古橋文乃ストーリーズ〜流れ星のしっぽ〜

「ぼくたちは勉強ができない」のヒロイン、古橋文乃の創作小説メインのブログです。

✏️[x]は若人の導きにならんと願うものである📓

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【はじめに】

 

わたし、古橋文乃は今、『先生』をしている。

 

とある高校生の女の子の家庭教師をしている、ということなのだが。

 

それも、数学の!

 

聞く人が聞けば、笑ってしまうお話だ。あの数学が苦手で苦手でたまらなく、成績にもそれがダイレクトに反映されていて、テストでは一桁が当たり前だった、あのわたしが、だ。

 

だけど、その頃のわたしを知っている彼氏(この紹介の仕方は恥ずかしいのだけれど嬉しくもある)、唯我成幸くんはちっとも笑わないでいてくれて。

 

「すごくいいと思うぞ。できないことをわかってやれるのは、できなかったやつだけなんだから」


「ずっと頑張って乗り越えた文乃なんだから、絶対いい『先生』になれるよ!」

 

そういって、よしよし、とわたしの頭を撫でてくれた。

 

のろけるわけじゃないけれど…わたしのことを絶対的に理解してくれる成幸くんは、わたしの支えなのだ。愛していないわけがなくて、わたしはずっと好きで好きで大好きなのだった。

 

【第一章】

 

わたしは大学三年生になっていた。大教室で一斉に行う形式の講義をほとんどこなして。いよいよ研究室に所属して、専門的な領域に踏み込む。そんなワクワクするような授業についていくべく、一生懸命頑張っていた。

 

季節は初夏。例年よりもからっとした日は多いものの、熱いことには変わりなく。わたしは、1日一本と決めているアイスクリームが楽しみな、そんな日々のこと。

 

数学教授をしているお父さんから、知り合いのお嬢さんの家庭教師をしてみないか、と言われたのだ。

 

最初は絶対に無理だ!と思って断ろうと思ったのだったのだが。高校三年生のその子が数学の成績が本当に壊滅的で。だけど、数学を活かした進路にどうしてもいきたいそうで。そんな話を聞いてしまうと、自分と重ねずにはいられず。少しでも、力になれれば。そう思い、引き受けることにしたのだった。

 

女の子の名前は、橘 絵馬(たちばな えま)ちゃん。陸上部で、ずっと頑張ってきたそうで。だけど、勉強は大嫌い!わたしの大切な友達をどこか彷彿とさせる。

 

初めて彼女と会ったのは、肌を刺すような強い日差しの夏の日だった。
「綺麗なマンションだなあ…」
気後れするような、瀟洒な建物。そこに、橘さんのお宅はあるそうで。一つ深呼吸して、緊張しながら、お邪魔をしたのだった。

 

「…こんにちは!」
「…こんにちは」
初対面。随分警戒している表情だ。だけど、わたしの彼女の第一印象は、とても良かった。日に焼けたアーモンド色の健康的な肌。手足が長い。身長はわたしと同じくらい。ショートカットで、顔立ちも整っている。とっても、可愛いのだ。


「あの。あなたのこと、絵馬ちゃんって呼んでも、いいかな?」
「いきなりだね。まあ、いいけど」
「せんせーさ」


先生!このわたしが!ずいぶんくすぐったい。とはいえ、いまは絵馬ちゃんの言葉の続きを待つ。


「天花大学なんでしょ。数学ができるのはわかるから。数学が全然できないあたしの気持ちなんてわかるわけないし」
「どうせ、他のせんせーたちみたいに、投げ出すに決まってる。あたしのできなさ加減が嫌になるから、さ」


だいぶひねくれているようだ。

 

だけど、わかる。よーく、わかる。

 

「面白いもの、もってきたんだよ」
「面白い、もの?」
「高校のころの、わたしの数学のテスト!」
「!!一桁ばっかじゃん!!あたしより、ひどいなあ…」
絵馬ちゃんは目を大きく開いて、かなり驚いた様子だ。


「わたしも、数学、全然ダメでね。だけど、とってもよい『先生』と巡り合えて。おかげで、数学頑張れて、なんとか大学に合格できたんだよ」


「だから、わたしは数学が『できない』子の気持ちが、よくわかるんだ」


絵馬ちゃんは、わたしに興味を持ってくれたみたい。視線が少し変わった気がする。


「だからさ、わたしと一緒に、頑張ってみない?」
「…せんせー、こんな恥ずかしいもの見せてくれたんだし。…わかった。あの。よろしく、お願いします」


そういって、絵馬ちゃんはぺこりと頭を下げてくれたのだった。

 

