古橋文乃ストーリーズ〜流れ星のしっぽ〜

「ぼくたちは勉強ができない」のヒロイン、古橋文乃の創作小説メインのブログです。

🌸その日、[x]は祝福され新しき道へ各々旅立つものである🌸

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【卒業生代表として】

 

「卒業生代表、古橋文乃」
「はい」


古橋が、しんとした静寂の中、全校生徒が整然と座っているところ、ひとり立ち上がると、演壇に向かった。

 

背筋をぴんと伸ばして歩いている姿は凛としていて。とても、かっこいい。いつものふわりとして笑顔の可愛い古橋とは、まったく違う雰囲気だ。

 

演壇に立つ。

 

「桜の蕾がこれからまさに花開こうとしています。風は優しく、旅立つわたしたちの背中を押してくれているようです」

 

卒業生代表としての、答辞だ。

 

「本日は、わたしたち卒業生のために、誇らしく思える卒業式を挙行していただき、心より、感謝申し上げます」

 

「先生方をはじめ、ご来賓、ご父兄の皆様に御臨席いただく中で、卒業できることを卒業生一同を代表し厚く御礼申し上げます」

 

「みなさまのあたたかい眼差しなしには、今のわたしたちはありません」

 

そこで、少し古橋が上を見上げる。たぶん、古橋のお袋さん、静流さんへの、気持ちをこめたものなのだろう。

 

「入学して以来、多くの先生方のご指導を賜ってきました」

 

「わたしたちは、それぞれ、この三年間、精一杯の青春をおくってきました。部活で懸命に汗を流し、切磋琢磨し、共に高めあったみなさん。武元うるかさんの素晴らしい活躍は、わたしたち在校生を誇らしく、そして、奮い立たせてくれるものでした」

 

「級友たちと助け合い、大きなイベントを成し遂げてきたみなさん。深めた絆は、大きな宝になるでしょう」

 

「将来を見据え、進路を目指して懸命に勉強をしてきたみなさん。この経験は必ず役に立ちます」

 

そこで。古橋は、こちらをみやった。遠い距離だが……俺のことを見てくれているのは、伝わった。俺と古橋は。いろんなことを乗り越えて、心が通い合っているから。自惚れなんかではなく。確信に近い。

 

「わたしは、『できない』生徒でした。それでも、助けてくれる、寄り添ってくれる、支えてくれる、『先生』との出会いもありました」

 

「素晴らしい出会いが、わたしを変えてくれたんです。かけがえのない、わたしの宝石です」

 

「卒業生のみなさんも、思い起こしてください。たくさんの、出会いのことを。出会いがもたらした、楽しくてあっという間に過ぎ去っていった日々のことを」

 

「わたしたちは、今日、卒業します。別れの時です。しかし。それは、前へ進み、新しい出会いのための、別れなのです」

 

「そんなわたしたちを、これからもあたたかく見守り、導いていただくこと、御列席の皆様にお願いいたします」

 

「わたしたちの笑顔と、涙が、3年間の、答えです。わたしの拙い言葉よりも、ずっと、もっと、伝わるものだと思います。卒業生一同の想い。みなさん、隠す必要はありません!目一杯、心のままに、表現してください!以上をもって、わたしの答辞とさせていただきます」

 

「県立一ノ瀬学園 卒業式一同代表 3年A組 古橋文乃」

 

俺は……いつのまにか拍手をしていた。古橋文乃の、素晴らしいメッセージに。俺たち卒業生の思いを、代弁してくれたその言葉たちに。拍手は、すぐに広がり、万雷の拍手となったのだった。

 

【恋する女の子として】

 

卒業式が終わり。教室で、クラスメイトたちや他のクラスの仲の良かったやつらと、写真をとったり、色紙をかきあったり、それはもう、卒業イベントらしいことをして。うるかや、緒方とも、話を交わして。うるかは、オーストラリアに行く。水泳の才能をとことん極めるその姿は、ひたすら眩しい。緒方も、志望した心理学を学ぶために、大学へ行く。目を輝かせながら未来に思いを馳せていて。緒方もまた、かっこよいのだ。

 

そして。今、俺が一番会いたい人。教室を探しても見当たらず。だけど、心当たりはあり。

 

「見つけた」


「あ、成幸くん」


古橋は、いつも俺と文乃が話していた場所に座っていた。俺の姿を見るなり、笑顔を見せてくれて。俺は、ドキッとしながら、古橋の右隣に座った。


「答辞、おつかれさん。これ、差し入れな」


そう言って、ペットボトルの温かい紅茶を渡した。


「ありがとう!……さすがに、少し疲れたかな。緊張したよ〜」


「古橋は、すごいよ。かっこよかった」


「えへへ……照れちゃうな」


そして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こつん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

古橋が、俺の肩に、そっと寄りかかる。

俺は一気に心拍数が上がってしまう。古橋も同じみたいで。早鐘を打つ、心臓の音が伝わってきた。

 

「少しだけ……甘えさせて。がんばったから」


「……俺なんかでよければ、どうぞ」

 

この時、世界は、二人きりだった。

 

ただ、古橋の熱を、感じていた。

 

「ふふ」

 

古橋が、小さく笑う。

 

「どうした?」

 

古橋は、そっと身体を起こして、まっすぐに俺を見据えた。

 

「唯我成幸くん」

 

「あなたは、『できない』わたしの教育係でした」

 

「あなたは、女心に疎くて、わたしが師匠になったこともありました」

 

「あなたは、弟みたいな存在でもあり。わたしが面倒をみてあげなくちゃ。そう思うこともありました」

 

「わたしはっ……」

 

そこで、古橋の目から、一筋の涙が流れる。そのまま。

 

「あなたに、恋をしていました」

 

「優しいところ。寄り添ってくれるところ。支えてくれるところ」

 

「わたしの青春は、あなたそのもの」

 

「……大好き、だよ」

 

古橋は、泣き笑いの表情だ。

 

俺は……古橋の言葉の途中から、ぼろぼろ涙がとまらなくなっていて。かっこ悪くてしょうがないのだが……。

 

古橋の手に、俺の手を重ねる、俺も、伝えたい言葉があった。

 

「古橋、文乃さん」

 

「あなたは、俺の『生徒』で。『師匠』で。『お姉ちゃん』で」

 

「俺に、たくさんの思い出をくれました」

 

「旅館で一緒だったし。台風の中デートみたいなこともしたし。星空も見あげたし。…今みたいに、肩に身体を預けてくれることもあったし」

 

「恋をしていました。どうしようもないくらいに、あなたが、好きになりました」

 

「あなたが。あなたがいてくれたから。俺は、前を向いていられるんです」

 

「あなたを、ずっと、支えます。隣にいさせてください」

 

俺と古橋は、二人とも泣きながら笑顔をつくる。

 

「ずっと、隣にいてね。ずっと、一緒にいてね」


「あたりまえだろ」

 

俺と古橋は、そんな約束を交わし合う。

 

俺と古橋の高校生活が、もうすぐ終わるのだけれど。

 

俺と古橋は、これからもずっと一緒で。

新しい物語もまた、もうすぐ始まろうとしているのだ。

 

俺は、愛しい隣の女の子。古橋文乃を、少しだけ力を込めて、もっと抱き寄せるのだった。

 

(おしまい)