古橋文乃ストーリーズ〜流れ星のしっぽ〜

「ぼくたちは勉強ができない」のヒロイン、古橋文乃の創作小説メインのブログです。

[x]は鉄塔にて何度でも落下する夕方である

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【はじめに】


古橋文乃。


俺の、恋人である、女の子。容姿はびっくりするほど整っている。端的に言ってしまえば、美人。表情が豊かでころころ変わる。髪が長くて、いろんな髪型にするのが好き。デートのたびにどんな髪型かな、と想像するだけでも楽しい。左目の目尻近くに泣きぼくろがある。彼女は、美人の証だよ、と冗談めかして言っていたこともある。

優しくて、いつも俺のことを気にかけてくれていて。心の機微に聡い。察しが良すぎて驚くこともいまだに多い。


両想いとなり、恋人同士と言われるような関係になり、もうすぐ一年になる。


馬鹿みたいに思われるが。いまだに俺は、彼女のことが好きで好きでしょうがないのだった。


【第一章】


季節は冬。俺が通う六花教育大学は郊外にあることもあり、強くて冷たい風がよく吹く。講義棟と講義棟を結ぶ渡り廊下を学生たちが足早に通り過ぎていき、その中に俺も紛れる。まだまだ、コートとマフラーは必須だ。


次の講義は、「児童心理」。見慣れた同級生たちに手を挙げて挨拶しつつ、一人で前から二番目の列の中央に陣取る。唯我すごいよな、とよく言われるが、身に染みて高いお金を払って勉強できていることを知っているので、これくらいのスタンスは当然だった。講師に顔を覚えてもらいやすくて、そうするとあとで質問もしやすくなる。壮年の講師が教壇に立ち、俺を一目みやると、頑張ってるな、というようににやりと笑ってくれ、今回の講義がはじったのだった。


「児童心理、やっぱり難しいよなあ…」

講義後、構内のベンチに座りながら思わず一人言。うーん、と背伸びをする。

「おーい、唯我っ!」

「ああ、中木か」

中木舞。同じ一回生の中では、多分一番話をしている相手だ。女子。髪は短くてはきはき喋る。明朗快活なのが、見た目から伝わってくる。

中木は座らせろ、と手を振るジェスチャーをし、俺は苦笑いをしながら座る位置をずらす。すとん、と俺の隣に座りながら、鞄からノートを取り出す。

「この前借りた哲学概論のノート、ありがとね!相変わらず読みやすかったよっ!」

「ああ、それか。役に立ったなら良かった。今日もいまからバイトか?」

「そうだよー。今日は水曜日だから、ファミレスの夜シフト!」

「毎日、大変だよな…無理すんなよ」

「あはは、まあねっ!でも、社会勉強も兼ねてるから!いいんだってば!」

「そういえばさ、聞いた?今度新しくきた講師がさ、」

そう言ってケラケラ笑いながら話す。明るいなあ、と誰もが思う笑い方だと思う。中木は、かなりの数のバイトを掛け持ちしながら通っている。大学の授業料への支援はいろいろあるものの、生活もしていくにはお金がかかる。地方出身で一人暮らしをしていると、やはり大変らしい。そういう事情を知っているから、たまにノートを貸すくらいはしている。それくらいしかできることはないのだが。逆に、中木は英語が得意なので教えてもらうこともある。教職志望だけあって、かなりわかりやすい。

「あ、もうこんな時間かあっ…!じゃあ、あたし行くね。唯我、またねっ!」

「おう、いってらっしゃい!」

短い時間だったが、散々しゃべりたおしてぱたぱたと中木は去っていった。


ここまで。

大学一回生として、あっという間だった。当たり前だが、講義を受けているだけで楽に教職をとれるわけではなくて。俺の大学だと、大きく四つの科目のがある。教養科目、教育基礎科目、専攻科目、自由選択。先の話だが。せっかく教育をとことん学べる大学にいるのだから。できれば、院まで行きたいと思っている。教育学研究科という名前の大学院。ここを勉強しながら教職もとれる。親父の残してくれた進学のためのお金のおかげで見通しは立っていて。院にいくには、やはり勉強しないといけない。まだ先のことだ、と言っていたら、その時はすぐにきてしまうから。


大変じゃないと言えば嘘になるけれど。自分の好きなことと向き合えているのは、充実感もある。何より、文乃の支えもあるから、いくらでも頑張れてしまえるところもあるのだった。


