古橋文乃ストーリーズ〜流れ星のしっぽ〜

「ぼくたちは勉強ができない」のヒロイン、古橋文乃の創作小説メインのブログです。

星の向こう側に[x]は手を伸ばさんとするものである(前編)

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【唯我幸乃の場合】

 

わたし、唯我幸乃は、お母さん、唯我文乃と現在進行形で喧嘩をしているところだ。

 

珍しい、ことだ。わたしとお母さんは普段とっても仲が良くて、いわゆる思春期になった後でも、わたしはお母さん(お父さんにもだけど)に対する反抗期的なものはなかったから。

 

理由は……。

 

ベタなのだけれど、進路のこと、だ。

 

わたしには、夢がある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

宇宙飛行士になりたいのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

小さい頃から、わたしには星がとっても身近なものだった。お母さんと毎晩のようにベランダから天体望遠鏡を眺めていたし、週末は夜空が綺麗に見える場所まで、お父さんとお母さんと3人で出かけて、裸眼で星を見上げていた。お母さんは、天文学者だ。だから、星に纏わるお話はとっても上手だったし、その情熱は、母親ながらとっても尊敬していたのだ。

 

そんな経験を重ねるうちに。

 

わたしは、とある願いを持つようになった。

 

あの遠い星々の向こう側に行ってみたい。

 

そんな、夢を。

 

わたしはまだ中学3年生だ。だけど、もう中学3年生なのだ。けっこう、無謀な夢であることくらいは、知っている。

 

だから、周囲にはずっと隠してきた。図書館で、宇宙飛行士になるには、みたいな本を借りても、こっそりと読んでいたし。ネットでたくさんそんな情報を集めていたときも、バレないようにしていたし。お父さんも、お母さんも、知らなかったはずで。

 

だからこそ、わたしがそのことを打ち明けたとき、あんなやりとりになったんだと思う。

 

⭐️

 

「お母さん、相談があるんだけど」

 

「相談?いいよ、幸乃」

 

水曜日。大学のお仕事で忙しいお母さんが、家にいる日だ。ダイニングテーブルでパソコンと睨めっこしているお母さんに、声をかけて紅茶を渡す。

 

進路の話をちゃんとしたくて。であれば、正装だよな、みたいなことを考えて、制服のままだ。

 

「わあ、ありがとう!ちょうど何か飲みたかったんだ」

 

お母さんの向かい側の椅子に座る。どう切り出そうか、といろいろ悩んではいたのだが、単刀直入にいくことに決めていた。

 

「あのね」

 

「うん」

 

どうしたの?といつも通りの優しい笑顔でお母さんはわたしの話を促してくれた。

 

「わたしね、宇宙飛行士になりたいんだ」

 

お母さんは目を丸くする。

 

「宇宙飛行士って…ロケットに乗って宇宙にいく、あの宇宙飛行士!?」

 

わたしはこくりと頷く。

 

紅茶が気管に入ってしまったのか、お母さんはごほっ、ごほっとむせてしまっている。

 

「お母さん、大丈夫?」

 

「…うん、それは、大丈夫」

 

しばらく、沈黙。お母さんは、言葉を探しているようで。そこに、あまりポジティブな意味合いは感じられない。わたしは不安になる。

 

「幸乃はまだ中学3年生だよ。まだ、これになりたい、なんて決めなくてもいいんじゃないかな。成幸くん…お父さんだって、迷いに迷って、高校生の頃になりたいものを見つけたんだよ」

 

わたしは…カチンときていた。なんだ、その言い方は。

 

「…お父さんは、その頃から家族のために、推薦とることを考えて、勉強頑張っていたんでしょ?目標はあったわけじゃない」

 

「お母さんだって、その頃から星に関わって生きたいと思っていたんでしょ?いつも、そう、お話ししてくれていたじゃない…」

 

話しているうちに、どんどん腹が立ってくる。

 

「わたしに『夢』を持つな、そういう意味?」

 

「わたしの『夢』は、ハードルが高そうだから、わたしが現実を知って諦めることを遠回しに願ってるんじゃないの?」

 

「わたしは、『もう』中学3年生だよ!『夢』を実現する難しさくらいわかるし、自分の生きる目標だって見つけたいんだよ!!」

 

「幸乃、そういう意味で言ったんじゃ…」

 

お母さんは随分狼狽していた。本気で怒り始めているわたしにどう接していいか、困っている。

 

「お母さんなら…まっすぐに応援してくれるって信じてたのに…」

 

「お母さんの、ばかっ!!!」

 

わたしは椅子を蹴り倒すくらいの勢いで立ち上がり、学校帰りのカバンを掴み取ると、その場だけじゃなくて家をまさに飛び出した。

 

腹は立っているし。そして、悲しくも、なってきた。

 

わたしは、お母さんが大好きで、とっても尊敬しているから。だから、そんな人に、夢を認めてほしかったし、応援してほしかったのだ。なのに、普通の大人みたいにお茶を濁すような答えをされて。

 

ぼろぼろと、頬を伝うものがある。熱い、涙だ。悲しさと悔しさが混ざっている。

 

今の気持ちのままでは、絶対に家には帰りたくないし、お母さんに会いたくもなかった。とはいえ、これから、どうしよう…。財布の中身を確認する。

 

「830円…」

 

これではどこか遠くに行くにも心許ない。やはり、わたしはまだ、ただの中学3年生でしか、ないのだろうか。途方にくれる。

 

ネットカフェやカラオケ、ファミレス。先立つものがない。そんな気分でもない。

 

友達の家。でも、明るく振る舞える自信がない。

 

