古橋文乃ストーリーズ〜流れ星のしっぽ〜

「ぼくたちは勉強ができない」のヒロイン、古橋文乃の創作小説メインのブログです。

[x]が2人を甘い夢に誘うものである

はじめに

 

今日も、ドキドキしている。

 

成幸くんとのデートなのだ。それは、いつだって特別なもの。付き合って一年と少しになるけれど、それはずっと変わらない。

 

季節は、初夏。

 

夏服が欲しいな、と思っていて、毎日の成幸くんとの電話の途中でそんなことを話していたら。
「じゃあ…。大学の課題も一息ついたって言ってたろ?今度の土曜日、一緒に買い物にいかないか?…ほら、久しぶりのデートってことで、さ」
そんなことをはにかみながら言ってくれて。わたしに断る理由なんてあるはずもなく、
「ありがとう!いこういこう!」
もう喜びいさんで、即答させていただいたのだった。成幸くんとは、毎日のように電話はしているし、メッセージのやりとりも多い。でも、デートとなると、実はそんなに回数を重ねていない。お互い、大学の勉強を一生懸命しているというのもあるし。成幸くんがバイトで忙しいこともある(お金を貯めるというよりは社会勉強の意味合いが強いみたい。いろんな経験を積みたいそうだ)。なので、これまで月に一回あるか、ないか。だからこそ、それぞれのデートが楽しみでしょうがない、わたしなのだ。

 

第一章

 

待ち合わせはお昼過ぎ。場所は、洋服屋さんが連なる都心の駅。日頃は使わない場所だけど、今日は成幸くんといっぱい一緒にいれる日だし、成幸くんも好きだよ、可愛よ、といってくれる服をゲットしたくて、わたしは気合いが入っている。

 

今日のわたしは、薄水色のブラウスに、濃いオレンジ色のスカート。冷房で寒いこともあるので、薄手の白いカーディガンも持っている。髪型はポニーテール(暑いから!のと、成幸くんが密かに好きらしいので。えへへ)。お化粧は、時間をかけた。一つ一つの手順を丁寧に。彼氏の前では一番きれいでいたいから。買い物で荷物は増えると思ったので、持ち物は最小限、いつもよりバックはこぶりなものにしている。

 

人混みを避ける場所で成幸くんを待ちつつ、手鏡で髪型をチェックしていると。
「文乃ー!ごめんな、待たせたか?」
「成幸くん!」
実際会うのも、なんだかんだ久しぶりなのだ。本物の、成幸くん。春先のデートで初夏用に、と一緒に買った薄緑色のシャツをラフに羽織って、ジーンズ。…かっこいいと思う。わたしが犬だったら、もう、尻尾を全力でふりふりしているところだ。

「待ってないよー。あー、嬉しいな、嬉しいな♪」

わたしは気持ちを全然隠せなくて、気持ちがそのまま言葉になる。そんなわたしを、成幸くんはいつもどおり優しい目線を向けてくれて。にっこり笑いながら右手を差し出してくれる。わたしは、左手を伸ばして…成幸くんと手を繋ぐ。初めてではないのに、いつも、いつも、いつだって、これだけで幸せでたまらなくなるのだった。

 

第二章

 

お昼ご飯をまずは食べる。路地の中にあるビルの二階、こじんまりしたイタリアン。大学の友人に教えてもらったお店だ。雰囲気がいい。ピークは過ぎているようで、ちょうどいい賑わいだった。わたしは名物だというペスカトーレ、成幸くんはボロネーゼにする。
「ん〜〜!美味しいねえ!」
「うん。これはうまいよ!」
お互い、興奮気味だ。それほど舌が幸せ。生パスタ!ということで、麺が抜群。それにあうソースだって、素晴らしくて。デザートで小さなパンナコッタも付いてきた。

 

美味しいものを食べるのはもちろん好きなのだけれど、美味しいものを食べて幸せそうな成幸くんを見るのはもっと好きだ。

 

今日もそうだ。にこにこしている成幸くんは、わたしに今日も元気をくれるのだ。

 