携帯が震える。

「ん、文乃からメッセージ…」

『成幸くん。おつかれさま!今日の講義、どんな感じかね〜?頑張りたまえよ!今夜も電話、楽しみにしてるからね♪』

口角があがってしまう。彼女は、俺をいつだって笑顔にさせてくれる天才なのだ。


【第二章】


休講が重なり、珍しく講義のない平日。地元の七尾図書館で哲学概論のレポートに悪戦苦闘していた俺の携帯に、珍しい人から着信があった。

「はい、唯我です!」

「君か。少しお願いがあって電話をしたんだが、いいか?」

文乃の父、零侍さんからだった。少し緊張する。

「ええ、俺にできることなら喜んで!」

「文乃が、レポートのデータが入ったUSBを忘れていったようでな。昨夜遅くまでやっていたから、おそらく今日必要なのだろう。私は今から大学の講義があるので、申し訳ないが文乃の大学まで届けにいってくれないだろうか」

「はい、わかりました!」

幸い今日は時間もある。机の上にとっちらかったテキストやノート類を片付けて、文乃の自宅に向かうことにする。


文乃の通う天花大学は、都心にある。理学部の名門で有名だが、お洒落な雰囲気の大学でも知られている。

「おお…」

校門の近くまで来て、少し圧倒されてしまった。蔦の絡まった歴史を感じさせる洋風の建物。そして、お洒落な学生たち。どちらかといえば、普通の大学生らしい格好が多い俺の大学と比べると、明らかに差がある。今の俺の格好だと、浮いてしまっているのではないか、と少し心配になってしまった。そこへ。

「…成幸くんっ!」

息を切らせながら、文乃が走ってきた。おーい、と手を振る。

「ごめんねえ、折角余裕のあった1日だったのに」はわわ、と文乃は申し訳なさそうだ。

「今日の最後の講義に、データで提出しなきゃいけなかったんだ」

俺は早速、文乃にUSBを渡した。

「気にすんなって。それにしても、天花大学。初めて来たけど、お洒落だな。少し俺、緊張してるよ」

「そうかな?あんまりそっちは意識したことないから…」

今日の文乃は、ブラウンのロングコートに、ベージュのタートルネック、黒のロングスカート。大きめのトートバック。都会的な洗練された格好だ。少し気づく。

「そのコート、この前一緒に買いにいったやつか!」

そうだよー、と文乃は破顔一笑。

「よしよし、ちゃんと覚えててくれたね。女心の練習問題はバッチリだね〜。どうかな、似合ってる?」

そういって、その場でくるりと一回転して、ポーズをとる。

「…似合ってる。可愛い、ぞ」

思わず本音がぽろり。

「えへへ。成幸くんはたくさんそう言ってくれるけど…何度聞いても嬉しいな」

少し顔を赤らめながら、文乃は心の底から嬉しそうだった。

「そうだ!次の講義まで、少し時間があるんだ。ね、少しだけ、大学見ていかない?案内するよ!」

「じゃあ、お願いしようかな。楽しみだ」

いこいこ、と文乃は俺の手を自然にとり、2人、手を繋ぎながら、歩き始める。自然にそんなことができる幸せに…俺は、感謝するしかない。


大学のあちこちを文乃の案内付きで見て回る。新鮮で、面白い体験だった。文乃がここで頑張ってるんだな、と思うと感慨深い感じもあり。だんだんと日が落ちて、暗くなってきた。そんな中、最後、大学のメインストリートに来たとき。

