全然想像がつかず、無難そうな色を答える。店員さんは笑いながら首を振る。
「圧倒的に、赤なんです。そんな雰囲気になったときには、赤がいいです」
「本能に訴えかける色なんですよ。それに、とある大学の研究チームが行った実験では、赤を着ている女性は魅力的に見える、という結果が出てるそうなんです。なので、絶対赤ですよ。お客さんにも、絶対似合います!」
「スタイルのいいお客さんに似合うサイズも、たくさんご用意してますよ。ほら、さっそくですけど、これとか」
「わ、やっぱり派手じゃないかな……あ、でもこの刺繍可愛いかも」
「細かいところに力をいれているんです。ブラも、カップで大きく見せるわけじゃなくて、レースをうまくあしらってあくまで可愛いバストのまま魅力的に見せたいと思っていて……」
「なるほど……」
わたしは興味が出始めていた。もちろん、その、今度の成幸くんとのデートでそういうことを期待しているわけでは……ない、のだけれど……。自分に気合いをいれるため、みたいな。そんなことをごにょごにょいいわけにしながら、結局わたしは、かなり際どい真っ赤な下着を購入したのだった。

 

第六章

 

「……応援してますからっ!」
かなり丁寧に接客してくれた店員のお姉さんに、去り際、そんな言葉をかけられた。しまったな、という後ろ向きな気持ちと。うん、頑張ろうかな、という前向きな気持ちが同居した、複雑な心持ちだ。ただ、手元には事実として、決意のあらわれ、みたいなものを持ってしまっているわけだけれども、うむむ。そんなことを考えていた時。ちらり、と家族連れの姿が目に飛び込んできた。家族連れ自体、街中なのだ。見慣れているはず、だったのに。優しそうなお父さんと、綺麗なお母さん。そして、3歳くらいの元気な女の子が、幸せそうにわたしの目の前を通り過ぎていく。……わたしは、慌ててその家族から視線を剥がした。……成幸くんと奥さんの間に、もうすぐ赤ちゃんが生まれる。それは、幸せなことだ、そして、ずっと、続いていくものだ。いつか、いまの家族連れのように、子供も大きくなるのだろう。

 

その時、わたしの居場所は……。

 

……っ。慌てて首を振る。頭をよぎる暗い気持ちに蝕まれるのがたまらなく嫌で、怖かったからだ。足早に、駅へと向かう。今はただ……。部屋に閉じこもって、成幸くんとメッセージのやりとりがしたい。そう思うのだった。

 

⭐️

 

「……恥ずかしい、けど。どう……かな……」
自宅についてから、何を思ってしまったのか、わたしは買ってきた下着を身につけてみて、姿見の前に立って、少しポーズをとってみた。こんな激しい色とデザインの下着なんて持っていなかったから、とても新鮮で。意外にも似合ってる、という自己評価だ。コンプレックスの胸も、お店のお姉さんが言っていたように、可愛いレースで無理なく飾り付けてくれていて、自信が持てるようになっている。……そこで、考えずにはいられなかった。
「……成幸くん、どう思う、かな……」
今思えば、例の夢でも、真っ赤な下着を身につけてわたしは成幸くんと行為に及んでいた。もしも、もしも、だ。……好きな人に、抱いてもらえるとしたら……。
ルル、ルル、そう携帯の音が鳴る。メッセージだ。なんとなく下着のままで読むのは気恥ずかしいので、慌てて服を羽織って確認する。成幸くん、だ!

『おつかれさま。特に用はないんだけど、元気か?どんな一日だった?』
シンプルな言葉の裏に、成幸くんも、もしかしたらわたしのこと、という期待を抱いてもしまい。嬉しくて、嬉しくて。
『成幸くんも、おつかれさま!えっとね、今日は街でお洋服をみてきたよ!』
流石に下着を、とは言わないけれど。続けて何をお話しようかな、とうきうきしながら続く言葉を考えるわたしなのだった。

 

結局は、錯覚だったのだ。どれだけ、この時が満ち足りていたとしても。これは、長く続く類の、景色ではない。そのことを、わたしは知ることになる。その代償もまた、大きかったのだけれど。

 

(後編に続く)

 

 

 

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