「さあ、成幸くん!たくさん食べた分、買い物、頑張ろー!」
「わかりましたよ、お姫様」

 

張り切るわたしに冗談めかして成幸くんは発破をかけてくれる。わたしは飛び切りの笑顔を彼に向けるのだった。

 

第三章

 

「どっちがいいかなあ…」
わたしは薄手のスカート2着を目の前にしながら迷っている。お店は三軒目。多少の濃淡はあれど、好きなブランドのお店を回っているので、もう楽しくて仕方ない。


「成幸くんは、どっちが好き?」
そうだなあ、と成幸くんはまだ真剣に悩んでくれている。優しいんだよね。ずっと真面目にお洋服選びに付き合ってくれてるんだもの。悪いなあ、と思いつつも。そんな成幸くんにもっと好きになってほしいから、わたしも決め切らずにいるのだった。

 

「ごめんねえ、成幸くん…」


結局今のお店でも服は選びきれなかった。謝るわたしに、ぶんぶん、と成幸くんは首を横に振る。
「楽しいよ」
「文乃が楽しそうだと、俺も嬉しい」
にこにこしながら、これなのだ。こんな嬉しい言葉を、この人はすぐに贈ってくれるから。わたしはメロメロだ。

 

そんな時だった。

 

成幸くんが、ふと足をとめる。その視線の先には…

 

「あ…可愛い…!」

 

レモン色のワンピース。

 

普段は見過ごしてしまっていた。そのお店のショーウィンドウに、その服が飾られていて。特別な感じが、する。上品な色遣い。可愛い形の襟は白くて、ワンポイントになっている。良い生地なのは、少し見ただけでわかった。

 

「成幸くん、行ってみよう!」
「そうだな」

 

そしてわたしたちは、気合いを入れてその店に入ってみるのだった。

 

第四章

 

「いらっしゃい」

 

快活な声。迎えてくれたのは、30代くらいだろうか、綺麗な茶色の髪をボブで切りそろえた、かっこいいお姉さん。お世辞にも広いとはいえない店内だけれど、センスのいいお洋服ばかりだ。目移りしつつも。

 

「あの、表にあるレモン色のワンピースを、見せてもらってもいいですか?」


しまったね、という顔をお姉さんはする。


「うーん、どうしようかな」


思いがけない反応をされてしまった。


「悪いけど、あれは売り物じゃないんだ。あたしがつくった一点もので。…あなたのサイズには、ちょうど良さそうだけどね」


「…そうですか…」


すごく残念だった。でもまあ、しょうがない、か。お店の他の服を見てみるかな。と、その時だった。

 

「あの」


成幸くん。


「一度、この子に着させてもらうだけでも、できませんか?」


「んー?ふむふむ…。まあ、それくらいなら。いいよ」


お姉さんは、成幸くんの顔を少し見つめて、にっこり笑って。わたしに、そのワンピースを着させてくれることになったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…どう、かな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


着替えてみて。ドキドキしながら、成幸くんに見てもらう。


「…すごく似合ってる。うん、文乃にぴったりだと、思うぞ。…可愛い」


最後の可愛い、は思わず口をついた、という感じ。成幸くんは、これまでも本気でコメントしてくれていたのだけれど、今回のそれは、端的で最上級のものだった。

 

あまりにもストレートな褒め言葉すぎて、恥ずかしくなってしまいわたしは下を向く。


「あははは!」


お姉さんが、明るい笑い声を立てた。


「あたしのワンピースがこんなに似合うなんてね…。そして、彼氏のお墨付きときたら…」


そこでニヤリと笑い。


「気に入ったよ。あなたに、売ってあげる」


「…ありがとうございます!」


なんともはや。一目惚れしたワンピース。なんという縁か…!手に入れることが、できたのだった。

 

