古橋文乃ストーリーズ〜流れ星のしっぽ〜

「ぼくたちは勉強ができない」のヒロイン、古橋文乃の創作小説メインのブログです。

かの眠り姫は[x]を魅了してやまないものである

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俺、唯我成幸は、結婚して2年になる。

 

お相手は、旧姓、古橋文乃さん。


今は、唯我文乃さん、だ。今、俺は小学校の先生をしている。新人として、日々奮闘、というところだ。妻の文乃は、天花大学の研究室に所属していて、博士課程で天文学に関する研究を頑張っている。

 

もうすぐ小学校は夏休みに入ろうとしていた。例えば、通知表の作成だったり、子供の理解度に応じた夏休みの課題を考えたり、期末はなにかと忙しい。そんなわけで、帰宅するのは夜九時を回ることもざらになっていた。今日も仕事が終わったのが夜の九時で。ふう、と息を一つ吐いて、文乃にメッセージを打つ。

 

『今から帰るよ』


『はあい。わたしは先に食べちゃったんだけど(ごめんね)、晩ご飯はね、青紫蘇とじゃこの和風パスタと、ブロッコリーと豆腐のたくさん食べられるサラダだよ!待ってるね、旦那様♪』

 

ほっとする。数え切れないほどのやりとりをしてきたけれも、大好きな妻とのなんてことのない言葉の掛け合いだけで、リラックスできていることを実感するのだ。さあ、帰ろう。

 

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「ただいま、文乃。……?」

 

家に到着し、鍵をあける。ただいまを告げるものの返事はない。もしかして。

 

そっと靴を脱ぎ、家に入る。リビングにいくと。

 

ダイニングテーブルで、パジャマ姿の文乃が机にうつ伏せになってすやすやと眠っていた。

 

文乃も、とても忙しいのだ。論文、論文、ひたすら論文。書くだけではなくて、インプットとして著名な研究者のものも読まなければいけない。学会での発表もある。それらは、自分のこと。研究室でも上級生として後輩の指導もあるし、講義の助手をすることもあると言う。学会があれば発表のための準備もある。文乃は、あまり、大変さを嘆くことは少ないのだが。

 

こうして、一緒に暮らしていてたまに電池が切れるような時がちょいちょいあり。心配してないといえば嘘になる。

 

俺は文乃をそっと抱き上げる。いわゆる、お姫様抱っこというやつだ。文乃はほっそりとして軽い。起こさないように、最大限丁寧に、優しく、ベッドまで運んだ。

 

幸い、文乃を起こさずにすみ。少しの間、文乃の寝顔を眺めていた。綺麗だ、と思う。たまに、やはり思うのだ。よくもまあ、こんな美人に好きになってもらえたものだ、と。文乃の頬に手で触れてみる。

 

「なり、ゆき……くん」

 

寝言で、俺の名前が呼ばれる。なんというか。夢の中でも、俺のことを考えてくれるのだろうか。この、眠り姫は。毎度のことながら、こういうところで、また、好きになってしまうのだ。愛しい妻に口づけをしたくてしょうがないが、起こしてしまうと申し訳ない。俺はなんとかその衝動を押し殺して、静かに寝室を後にするのだった。

 

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ようやく期末に向けた仕事がひと段落つきつつあり。今日は早く帰れそうだ。もし、文乃より早く帰れることができたなら、俺が何か晩飯をつくってあげたい。少しうきうきしながら、文乃にメッセージをする。

 

『今日は早く帰れそうだ。文乃は何時ごろになりそう?晩飯、俺がつくっておこうか?』

 

文乃も空いていた時間だったのか、すぐに返事がくる。

 

『わたしも早くあがれそうなんだ!たまには商店街のお店で一緒に食べて帰らない?』

 

『いいね。じゃあ、駅で待ち合わせしようか』

 

『うん!じゃあ、そうだねえ、18時に一ノ瀬駅の改札のところで!ふふふ、久しぶりのデートだね♪』

 

これは、かなり楽しみな展開になってきた。

 

「唯我先生、嬉しそうですね?いいことありました?」

 

表情が緩んでいたようだ、隣の席の同僚に突っ込まれる。

 

「はい、少し」

 

俺は笑顔で返事をする。残った仕事を確実にやっつけるべく、気合いをいれなおすのだった。

 

18時、一ノ瀬駅改札前。帰宅ラッシュの時間帯だ、たくさんの人が改札を抜けていく。皆、帰る場所があるのだ。一息つける場所が。そこへ。

 

「成幸、くーん!」

 

「文乃!」

 

俺を見つけた文乃が、駆け寄ってきてくれた。

 

「えへへ、嬉しいねえ」

 

「俺だって、嬉しいよ!何が食べたい?」

 

二人とも、にこにこしている。当然だ、一緒に外食することも久しぶりなのだ。

 

「んー、そうだなあ。居酒屋で、軽く飲みながら、いろいろとつまみたい気分かも」

 

「俺もそれでいいよ、じゃあいこうか」

 

