夢を、見ていた。
わたしは、高校生だった。そこは、高校生特有の高揚感に包まれている。空はもう暗くなりかけていて、夕方から夜になるくらいの時間帯。ああ、そうか。気がつく。
文化祭の、後夜祭なのだ。何か。ジンクスめいたことをすると、その相手と結ばれる。ジンクスがなんだったかは思い出せない。
ふと気がつくと、目の前に、知っている男の子が倒れていた。慌てて、右手を伸ばす。伸ばしながら、ただ、その男の子のことを知っているだけでないことに気づく。そう、まっすぐに優しくて弟みたいな彼の名前は………。その時、花火の音がしつつ、辺りが一面照らされて。
そこで、目が覚めた。
大丈夫ですか?とスタッフのお姉さんが声をかけてくれる。
はい、少し眠いみたいで、あはは、と答える。
ふかふかの椅子に座って、わたしは髪型を整えてもらっていた。
正面には、大きな鏡があって。
いやがおうにも、わたしの目には飛び込んでくる。
綺麗な純白のウェディングドレスを身に纏っている、自分の姿が。
あまり可愛いすぎないように、シンプルなデザインにはした。その分、いい生地にさせてもらって、上品な光沢が素敵なドレスだと思う。
今日のわたしは、花嫁さん。
緊張しているはずなのに、よくもまあ居眠りできたものだ、と苦笑してしまう。確かに、昨日はあまり眠れなかったのも事実なのだが。
結婚式。
女の子の、夢の舞台。
小さい頃、幸せそうなお母さんを見てきていたから、わたしもお嫁さんにずっとずうっと憧れていた。
だから。
素直に、嬉しい。心から、嬉しい。
できましたよ、と声がかかる。髪も、ばっちりとセットしてもらったようだ。スタッフの方に、私、この仕事して長いんですけど、文乃さんくらいウェディングドレスが似合う人は初めてみました。そう真顔で言われて、思わず吹き出す。
花嫁さんは、その時々、一人一人が最強の主役なのだから。
当たり前でしょ、そう胸を張る。
ウェディングドレスが似合いたいのも。この時だけは世界で一番綺麗でいたいのも。すべては。愛する人の為。もっとずっとたくさん、愛してほしいから、だ。
身嗜みの準備はほぼ終わる。そこに、お父さんが控え室に入ってきた。
目を大きくして…少し驚いたけれど、ハンカチを取り出して少しだけ目元を拭う。似合ってるな。静流も、見ていてくれるだろう。そう、言ってくれた。
お父さん。ありがとうございます。わたし、お嫁さんになってくるね。
なんとか、泣かずに、それだけ伝えた。お父さんは、少し外す、と言って入ってきたばかりなのにすぐにその場を去っていった。去り際、涙が流れるお父さんの顔を、わたしは忘れないだろう!
こんこん。ノックの音。
新郎様、いらっしゃいました。
そう、外から声が聞こえてきて。
恋をしたばかりでういういしいわけじゃない。
はじめてのデートなわけでもない。
はじめてのキスでもない。
それでも…。わたしの胸は、早鐘をうっていたし、片想いの時みたいに…今日のわたしになんて言ってくれるのか、期待でいっぱいになっていた。
実は、新郎さんが、わたしの花嫁姿をちゃんと見るのはこれが初めてになるのだ。ドレスは一緒に選んだけれど、完璧にメイクアップした姿は初披露だ。なんて、言ってくれるだろうか。
かちゃっ、という音と同時に、新郎が現れる。
もう、とても。びっくりした顔。ねえ、どんな顔なの?とわたしは慌てて尋ねる。
いや、その………。
綺麗だよ。星みたいに…とても…綺麗だ。
彼は。わたしの愛する唯我成幸くんは、顔を真っ赤にしながらそう言ってくれて。その言葉だけで、わたしは胸が愛で満たされる。愛してくれてる。この人は、これからもわたしのことを永遠に愛してくれる。そう、心の底から信じることができたから。
左手をそっと体にくっつけて、抱きしめる。わたしの左手を、成幸くんはいつも大切に包み込んでくれていた。だから、だから。わたしは今でも、成幸くんで頭も心もいっぱいにしたいときには、そうするのだ。
文乃。いこうか。
成幸くんはそう言って、右手を差し出してくれる。
文化祭のジンクスの時とは逆だな、そう気付いた時。
幸せにする。
そう、はにかみながら成幸くんは伝えてくれた。
もう、わたしにはジンクスはいらないんだと、思った。成幸くんが、これからはわたしとずっと一緒にいてくれるから。
わたしは左手をそっと伸ばして、成幸くんの手を握りしめた。
そして、するりと成幸くんと腕を組む。
いつの間にか、お父さんが戻ってきている。黙ってうなずく。
目線で、いってくるね、と伝えて、成幸くんと式場に向かって歩き始める。なぜか、二人分の視線を感じつつ。
文乃、幸せになるのよ。
そんなお母さんの声が聞こえたような気がした。
お母さんがお父さんに恋をして結ばれたように。
わたしも成幸くんに恋をして結ばれた。
わたしの旦那さん、かっこいいでしょ。いつも優しいんだよ。そんなことを、自慢したくてたまらなかった。
大きく響く鐘の音が聴こえる。幸せの、鐘の音。
さあ、わたしと成幸くんの結婚式だ。
(おしまい)