なんと、サイズもわたしにあわせて整えてくれるということだったので、お言葉に甘えた。試着室でワンピースを着ながらあちこち測ってもらいつつ、話しかけられる。


「…あなたさ」


「はい?」


「彼氏に、ベタ惚れでしょ」


「!」


図星だけれど…。


「…はい!」


誤魔化すことはないのだ、堂々と肯定する。


「でもね」


「?」


「あなたの彼氏は、あなたよりももっとベタ惚れだと思ったけどね」


思わぬ。思わぬ一言。うまく返事が思いつかないけれど。そう見えてるのだったら…。


「顔が真っ赤だよ!」

と、お姉さんに指摘されてしまう。相当にわかりやすいようだ。「素敵なカップルだね。御馳走様」

そう言って、お姉さんは明るく笑ってくれたのだ。

「きっと、帰りにいいことがあるよ」

そして、なぜか意味ありげにそんな言葉を最後にかけてくれた。

 

第五章

 

時間が過ぎるのはあっという間だ。愛しい人と過ごす時間なら、尚更。素敵なお店でワンピースを買った後、カフェで休憩がてら、おしゃべり。そのあと、少し広い公園を見つけて、ゆっくりと散策していて。そうこうしているうちに、日が暮れる時間帯になってしまっていた。そろそろ、かえる時間。


「寂しいな…」


小さな声で、呟く。成幸くんに聞かれてしまうと、きっと優しい彼はもっと一緒にいてくれるけれど…。わがままは、ダメだ。成幸くんと、手を繋いで、駅に向かう方向へゆっくりと歩き出す。

 

その時だった。

 

「…あのさ、文乃」


「どうしたの、成幸くん?」


「ワンピース、とても似合ってたよ」


「えへへ…ありがとう」


「レモンの色、好きなんだよ」


「そうなんだ!でも、どうして?今日初めて聞いたかも」


「文乃と、初めてキスした時」


忘れもしない。忘れるはずがない。


『レモンの味…』


ファーストキスの、思い出。


二人の声が重なる。

 

顔を赤くしながら、成幸くんが続ける。


「あれから、レモン色を見かけるたびにさ…」

 

 

 

 

「…文乃のこと、もっと好きになるよ」

 

 

 

 

 

わたしは、言葉も出なくて。どんな顔をすればいいのか。わからない。嬉しすぎて。下を向きかけて。

 

文乃。

 

いつになく、甘い声で、呼ばれて。ドキドキしながら顔を上げた瞬間。

 

…んん。

 

成幸くんのあたたかい唇が、わたしの唇に優しく押し当てられる。

 

成幸くんの唇が離れかけて…今度は、わたしの唇が追いかけて、今度はわたしから押し当てた。

 

「文乃…」

 

唇を名残惜しく離したわたしを、成幸くんは優しく抱きしめてくれる。

 

「成幸くん」

 

甘く、囁く。

 

それ以上、2人に言葉はいらなくて。

 

もう一度…長い、長い、永遠に続いてほしい…そんな、キスをした。

 

おわりに

 

俺、唯我成幸は困っている。どうしようもなく。彼女である、古橋文乃が可愛すぎる問題である。

 

今日のデートでも、困った。

 

待ち合わせ場所でひと目見た瞬間から可愛くて、

 

手を繋ぐことも幸せで、

 

美味しいものを食べている姿も可愛くて、

 

どちらの洋服がよいか迷うところも可愛くて、

 

女の子らしい洋服を恥ずかしがりながら着てみせてくれるところは、もう、可愛くて可愛くて(似合っているのだから手におえない)。

 

キスだって…そりゃ、したくなってしまうのだ。

 

思い返して…頬は緩むばかりだった。

 

その時、メッセージ。

 

『成幸くん、今日のデートも、ありがとう。今度は、今日のワンピース着て、もっともっと可愛くするから、もっともっと、デートに行こうね!…キスも…ありがとう』

 

そして、レモン色のワンピースを嬉しそうに纏う文乃の写真データ付き。

 

「…困った」

 

俺の悩みは、一層深くなるばかりだった。

 

俺は、どうしようもなく、文乃に恋をしているのだ。これまでも、そして、これからも、ずっと。

 

(おしまい)

 

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