うん、と大きく頷いた文乃は、俺の手を取ると腕を組む形になる。付き合っている頃は手を握りあってデートすることが多かったが、結婚してからは腕を組むことが多くなった。旦那さんと奥さん、になったからね、という文乃なりの理屈なのだそうだが。なんにせよ、親密さをとても感じられるわけで、俺だって嬉しくないわけがないのだった。

 

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『かんぱ〜い!』

 

生ビールがなみなみと注がれたジョッキで乾杯をする。

 

俺と文乃は、いきつけの居酒屋にきていた。チェーン店ではなく、個人経営のお店だ。焼き鳥がうまいし、ポテサラやごぼうサラダ、手作りコロッケに、まぐろのぶつ切りやたこわさなどなど、一品ものもことごとく美味しいのだ。

 

焼き鳥の盛り合わせと、お通しの野菜スティックをつまみながら、俺と文乃はおしゃべりをしている。

 

「そうそう、天津先輩が今度結婚するんだよ!」
「へえ!どんな彼氏さんなんだろうな。相当包容力がある人じゃないと、釣り合わない気がするよ」
「そうなんだよねえ。わたしも相手の人のことはよく知らないんだけど。あの天津先輩だよ?たぶん年上のかなりしっかりした人だと思うな。年下は似合わないもの」
「そういえば、同僚の先生も今度結婚するって言ってたな。この前、木曜日かな?嬉しそうに報告してくれたよ」
「いいねえ、結婚ラッシュだ」
「だな。幸せな人たちが増えるんだから、いいことだよ」

 

他愛もない話、でも、対面でこんな話をできることが嬉しい。文乃はいつもよりお酒のペースが早くて、でも、俺もそうだ。この時間が、楽しい、から。焼き鳥をパクつきながら、幸せも噛み締める。

 

「今度、あそこのお寿司屋さんいってみない?」「ええ、高そうだぞ……」
「お持ち帰りなら、意外と安いみたいだよ?1500円で結構豪華みたいだから、ね、ね」
「ああ、それくらいなら。たしかに、随分寿司なんて食べてないかもな」
「美味しかったらさ、お義母さんたちにも持っていきたいんだよね」
「そりゃ、喜ぶよ。そういえば、最近親父さんは元気なのか?」
「元気だよ!今度うちに呼んでもいい、かな?たまには一緒に晩ご飯、食べようかなと思って」
「いいに決まってるだろ!それも楽しみだなあ」

 

話はいつまでも尽きず。結局、いつもよりも飲み過ぎ、食べすぎ、あっという間に3時間経ったのだった。

 

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酔いすぎているわけではない。2人とも程よく酔って、腕を組んで家までの帰路についていた。

 

「飲んだねえ、成幸くん」
「飲んだなあ、文乃」
「楽しかったねえ」
「楽しかったなあ」
「ねえ、成幸くん」「なあ、文乃」
お互い、名前を呼ぶ声が重なる。見つめ合う。

 

気持ちはわかりあっていた。その場所で、一度だけ、口づけを交わす。

 

「……幸せだな」
と文乃が呟く。


「俺だって、同じだ。幸せ、だよ」
文乃は嬉しそうに俺の顔を覗き込んで。


「わたしのこと、好き?」
「大好き、だよ」
照れずに文乃をまっすぐ見つめながら伝える。


文乃は心から満ち足りたような笑顔になり、俺の肩をぽんぽん、と叩く。


「旦那さま、合格!」


俺は大声で笑い声をあげたのだった。

 

⭐️

 

文乃が先にシャワーを浴びて、ベッドにいく。俺が間をおかず、浴室にいく。いつもより、温度を高くしたお湯をたくさん浴びる。気持ちがいい。お酒がはいっているからだろうし、文乃との雰囲気もよかったからだろう。今夜は、文乃を抱きたい。そんなことを考えてしまうのだった。

 

パジャマに着替えて、寝室に向かう。文乃は、目を瞑っていた。眠ってしまったようだ。うむむ。肩透かしにあったようだが、仕方がない。俺は結構がっかりしながらベッドにはいる。せめてもう一度キスだけでも、と思い文乃の寝顔を見ようとした瞬間。


「……んっ……」


不意打ちで、文乃にキスをされる。


「ふふふ。寝たと思ったでしょ」


「……ああ。びっくりした」


「……わたし、成幸くんと同じ気持ちだよ。同じことが、したい」


ね、と頬を赤らめながら文乃が言う。俺は返事をする代わりに、文乃を抱きしめながら、文乃の唇を奪う。お酒のせいで理性が弱め、だから、アクセルを踏んでしまう。それも文乃も同じようで。触れ合うだけのキスの交換はすぐに終わり。お互いの口の中を探り合う、濃厚なキスに変わって。どんどんお互い燃え上がってしまうのが伝わってくる。

 

結局のところ、俺はこの目の前の眠り姫に夢中なのだ。恋人としても、妻としても。心と心を溶かしあうように、俺と文乃は今夜も愛し合うのだった。

 

(おしまい)