「…え。すごいな!」

思わず、声がでる。メインストリートの樹々が一気にライトアップされたのだ。

「冬場はね、毎日こうなんだ。びっくりした?」

文乃はにこにこしている。

「成幸くんと、一緒に。見たかったの」

そう言って、文乃は身を寄せてきた。いい雰囲気と、健気な文乃。俺は、文乃の肩を抱き寄せる。

「…あ♪」

「ありがとう、文乃…」

どれだけの間か。文乃と綺麗なイルミネーションの相性は抜群で。一緒に見上げながら、文乃の体温を感じながら、俺は至福の時を過ごしたのだった。


【第三章】


講義、講義、講義。勉強漬けの毎日だ。先日のたまたま空いていた平日が嘘のよう。

「はあ…」

そんな時。ベンチで深いため息をつく中木の姿を見かけて、思わず声をかけた。

「どうした、中木?」

「ああ、唯我。ちょっと、ね」

「最近、少し疲れちゃってさ。講義でしょ、レポートでしょ、家庭教師でしょ、居酒屋でしょ、ファミレスでしょ…全部頑張ってきたんだけど、ね」

「そうか…」

明るい、元気が取り柄の中木がここまで落ち込んでいるのは初めて見た。結構、参っているようだった。

「あのさ」

話を、切り出してみる。

「高校生の頃、俺必死で勉強してたんだけど、追い込まれててさ。そんな時、勉強ができない同級生3人、教えることになって」

「最初はどうなるかと思っていたけど、そいつらも必死で頑張ってくれてさ」

「…俺も、変わったんだ。頑張るやつらの姿を見て。それで、先生になろうと思って、いま、ここにいる」

「たくさんの人が、俺を支えてくれたよ」

「何が言いたいかと言うとさ、頑張ってるお前を見ている人は絶対にいて、おまえは応援されてるよっていうこと。少なくとも、俺はそうだよ」

そこまで話すと、いつのまにか中木の表情はいつもどおりになっていた。

我にかえり、

「す、すまん。偉そうだったな…」

「唯我、先生みたいだったよ!」

そう言って、中木は笑ってくれた。

「そうだね…!あたし、そう思えばサポーター、たくさんいるんだよね。家庭教師の教え子さんにご両親も、居酒屋の店長も、ファミレスの仲間たちも」

「…それに、唯我も…」

最後、小声で聞こえず、聞き返そうとすると。中木が、意を決した顔で、言葉を続けた。

「唯我。もしも、あたしが好きって言ったら…どうする?」

「え…?」

思わず間抜けな声がでる。そんな素振りは感じたことはなかったし…何より、俺には文乃がいる。

「唯我に、可愛い彼女がいるのは知ってるよ」

だけどさ、と言って中木は続ける。

「あたしがこの気持ちを諦めなきゃいけないからどうかは、あたしが決める。だから…」

「あたしは、伝えたかった。どうしたいっていうのがあるわけじゃないんだ」

「じゃあ、ね」

ばたばた、と中木は去っていった。

完全に俺は取り残される。予想外のことだらけで。完全に女心の師匠案件だな、と思ってしまった。

タイミング良く、というか、悪いというか。文乃からメッセージ。

「成幸くん、明日のデート、楽しみだね〜!!!わ〜!気合いいれて可愛くしていくから、覚悟しておいてよ。そしてごめんね、明日の講義の準備で今夜は電話できないかも。。」

うーん。俺は頭を抱えてしまうのだった。文乃に変な心配をかけたくはないし…。



【第四章】


結局、中木との一件、文乃に相談できないまま、デート当日を迎えてしまった。まさかデートの最中に話題にするにはふさわしい話題とはとても思えず。また違う日に言うしかないな、と切り替えることにした。


さて、東京タワー。


ネットで検索すると


『東京都港区芝公園にある総合電波塔の愛称である。正式名称は日本電波塔(にっぽんでんぱとう)。創設者は前田久吉。1958年12月23日竣工。東京のシンボル・観光名所として知られる。』


とある。


俺は登ったことがない、初めてになる。テレビで眺めているだけだった場所へ、好きな女の子とデートで行くことになるなんて、不思議なものだ。


今日は平日。時刻はもうすぐ16:00になる。人の少ない時間帯に登ってみない?という文乃の提案にのってみたのだ。お互いの大学の距離は結構あるので、待ち合わせは、東京タワー近くの東京メトロ日比谷線の神谷町駅。改札を抜けた先に、文乃は待っていてくれた。高校生の頃から大切にしているという白いコートに、茶色の上品なマフラー。紺のポシェット。髪型はポニーテールの先っぽをふわっとまとめたもの。大人っぽい。香水をつけているのか、柑橘系のいい香りがした。


手を繋ぎ、東京タワーを目指す。神谷町の駅から、緩い登り坂を進んでいくと、

「おお…」

「近づいてきたねえ」

ビル群から、東京タワーが少しずつ見えてきて、演出のよう。わくわくしてくる。

そして、10分ほど歩き、大きな交差点を左折すると…

「わあ、おっきいねえー!!」

「ああ、かっこいいなー!」

東京タワーが、その全容を現した。


窓口でチケットを購入して、東京タワーの150メートルの場所にある、トップデッキへ。

「きれい、だねーーー!!」

「すっごいな!」

眼前に広がる、最高の、景色。360度、そこには東京の空があった。東西南北、文乃といずれの方向もゆっくりと見て回る。

ちょうど、世界は黄昏時。夕陽に照らされた街。ビル群。血管のように張り巡らされた高速道路。人が暮らす街並み。遠くには、レインボーブリッジや大きな観覧車も見えた。そこには間違いなく、人の営みがあるのだ。ふと、考えてしまった。中木は、この景色のどこかで、頑張っているんだろうか、と。