【第二章】

 

絵馬ちゃんが、どうして数学が苦手なのか。それもわたしと似ていて、一番は数式への苦手意識だった。つまり、わたしの得意分野、ということ。どうして苦手で。そのためにはどんなことを気をつけて対応していけば克服できるのか、それの逆算をしていけばいい。

 

「この数式はね、言葉にルーツがあるんだよ。全部足し上げなさい、そんなルールを記号にしただけなの」
「うんうん」
「どんな記号も、ルールを示しているだけ。あとは、そのルールがどんな内容なのか。この場合は適用されるのか、されないのか。スポーツと似てるよね。それがわかれば、あとは反復トレーニングだよ!」
「はあい!」

 

絵馬ちゃんは、とても素直で、勘も良くて。わたしよりも、ずっとずっと優秀だった。小テストの点数は、教えに来るたびに伸びている。真面目に予習、復習をしてくれている証拠だ。

 

わたしにも、アドバイザーの『先生』、成幸くんがいる。


「この段階なら、この教材がちょうどいいよ」
「うーん。少し、難しくないかな?」
「いま文乃が教えてる範囲の応用で解ける問題ではあるんだよ。伸びてる子なら理解も早い。応用が解けると自信にもなるから」
本屋さんにいって、一緒に絵馬ちゃん向けの問題集を選んでもらったりしたのだ。本当に頼りになる。誰かを教えることには、特に真剣な成幸くん。その横顔を見て、また好きになってしまう、わたしなのだった。

 

一月ほどたったある日のことだった。お昼から絵馬ちゃんに教えていて、おやつの休憩のとき。お母さまに紅茶と美味しそうなケーキ!を出してもらい、食べながら絵馬ちゃんとおしゃべりをしていた。

 

元々見た目通り人懐っこい子だったのだろう、最近はわたしに懐いてくれたみたいで、お母さまからはまるでお姉ちゃんができたみたいなんていってるんですよ、と喜んでくれているみたい。とても嬉しいことだ。

 

「あたし、もともと数学は結構好きだったんだけどさ。高校一年生の時の数学の先生が、本当にあわなくて。少しつまずいた子はほっといて、できる子中心で授業してたの」
「そうだったんだね…」
「あたしはそのスタンスが嫌で嫌で。そうこうしているうちに、数学そのものが嫌いになっちゃって」
「でも、文乃せんせーは好き。できない子のこと、よーくわかってくれてるはしさ。教え方も丁寧だし」
「わたしは、絵馬ちゃんよりも、ずっと教えるのが大変な子だったから。絵馬ちゃんは、すごいよ。才能があるよ!」
「そーかな?へへ」
そう言って、絵馬ちゃんは明るく笑う。素敵な笑顔だ。まさに、天真爛漫。


「そういえばさ」
「なあに?」
「文乃せんせー、あたしにいっぱい勉強付き合ってくれるのはありがたいんだけど。彼氏とか、いないの?」
聞かれそうで聞かれなくて、それは絵馬ちゃんが気を遣ってくれてるんだな、と思ってはいて。このタイミングかあ、と思いつつ。


「ふふ。実は、彼氏は、います」


「えええ、いいねえ!」
絵馬ちゃんは目を大きく開けて、とても嬉しそうだ。
「どんな人?かっこいいの?いつから付き合ってるの?どっちから告白したのっ!?」
まるでマシンガンだ、聞きたいことがたくさん溢れてきた感じで。

 

「えっと、ね。とっても優しい人なんだ。ずっと、わたしに寄り添ってくれてね…」


わたしは苦笑いしながら、誠実に回答すべく、大好きな人、成幸くんを思い浮かべながら、目をきらきらさせている絵馬ちゃんに向かって、話し始めるのだった。

 

【第三章】

 

わたしが、成幸くんのことを、抑え目に(だけど大好きなことは隠せないかもだった)紹介した、その次に絵馬ちゃんに会ったときだった。


「あのさ、文乃せんせー」


2人で勉強の合間に、一息ついているときのこと。


「相談にのってくれない?」
「もちろん、いいよ。わたしでよければ」
「…わたしね、好きな人がいるんだ」
絵馬ちゃん、恋する乙女、だったのか。先日の食いつき具合の背景がよくわかった。


「部活の同級生で。すごくかっこいいわけじゃないんだけど、いつもあたしのこと、応援してくれるんだ」

 

可愛い…!絵馬ちゃん、顔が真っ赤だ。

 

