【唯我成幸の場合】
「…ん」
眠りが浅かったようだ。周囲はまだ暗い。時計をちらりと見る。夜中の3時過ぎだった。
隣では、愛しくてたまらない彼女である、文乃が寝息を小さくたてながら眠っている。お互いに、手を握りあったままだった。文乃の綺麗な左手。
成幸くんはね、いつも大切な時にわたしの手を握り締めてくれたの。
そう、文乃は嬉しそうに話してくれることが多くて。あまり意識はしていなかったものの、それ以来、もっと意識して握るようにはしている。
文乃が喜んでくれることは全部したいし…俺だって、文乃と手を握る時はいつも幸せなのだから。
デートのとき。
二人で並んでお皿を洗ってるときの、なんでもない時間の隙間。
…抱き合ってるとき。
その繋がりを、いつまでも、ずっとずっと大切にしたいと思っている。
「なり、ゆき…くん」
文乃が、寝言で俺の名前を呼んでくれていた。
愛しさで胸がいっぱいになる。
今すぐに、また、愛しあいたい、そんな衝動を必死で抑え付け。
せめて、と、繋いだ手をそっと外し、両手を文乃の背中に回して、できるだけ優しく、抱きしめる形にはした。
いつだったか、旅館で文乃と泊まったことがあった。まさか、同じ布団で寝ることになるとは、だった。あの時は、意図せず、朝になると文乃を抱きしめてしまっていたが…。
いまは、違う。俺が、文乃を愛していて、抱きしめたいから、そうしている。
文乃の綺麗な形をした唇に、そっと、キスをして。
しばらく、彼女の美しい寝顔を眺めていた。
【古橋文乃の場合】
「…ふわ…」
部屋の中は、少し明るくなっている。朝日がカーテンの中から入ってきて、少しずつ朝の気配をわたしたちに伝えてくれているのだ。
時計は、朝の5時半。起きるには少し早い。
わたしは、いつのまにか、成幸くんに優しく抱きしめられていた。わたしの背中に両手が回されていて。わたしは彼の胸に、頭をコツンとした形になっている。少し顔を上げる。目の前には。
大好きな人。成幸くん。
溢れる想いを抑えきれずに、たまらず、キスをする。起こさないように、気をつけながら、そっと。
昨夜のことを、少し思い出して、顔が真っ赤になる。一人暮らしをはじめた成幸くんのおうちに遊びにきて。引越しのお祝いだー、といって、一緒にワインを一本飲んだ。
最初はテーブルに向かいあわせでいたはずなのに、いつのまにか並んで手を繋ぎながらお酒を飲んでいて。
だんだん、お互い口数が減ってきて、熱い瞳で見つめ合う時間が増えてきて。どちらからだったか、キスの交換がはじまって、そして…。
愛しあった。
これも…幸せでたまらない時間だ。
思い返すと恥ずかしくてたまらないのだけれど…。
「…ふみの…」
不意に成幸くんに名前を呼ばれる。起きたかな、と思ったけれど、まだみたい。寝息をたてて、成幸くんはまた眠ってしまったようだ。
成幸くんの背中にわたしも手を回す。成幸くんの胸に耳を当ててみる。強い、心臓の音が聞こえた。
今日は、午前中はお互い予定はない。
であれば。
また、抱いてほしいし。
わたしも、たくさんたくさん、愛を伝えたい。
そう強く、思ったのだった。
【ふたり】
成幸が目を覚ます。
「ふみの…。おはよう」
「おはよう、成幸くん」
文乃は優しい笑顔を浮かべながら、成幸に挨拶を返す。
抱き合ってるふたり。お互いの距離は近い。
お互い身につけている衣服は最小限だ。
「あのさ、文乃」「あのね、成幸くん」
お互い同じタイミングで言葉を掛け合い、2人とも照れた表情になる。
考えていることも、きっと同じ。
そんな想いを共有して。
気持ちを抑えきれない、そんなふうに、文乃から成幸にキスをする。
成幸も、お返しとばかりに文乃に長い長いキスをする。
『愛したい』
互いのそんな想いが伝わってくる。
ふたりの愛は、もっともっと熱を帯びはじめて。
末長く、その愛が続きますように。
(おしまい)