その時。

「…成幸くん?考え事、してたでしょ」

「え、いや…」

察しのよすぎる彼女に、相変わらず驚かされる。

「なんだか、わたしに、言えないこと、というか、相談しにくいこと、あるでしょ」

見透かされていたようだ。デートの時には悪いと思いつつ…。言い逃れはできなさそうだ。

「…実は、さ。大学の同級生の女の子に告白されてしまって。俺には文乃がいる。だから、断るしかないんだけど…どう断ったら傷つけないのか、困ってる」

「そっか…。成幸くん、クエスチョン。わたしは、①怒っている、②怒っていない、どちらでしょう?」

「…?①…?」

「ぶっぶー、残念でした」

文乃は、ずっとにこにこしたままだった。

「成幸くんがね」

すっと、文乃が俺の右手を手にとり…両手で包み込む。

「わたしのこと、大好きなのは知ってるの。これまでも。そして、これからも」

本当のことだとはいえ…好きな人からそう言われると、嬉しくもあり、だけど何も言えず、俺は顔を赤らめることしかできない。

「わたしはね。成幸くんの北極星になりたいの。ただ、成幸くんが好きになってくれた女の子だけじゃ足りない」

文乃は、俺の眼をまっすぐに見据える。

「あなたがこれからどんなに大変なことがあっても。困ったことがあっても。苦しいことがあっても」

「ずっと成幸くんのまん中にいてあげられるように。寄り添っていられるように」

「だからね。そんなことくらいで動揺してられないんだよ?ふふ」

嘘のない、とびきりの笑顔だった。

俺は、文乃に悪いことをしたことを恥じる。文乃は、俺が思っているよりもずっとずっと信頼してくれていて、なによりも、強くなっていた。狼狽したり、心配させたりするんじゃないか。そんなことを考えてしまっていたから。

「成幸くんは、優しくて、頑張っている子を応援するから。その子も、いい子なんだよね。わたし、友達になれると思うな」

「わたしの気持ちは、伝えたから。きっと、成幸くんは、その子に何を伝えればいいのか、わかってると思う」

うん、と俺はうなずく。すべきことは、わかったから。

「さ、まだまだ景色は逃げないよ!楽しもう!」

そう言って、文乃は俺の手を引く。

夕日が落ち、街の灯が世界に広がる。そんな美しい瞬間を、俺たちは、満喫したのだった。


『おお〜』

東京タワーから降りて。東京タワー自身も、ライトアップされていた。

「綺麗…」

隣で東京タワーを見上げている文乃もまた、光に照らされて綺麗だった。


好きだ、という気持ちが、溢れ出していた。


文乃を抱き寄せる。


「…どうしたの、成幸くん」


少し驚きつつも、文乃の声は優しい。


「いなく、ならないでくれ」


自分でも、随分気恥ずかしいことを言ってしまったものだ。だけど、この時の本当の気持ちでもあり。


「わたしは、いなくならないよ。君の北極星だから」


文乃も俺の背中に両手を回して、抱きしめてくれる。


俺は…何度、同じ人に恋に落ちれば気が済むのだろうか。鉄塔の上から見た、落ちていく夕日のように。これからも、きっと、ずっと、何度も何度も…好きになる。


【終わりに(前編)】


「ごめん、中木。お前の気持ちには、応えられない」

俺の顔を見るなり逃げ出そうとした中木を無理やり捕まえた。

「あはは、ごめんねっ!急に言われても、困っちゃうよね」

「ほら、冗談みたいなものだからさ、気にしないでよっ!」

笑ってはいるが、か、空元気なことは俺でもわかった。

「俺、彼女が世界で一番大切なんだ。」

「…惚気るねえ…」

中木はくしゃっとした顔をした。少し泣きそうになってしまっている。

「だけど、頑張ってるやつの味方だからな。ノート貸すくらいでよければ、いくらでも応援する」

「…あたしの気持ちの整理がもう少しついたら…じゃあ、またノート貸して、よ」

泣き笑いの表情の中木。胸は痛む。だけど、文乃への気持ちは偽れるわけがらないし、そのことを伝えることが、俺なりの答えだった。

「ありがとう、中木」

いろんな思いを込めて、俺は中木に頭を下げたのだった。


【終わりに(後編)】


気持ちに向き合うことは、大切で。でも、気疲れもしてしまい。ふう、と息を吐きながら帰りの電車に乗る。街中に向かうほうになるので、この時間帯は人が少ない。携帯を取り出すと、ちょうど文乃からメッセージがきた。

「おつかれさま。帰りに、うちによっていかない?お話、聞くからね」

できれば文乃に会いたいな、と思っていたので、渡に船だった。文乃は今日も察しがいい。返事をする。

「ありがとう。じゃあ、寄らせてもらおうかな」

すぐにまた文乃から。

「早く逢いたいよ」

もしかしたら。やはり、少しは、文乃も心配だったのかもしれなかった。短い言葉に込められた想いみたいなものが、伝わってきて。

どんな言葉で返事をしようか。

懸命に考えながら。

会ったらまず抱きしめたいと、そうも思ったのだった。


(終わり)