「その人があたしのことを好きかどうかは、わからない…。誰にでも優しい人だから…」


「…だけど…好きなんだ…」


「あたし…告白したほうが、いいのかな…?」

 

最後は消え入るような声だった。

 

恋の、相談。それも、とても大切なターニングポイントの。よくよく考えれば…。

 

わたしの恋愛経験は、成幸くんだけなのだ。引き出しの数は、はっきりいって、多くはない。

 

それでも…。

 

こんな大事なことを相談してくれた絵馬ちゃんに、不誠実な態度は、絶対とれない。であれば、精一杯、言葉を選んで、伝えなきゃ。そう思って、わたしは口を開く。

 

「わたしはね、星が好きなんだ」
「…星?空の?」
「そう。今お付き合いしてる人…成幸くんっていうんだけど」
告白をしたあの日のことを思い出しながら。
「星空のしたで、告白したんだ」
「無我夢中でね、星のお話と…成幸くんのことが、重なって」
「…伝えずには、いられなかったんだ。好きだよ、大好きだよって」


たぶん…わたしも今、顔が赤くなっていると思いながら、続ける。


「だからね。絵馬ちゃんが、気持ちを伝えたくて伝えたくて伝えたくなっているのなら。その気持ちに、身を委ねてもいいんじゃないかな。そう、思うよ」


絵馬ちゃんは、真剣にわたしの話を聞いていて。


「後悔しないように告白したほうがいいよ、じゃないんだ。今、伝えたいその気持ちを。自分のことを、大切にしてほしい。そう思うから」


「…ありがとう、文乃せんせー」


絵馬ちゃんは、よし、と小さな声で呟いて、綺麗な笑顔を見せてくれたのだった。

 

【第四章】

 

「…そんなことがあってね」
「めちゃくちゃ大変だったな…俺ならなにもいえないよ」
「あれから、わたしの都合がつかなくて、次に教えにいくのは、来週なんだよ…うう、もしわたしのせいで…だったら、どうしよう…」
「その子は、文乃のこと、慕ってるんだろ?だから、そんなこと思わないよ」
「そうだけど…」


絵馬ちゃんが、告白をしたのか、しなかったのか。したのなら、結果はどうだったのか。気になってしまい仕方がないわたしを、成幸くんは苦笑いしながら見守ってくれていた。


「お茶でも、飲むか?」
「…うん、そうだね。甘いものでも…」
行きつけの喫茶店に2人手を繋いで向かいかけたその時。


「あ!!!文乃せんせー!!!」
聞き覚えのある明るい声!
「絵馬ちゃん!…!」
なんと、こんなところで。わたしの気になっている人ナンバーワン、絵馬ちゃん。

 

でも、気になるのは、それだけじゃなくて。お隣に、同い年くらいの、男の子。

 

雰囲気のいい、2人。

 

もしかして…!


「へへへ…。あたしの、彼氏だよ!文乃せんせーのおかげで…勇気を出せたんだ!」
「わあっ、絵馬ちゃん、おめでとうっ!」

 

若い2人はお似合いの爽やかカップルだ。お互い照れた様子がとても初々しい。


「文乃せんせー、今度ダブルデートしようね!」
「お、いいね〜!楽しみにしてるよ!」
そんな言葉を交わしながら、その場は別れて。

 

もう、わたしはずっとにこにこしていた。そして、そんなわたしを、成幸くんもずっと優しい視線で包んでくれていた。

 

【終わりに】

 

「文乃はすごい『先生』だな。数学だけじゃなくて。恋も応援してあげたんだね」
「ううん、そんな。彼女の恋が叶ったのは、絵馬ちゃんの頑張り、ただそれだけだよ」

 

わたしと成幸くん、夕方の帰路についている。手は繋いでいて。2人の影も、しっかりと、そうだ。

 

「『先生』って、すごい力になるんだね、成幸くん」


思わず、呟く。


「うん?そうかもな、あくまでサポートする側だけど…頑張る子の助けになれるのなら、こんなに幸せなこと、ないよ。俺が、文乃に出会えたみたいに」


嬉しいセリフだ。


「成幸くんはさ、永遠にわたしの『先生』なんだからね」


思ったままの言葉だった。成幸くんは優しく笑ってくれて。


「ずっと、ずっと、一緒だ」


そう、言ってくれた。

 

わたしは、満面の笑みで応えた。

 

今頃、絵馬ちゃんも同じように幸せだとよいのだが。若人のこれからの幸せを、心から願っている。

 

(おしまい)