あてもなく彷徨うか。星と星を行き来する宇宙船みたいに。

 

そんなことを考えながら、なんとはなしに携帯の連絡先を眺めていたら。

 

「あ…」

 

頼りになりそうな人を一人、見つけた。わたしは一瞬迷ったけれど、電話をかけてみることにしたのだった。

 

【古橋零侍の場合】

 

「よくきたな、幸乃」

 

「うん。急にごめんね、おじいちゃん」

 

「気にするな。今日は家で論文を書いていただけだったからな」

 

孫である幸乃が急にうちにきたい、と電話をしてきて、問題ない、と伝えると、それから間をおかずにやってきた。

 

「たしかジュースは切らしていたな…」

 

幸乃に飲み物を出すか。そう思い冷蔵庫を開けてみるが、ジュースの類はない。

 

「おじいちゃん、わたしもう中学3年生だよ!ジュースじゃなくて、大丈夫だよ!」

 

「…ん、そうか」

 

幸乃が笑いながら台所を覗き込む。

 

「パックの紅茶があるね、これ、もらってもいい?」

 

「構わない」

 

そして幸乃は手際良くお茶の準備をするのだった。

 

⭐️

 

同じ街に住んでいることもあり、娘夫妻、唯我成幸君、文乃、幸乃は割合しょっちゅうこの家にも寄る。月に一回程度だろうか。成幸君に気をつかうな、とは言っているのだが。せっかく近くに住んでいるんですから、と返されるのが常だった。

 

さて、幸乃。

 

ひとりでくることは、初めてだろう。

 

いつもは、多弁なのだが、今日は静かだ。元気に明るく学校の様子や、友達の話、最近流行ってるものなど、表情をくるくると変えながらたくさん喋る。静流や文乃に、似ていると思う。

 

紅茶を飲む。少しぬるくなっていた。お茶請けに出しているクッキーにも幸乃は手をつけていない。

 

「今日は何かあったのか」

 

通りいっぺんの聞き方になってしまうが、それ以外言いようがない。

 

「そうだねえ…あったというか、なかったというか」

 

あはは、といつもよりはっきりしない笑い方だ。ふむ、と思いながらも、私もコミニュケーションが上手いわけではないので、次の言葉を選びあぐねる。そこで、幸乃が話題をふってきた。

 

「おじいちゃんは、お母さんが天文学の道に行くことに、反対してたんでしょ?どうして?」

 

「ああ。…随分昔の話だな」

 

私は苦笑いをする。

 

「天文学というのは、数学ができなければ、本格的に関わることができない学問だ」

 

「文乃はその点、数学がからっきしに出来なかった。それは、聞いたことはあるか?」

 

こくり、と幸乃がうなずく。

 

「だって、高校三年生になった時もテストで一桁だったんでしょ?お母さん今だから笑えるけどね、っていうけど、ぞっとするよ」

 

数学教授の娘なのに、と思ったことは何度もある。教えた方がいいのだろうか、とも。しかし、あの頃の文乃と私は、とても歩み寄ることができる雰囲気ではなかった。

 

「一方で。文乃は国語の才能がずば抜けていた。テストの点数がいいだけじゃない。文章を書くセンスが、群をぬいていたんだ」

 

「その才能を、進路に活かしたほうが、文乃のためにも、世間のためにもなる。…あの頃の私は、そう思っていたんだよ」

 

「だが。文乃が高校三年生の、秋だったか」

 

「やはり天文学を選ぶ道に進みたいんだ、と文乃が直談判してきた。私と文乃はその頃話すらめったにしない関係だった。だから、驚いた」

 

懐かしい。星への憧れを、情熱をもって文乃は語っていたことを、今でもよく覚えている。それは、数学を熱く語る静流の姿と重なっていたからだ。

 

「静流…幸乃の祖母だが。彼女のビデオレターでも、文乃の夢を応援してくれていてな」

 

「まあ、そんないろんなことがあって、文乃の進路を了承したんだ」

 

「ビデオレターでは、おばあちゃん、なんて言っていたの?」

 

「ん…?冗談みたいな話が続くが。数学者だった静流も、数学が全然できなかったんだ。私は知らなかったんだが」

 

「それを踏まえて。できない自分が許す、と。好きなことを全力で好きにやりなさい、と。文乃に、そう伝えていたよ」

 

幸乃は少し考え込んでいたが、顔をあげるなり、私に一つ質問をする。

 

「親ってさ。実現が難しそうな夢を持っている子供に対して、どんなことを思うの?諦めた方がいいって、思うの?」

 

「あの頃の私は、文乃に夢を諦めさせようとしていたよ。それが文乃の幸せだと、信じていたから」

 

「だが、まあ、私も頑迷に過ぎていたな。今なら、もっと話をしていれば、文乃を苦しめることはなかったんだと、思うよ」

 

そこで流石に私も気づき始めていた。おそらく、進路の話で文乃と幸乃は揉めているのだろう。

 

「幸乃」

 

「はい」

 

「文乃は、私との間で、いろんな経験を積んでいる。もしも、何か思うことがあるのなら、もう一度きちんと話をしてみたらどうだろうか」

 

「私が言えた義理ではないが。親というのは、不器用なものだからな」

 

「…ありがとう、おじいちゃん」

 

幸乃は小さく笑い、少しの間宙を見上げている。

 

娘と孫の和解を祈りつつ。今の2人には、もうひとりのキーパーソンがいる。彼なら、唯我成幸君なら、きっとうまく二人を仲直りさせてくれるだろう。そんな確信は、私にはあるのだった。

 

(後編に続く)